時代の順応力

昨日、友人の自宅で野草を使った料理を食べてきました。特に美味しかったのは、ベニバナボロギクで春菊のような味でしたがもっと深みがありご飯がとてもすすみました。

昨年から英彦山に関わりだしてから山野草のことを気にかけることが増えてきました。もともとこの山野草を上手に暮らしのなかで活かして薬草や食用のものを使い分けていたのも山伏です。山でしか取れないもの、また季節的なもの、あらゆる野草が存在します。

現代は、栽培できるものが中心ですがむかしは野に生えているものを採取してきてはそれを食べてきた歴史があります。今でも土筆やフキ、ヨモギなどはすぐに取ってこれますが山野にはさらに薬効があったり美味しかったりするものもあります。

そもそも植物というのは、気候変動の変化を上手に適応して生き延びてきました。動物たちは、気候変動で逃げることができても植物たちはその場所で順応していく必要がありました。これを順応力ともいいますが、見事に環境に適応していくのは素晴らしいものです。

以前、東京のマンションで育てていた観葉植物なども福岡に移動してきました。それが今でも元氣に過ごしていて環境の変化に順応しています。置かれている状況も環境も一変してもなお、その場所で見事に適応していくことができます。

人間も長い時間をかけて慣れていくように、習慣化して変化していきますが植物もまた変化を已まずに年々の環境変化に順応を続けているのです。よく考えてみたら温暖化で気候も変化し雨も激しく、災害も増えています。人間がさらに植生を壊しますから山でが鹿などが増え環境は悪化の一途をたどっています。しかしそれでも見た目は同じようにみえても、着実に変化して順応していく。

この順応力の高さは見事なものです。この順応力を取り入れてようとして人間は植物から学んできたのかもしれません。そしてその力を肖ろうとしては、それを薬にして取り入れたのかもしれません。

せめて自分の住んでいる周囲や、関係するところの田畑の野草は食べることや薬にすることで共生関係を結んでいきたいと感じました。

子どもたちに、先人たちの知恵が伝承できるように私もこの時代の順応力を磨いていきたいと思います。

屈原と真心、粽の祈り

先日、粽(ちまき(のことを深めていたら中国の屈原という人物のことを学びました。もともと端午の節句の食べ物として慣れ親しんできましたがその理由についてはあまり調べていませんでした。時期はズレていますが、少し紹介したいと思います。

もともとこの端午の節句や粽(ちまき)中国の故事にある楚国の詩人屈原(くつげん)の死を供養するためにはじまったものです。この屈原は、王様の側近でしたが陰謀により国を追われ悲観しついには河に身を投げてしまいます。この屈原の命日が5月5日でその屈原の死を嘆いた人々は米を詰めた竹筒を投じて霊に捧げました。理由は屈原の肉体が魚に食べられないようにという意味もあったそうですが同様に河に住む竜に食べられないようにと竜が嫌う葉で米を包み五色の糸で縛ったものを流し供養したといいます。

この風習が日本へは奈良時代には伝わり平安時代では宮中行事になったといいます。他にも神功皇后が三韓征伐の時持ち帰ったとも言われたり仁徳天皇の時代にちまきが宮中に献じられたと言う話、他にも伊勢物語や古今和歌集などに記述があるなどとあります。この「ちまき」と呼ばれるようになったのは、茅(ちがや)の葉が使われたことからつきました。

現在は笹の葉を巻いていますがこれも武士が戦に行く時にもっていくときに殺菌効果もあり腐らないからというのもあります。屈原との縁起を持つこともあったように思います。

では、屈原どのような人物であったのか。日本でいえば吉田松陰に似ているような気がします。澄んだ心で権力に媚びずに王と故郷を守ろうと真摯に忠義を貫きました。王が暗君でも政治が乱れていても、変わらずに自分の言葉と実践を大切にされました。別の言い方では、魂を守り生き方を優先した人生でした。その姿をみた国民や周囲の人々から深く愛され、亡くなってからその真価や徳が顕現した人物です。

自分に素直に生きていくことはもっとも価値があることです。しかし時としてそれは世の中が乱れているときは不器用な生き方です。もっとうまく生きていけばいいという声もあるでしょう。しかし、人生は一度きりですし自分も一人きりです。だからこそその人生おいて、魂を優先して歩み切ったのでしょう。

その清々しい姿、澄んだ真心に人々は心をうたれ歴史の中に生き続けて今もあります。粽はその生き方を尊び、最期まで自分を盡すことができるお守りでもあったのかもしれません。先日のソクラテスも同じですが、この世の自分を守るよりも真の自己を守る生き方。魂を研ぎ澄ませるような美しさは、私たちに目を覚まさせる力を持っています。

最後に、屈原の残した言葉です。

「この世すべて濁るとき、清めるは己れだけ、人々みな酔えるとき、正気なのは己れひとりだけ、されば追放の身となった。」

今の時代も通じることですが、先人の生き方から学び、暮らしを観なおし続けていきたいと思います。

知恵風の知識

ソクラテスという人物がいます。わかっている範囲だと、古代ギリシアの哲学者。アテネに生まれる。自分自身の「魂」(pschē)をたいせつにすることの必要を説き、自分自身にとってもっともたいせつなものは何かを問うて、毎日、町の人々と哲学的対話を交わすことを仕事とした人とあります。

有名な名言に、「無知の知」や「徳は知である」などがあります。特にこの「無知の知」(または「不知の自覚」)は自分に知識がないことを自覚するという概念のことです。

これは「自分に知識がないことに気づいた者は、それに気づかない者よりも賢い」という意味です。これはある日、友人のカイレポンから「アテナイにはソクラテスより賢い者はいない」と神託があったことを知り、自分が一番の知者であるはずがないと思っていたソクラテスはその真意を確かめるためにアテナイの知識人たちに問いかけを繰り返していきます。そしてその中で「知恵があるとされる者が、必ずしも本物の知恵があるわけではない。知らないことを自覚している自分の方が彼らよりは知恵がある」と気づいたという話です。

私はこれは知識の中には知恵はなく、知恵の中にこそ真の知識がある。みんなが知識と思っているものの中には知恵がなかったということでしょう。

これは現代の風潮をみてもわかります。最近は特に、自分で体験せずに知識を得たい人が増えています。実践も体験もせず、気づいたこともなく、気づいた気になれるもの、わかった気になれるもののためにお金を払って知識を購入しています。

お金持ちは時間がもったいないと思い、体験しなくてもその知恵をお金で買おうとします。しかしその知恵は、知恵と思い込んでいるもので本当の知恵ではなく知識です。知識を知恵と勘違いしているからそういうことをしようとします。

オンラインでの講習会や、流行りの講演にいっても知恵のように知識を話していますがその知識は使おうとすると知恵が必要です。しかし知識が知恵になることはなく、知恵だけが知恵になるものです。知恵は知識にはなりますが、それはあくまで知恵を知識にしただけで知恵ではありません。

なので知恵者とは、徳のある人物のことであり、徳を生きるものです。これは世の中のハタラキそのものが知恵であるから使えています。

例えば、二宮尊徳はある知識のある知識人が訪ねてきたときに「お前は豆の字は知っているか」と尋ねた。それでその知識人は紙に豆の字を書くと、尊徳は「おまえの豆は馬は食わぬが、私の豆は馬が食う」と答えたという逸話があります。

これは知恵についての同じ話です。

私は本来の革命は、知識で起こすものではなく知恵がハタラクものであると思います。人類を真に導くには、文字や文章、言葉ではなく知恵が必要なのです。知恵風では真に世界は変革しないと私は経験から感じています。私が「暮らしフルネス」にこだわるのもここがあるからでもあります。

生き方と働き方というのは、単に知識で理解するものではありません。体験して気づき実感して真似ることで得られます。子どもたちのためにも、今日も実践を味わっていきたいと思います。

知恵の甦生

知恵というのは、もともと知識とは異なり使っている中でなければ観えないものです。つまり止まって理解するものではなく、実践したり体験する中でこそはじめて実感でき観えるものともいえます。

例えば、昨日、暮らしフルネスの一環で滝行をしてきましたがこの滝も流れる中でしか滝のいのちを感じることはできません。いくら口頭で滝の話をしたとしても、滝が持つ徳は滝の中ではじめて活かされるものです。

さらには、この滝が知恵として感じるためにはその滝をただの文字や言葉だけにしない知恵の伝道者が必要です。この伝道者は、その価値を知り、その価値を学び、その知恵を正しく使い続けてきた人でなければなりません。

むかしから伝統の職人たちのように、意識を継いでいく人があってはじめてその真の技術が温故知新されアップデートしていけるようにその本になっている知恵が伝承されなければ伝統はつながりません。

つまり知恵こそ伝統の本質であり、知恵を活かす人こそ真の伝承者ともいえるのでしょう。

時代は、時代と共に時代の価値観があります。戦国時代の知恵の活かし方は平和な時代は使えません。その逆も然りです。つまり時代に合わせて価値観が変わっていくのですから、知恵はそのままに使い方や仕組みは変える必要があります。

先ほどの滝行も同じく、一昔前の使い方をしていても知恵が伝わりません。知恵を伝えるには、今の時代の使い方、活かし方が必要になるのです。これは意識も同じです。現代の知識優先の考え方を意識優先の生き方に換えていく。そうすることで、眠っていたり忘れていた知恵が甦生していきます。

知恵の甦生は、人類のこの先の未来、子孫たちの永遠の仕合せには欠かせないものです。地球がバランスを保つように、人類もまた長い歴史の中でバランスを保っています。この時代は、バランスを保つために舵をきる必要がある時代でもあります。

子どもたちに真の知恵が伝道していけるように、暮らしフルネスの実践を積んでいきたいと思います。

暮らしフルネスの場数

情報過多の時代、脳の認知も過労になります。以前、修験道のことを英彦山の禰宜さんにお伺いしたときに深夜からずっと山歩きをして身体感覚が極限まで過労したときに何も考えなくなることがいいということを聞いたことがあります。

きっとその時、脳の認知がなくなり力が脱落して空や無の状態になるように思います。脳は、あらゆるものを仮想に創造しますから今ここにあるという意識を遠ざけてしまうのかもしれません。

しかし本来、脳は、短期的な危険を未然に察知したり想像をしたりするのにはとても大切な役割を果たしています。しかしそれが行き過ぎると、疑念や不安などをつくり実際にないことまで創り出したりそれを事実だと思い込んだりもします。思い込みの強さというは、記憶を捻じ曲げていきます。人は世界をそれぞれに持っていて、それぞれの世界を生きています。

事実が同じであってもある人は、平和で安心の楽観的で穏やかな世界に暮らしていたり、あるいは疑心暗鬼と不安、悲観的で恐怖の世界に暮らしていたり、それはその人の心の持ち方で決まっていきます。

心の持ち方というのは、常に初心を忘れずに今起きていることを意味づけして自分のありたい方へと転換していくような実践です。つまりどんなことがあっても、「これでいい」とし、それを上手に受け容れて目的に回帰していく原動力にしていくということです。

古語にある「禍転じて福にする」というのもまた、心の持ち方の実践ともいえます。

脳の認知に縛られないで心の在り方の方に軸足を置いていく。バランスを取るというのは、身体の重心や軸を保つということに似ています。背骨が一緒についていきながら移動していくように、初心が一緒についていくように移動させていくということ。

何のためにこれをやるのかということを、忘れないでい続けるというのは日々の自己内省と自己鍛錬によるものです。

よく考えてみると、人間は自己を真に育てあげていくことで世界を変えていくことができます。どのような世界にしていくかは、一人一人の心の中にあります。その世界になるようにするには外側の世界に軸足を置くのではなく、あくまで軸足は自分の世界をととのえていくことに置き、バランスよく移動していくことに似ています。

脳と身体の関係もまた、日々の暮らしをととのえていくなかで磨いていくのかもしれません。小さな日常の移り変わりの中においても、大きなハタラキがあることを知り、そのハタラキが世界を真に豊かにするということを知覚できるのもまた日々の精進です。

心静かに、暮らしフルネスの場数を増やしていきたいと思います。

教育と暮らしの一致

現代の教育の問題として知識と知恵のつなぎがスムーズに連携できていないというものがあるように思います。学校で子どもたちが学んでいる知識がどうそれが活かされるのか、その体験までいく環境がありません。同時に、知恵がちゃんと知識としてその人のものになっていくという体験して内省し、それが気づきになるという時間もありません。

本来、学問の面白さはこの知識と知恵の一体感にこそあります。この両輪がきちんと周ってこそ、前進することの面白さを知り、好奇心が促され学問はさらに豊かなものになっていきます。

むかしは、知恵の縦軸という教育。そして現代の知識の横軸というものが見事に結ばれて教育は充実していたといいます。私の所には、80歳を超えてなおイキイキと学問を学ばれる先達からワクワクと童心を発揮する幼児期の子どもたちまで来ますからその学問の過程と共通点を観る機会が多くあります。

本来、学問の醍醐味は体験してみて知恵を習得してみたいという願望があってはじまります。そしてそれが知識になることで、それをみんなの役に立てたいと思えば自然に学び始めていきます。知識と知恵は切っても切り離せない存在ですし、それが分かれていることで色々な問題が発生しているのです。

この時代、もう一度その知識と知恵を一体に学ぶ必要があります。そのためにも、知恵を学び、知識を持ち、それを日々の暮らしの中で活かしているというまるで仙人のような生き方をする人たちが必要になります。むしろ、それが本来の先生の原型でもあり、みんなその先生と共に学び合いながら知恵と知識を一体化した存在を目指していったのです。

情報化社会で知識を得る方法は、とても長けてきました。子どもたちは、あっという間にIT化された道具を駆使して知識を習得していきます。しかしその反面、知恵を得る方法が失われてしまい、知恵だけが取り残されてきました。そのことで、知識を得てもそれを活かす術がないまま大人になり、世界との切磋琢磨からも置いてけぼりをしているところも増えてきています。

日本はむかしから世界に誇る素晴らしい伝統文化や生活文化もあり、知恵の宝庫です。その知恵を使えるようになるには、みんなで知恵を活かすための訓練や実践が必要です。

これからはじまる仙人苦楽部では、その生き方上手な仙人たちがみんなと一緒に知恵を蓄え、知恵を活かします。どんな未来になるのかわかりませんが、教育と暮らしの一致を目指していきたいと思います。

苦労の真価

昨日、聴福庵に来庵された方から「苦労をお友達にする」というお話をお伺いするご縁がありました。これは苦労は嫌いになったり逃げたらいつまでも追いかけ来る、だから苦労とお友達になっていこうとするのが人生にとって仕合せになる大切なこととお話されていました。これはこの方の座右の銘でとても深いお話でした。

苦労はみんなが嫌がるものでもありますが、お友達になっているちに苦労が好きになり、苦労がいることで仕合せになると感じられるようになったらもはやそれが最上の喜びになるというのもわかります。苦労する喜びを味わえる人になったとしたらそれはもはや人生の達人です。

その方のお話ではかつての古い時代、日本人は苦労をよいこととして受け止めていた人が多かったと仰っていました。若い時の苦労は買ってでもせよという格言もあります。その苦労は人生に大きな役に立つからとの教えもありました。苦労するからこそ幸福になるという言葉、つまり苦労こそ幸福であるという意味になります。

その苦労とどのようにお付き合いしていくか。辛いこと、嫌なことになると本当に毎日がそのような日々になります。そこを見方を転じて、苦労させてもらえる喜び、苦労があったから今があると、まるで人とのご縁のように丁寧に一つ一つ関係を結んでいくことがよりよく生きるための知恵であることもわかります。

教えていただいたその方の生き方を拝見していると、本当に苦労を厭わずに真心を生き、日々を充実し、感謝で満たされておられました。徳を纏われ、みんなに慕われ、歳をも感じさせない溌溂として元氣が漲っておられました。

生き方というのは、こうやって歳月を積み重ねることで素晴らしい結果になっていることを知り、努力をさせてもらえる喜び、苦労できるほどに心から好きなことに取り組めたことに感謝の気持ちが湧きました。

一つひとつ、一人一人のご縁があるから今の私があります。

心に響く言葉や教えを胸に、丹精を籠めて歩んでいきたいと思います。

 

思いを纏う

人はいろいろな人の思いと共に生きています。今の自分は、個人的な自分というだけではなく先人たち、そして仲間たちの思いをそのまま受け継いで存在しています。その思いは、目には見えませんが同じように思いを持つ人たちとつながっていて生き続けています。

つまり人の本体とは何か、それは思いの集積であるということにほかなりません。私たちの器には、あらゆるものが入ります。その入るものをどのように選ぶのか、そして結ぶのか、関わるのか、それをご縁ともいいます。

ご縁を生きていくというのは、この繋がり続ける思いを生きているということです。そしてその思いがあるから私たちはその思いに活かされて思いを醸成してまたさらに繋がっていくのです。

振り返ってみると、思いを誰から誰につないだのか。特にその器としての肉体が生を全うした時、別の器に思いが移動するときに深く結ばれていくのがわかります。一人だけで思いを持ったのではなく、一人一人の小さな思いが集まって偉大な思いになっていきます。その思いが器を乗り換えながら、あるいは器を共有しながら生き続けているのです。

これだけの人口、そして細胞があり、私たちはその思いが宿るものと共にあります。絶対安心の境地は、その思いを継いでくれるものが必ずいると感じることです。自分と同じように守りたいと思うもの、そしてつなぎたいと思う人が現れ、その人が次の人に必ず思いのバトンを渡してくれると確信できるのです。

思いが自分を活かしていると思う時、大切なのは思いが生きているということを忘れないことです。私たちが思い出すという行為もまた、思いのお手入れです。目を閉じて心の中にある思いを思い出す、それがお預かりしている思いでありみんなとつながっている思い。思いはみんなのちからでいのることで必ず何度でも甦生するのです。

思いを纏い、今日も生き切っていきたいと思います。

危機に備える

世界情勢や気候変動など、色々と変化が著しい時代に入ってきました。昨日も悲しい事件があり、この国が平和ボケしていることを改めて実感しました。そもそも平和ボケというのは、知識だけで物事を考えているということです。本能や直観、野生などを失い、生きる死ぬの自然界のように必死にすべての感覚を鋭敏に研ぎ澄ませて覚悟をもって油断なく生きるのではなく決して自分は死ぬことはないだろうと安心しきっている状態です。

実際にウクライナの進行のときも国民の声は、まさか本当に攻めてくるはずはないだろうとほとんどの人が思っていたようです。同時にロシアの軍の方も、いつもの訓練だろうと思っていたようです。実際には、政治や国同士の間はそれぞれに利権も利害もありますから遊びではなく本気でやりあっているものです。

現在、日本も地理的に緩衝国であり戦争がひとたび起きれば日本が戦地になるような場所で侵略されるかもしれないところです。

テレビやマスコミの情報をうのみにするのではなく、歴史を学び、今、何が起きているのかを今一度自分の頭と心で真摯に考えてみなければなりません。

一番危険なのは、まさかそんなことがあるわけがないという思い込みでしょう。

この思い込みは、正常性バイアスともいいます。想定外の事態でも平穏に過ごすために生じる心のメカニズムです。心の平穏を保つための機能ですが、本当の危機への対策や予防には逆効果になるものです。

むかしからリーダーというのは、危機に対して先に声高に危ないことをみんなに伝えます。誰も大袈裟だとかそんなことはあるわけないと、その人を無視するかご馬鹿にしたり、もしくは不安を煽っているなどといって犯罪者にしたりします。歴史をみても、危機に対して動いているリーダーたちは変人や狂人とよばれるものです。

明治の頃も、吉田松陰などはその最たるもので周囲から頭がおかしいといわれていました。しかしそれでも国難を憂い、誰よりも行動しその危険性を世の中に訴え続けていました。その御蔭で、寸でのところで有志達がたちあがり世界からの侵略に立ち向かう力を持つことができました。

時には牢に入れられ、時には暗殺され、時には罪を着せられてもです。

平和ボケにならないようにするには、みんなが今一度、現実を直視してみる機会を持つことです。そしてその現実に対してどうあるべきかを議論して行動することです。

子どもたちの未来が憂うものにならないように今できることで草莽崛起すべきです。志を持った人たちが、リーダーになりみんなで平和ボケを取り払っていけばきっと仲間たちが未来を導いていきます。

悲しい事件を無駄なものにしないように、この機会と意味を受け取ってそれぞれにリーダーとして立ち上がっていきたいと思います。

徳の循環

私たちが生きている世界には目に見えるものと目に見えないものが合わさって存在しています。目に見えるものを見て、これはどうやってできたものかと考えると目に目えないプロセスがあってできていることがわかります。そのプロセスをどのようにしたのかというのは、後になって目には見えませんがそのことで目に見える世界がどのようになっていくのかもわかります。

これは人間でも同じです。人間が修養を積み、徳を磨けばその結果としてその人の人柄や人物が顕現してきます。いくら見た目をよくしても、内面的なものは誤魔化すことができません。つまり目に見えるものと見えないものは表裏一体であり、デジタルとアナログのように結ばれ循環しているものです。

人であればこのように人徳として薫ります。そして物であればそれは場の佇まいとして余韻があります。どのようなプロセスで取り組み、どのような精神で関わり、どのような生き方で向き合ったかはその場にいつまでも遺るのです。

私は古いものを甦生していきますが、手で触れているとそのものの持つ徳を感じます。それがどのようなものであったか、目ではわからなくてもお手入れをすることで直観していくことができます。

特に心を籠めて、心の速度で丁寧に取り組んだものほどそのものが放つ美徳に感動します。時に心が宿っているからです。古いものの中には、それぞれそのものを作り出す作り手の真心、そして一期一会に集まってきた素材たちの絶妙な調和があります。

適材適所に、一期一会に、そのいのちが調和し新しいものが甦生していく。まさにこれは徳の循環であると私は思います。

徳が循環する世の中にしていくためには、私たち人間の方がその徳の循環を意識として自覚している必要があります。これは知識では得られず、まさに智慧の世界の話であり意識の問題のことです。意識を高めるには、徳を磨く必要があります。そして徳を磨くための実践が暮らしフルネスの中にあります。

日々の意識をどのようにお手入れしていくか、いのちをどのように豊かに健康に仕合せにしていくか。シンプルなことですが今ではそれが難しくなっています。徳の循環を通して子どもたちが真に豊かで仕合せな人生が歩めるように見守っていきたいと思います。