徳積上棟式

昨日は、徳積カフェ建築の上棟式を無事に執り行うことができました。棟梁と家主が中心に、関係者で真心を籠めて進めていきました。祝詞をあげ、御祓いをし、祭壇を設けて塩、米、酒、小魚で四方を祀り拝みました。

この上棟式(じょうとうしき)というものは古くから木造建築の棟木を上げる時にその守護神を祭って、末永く新しく建てた家に禍いがなく、幸多かることを祈願して執り行うものとされてきました。木造建築にいのちを宿す極めて重要な意義を持っていたといわれます。

古来の人々は、すべてにいのちが宿ると信じていましたから一つ一つに大切な儀式があり、その儀式を通していのちが損なわれないようにと接してきたのです。

儀式をしながら地鎮祭をしたころのことも思い出し、ようやくここまで来たかという思いです。完成した後というのは傍目ではわかりませんが、実はそこまでは一つ一つのプロセスを少しも手を抜かず丹誠を籠めて大切に取り組みます。

その一つ一つの思い出の中に、真心は籠り、その後の「場」が醸成されていくのです。何を基本とするか、何を基礎とするか、建物も同じですが基礎がしっかりしておけばその後の建物は盤石であるように、最初のプロセスを丁寧に通っていくことが私は何よりも重要であると感じています。

さて話を上棟式に戻しますが、昨日はちょうど暦の十二直の「定(さだん)」という建築の上棟式に相応しい日に執り行いました。この十二直(じゅうにちょく)とは、中国で誕生した北斗七星の運行をもとに創られた暦(日時や季節をはかるもの)のことです。

よく六曜といって、大安や仏滅などで葬式や結婚式などの日時を決める暦もあります。もともと中国では甲骨文字でもわかるように、亀の甲羅とかで吉凶を占ってきた歴史があります。中国は歴史が長く、あらゆる経験を積み重ねてその経験値の智慧を取り入れてきました。それは漢方や、暦にも使われています。

星占いなどもありますが、天の運行に従ってこれをするタイミングを見計らうために経験を暦で記録したのではないかと私は思います。農家も同様に、ある意味で天候に対して占いをしているようなものでどの時期に種蒔きをするか、いつのタイミングがもっとも根をはるか、雨を占いながら執り行いますから似ているものがあります。

十二直は特に、北斗七星といった不動の目印を参考にタイミングを計りますから時機を見計らうのに効果的だったように思います。この北斗七星の回転を12等分し北極星に対してどの位置にあるかで時間や日・季節を表すために作られたのが十二直ということです。

十二直は、建・除・満・平・定・執・破・危・成・納・開・閉からなり、昨日は「定(さだん)」の日でした。jこの日は、物事が定まる日、善悪が決まる日といわれ結婚、移転、建築、開店、種まきに吉。ただし、訴訟、旅行、植木の植え替えは凶。とされてきました。

物事が定まるというのは方針を決め、覚悟したとも言えます。

徳を積むことで運営していく、徳を中心に実践をする場と定めたとも言えます。改めて、このような場がこの時代に創生できたことにご縁の導きと仕合せを感じます。前人未踏の挑戦を続けますが、あらゆる天の運行にお任せしながら丁寧な暮らしを紡いでいきたいと思います。

 

徳法一致

現在、世界の国々では徳治国家か法治国家の間で様々な政策が検討されています。しかしそもそもこの徳治や法治というものは、本来は目的であるものが手段に入れ替わり、今では別の意味で使われていることがほとんどです。

そもそも徳や法そのものが、思いやりからのものであるのならそこに使われる手段もまた思いやりに満ちたものです。しかしそれがネガティブで疑心暗鬼のものならその徳や法もまた別の意味に挿げ替えられるのです。

人間は、自己中心的な生き物です。

自己を中心として、善悪を決め、そして自分が正しいかどうかの基準を自分の都合で入れ替えていきます。それは歴史が証明しているものであり、現在の国家間のいざこざも冷静に分析すればそれがすぐにわかります。

例えば、人類共通の徳というものがあるとしたらあらゆるいのちへの思いやりです。一緒にこの世に生きているもの同士であるからこそ、相手のいのちもまた自分のいのちの一部と捉え大切に慈しみ接していくこと。自然界の生き物たちはまさに徳治の本質です。

自らで律し、自らが共生するために協力し合う社會を育てることが本来の徳であり治まるということでしょう。そういう意味では、徳や法は外側にあるものではなく人間力といったそれぞれの内面の中に磨いていくものであるのです。

一人一人がみんな自己の中にある欲望や自利的なものを治め、バランスを崩さないように暮らしていくこと。言うなれば自然にかかわり自然との共生に力を貸し、その利子分だけでみんなで分け合い賄うというシンプルな暮らしが徳治であるともいえます。

法治からみた徳治、徳治から見た法治というような対立概念ではなく、徳法一致の全体調和を目指すことこそ、原点回帰であり人類の末永く発展できる未来ではないかと私は感じます。

そのためには、徳法一致する仕組みが現在に必要でそこにブロックチェーンの仕組みが活かせるのではないかと私は信じているのです。

子どもたちのためにも、徳積の智慧を用い時代に挑戦してみたいと思います。

聖域の甦生

日本には古来から山岳信仰というものがあります。これは山は神の宿る聖域であり、子孫を見守る祖霊が鎮まるところと考えられていました。まさに山が信仰の源泉であるというのは先祖代々から根幹の意識があります。日本創生の神話の時代から私たちは山に深く見守られ、山から慈愛をいただき、山によっていのちを育まれてきたという思想です。

日本には富士山をはじめ霊山と呼ばれる山々が存在します。そして故郷にも故郷を代表するような山があり、私たちは暮らしを山と共に発展させ、山と共に築き上げてきた民族でもあるのです。

その山には、修験道というものがあります。これは山につくる道場のことで、山に入ることでいのちの原点を学び本来のいのちに還るような修行の場です。私は、日本では鞍馬山を大切深く尊敬しており山に行くことであらゆるいのちのインスピレーションを感じて自己内省をする修行をしてきました。そのことで人格を磨く機会を得て、実生活の暮らしを換える機会を学びました。

この「修験」道場という言葉の語源は、「修行して迷いを除き、験徳をあらわす」という意味だといいます。つまり「場」で実践し体験するなかで徳が磨かれ悟りを開く道のことです。

そして山岳信仰で有名な山伏は、山に伏して修行する者という意味で「山伏」と呼ばれるようになったといいます。山伏らは山を祀り、登拝して祈願し、舞や踊りを奉納し山を祈願の対象としてきた人々です。山での暮らしを通して日々を見つめ直し、新たな生き方を導いて人々の心の穢れを祓う役割を果たしてきたのかもしれません。

明治以降、明治政府の神道での国家統一による神仏分離令、その後の修験道廃止令の煽りを受けてそれまでの山岳信仰の伝統廃れ、戦後は宗教として生き残りはしましたが娯楽的な登山やハイキングなどが入ってきていよいよ山は単なる趣味やアミューズメントなどの一環になってきました。キャンプ場をつくり、グランピングなどができ、信仰の山という日本古来からの伝統のイメージが薄れてきているとも言えます。

本来のものが歴史の中で挿げ替えられていけばそれまでの系統が分からなくなってきます。そうやって人類は歴史をそれぞれの時代の価値観で歪めてきたとも言えます。しかし山は変わらずにそこに存在しています。

自然崇拝とは何ぞやといえば、その土地の風土や自然から本来の徳が顕現したものを悟り自ら自然に近づき謙虚に共生を学び直すことのように私は思います。私たちを産み育ててくださっている存在に気づき、その恩恵に感謝し徳に報いる生き方を実践することです。

何度も里に降りては人間は余計な争いや自然から遠ざかり心を痛めてきました。そんな人々が心を蘇らせ、徳を甦生させてきた場こそ、この修験場としての聖域であったのでしょう。

これから私は日本古来の思想とブロックチェーンを使った聖域をこの地に発祥させていくつもりです。自然を味方に、子どもたちに遺し譲りたい未来を創造していきたいと思います。

バランスを保つ

日本人にとって当たり前と思っていることでも、世界ではとても評価されることがたくさんあります。それは日本文化と呼べるものの中にこそ多く存在します。教えられずして自然に陶冶されてきたもの、風土で醸成されてきたものこそが真の教育の本質であり文化であるのは世界共通の普遍的な原理です。

現在は、その普遍的な原理を捻じ曲げるようにあらゆる情報を操作して集合的な価値観を操作し現実を歪めて本質を本質風に仕上げていきました。

それを繰り返している中で、次第にひずみが出てきているから余計な苦労が増えていくのです。本来の自然に気楽に自由に仕合せを味わいながら進化成長することをやめ、無理やり努力して苦労して真面目に取り組むことで頑張れば仕合せになれると信じて進化成長をさせようとするという具合に換わってきたのです。

後者の歪が嫉妬を産み、比較差別を産み、不平等を産み、人間らしさを奪っていくのもあります。決して前者が正義で後者が悪と裁いているのではなく、バランスが悪くなってしまうとそのどちらかということになり、社会もまたその価値観によって一色に塗られると閉塞感が出て偏った問題になっていくのです。

人間はバランスを保つためにも人格を磨く必要があります。

その人格は、社会の中で磨かれていきます。人間は社會を通して、お互いの行き過ぎた行動を反省し改善していく生き物です。その反省と改善こそバランスのことであり、私たちはもっと振り返り対話をする時間を大切にする必要があると私は思うのです。

私は、一円対話という仕組みを考えてそれを実践して弘めていますがこの時間を持てるかどうかにこそ文化醸成の秘訣があると思うのです。人類はただ前にだけ進む生き物ではなく、懐かしい未来を同時に生きるものです。かつての人たちが目指し実現した世の中、そして未来に向けて改善したいと反省した世の中を同時に生きています。

常にこの世のバランスを保つためには、私たちがその両輪の意識を維持し続ける必要があるように思います。世界の中で、私たち日本人はそのバランサーのモデルになれると思うのです。

子どもたちに先人たちの智慧を伝承していきたいと思います。

許容範囲

私たち、すべての生き物は自然の中の許容範囲をそれぞれが持って生活しています。いわゆる、範囲ようなものですが生きていくために必要な許容量の範疇を与えられているということでもあります。

これは虫から動物まで範囲があります。その範囲内で一定数を保っているのですが、それが大幅に超えるとどうなるか。自分たちで数を減らすか、移動して広げていくしかありません。最近、ニュースで見かけるサビトバッタなどは増えすぎて生きていけないために移動しながら作物を食い荒らして最後のところまでたどり着いてほぼ死に絶えます。他にもセイタカアワダチソウのような雑草も広がるだけ広がり、その後数を減少します。

本来、多様な種類の生命はお互いに範囲を分け合いながら許容量を超えないように自律して共存しています。それがもっとも長くそこに居ることができるという自然の持続可能な仕組みであることを知っているからです。

人類もかつては、それぞれの範囲で少人数で暮らしを営めば自然の許容範囲内で周囲と分け合って共存していた時期もあります。しかし現在は、先ほどのサビトバッタやセイタカアワダチソウのように人口を増加させ世界中に食料を求めては移動しています。

さらに人類の難しいのは、それを科学の力で乗り越えようとしあらゆる人工物をつくっては許容範囲を超え続けて地球の自浄作用を抑えこむかのように自然破壊を続けます。地球はそれでも偉大な自浄作用によって許容していきますが、問題は人口が増えすぎた最後は一気に減るのではないかという自然の摂理を免れないという事実です。

増えすぎた人口はどのように減っていくのでしょうか。

現在のコロナウイルスもまたその一つかもしれませんが、歴史を観ると人間同士の争いがもっとも減る理由になっていくように思います。現在、ソーシャルディスタンスとかいっていますがこれよりも大切なのは人が住み分ける範囲をお互いに保つことではないかと思います。

人が一人で住むために必要な許容量の設定を、地球の土地のサイズから割り当ててみる。その上で、どれくらいの数が適正なのか、そしてみんなで分け合って生きるためにはどのくらいの生産と消費、そして周囲の生命を活かし発展させていけばいいのかを人類で割り当ててみんなで努力していくのです。

自然の風土によっては、人口が増えれない場所もあるかもしれません。その場所場所でみんなで適量を守っていき、助け合っていけば自然の許容量の恩恵を永遠にいただくことができます。

地球の資源を貪りつくしてすべて取りつくして一番困るのは誰か、それは人間のはずです。

分かっていてもやめられないのは、考えられるのは人類は人類によって洗脳されているからです。自分たちで自分たちの洗脳や刷り込みを乗り越え、脳を整えて、本来のあるべきように回帰するには脳をなんとかするしかありません。知性をどう活用するのか、智慧を如何に尊重するのか。

使えるけれど敢えて使わず、便利だけど敢えて不便でいるというような人格を磨く必要があります。どうやってこれから先、数千年を子孫たちに遺していくか。もしくは数万年人類が生き残るために今、何をやるべきで譲るべきか、子どもを愛するように、人類を愛する素直さと勇気が求められています。

いつでも決めた時が間に合う時です。

引き続き子どもたちのためにも、最善を盡していきたいと思います。

時代の価値観

時代には時代の価値観というものがあります。私たちが暦でみる数字の中にはない、その時代の人々の集合意識というかその時代を象徴するような価値観が発生するのです。

不思議なことですが、私たちの身体はそれぞれに離れていますが意識は常につながっていて一つの集合意識を持っています。その影響は、自然の活動ととても密接であり、地球に住む私たちは地球の意識とも言えるその自然の活動とリンクして変わっていくのです。

この地球の意識は、宇宙の運行とも連動しています。

星を観てむかしの人たちが様々なものを読んでいた中には、この人間や他の種の生命の動きもまた読んでいたように思います。

現在は、絶滅時代といわれる人もいますがかつてないほどに自然が落ち着いていて生命が増えた時代です。そこから一転して、急速にあらゆる生きものが減っていく時代に入ります。

増減は自然の常でもありますが、バランスというものは偏れば反対側に傾きますからその振れ幅が大きければ大きいほど、私たちもその衝撃を免れません。

それは時代の価値観もまた同じように変化するように思うのです。

ある一定の価値観が長ければ長いほど、それが一転すればそれだけの大きな変化を伴います。コロナウイルスにはじまり、これから人類はいくつかの意識が変わる出来事に遭遇することも予想できます。

その時、意識を換えさせられるか、先に意識を換えてしまうかで衝撃波は変わってきます。変化というものは、柔軟性や臨機応変も必要ですし、ある程度の事前の勇気と挑戦も必要です。

時代の価値観を創造することが、時代を超えて存在する使命を果たすことです。

子どもたちの懐かしい未来のために、今こそ変化を産み出していきたいと思います。

場が開く

現在、引っ越しの片づけをしながら色々なものを整理しています。思い返せば、東京に来てから19年間、あっという間の月日が経ちました。

東京の家も、むかし買ったであろうものが棚の奥深くにそのままあったり、色々な人たちとご縁からいただいた贈り物、お手紙や写真、そしてその時々で大きな影響を与えた言葉のメモや本などが出てきました。

そして長年大切に使ってきた食器類、ベランダで育ててきた樹木たち、お気に入りの工芸品や美術品、そして暮らしを彩るものたちがあります。

一つの時代がすべてここに入っているのです。

一つの時代が過ぎていく中で、そこまででお別れするもの、そしてこれから新しく出会うものがあります。特に家は私が中心に暮らしていましたから、私がいなくなればそれまでの場の関係性も変わってしまいます。

例えば、ベランダであれば庭のオリーブの実や、稲穂を食べに数種類の鳥たちがきていました。特に冬は、毎朝のように来ては果物などを啄んでいました。それが私がいなくなればベランダも変わりますから関係性が変わります。

ひょっとすると次の方が、同じようにベランダを植物で彩れば鳥たちは次の方との関係性になっていきます。それは以前は同じではなく、また別のものになっているという事実は事実です。そして私はまた別の場で新しい関係性を築くのです。

一つの時代とは、一つの場とのご縁でもあります。

その一つの場を中心に関係したご縁のつながりが移動するというのは、一つの時代の節目であるということでもあります。場所とご縁が変わり、そして意識の階層が変わればそれまでとはまったく別の次元の物語になるということです。それは場が開いたということでしょう。

一つの時代が終わり、一つの時代が新たに始まる。

そして一つの場が開くということ。

変化のときには、自らが変化そのものと一体になることが変化を知る本質です。次の時代の舞台が整ってくる前に、自分自身を先に整えていき、その新たな門出でもいのちが存分に活躍する場ができるように柔軟に対応し、臨機応変、一期一会に変化そのものに寄り添い楽しみ味わいたいと思います。

伝達とは

人間は伝達させる技術を発達させてきました。これはコミュニケーション能力といって、人間社會では何よりも重要な能力の一つになっています。

如何に人間社會の中で、お互いに良好な関係を築きながら暮らしを営むか。色々な個性がある中で、どのように社会の中に居場所をつくるかは人間の命題でした。

また人間は、一人も同じ顔の人がいないように指紋が異なるように個性というものを浮き出して社會で自分の役割を得ようとしていきました。現代の教育が敢えて同じにしようばかりするのを見ると可笑しなことだと国家の意図を感じますが、本来人間は異なり違いが出るようにと発展し進化を已まないのです。

また異なる存在というのは、それぞれにメリットとデメリットがあります。完璧な存在などなく、必ずそこにはそれ相応の強みと弱みがあります。

それをどう活かすかで、新たな居場所もまた創造します。

本来、社會が性善説であり好意的な世の中であれば信頼関係があるのなら伝達技術もそんなに分化していくこともなかったように思います。いわゆる「阿吽の呼吸」のように、お互いに強みと弱みを知り尽くしていますからそれぞれの出番の中で共に社會を見守り合うのです。

しかしそうではない性悪説でシビアな世の中であれば信用を得るために伝達能力を駆使していく必要があります。映像や画像、数々の言葉、またあらゆる態度や姿勢や外見にいたるまで分化していきます。そして一部の価値観が同一のコミュニティを存在させ、そのコミュニティ同士での対話や社会で伝達の確認をしていくようにも思うのです。

そういえば、「むかし人類皆兄弟」という言葉を知り、世界のどの部族の人たちも「笑顔で通じ合い仲よくする」という話を聴いてしっくりきたのを覚えています。

もしも争いもなく、平和でお互いの異なりを大切にする世の中であれば現代のようにここまで複雑な伝達技術は生まれなかったはずです。そう考えると、果たして今のIT化や伝達技術の発展は本当に進化なのか。個人情報だの、セキュリティなど煩い世のなかになればなるほど、私たちは大きく退化しているのではないかなどとも考えるのです。

私はもともと直観タイプで全体最適や調和、一期一会のご縁や今のタイミングで総合的に把握し、丸ごとを捉えてコミュニケーションするという野性的な感覚優先のタイプですが、いちいち説明しないといけない世の中だから面倒でも理屈を学び、理論をつくり、伝達するための手法が技法を徹底して習得していきました。しかしそれも、最近では、新しい言葉や横文字を定義するのに疲れ気味で、世界の人たちとの交流も増える中で自然に「場」ですべて感じ取ってもらおうという具合に最近は面倒なことを避けています。

「場」は、私なりの伝達技術の原点であり、この場によってさまざまなことを理解し合い分かり合えるようにしています。

子どもたちにも、本来の人間らしい伝達ができる社會を創造していきたいと思います。

変化の本質

物事というのは、対立的な処では判断できないことがたくさんあります。それは〇か×ではなく、善悪ではなく、本質というもので判断する必要があるからです。

そして本質とは、状況の中で刻々と変化しますから変化に対して臨機応変に判断していかなければ維持していくことはできないのです。

しかし実際には、ルールばかりを頼ってはそれをいつまでも換えようとしなかったり、もしくはその逆で誰かだけの判断にだけ頼って自分で考えることをやめていたりと、本質からわざわざ離れていくようなことをしては判断を放棄してしまっていることもあるように思うのです。

例えば、今回のコロナであればコロナだからとマスコミや一般的な意見ばかりを優先してそれさえ守ればいいとやっているうちに、一部は差別的なかかわりをはじめたり、もしくは自滅的な行動をとったりするのもその一つです。

本来、コロナのことも刻々と情報が明るみになり変化しているのだからその時々にどのように判断をするのかを周知を集めて知恵を出し、みんなで乗り越えるための創意工夫をしていくことで対立ではない判断もしていけるように思うのです。

本来、日本人は集合知というものを大切にする民族です。

それはお互いを尊重し合って、その中で最適な判断をしつつもみんなでよくないところはカバーし合うという協力して助け合うことが得意な民族です。

その理由は、世界有数の自然災害に遭遇する地域に住むことが理由でもあり、自然の恩恵をいただきながらも、それだけ自然の猛威にも触れる機会が多いからです。

ルールばかりをつくりマニュアルを用意していても、それを超えるような自然災害は発生しますし、歴史的に振り返っても過去にないほどの感染症がやってきたりもします。その時々で、どのように暮らしてきたか、何を大事にしてきたかでその時々の判断は成長し発展し、柔軟に変化させてきたのです。

子どもたちにも、一つの模範になるようにコロナかどうかではなく、本来の在り方、時代が変わっても普遍的な変化への処し方を示していきたいと思います。

予知の仕組み

今は台風や大雨などは科学が発展し衛星画像などを送って確認することができますがむかしはそんなものはありませんから予知によって判断されていきました。

目に見える予想に対して、目に見えない予知。科学はみんなこの目に見えるようにしていく作業ですから、目に見えないものは消えていくのでしょう。しかし、時として目に見えないものにも長期予測や予知などがありそれを簡単に非科学的だから切り捨てるのはどうかとも思います。

以前、カマキリを研究して積雪予測をしていた酒井与喜夫先生とお会いしたことがあります。これはカマキリの産卵の場所を定点観察することにより積雪の位置を予知したというものです。驚くほどの的中率で、昆虫たちが生き残るために自然を予測しておられました。他にも木々の水分量を測ったりしながら、謙虚に自然から学び感覚を通して真心で接して自然に教えてもらおうとする姿勢に深く感動したことを覚えています。

現在は台風が通り過ぎている真っ最中ですが、台風などはアシナガバチで予知したといわれます。軒下や高いところに巣をつくるときは台風が多い年になるといいます。といっても、むかしは台風という言葉の定義もなく、「野分」や嵐、大風などと呼ばれていました。自然はいつ猛威を振るってくるか、むかしの人たちは予知をするためにあらゆる身近なものを認識しました。

例えば先ほどのカマキリは秋に高い場所に産卵すると、その年は大雪になる。ミミズが地上に這いだしたら雨が降る。クモの巣に朝露がかかっていると晴れる。カエルが鳴くと雨が降る。ナマズが暴れると地震がくる。などです。

特にナマズにはこのような記録が江戸時代の安政見聞誌に残っています。

「本所永倉町に篠崎某という人がいる。魚を取ることが好きで、毎晩川へ出かけていた。二日(地震当日)の夜も数珠子という仕掛けでウナギを取ろうとしたが、鯰がひどく騒いでいるためにウナギは逃げてしまって一つも取れぬ。しばらくして鯰を三匹釣り上げた。さて、今夜はなぜこんなに鯰があばれるかしら、鯰の騒ぐ時は地震があると聞いている。万一大地震があったら大変だと、急いで帰宅して家財を庭に持ち出したので、これを見た妻は変な事をなさると言って笑ったが、果たして大地震があって、家は損じたが家財は無事だった。隣家の人も漁が好きで、その晩も川に出掛けて鯰のあばれるのを見たが、気にもとめず釣りを続けている間に大地震が起こり、驚いて家に帰って見ると、家も土蔵もつぶれ、家財も全部砕けていたという。」

現代では、電気信号を予測したからだとか、磁場を読んだからなどがあります。本来、私たちは自然の一部ですから感覚的に自然災害を予測しました。しかし現代は、その感覚を手放して科学的に頭で見えるものに頼って感覚を捨てていきました。

本来、目に見えないものとは感覚の世界であり、私たち人間はもともと自然と同様に感覚が備わった存在だったのです。それと環境や教育によって減退させていき、その力をつかうよりも科学的なものだけを使うようになりました。

しかしです。

それに頼りすぎることにより、これから訪れるであろう自然災害への畏怖や畏敬もまた失われていくのは本末転倒です。どんなにすごいコンピューターが出ても、予測できるものとできないものがあります。それは感覚でしか予知できません。本来、天気予測などは数日から数週間くらいの読みですが、本来のむかしの農家などは半年から数年先、もしくは数十年先までも予測していたといいます。

それは予知に限りなく近いものであり、全感覚と頭脳を発揮しありとあらゆる自然を観察して判断材料にしたのです。科学か自然かである前に、人間はもっと謙虚であるべきであろうと私は思います。それは本当の意味で、災害を未然に防ぐための本質的な予知になると感じます。

先人を倣い、本来の生き方、私たちが生き残るための智慧を伝承していきたいと思います。