料理は生き方

聴福庵での竈を使った料理の実践が増えているからか、料理の際に五感を使うことが増えてきました。例えば、気が付けば音を聴いたり、臭いを嗅いだり、また湯気を見たり、味見してみたりと、あらゆる五感を鋭敏に使って料理をしています。

少し前は、ほとんどが頭で目を使って分量などを確かめながらやっていましたがほとんど今では分量に頼らずに感覚で調味料などを入れています。

さらに、出汁を中心に調味料の取り方も変わっていき、調理法も次第に原始的になっていきます。つまり遠赤外線の力でやったり、水や炭火にこだわったり、鉄鍋や道具などの選定も細かくなっていくのです。

もっとも変わるのは手間暇のところかもしれません。

敢えて手間暇をかける、丁寧に時間をかける、手作業で行うなど、感覚を使うものばかりが増えていくのです。

私たちは人間に合わせて道具を用いますが、その時々の人間の思想が道具には出てきます。法隆寺の大工が、むかしの槍鉋を使いこなせるように精進するように、今の全自動の電気鉋などを用いることはありません。しかしそれは単に便利か便利ではないかでそうしているのではなく、その時代の職人たちの意識の高さや取り組む際に心の清らかさ、そして姿勢のよさ、美しい生き方が創るものに宿っているのを実感するからこそそのむかしの道具を使いこなしながら先人の生き様から心技体を学んでいくのです。

料理もまた、原始的なものを用いれば用いるほどに先人の生き様に触れその生き方から自分を磨き上げていくことができます。料理には、生き方が宿ります。

子どもたちに料理を伝承するためにも、むかしを慮り今を新しく創造していきたいと思います。

縁起とは

昨日は、天赦日ということもありBA(場)のご祈祷と引っ越しを行いました。この天赦日(てんしゃび)は天赦日とは「日本の暦上での最も最高な吉日」といわれ、新しく何か物事を始まるときのに選ばれる大吉日といわれます。この日は「百の神が天に昇り天が万物の罪を赦す(ゆるす)」という意味であり、六曜(ろくよう・りくよう)とは、暦に記載される日時や方位などの吉凶やその日の運勢を占う暦注の一つのことです。

天赦日の決め方は、立春から立夏の前日の戊寅(つちのえとら)の日、立夏から立秋の前日の甲午(きのえうま)の日、立秋から立冬の前日の戊申(つちのえさる)の日、立冬から立春の前日の甲子(きのえね)の日になっています。

日本人はむかしから縁起を大切にしてきました。この縁起とは、ウィキペディアには「縁起(えんぎ、梵: pratītya-samutpāda, プラティーティヤ・サムトパーダ、巴: paṭicca-samuppāda, パティッチャ・サムッパーダ)とは、他との関係が縁となって生起するということ。全ての現象は、原因や条件が相互に関係しあって成立しているものであって独立自存のものではなく、条件や原因がなくなれば結果も自ずからなくなるということを指す」とあります。仏教からのものですが、吉凶を占うものとして中国からの思想も入っています。

縁起というものは、兆しを観るということでもあります。

兆しが分かるというのは、タイミングが分かるということです。私にしてみれば、農家が種蒔きの絶妙な時機がわかるようにそれは一期一会の瞬間を逃さない仕組みだとも言えます。

自然の力をお借りするということは縁起を担ぐということでもあるのです。私たちは自分だけの力で物事を動かしているのではありません。そこには他力といった不思議な自然の恩恵を受けています。天赦日というものは、四季折々の中でもっとも自然の恩恵を受けやすい時機であるということでしょう。

時機時期に自分を合わせていくことは、かんながらの道を実践する私にとっては大切な初心の確認でもあります。子どもたちのためにも、確かな伝承を磨き続けていきたいと思います。

 

好きをつなげる

人は生きていく中で大切な何かに気づくものとです。その大切な何かとは、自分の人生の中で特に優先順位の高いもののことです。それはその人にしかない体験であり、その体験があるから自分自身の使命を感じるものです。

例えば、ある事故にあって人生が変わる人もあれば、ある人に出会って人生が変わる人がいます。それは一つのご縁ですが、その出来事によって大切な何かを悟るのです。

私の人生を振り返ってみたら、その連続であったように思います。今でも日々に出会う人によって自分自身が気づきによって変わっていきます。この気づきの連続が私を育て私を創ります。

人は自分というものを知るために旅をします。その人生の旅は、日々の気づきによって味わい深いものになっていきます。つまり気づくためには、その大切な何かをいつも求め続けなければなりません。自分を深く掘り下げて、日々の出会いの意味を掴み、日々の行動を省みて日々の生き方を磨き続けなければなりません。

自分の好きなことに専念するというのは、好きになる努力をし続けるということです。人生のすべての出来事を、大切な何かのために努力し続けるという実践が必要です。

どんな出来事であったとしても、大切な何かと常につながっています。一見意味のないようなことでさえ、後になってそれが大切な意味を持っていきます。ある人の傍で手伝い学んだこと、ある人の生き方から薫陶を受けたこと、ある人の行動から気づかされたこと、それもまたご縁と出来事によって大切なものを得ていくのです。

出会いを大切にする人は、一期一会に出来事も大切にする人です。

好きになるほどの努力をしたか、努力を忘れるほどに好きになったか、それは自分のいのちをどれだけ本気でつぎ込んだかという自分の人生への責任かもしれません。

自立ということを子どもたちに伝承するためにも、大切な何かのために好きをつなげていきたいと思います。

 

戦争を防ぐ

世界では今日もあちこちで国家間の小競り合いが続いています。第二次世界大戦が終わり、冷戦と呼ばれるようになりましたが実際には水面下ではずっと小競り合いは続いています。それがあるとき、大きくなり大戦と呼ばれるだけです。

つまり戦争は常に世界のあちこちで発生しており、地球のどこかでは常に血が流れ続けているのです。特にこの頃はそれが経済戦争にとってかわり、お金という武器を使って小競り合いを続けています。インターネットによる情報戦も過渡期に入り、いよいよ技術はギリギリの高さまで高まってきました。人類は追求する方向さえ間違えなければどこまでも夢を実現することができるのです。

どのような目的でその道具を用いるかで、その結果もまた変わっていきます。武器も使い方を換えればいのちを救うための道具になり、使い手の思想次第でどのようにでもなるのです。

人間にも大きく分けて二通りの人々がいて、ある人はそれを自分の利益になることだけに使い、またある人はそれを利他のためになることに使う人があるのです。歴史を省みると、平和が永く続いて世の中には道徳的な思想がしっかりと社會に根付いていたことがわかります。

その時代の人々が、どのように暮らしを、どのような生き方をしていたかが、その時代時代の栄光にもなり、破滅にもなります。それは時代を生きた人たちの命懸け挑戦であり、時代を創り続けてきた人たちの覚悟であり、そして伝承を守ってきた人たちの勇気でもあります。

私はこの今の時代、まるで逆行しているようなことに果敢に挑んでいます。実際には臆病者で小心者ですから恐怖や不安、そして身震いしながら前に進んでいます。見た目には楽観的であっても、あまりにも世の中の大多数の価値観を真逆に進んでいくことは信念が要ります。

ひょっとしたら時代時代に、そのような人物たちが存在しみんな同じように怖いながらも未来のために子どものためにと挑戦をしたのではないかと思うと先人たちに敬意の心が湧いてきます。

ある人は、変人と呼ばれ、またある人は狂人と呼ばれ、そして異端と呼ばれたり、反逆者と呼ばれたり、犯罪者と呼ばれたりもしたかもしれません。それだけ世間の常識に反するということは大変なことなのです。

しかしその人の動機が善であるか、そして私心がないか、また平和を求めているか、そのプロセスが思いやりがあるか、そして徳を積んでいるかといった基準で見つめれば真実は時間の経過とともに自然に顕現されていくものです。

純粋すぎる思いは、自己の魂に忠実であり、正直で嘘がありません。そういう不器用な生き方は、苦労が多いですが最短距離で誠実な場所へたどり着くように思います。

世の中が戦争を望んでいるからこそ、敢えて今こそ逆行してでも挑戦する価値があるのです。はじまってからでは遅く、始まる前にこそ人類に対しての愛で先人たちが祈り遺した想いを受け継ぎ伝えていく必要があると私は思います。

子どもたちのためにも、自己との対話と挑戦を続け勇気を出して取り組んでいきたいと思います。

 

地域の甦生

世界というものはそれぞれの地域が集まってできています。日本でもほんの小さな地域が、合体して村になり、町になり、群になり、県になり国になります。そしてアジアになり世界になるという具合です。

そう考えてみると、私たちの世界への出発点は地域ということになります。その地域をどのように発展させていくかは、地域に住む人たちの命題でもあります。現在は、グローバリゼーションが席巻し、ほんの小さな地域まで覇権の対象になったり大企業チェーンなどの収益源になっています。

そして地域の姿が次第に消え去り、地域と共にあった歴史や文化もまた消失していきます。高齢化が進み地域がなくなっていくのではなく、それまでの地域の価値観や定義が換えられ、地域の価値がなくなってきたことが地域がなくなる原因なのではないかと私は感じます。

地域の定義をはっきりさせ、地域で活動する人たちののそれぞれの役割を明確にしていくことでどのような地域にしていこうかといった理念がコミュニティを活性化し、その地域の文化を創造し伝承を促していきます。

地域といっても、その地域に住む人たちの地域愛が深いところはやはり居心地の善い温かさがあります。地域で仲たがいし、関係が悪く地域愛が薄いところはどこかそこにいくと居心地が悪いものです。

地域というものは、その地域に住む人たちの生き方が集積され集合されたものですから一人一人がその地域に対してどのようにかかわるか、そしてみんなで何を大切にしていくかということが優先されなければ地域という言葉そのものの定義から見直す必要があるように私は思います。

私も3年半前に故郷で古民家甦生に取り組み始めましたが、その取り組みを通して多くの素晴らしい方々や魅力のある方々、地域愛が深い方々とお会いしてきました。大切なのはそういう人たちを「つなぐ」ものを甦生していくものです。コミュニティを繋ぐものの中に哲学が入ることで、みんな地域とは何かを思い出すことができます。

改めてこれからの地域甦生と子どもたちの住みやすい世界のために自分にできることで貢献していきたいと思います。

風土の智慧

昨日は自然農の高菜の畑で除草を行いました。郷里の伝統野菜の継承のためにコツコツと育ててきましたが、ここ数年、連作障害などもあり土が弱りどうしても虫や雑草に負けてしまうことばかりでした。

今年は、土の甦生にも取り組むためマルチを敷いて様子を見ていましたがなんとか半分ほどは雑草とも共生し葉を出してくれていました。やはり8年くらい続けていると、高菜を好む虫たちが大量に発生してきます。

昨年は初期の頃の新芽の際にほとんど虫が先に食べてしまいまったく伸びていくことはありませんでした。手で取ってもとってもきりがなく、土の醸成と風通しが如何に大切なのかを学びました。つまり風土の智慧を得たということです。

この風土の智慧は、単に頭で理解できるものではありません、確かに身体全体で自然から体験により得るものです。智慧というものは、須らくこの体験というものが必要です。

体験が智慧を育て、智慧が体験を高めていきます。

風土の智慧は、風通しの価値に気づくこと、そして土の発酵の価値に気づくことです。この風を通すのは光であり、土を守るのは水であり、それらの調和には日と夜が必要です。そしていのちは、その中でゆりかごのように元氣を与えられて育ちます。

如何に人間がスマート農法などといって便利な機会で科学的につくっても、そんないのちの中にはいのちの充実はありません。元氣のない野菜を食べても、私たちは元気になることはありません。この元氣の素は、風土の智慧を存分に得ている中で育まれるのです。

そしてその風土には、関係性を持った人間の愛情が必要です。私たちは循環の一部になることで身体にその自然の一部を吸収し元氣をいただくからです。日々の食事で何をいただいているのか、決して忘れてはなりません。

農業は自然の一部になるわけですから、自然が元氣に調和すればするほどその一部としての私たちも元氣になってきます。畑が元氣になっていくのを観るのはとても仕合せです。

この後はカブラハバチの幼虫が増えてきますからまだまだ油断はできません。手で一つ一つ取ったらあとはうちの烏骨鶏たちの餌になります。うちの烏骨鶏もまた循環の一部です。

自然から風土の智慧を学び直し、この体験を世の中の経世済民に還元していきたいと思います。

変化と挑戦

時代の変化と共に古い制度や仕組みは陳腐化していくものです。それまで価値があったものがマンネリ化し、次第に本質がズレてしまえば過去には最良だったものが最悪になることがあります。

しかし陳腐化されていることにいつまでも気づかずに過去の成功事例に固執しいつまでもしがみ付いていたら時代の篩にかけられて消えていくものです。残念なことに、文章で書くのは簡単ですが実際に自分の身にまさかそんなことは起きていないと思っているものです。

何かの変化の時、自分が変わるか、もしくは変わらないかしか選択肢はありません。

変わらない方を選択すれば、変わらない方で生きていき、変わる方を選べば変わる方で生きていきます。つまりは生き方が変化の中心を決めてしまっているのです。新しいことに挑戦し続ける人は、変かし続ける人でもあります。しかしその挑戦も、初心や理念を守り続けるといった生き方の挑戦のみ変化の本質を維持できるのです。ただの変化風や挑戦風になるのは生き方ではないのです。

生き方の変化や挑戦というのは、本質を維持するために自分自身を変え続けるために挑戦し続けるというものです。

何のためにやるのかと決めたのなら、その目的に向かって今に真剣に生きていくしかありません。与えられた運命や使命に真摯に正対し、選ばずにやり切る必要があります。言い換えれば、そこに意味を玩味していくのです。

味わい深い生き方は、変化し続ける中にこそ存在します。

自分で生き方を決めるための挑戦は、命懸けということでしょう。全身全霊、いのちの灯を全力で燃やし続ける生き方には変化や挑戦に生きる時代のエネルギーをも取り込むように思います。

今、時代は変化の真っただ中です。

時代を捉えていく感性は、子どものような好奇心と青春、夢と希望と勇気と共にあります。歪んだ仕組みに迎合せず活用すべきは柔軟に対応し、子どもたちの未来のためにも命懸けで本質だけは守り続けていきたいと思います。

確かな伝統を伝承して次に繋いでいきます。

BAのランプ

今度、BAのミルクガラスの照明に大正初期から昭和頃の「ビーズランプ」を設置することにしました。カラフルなビーズに光が煌めき幻想的で優美な雰囲気が場の全体に行き渡ります。

そもそもビーズの歴史は長く、ビーズのはじまりは古代人にまで遡ります。ガラスが出てくる前も天然石や貝、木の実や骨などの素材からビーズをつくり、それを交易品にしたり贈答品にしたり、お守りにしたりしていました。

このビーズランプで使うビーズガラスは日本ではとんぼ玉とも呼ばれていました。これは2色以上の色ガラスで色々な模様を施した、穴の開いたガラス製の玉です。名前の由来は諸説あるそうですが「模様のついたガラス玉がとんぼの複眼に似ていることから蜻蛉(とんぼ)玉と呼ばれるようになった」そうです。中国では「玻璃珠」「琉璃珠」という名前で呼ばれます。

日本製のこのとんぼ玉は、江戸時代にオランダ船によりもたらされた「船来玉」とか「オランダ玉」と呼ばれるヨーロッパ製のビーズに影響を受けて「江戸とんぼ玉」といわれるバーナーワークによるガラス玉が、大阪の泉州・堺を中心とした地域のガラス職人たちによって作られました。

BAのビーズランプはその日本製のとんぼ玉に糸を通してデザインし、それをミルクガラスに装飾しています。電気をつけなくても、ランプの周辺のとんぼ玉がキラキラと光が差し加減次第でゆらゆら部屋を遊び照らします。また夜になり電気を入れたら、その光が目いっぱい空間を多様な色合いで彩り幻想的です。

今回のBAで使っているこのビーズランプは、まさにむかしの人たちが手作りで設えたビンテージビーズで日本の温故知新された伝統工芸の目玉の一つです。その作り手の心や、手作りのぬくもりが光に宿っているように感じます。

新しい技術を徳の心をもって取り組んでくれる人の夢を照らすようにと祈り、このランプに見守ってくれるようにと想いを籠めました。

開校まで残り約一か月半、丁寧に進めていきたいと思います。

国際人の育成

昨日、アフリカのマラウイにJAICAの活動で2年間ボランティアをした経験のある方と何人かで会食をする機会がありました。

最貧国の一つでもあり、現地での体験の話を聴いていると色々と思うことがありました。その方も、現地でたくさんの子どもたちの飢餓や死をみて、また貧困の原因になっている政治や賄賂などの現状を見て、人生観が変わったと仰っていました。

特に中国がアフリカに途上国援助に入ってきては、色々と現地で侵略行為のようなことをしていることなども聞きました。またかつて宣教師が入ってきては、布教していく仕組みなども話をしました。

世界の国家がどのように後進国を植民地化していくか、そして現地の方々がどのように貧困になっていくのか、さらにはそこで搾取していくのかなど、具体的にお聞きしていると教科書に書いているような話ではなく生の声で真実を感じます。

日本は島国で、この国の中にいると情報も限られなんとなくの空気感で日本人の生活範囲の意識しかありません。しかし実際に、世界に出て現実や現状を現地でありのままに感じると、世の中の本当のことが観えてきます。

そのうえで、何をすることが世界を善くすることか、何が世界を換えていくことかとそれぞれの場所で向き合う機会が得られるのです。

世界の事を自分事にできる人は、世界で起きている出来事を他人事にはしていません。視野の広さというのは、単なる自分だけの人生の自分事だけに生きるのではなく、自分の人生だけではなく、世界人類のことも自分事として捉えることができるように思います。

そういった国際人を育成することは、将来の日本に大切な人材を育成していくだけでなくこれからどのように世界に貢献し合っていくかという人類の方向性に参画するためにも大切なことです。

子どもたちのためにも、真摯に世の中を見つめ自分のやるべきことに専念していきたいと思います。

素直に聴く

人間は一人では生きていくことはできません。完璧である人はいませんし、最強であってもその反対に最弱が発生するのが自然の道理です。完璧を目指している人は、自分の弱いところを受け容れずさらけ出さない人が多いように思います。その逆に完全を目指している人は、弱さも受け容れそれをさらけ出すことで自分の強みを知り、仲間や周囲の信頼を得ているように思います。

この信頼とは、自然体の時に行われるものです。自分が不自然であるのは、自分自身が自分のことをわかっていないからにほかなりません。実際にほとんどの人が、自分のことが分かっているようでもっとも分かっていません。

自己を正しく認識するには、曇りのない澄んだ鏡でそのまま自分を見つめる必要があります。もしもその鏡が、自分の見たくないものや見たいものといったバイアスで曇っていたら本当のことはわかりません。そういう場合は、一度その鏡を綺麗に拭き取り磨き上げていくしかありません。

なぜ自分の鏡が曇るのか、自分の願望や欲望や価値観、刷り込みがあるからに他なりません。幼いころは刷り込みがなかったものが、大人になるにつれて様々な刷り込みを持ってしまいます。その刷り込みをとって、ハッと目覚めるには素直になるしかないのです。

素直さというものは、先ほどの鏡を拭き取ることと同じです。日々に素直になろうと心がけていくと鏡が綺麗に拭き取られます。そしてもっと素直であろうと実践し行動すればするほどに磨き上げられていくのです。

素直さというのは、他人の話が素直に聴けるということ。そして自分の心の声が素直に聴けるということです。素直に話を聴くというのは、謙虚さと自信がなければ聴くことはできません。

具体的に言うと自分から心を開くには自信が必要です、その自信は自分の弱さをありのままをさらけ出せるような自他との絆や信頼に基づくものです。そのうえで謙虚さは自分のわからない大切なことを教えてくださっていると真摯に傾聴したり、自分の視野が狭くなっているのではないかと視座を高めてもらったり、相手が自分のためにこんなことまで言ってくださっていると心から感謝をしたりすることです。

これは自他との関係の構築の仕方でもあり、同時に自己との関係の構築の仕方でもあります。自分を大切にしない人が他人を大切にすることができないように、自己と対話できない人は自他と対話することもできないのです。

だからこそ「素直」であることは、自分の天分や天命に気づき生きていくために最も重要な修養の根本であるのは間違いありません。自分の本当にこの世で与えられている使命や役割は、素直になればなるほどに明確になっていきます。

それは単なる願望や欲望という類のものではなく、まさに澄んだ境地で今与えられているこの場、この今、このご縁を活かそうとします。それが真摯さであり、それが人生に誠実であるということです。

誠実な生き方は、自他を仕合せにするだけではなく社會をも幸福に導いていきます。一人一人が誠実に心を磨いていくことが世の中をさらに美しいものに換えていくように思います。

聴福人としての修養を積んで、心の声を聴き、心の持ち方を子どもたちに伝承していきたいと思います。