道の徳育

昨日、GTリーダー研修が竹橋で開催されました。全国各地から見守る保育の理念で取り組む園のリーダーやベテランの保育者が一堂に集まりそれぞれで課題や問題を共有していきます。

今までの過去の保育を今の時代に適合させていくために、変えてはならずに守るものと変えていくものを真摯に向き合って話し合っていきます。子どもを守るといっても、何を守り何を守らないか、それは今を生きている大人たちが判断していかなければなりません。先日の神事と同じく、変えていいものと変えてはならないことを正しく理解しそれを実践していくことで未来への方向性を確かなものにしていくのがこの仕事の使命をいただいたものたちの責任であろうと思います。

藤森代表は、子どもを守るのは子どもの主体性を見守ることだといいます。つまりは私が言えば一人ひとりの発達を保障することですが、そのためには一人ひとりのことを一人の人格者として認め尊重した保育が実現しなければなりません。そのための手段として見守り方もあり、具体的な見守る仕組みも存在するのです。

講演の中でいつも気づきがあるのはこの見守る保育は、「見守られる子どもにしていく」という言葉です。見守られていると感じられる子どもは責任感を身に着けていきます。人は信じ認められることで自分が尊重されていることを自覚します。そうすると自信が持てて自分の役割を活かそうと考え始めるものです。原理原則として人間の幸福というものを保障するのが大前提にあり、そのうえで時代に合わせた変化を取り入れていくのです。

そして一人ひとりの子どもたちを見守るためには、まずは大人たちや先生同士が支え合い協力している必要があるといいます。その大人たちの姿を見て、子どもたちは子ども同士で同様に支え合い助け合い、協力していくことを学ぶといいます。

今の時代は子どもたちに色々と教え込みますが、かつての日本は身近な大人たちの姿を見て子どもたちは子ども同士で学んでいたのです。寺小屋なども同じく、地域の神事や祭りをはじめ様々な大人同士の関係性の中で子どもたちは協力していく大切さを学び、信じあうこと助け合うこと、つまりは道徳心を身に着けていったのです。

見守る保育が取り組んでいることは、道の徳育であり、その徳をどのように一人ひとりが身に着けていくか、それは大人も子どもも関係がなく一人ひとりの人間的な成熟、つまりは自立に結ばれているように私は感じます。

助け合い支え合い協力する、そういうものをもっとも醸成できる人物こそがリーダーではないかとお話をお聴きしていく中で実感しました。引き続き本日も研修は続きますが、それぞれの園での課題はまさに社會の課題そのものですからよく聴いて今後に活かしていきたいと思います。

自分とは何か

人は自己認識というものをどのように持っているかで自分というものの理解が異なってくるものです。今の自分を丸ごと認めている人は、自分にこだわりませんが自分の何かをいつまでも認めない人は今の自分のことがわからなくなるものです。

今の自分とは何かということです。

今の自分というのは、過去のある時の自分や、誰から評価されていたときの自分、自分の理想の自分など色々とあります。自己中心的な人ほど、自分というものを自分で設定する傾向が強く、またその自分像を周りに押し付けていくものです。しかし本来の自分というものは、今に徹することで顕現するものであり今、此処のすべてを自分だと感じない限りは本当の自分に出会えることがありません。つまりは自分は変わり続けていることを自覚できるということです。

人には思いがありますが、その思いがこだわりすぎるとその思いが真実をゆがめていくことがあるのです。

小林正観さんの著書「豊かな心豊かな暮らし」(廣済堂出版)にこういう言葉があります。

「自分の思いを持たなければ、生きることはそんなに大変ではありません。流れていくままに、流されていく生き方でいいのではないかと思います。」

よく思いを持てとかいう自己啓発本は出ていますが、この思いを勘違いしている人が多いように思います。ここでの思いは執着ですが、いつまでも自分にこだわると変化ができなくなるよということです。それよりも今の自分が置かれた環境で変わり続けている自分を認識できるかということです。そのためには、門前の小僧習わぬ経を読むの心境でなんでも新人になったつもりで挑戦し続けていくしかありません。小林正観さんはこう言います。

「自分でわからないことについては、とりあえず、「わかりました」と言って引き受けてみる。出来なかったら、「出来ませんでした。ごめんなさい」と謝る。そういう素直な自然体の心で生きていけばいいと思うのです。 思いを持てば持つほど、重くなります。思いが重いのです。」

この素直で自然体な心、それが今の自分を認識する唯一の方法なのです。素直になるというのは、自分勝手な執着を持たずに今の境遇に感謝して仕合せになるということです。こんなはずではないとかこんなはずではなかったとか、思い通りにいったとかいっていないとか、いつまでも自分に執着して今の自分を受け止めず受け容れないような心の態度ではその人は変わることができないのです。

変わるというのは、変わり続けている状態を言い、周りに役立てる自分、周りに活かされている自分、そして周りに感謝している自分になっていくことです。そのためには具体的な実践として「なんでもやらせていただきます」という今に対する生き方の覚悟がいります。これは自分の仕事ではないとか、これは自分には相応しくないとか、やりたくないとか、そういう自分の思いを持ってしまえば身体も心も重たくなります。そして次第に動けなくなって、そのうち周囲に心を開かずに閉じこもって病気になります。

そうではなく、変わり続けている今をたのしみ、どんな自分が本当の自分だろうかと今の自分を丸ごと味わい学び続けるとき、人は自分の本心と対話し、自分自身になっていくように私は思います。機会を活かす人はご縁に活かされるからです。

幼いころから誰かの目線を気にして嫌われないように演じたり、または評価されては比較され競わされ争ってきたり、または歪んだ愛情を押し付けられ条件で愛されようとしたりと自分が素直に自然体でいられなかったことがあったことで今が受け止められない人がいることも共感できます。

しかしいつまでもそんな日々は続くわけではなく、人は今を受け止めて受け容れて今を100パーセント愛していくことで未来も過去も許し認められるようになりますから執着を手放してみて身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれと一度握っている自分を手放してみれば新たに観えてくる境地もあると私は思います。

同じように苦しんでいる人たちが沢山いて、その人たちが自分らしく生きていくためにも自分の方がさらりと変わっていく生き方が自他を素直に正直にしていくようにも思います。

引き続き子どもたちのためにも、今ここを楽しみ味わう生き方を実践していきたいと思います。

 

自然のセンス

日々に鉄瓶でお茶を沸かして飲んでいる炭実践をしている中で火について色々と深まってきています。火といっても一概に火とは呼べず、蝋燭の火、ガスの火、灯油の火、薪の火、炭の火、炭の火の中でも木炭、石炭、備長炭、竹炭などどの火も同じ火は一切ありません。さらに言うならその時の湿度や空気、季節やタイミングなどでも火は変わってきます。

火と一括りにして火と呼びますがこのような感覚が人間本来のセンスを鈍らせているようにも思います。同様に、空も水も同じものは一つもありません。無限に組み合わせがあり、同じものがないのに人はそれをただの空と呼び、それを水と呼びます。

頭や知識は、その物体を認識するために文字や言葉にして分類分けましたが実際は分類分けなどがまったく意味をなさないのが自然なのです。

火はその揺らぎ熱さ、温度、見た目、範囲、容、光、燃焼具合、燃える素材、燃える環境によってその火の姿が変わります。例えば、ガスの火はとても強く炭の人はまったく異なり近づくとトゲトゲします。石油の火はもっと強くトゲトゲしてまるで尖った岩山のように差し込んできます。

それとは逆に天然の植物油や、もしくは炭などはほんわかする軟らかく弱い火が出ています。特に備長炭などは周りを包み込んでくるような春の日差しのようなぬくもりが出てきます。

人間は感覚を研ぎ澄ませていけば、火は単なる火ではなくなり同様に水も空も単なる水や空ではなくなるということです。どれくらいのセンスで日常を過ごしているか、今は頭でっかちになってやれスケジュール管理だの、やれ衛生管理など、栄養管理など、人間の思いどおりにするように先ほどの分類された知識をフル稼働していますが本来の自然科学というものはそのセンスが前提にあっての科学であったはずです。人間主導の科学は理に適うこともなく本来の道理から反してしまい本末転倒です。

センスなき科学というものは、どこか限られた狭い世界のみで通用する知識のように私は感じます。センスは自然ですから、センスのセンサーを高めていくことで自ずから自然の科学は身につくように思います。

引き続き、五感、六感、いやすべての感覚を研ぎ澄ませ子どもたちのために今を見つめていきたいと思います。

和ろうそくの心

日本の伝統に和ろうそくというものがあります。和ろうそくが持つ「あかり」は懐かしく今でも暗闇に照らせば心が和みます。このあかりは60万年前から使われていたといわれますが、日本で和ろうそくがはじまったのは奈良時代に中国からはちみつを用いた「蜜ろう」というものが入ってきたことからです。その後、平安時代には松脂を使ったろうそくが開発され、その後室町時代から現在まで櫨(はぜ)の実を使ったものが和ろうそくの代表となっています。

手作りでしかつくれず原料も天然のものを利用した和ろうそくは高級品であり、庶民には手がなかなか出せず菜種油を使う家庭が多かったといいます。しかし明治時代になると、洋ろうそくが急速に普及し各家庭にろうそくが広がりました。今では電気が普及しほとんどろうそくは日常の生活から消えてしまっていますが、改めて和ろうそくの価値が見直されてきているとも言います。

和ろうそくと洋ろうそくの違いは、同じろうそくと言っても原料を含めてすべてが異なります。例えば、和ろうそくは世界の中で日本にしか存在しない天然の櫨の実の原料に対し、洋ろうそくは石油系のパラフィンという原料です。ろうそくの芯も、い草の髄から取れる燈芯を使うのに対して洋ろうそくは糸を使います。最も異なるのは、和ろうそくは手作りで一本一本作るのに対して反対に洋ろうそくは機械で大量生産することができます。そこからわかるように金額も和ろうそくは高価で洋ろうそくは安価です。

肝心なあかりはどうかと言えば、灯せばすぐにわかりますが暗闇を包み込むようなあかり、そして情緒がある揺らぎ、また炎の落ち着いた柔らかい様、そのほのかに燃えていくときの優しい音、和紙の燻る薫り、そのどれもが和の風情を醸し出します。

いつも私はこの和ろうそくを観るとき、いのちを完全に燃焼し尽くしてあかりの余韻を空間に遺すこの存在に尊敬の念を覚えます。

同じ燃えるにしても燃え方があり、燃え様があります。これが翻っていのちにたとえると、生き方と生き様です。和ろうそくには、日本人としての連綿と繰り返しつながり結ばれてきた姿があるように感じて灯すと先祖に触れる気がして懐かしくいつも心が揺さぶられ深く感動するのです。

今は時間にあくせくし忙しくて心をなくして自分を見失い、また魂が傷ついている人が多くいるからこそ、私はこの「和ろうそく」の火を用いて人々の心を癒したいと思うのです。

聴福庵は炭を用いているところばかりが注目されますが私の中では「火」が中心であるということを重んじているのです。暮らしの中の火は、いのちそのものですからそのいのちをどのように扱うか、どのようにつつみこみそのものを感じるかは火の姿によって物語るを読めばいいのです。火はいのちとの対話のつなぎ役なのです。

和ろうそくを用い、子どもたちの心にいのちの火を包み癒し灯し続けられるように実践を続けて深めていきたいと思います。

 

 

佇まいと庵

佇まいということを深めていると「場」ということがどのようなものであるのかを実感します。この佇まいと場とは必ず一体になるものであり、場があるから佇まいが存在します。空間の美というものは、この場の関係性によって仕上がり、そのつながりの中で私たちがしっくりと来ることで実感することができるものです。

この佇まいについて少し書いてみます。

例えば、私は和室や庭を構成するときその場に何を置けばしっくり来るのかを観ることにしています。明らかに、その物と物とがつながり調和するときそこには確かな佇まいができてきます。

この佇まいの意味は、大辞林には( 立っているようす。また、そこにあるもののありさま。そのもののかもし出す雰囲気。「家並みの佇まい」「庭園の落ちついた佇まい」 身を置くところ。暮らし方。また、なりわい)とあります。

この佇まいというものは、その本人のことではなく場が主体になっているのがわかります。つまりは、場というものはその関係性や共鳴性、共感性や響き合いなどといった物と物、物と人、その空間の中に何が発生したかという妙を観ているのです。そしてこの佇まいが落ち着いてくると、自ずから空間の中に余韻が出てきます。

今、古民家再生をしている庭園然り、和室然り、しっくり来るまでには様々なご縁を活かしきっていかなければそれは顕れません。それは人とのご縁は当然のこと、物とのご縁、そのほか、時間とのご縁、物語とのご縁、心とのご縁、導かれるご縁、神仏の御縁など様々なご縁を活かしきったときにこそ佇まいは顕現します。

まるではじめからそれがそこにあったかのようなもの、またお互いに一緒に一体になって自然になるようなもの、そのしっくりとくる場には確かな佇まいがあるのです。その佇まいは、すべてのご縁に活かされた場であり、その空間にはご縁が凝縮されて永遠にいのちが生き続けていきます。その空間に何を入れて、何を遺すか、そこには子々孫々まで真心を通じさせ、その場において伝承も継承も伝道も教育も行われていくのです。

なぜ日本家屋は場によって教育を行えるか、そこには佇まいがあるからです。その佇まいを活かすのは、その場で暮らした日本的人物、分を弁え謙虚に生きた生きざまと一体になって残存するのでしょう。私にとっての日本家屋はの場は庵です。

庵とは昔ながらの質素な佇まいの家のことを言います。「庵」は古くは「いほり」と読み、その古形である「いほ(庵)」が動詞「いほる」を生じ、その連用形「いほり」が名詞化したものです。そしてかつて人は岩穴に住んだことから「いほ」は「岩」に通じるともいわれています。

一家が暮らすその庵の中には、そこに暮らした人々の祈りや願い、そして信念や理念があります。そういうものをどれだけ子どもたちに譲っていくかは、場を主体にしてどれだけ学び磨き上げたかという一人一人の生き方が決めます。

日々の場は、すべて自分が創り出しているという自覚を忘れずに丁寧にじっくりと場を練り上げていきたいと思います。

 

間と点の中~懐かしい未来~

先日、高円寺の古着を見に行く機会がありました。数十店舗の世界各地から収集された古着が所せましと並んでいて、そのどれもが時間の経過があったものばかりでした。この古着の古いには色々な言い方があります、例えばレトロ・アンティーク・ヴィンテージ・クラシックなど様々なジャンルを分けて古さと使い分けています。

レトロは懐古主義、アンティークは100年以上のもの、ヴィンテージは20年~30年以上100年未満、クラシックは中世近世ヨーロッパの伝統形式などとよく定義されています。

実際には古いという一言で括れないのが古いというものであり、同様に新しいという一言で括れないのも新しいということです。温故知新などの古いと新しいの意味は、単に時間の経過だけをいうものではないことはすぐにわかります。それを少し深めてみようと思います。

古さというものは、先ほど書いた時間的な経過というものがあります。例え一度も箱から開けたことのないものであっても、100年も200年以上の前のものは古いと呼びます。それは時間的な経過があるからです。もう一つの古さは、その時代の価値というものがあります。それは時間的なものではなく、その時代時代の価値基準やその時点での思想、また芸術や生き方のようなものがあります。それに太古の昔と言えば、一つは時間の経過、もう一つははじまりの頃、今の私たちのルーツのことを指します。

つまりは、古いといっても時の「間と点」というものがあるということです。

私たちはこの間と点をつなぐことで歴史を認識します。実際には、止まることがない時間の経過の中で私たちはある時点にあった出来事を取り出して認識します。しかし繋がっている今の中では、言葉で切り分けてみても実際は已むことがありませんから私たちはこの「間と点」の中を感じて古さや新しさを感じ取るのです。

そして古いものには「懐かしい」というものがあります。これは原点のことで、心がその原点に惹かれるということです。人が懐かしいというとき、かつての大切にしてきた何かに心が惹かれます。それは単に古いから懐かしいではなく、自分たちが何を大切にしてきたかという意味での懐かしさに心が揺さぶられているのです。

そして未来というのは、その懐かしいままに今を生きることでいつまでも大切なことを忘れないで仕合せに生きていきたいという願いです。温故知新というものは、そういうことを時代時代の人々がつなぎ続けていくことを言います。

古いというものにある間と点の中には根元から結ばれる原風景が息づいています。そういうものを感じられる人物こそが、先祖代々から脈々と結ばれてきたつながりを持つ人物であり、そういう人物の生きざまには懐かしい未来がいつも存在します。

古さの中にある新しさとは、太古から流れてきた原点を忘れず今の時代にどのように暮らしていくかということです。私の言葉にするのなら、理念の実践と日々の改善、創意工夫です。

引き続き、古さから学び直し、色々な今を新しくしていきたいと思います。

本物の義人

現在、NHK大河ドラマでは真田丸が放映されています。私は10歳のころ、南総里見八犬を読んで真田十勇士に強く憧れ、それから図書館で真田幸村の伝記を貪るように読んだのを今でも鮮明に覚えています。

義に厚く、自らの信念を貫いて最期まで幸村らしく挑んだその人生の様子に子どもながらに格好よく感じ、感動して何日も眠れない夜を過ごしました。今思いかえせば、私はこの「義」という言葉にとても精神が刺激され、今でもこの「義」を追い求めて挑んでいく日々を過ごしているようにも思います。

真田幸村は、義に厚いというエピソードはあちこちに遺っています。例えば、関ヶ原の戦いの時には東西両軍からの誘いがあった時も「恩義を忘れ、私欲を貪り、人と呼べるか。」と撥ね退け、自分は恩義に報いるのみと本来の大義に生きることを述べました。

また大阪夏の陣では、徳川から10万石で寝返らないかと誘われたのを突っぱねて、その後、信濃の国50万石ではどうかと改めて寝返りの催促があったときも「十万石では不忠者にならぬが、一国では不忠者になるとお思いか。」といい、私は決して日本国半分をと言われても一切寝返るつもりはないと断じます。「いざとなれば損得を度外視できるその性根、世のなかに、それを持つ人間ほど怖い相手はない。」といいます。つまりは、損得を一切考えないその精神、そういう人間ほど怖いものはないぞと言います。義に厚いというのは、ここからも十分感じられます。

そしてこれは私が好きな高杉晋作もいいそうな言葉ですが「夢をつかんだ奴より、夢を追っている奴の方が、時に力を発揮する。」と幸村はいいます。つまり夢をつかんでいる人間よりも、いつまでも志を持って夢に挑む方が時に偉大な力を発揮するぞというのでしょう。

「人の死すべき時至らば、
潔く身を失いてこそ勇士の本意なるべし。」

これは意訳ですが「義人たるもの命を捨てても目的を達成しなければならないときがもしもやってきたのなら、潔く玉砕することがまことの勇士というものだ」と言います。

その言葉通り、最期は関東軍百万の軍勢に対して「今はこれで戦は終わり也。あとは快く戦うべし。狙うは徳川家康の首ただひとつのみ。」と潔く突撃しその義の生き方を世の中に燦然と照らしていのちを燃やし尽くします。

幸村の軍は、大軍の中を突き破り最期は徳川家康の本陣まで辿り着きその馬印までなぎ倒します。その真田軍の姿に徳川家康は人生で二度自害を覚悟するほどの、ギリギリの状態に追い込まれたといいます。そして日本全国の武将たちが、その真田幸村の勇士を称え「真田日本一の兵」と呼ぶようになりました。この戦は、関東軍は結果としては勝ちましたがこの幸村の「義」によって半分は負けたとも言えます。「義」とは美しさがあり、後世まで歴史に燦然とその生き方を遺します。本来の武士の本文とは何か、武将の本質とは何か、そういうものを時代に流されず最期まで貫いた幸村こそ理念や初心を守り切った本物の義人です。この本物の義人のこの生き様はその後の日本の勇士やサムライたちの心に日本人としての美しい生き方を遺すという大勝利を収めたのです。

こういう生き方を通じて世の中で示す存在というのは、永遠にその存在価値が物語として遺り子々孫々の心に道が示されていきます。これは真田という一族を遺した兄と、真田という生き方を遺した弟の物語。しかしこの真田家に私はとても多く生き方を学ぶものがあります。

時代が変わっても、私はいつまでもこの真田の義の生き方に憧れ続けています。引き続き、子どもたちのためにもこの義の心が私たちの中にあることを伝承し自分の生き方を通して伝道していきたいと思います。

信じる価値

価値というものがあります。この価値はそれぞれの価値観が決めるものですが、ある人は石ころだと思っているものが宝石であり、ある人がゴミだと思っているものが至宝だと思うこともあります。

これはそれぞれの人の持っている価値基準によって左右されていくものです。しかし価値にはそういう人の価値観で左右されないものがあるように思います。それは時間をかける価値です。

今の世の中はすぐに結果を求めてきます。もしくは結果が出ないものを無価値のように刷り込まれているところもあります。取り組んでいる時間こそが価値だとは思わずに、その結果が早くでることだけを焦って評価します。時間をかける価値がないとまではいきませんが、1か月で結果が出るものと1年で出るもの、10年で出るものと、30年で出るもの、そして100年懸って出るものと1000年後に出てくるのでは明らかに価値が異なるということがわからないのです。

実践というもの一つをとっても同じく、本物の価値というのは時間の経過と共に証明されていきます。その人生を何に懸けたか、そして何に捧げたかという価値は時間の経過と共に必ずにじみ出てくるからです。

つまり結果から評価するのが価値ではなく、結果以上の価値が観えるかというものが真価というものなのです。人生ではそれを生き様ともいい、古今の覚者はそれを大義とも呼びます。

歴史の中でその時代に如何に結果が出ずに無価値だと思われていたとしても時間の経過と共にその価値は燦然と輝いてくるものです。なぜなら時が魂を磨いていくからです。そしてその価値が結果としてはじめて人々に認識されるとき、その価値の意味を理解できるようになっていきます。

しかしその人物は結果を気にして取り組んだのかということになると、結果よりも大事なものを優先したということは自明の理です。その人物が結果がすぐに出ないことに嘆き焦るようでは、それだけの偉大な価値を創出することができなかったはずです。それは例えば空海然り、聖徳太子然り、松尾芭蕉然り、二宮尊徳然りです。

人は願いを持ちますし、祈りを持ちます。その願いや祈りは、時空を超えて今の私たちの心の中に永遠に一緒に生きていきます。それは結果ではなく、常に経過の中に息づいているものです。いわば、心の中に一本の御柱が貫かれるがごとく志として伝道され続けます。

改めて生きるということが何か、そして本物の価値とは何か、人間一度は人生一生の醍醐妙味の中でそれを掴まなくてはと感じます。なぜなら大義に生きてきた先人たちの御魂に触れることではじめて人は信じることの価値を学び直せるからです。

信じる世界には結果がありません。

ただ信じるだけです。

あなたたちにはこの信じるという価値が観えていますか?

これからも信じて信じ切っていく中で、自分のできることは少ないけれどできる限り子どもたちに時間をかける信じる価値を伝承していきたいと思います。

 

本物の美しさ ~燦然美~

先日、伝統のある京町家で本物の美しい和室を体験する機会がありました。お昼過ぎ、申の刻の陰翳礼讃を肌で感じ、凛としたその空間の厳しさと包み込むような和かな暗闇に心寛ぎました。雪見障子から眺める奥庭は、四季折々の色々に彩られ季節が室内へ透過され自然と一体になって静寂に入っていきました。

その和室のおもてなしをする主人の真心が感じられ、今までその家がどのような家だったか、どのような暮らしを営んできたのかがわかります。自分の内面の深いところを観てもらうようで、その主人の間にはその家代々の大切にしてきた生き方が刻々とその空間に深く沈んでいます。

一言でいえばその媚びていない空間は、あまりにも自然体でありあるがままの心を開いて受け入れてくれている美しさがありました。この美しさとは一体何か、自然とは何かということです。

媚びるというのは、どこかよく見せようとか、よく見られないとか誰かを気にしている状態です。その状態は自然ではなく、媚びているといってもいいと思います。媚びているものはどこか、凛としたものとはかけ離れ、心を閉ざしている雰囲気があります。

しかし媚びない姿はこの反対で、自分らしくいて自信にあふれ、自然体であり心は常に万物の世界に開かれていてどんなことも一円融合に受け容れる寛さがあります。一言でいえば媚びないというのは、生き方を貫いてきた姿ということです。

どんなに時代が変わっても、どんなに環境が変化しても、どのような生き方をするかは自分自身で決めることができます。流されて自分を持たず、大衆に迎合して自分を失ってしまうことは周りを見ていればすぐにわかります。しかしそんな中でも、最近世界遺産に指定された富岡製糸場のように「売らない、貸さない、壊さない」と信念を貫き媚びない姿を遺したことで今でもその価値は燦然と輝いています。

大事なものを守り続けるというのは、主人の信念が決めるものです。どんなに好条件でうまい話があったとしても、決して本質を見失うまいと覚悟を決めた姿にはその人物の美学があります。

この美学を貫くとき、媚びない姿が顕れ同時に本物の姿、自然体も顕れるのです。

自然が美しいのはなぜか、それはそのままあるがままであるからです。人間はもっと自然に習い、あるがままの美しさ、自然体の素晴らしさを学び直す必要を感じています。自分らしいことを諦め、ただ周りもそうだからと大衆に流されて大切なものをゴミくずのように捨ててしまっているうちになくしてしまうものは何よりも大切な自分自身の御魂かもしれません。

どんな時代であっても、大義を貫きその大義に生きようとする生き方には本物の美しさがあります。私が尊敬しているその家は、有り難いことにその凛とした佇まいのままに京都に遺っています。そんな家のご主人と時代を超えてお会いできる一期一会は、私の人生にとってはかけがえのない勿体ない邂逅です。

また引き続き、日本人としての生き方の御指南をいただくためにもその空間に今後ともご挨拶に伺いたいと思います。

ありがとうございました。

土をつくる

昨日、自然農の畑に春野菜の種を蒔きました。畑も人が手入れをすることで畑らしくなります。畑に人がいかなくなればあっという間に雑木林のように野生に帰ります。作物を作り続けることで、そこに畑ができるのはそこには「場」ができるからです。

実際に畑をつくるというのは、土をつくるということです。これは別に野菜をつくることが目的ではなく、私たちの方が土に親しみ関係を結んでいくということです。土がよくなってくればくるほどに、そこの居心地がよくなってきます。居心地がよくなるというのはよく目が行き届いているということであり、小まめに草を取り払い土の状態を見守っているということです。野菜を育てることばかりを考えては土を育てないでいては、収穫はするけれど一向に土を耕さないことと同じです。これは仕事も同じく、お客様の環境を耕したり草取りをしたりせずに数字や収穫だけをやっていたらダメになるのと同じです。環境の中に生き方は顕れてきますから、自分の働きは環境に浸透していくことで土は醸成されます。

農の諺にも「精農は土をつくる、駄農は野菜をつくる」というのがあります。野菜ばかりをつくっているうちに最後は草も生えなくなるぞという意味です。

如何に土づくりが大事かということを、かつての農家は教訓にしています。

他にも似たものに「作を肥やさず土を肥やせ」や「作人上田」というものもあります。この作人上田というのは、農民を上農・中農・下農を三つに分けた古い農書の中の言葉で下農は雑草を、中農はイネを、「上農は土をつくる」と書かれています。そして上農になるには、まず人間を創る必要を説きます。そして上農になるためにも、まずは土からはじめなければなりません。

土というのは直接収穫とは関係がないようにも思われますし、土を耕し手入れをすることは根気もエネルギーも多大に消費します。目先のことを考えずに長い目で土を育てていくということは、そのために日ごろから草を敷き、土を触り、土を寝かし、一年の巡りを見据えて土に寄り添い生きていきます。

どちらにしても先祖たちがいうように、目に見えるところにばかりを気にして土を疎かにするというのは農では本末転倒であるということです。

他にも諺で農の実践で優れた人物を比喩し、「精農は草を見ずして草を取り、中農は草を見てから草を取り、惰農は草を見て草を取らず。」とあります。これだけ土と一体になっていれば自ずから経営は成り立っていくということでしょう。

これは畑だけに限らず、会社でも事業でも組織でも同質のことです。

最後に農に携わる人間として訓戒というものがあるように思います。人間として何を守っていけばいいか、人間として何を大切にしていかなければならないか、古来より語り継がれた農家の心構え「三粒の大豆」を紹介します。

「一粒は空を飛ぶ鳥のために 一粒は地の虫の中のために 残りの一粒は人間のために」

これは大豆を畑に播くとき、一つの穴に同時に三粒の豆を入れなさい。一粒は空を飛ぶ鳥のために、一粒は地の中の虫のために。そして残りの一粒は人のために播きなさいということです。

土をつくることの本質が示されています。

私は子どもの仕事は土をつくることだと思っています。そういう意味では、自然農も古民家再生も見守る保育を弘めることも何も変わりません。引き続き、自分のやっていることが何か、人生を通して土に寄り添い土から学び直したいと思います。