国家の未来

シンガポールに来て国家の繁栄を洞察していると学ぶことがたくさんあります。初代首相リークアンユーがこの国の工業の発展についてインタビューされたとき「わが国は、このように小さくて資源が何もないんです。ですから外国からきていただいたり、 工業国家になる以外に生きていく道がなかったんです。 資源が何もないことが、ここまできた秘密なんです。」と言いました。

ないものねだりではなく、あるものを探す、そしてそこに知恵を働かせたということです。これは組織マネージメントにおいても同じことで、ないからできないのではなくないなかでも知恵を出すことをあるものを創出するという起業家精神があります。

自分の持ち味に特化するということは、このないものばかりを直そうやないものばかりを修正しようとする発想ではなく如何にある部分を捨てて全体の中で自分が活かせるものに特化するかということに似ています。つまりは、自分の欲望や都合を優先せずに全体の中で自分を如何に活用してもらえるか、そうやって生きてきたということです。

そして国家の形成は簡単に行ったのではなく、時間をかけてじっくりと行ってきました。そのことについてこういいます。「要は急がば回れだ。過去につちかってきた習慣や既得権を捨てたがる人はいない。ただ、一国として存続するには、ある種の特色、共通の国民性をもつ必要がある。圧力をかけると問題にぶつかる。だが、優しく、少しずつ働きかければ、同化はせずとも、やがて融合するのがものの道理だ。」

重心を低くし、理念に向かって実践していかなければ今のシンガポールはありません。多民族多言語多文化が融合するこの国家の発展と繁栄は、時間をかけてじっくりと包み込んできた政策が今にいたるように思います。

世界の中でのHUBを目指し、この国にどうやって来ていただくか、この国をどうやって活用していただくかと、考えて尽くしてきたからこそこの国にくる外国人は快適に過ごしこの国の利点を活かしほかの国々とのビジネスを成功させているように思います。

そしてこうも言います。「わが国は国粋主義になろうとする傾向に抵抗する必要がある。考え方も行動も国際的にならなければいけないのだ。外国に行かせたり、外国人と交流させたりして、世界レベルに追いつくように、わが国の人材を育てる必要がある。」

人材こそが最大の資源であるとし、国防費の次に教育費をあてるほど人材育成に力を注ぎます。国家が何を優先しているのかを観ればその国の理念が観えてきます。この先は中国が台頭し、アジアは中国を中心にビジネスを展開することになっていきます。その時、必要なのはそのネットワークを駆使して如何にこのアジアでの自分の役割を担い活かすかということになってきます。

少し先の未来を予見しても、急速な少子高齢化の人語減の日本の未来においてこれからどのように私たちは多民族間と調和しいけばいいかシンガポールから学ぶことが多くあります。

引き続き、子どもたちのためにも未来のために今できることを学び直して遺して譲っていきたいと思います。

国家の理念

シンガポールに来て学校をはじめ様々な生活を観察していると直観するものがあります。それは理念があるということです。理念がある中で働く人たちや、理念が明確になっている中で動く人たちには活気があり、さらにどのように自分たちが行動し考えればいいのかがわかります。この淡路島ほどの小さな島が、この50年でここまで発展を遂げたのは初代首相リー・クアンユーの理念がはっきりと現れたということです。

シンガポールは歴史を振り返れば太平洋戦争のあとから食住もままならないほど貧困を体験し、その後、先進国の仲間入りを果たすまで様々なことを学び取り入れてきました。今では一人当たりのGDPも日本を抜きました。その改革の手法から周りからは独裁者だとののしられながらも、「志を持てば人気取りなど必要ない」と喝破し自ら理想の国家を実現するために今まで迫害を受けた国家からも学び、様々なことを融和していきました。

昨日から混ざり合うことを書いていますが、この混ざるには矛盾を受け容れた両義性のようなもの必要になります。その両義性は両義性をみても理解できるものではなく、矛盾を受け容れるには理念が必要なのです。

私も理念の仕事をしていてすぐにわかるのですが、多様な価値観を受け容れ、多様な文化多人種を融和していくには人々が納得するような確固とした理念が必要です。理念があるからこそこの国家がどのようにこれから発展していくかもわかりますし、リーダーが理念を実践するから国民もまたそれについていくのです。

私が視察する中でいつも大事にするのは、目に見えない部分をいかに観るかということです。それは人々の発言の中にどれだけ理念が浸透しているかを観ているのです。どんな組織であれ、普通といわれる常識を壊し、新しい常識をつくっていくのは理念を実現しようと実践していく人たちの揺るがない信念と忍耐です。

そういうものがある国家には、その理念を尊重して一緒に理念と共に生きる仲間が生まれます。国家運営においても、組織運営においても、その根本は常に普遍的な理念によるものだと私は思います。

シンガポールはこのまま、どんな時代の中にあっても国民を守ろうという意思を持ち理念が実践されていくように感じました。様々な問題はそれを実現するための一つの課題でしかなく、問題はすべて変革ための善いことになりますからこの先もまた新しいシンガポールを築いていくように私は思います。

日本を祈ると、日本はどのような理念でこの先の未来を築くのでしょうか。

先史先祖から連綿と紬ぎ繋いできたものを私たちはきちんと受け取りそれを日本の人々と一緒に実現していく必要を感じています。そのためには日本人の一人一人が魂の目覚めのような気付きを自覚する必要を感じます。天皇がいて、理念を守ってくださっていますから私たちは気づくかどうかを問われています。

最後に、シンガポール初代首相リー・クアンユーの言葉です。

「後悔はない。私の人生のほぼ全てをこの国をつくりあげることに使った。それ以外に私がする必要のあることなどなかった。私が最後に得たものは何か。成功したシンガポールだ。私が捨てなければならなかったものは何か。私の人生だ。」

理念に生きる人があって今の現実がある、どう生きるか、その生き方が未来ですから未来のために生き方を見つめて生き方を見直して生き方を変えていきたいと思います。

混ざり合うこと

昨日からシンガポールに来ています。前回の教育視察を経て、今回はより具体的に学校内部の生活や寮、そのほか留学生たちの状況、さまざまなことを深められると思います。

シンガポールは、中国系、マレー系、インド系、その他、町に出てみればすぐにわかりますがここは非常に多くの多国籍の人たちが暮らしています。日本のような島国はあまりそう外国人が多いというイメージはありませんが、このシンガポールはいつも様々な人々が混ざり合っている感じがします。

私がこの国に最初に興味を持ったのは、10年ほど前にブルーオーシャン戦略の講演で来日したチャン・キム教授がこのシンガポールは国家としてこの戦略を取り入れているという話でした。大きさ的には東京23区ほどの広さしかなく、資源も乏しいこの国は自分たちの持ち味に特化することでアジアの優等生と呼ばれるほどの経済大国になり、今の立ち位置を手に入れました。

確かにいろいろな人たちがここを出入りし、様々な国へと移動していきます。HUBとしての要素は非常に強く、以前訪問したオランダにも通じるところがあります。自分を通過してそれを混ぜていくという文化は、寛容さが必要です。一つの価値観だけで縛りその価値観のみを強烈に押し付けるという文化ではこの混ざり合うことができなくなります。

私はこれからの時代は、より多国籍他民族が混然と一体になっていくように思います。ボーダーレス、国境のない世界になればなるほどにあらゆる価値観を受け容れて人類共通の大きなビジョンに導く人々が世界をつなぎなおしていきます。

そのためには、一円融合といって「とらわれない・こだわらない・こしつしない」といった融通無碍の境地を持った人たちが、それぞれの持ち味を発揮していく環境を用意して人々の善きところを引き出してそれを合わせることができるように導かなければなりません。

これからの教育においては、まさにそのような混然一体の中で一円融合しつつ理念を優先できるような人材が必要だと私は思います。混ざれない人というのは自分や自我を優先して周りを変化させようとする我儘な人です。自然界は混ざっていないものなど一つもなく、すべての存在は混ざることで成り立っているのです。

自分ばかりを優先しては混ざろうとしないでは、とても一円融合し融通無碍になっているわけではありません。自分よりも理念が優先できる人はどんなものでも混ざっていけます。

言い換えるのなら「これはこれでいい」とその時々の今を、すべて最幸だと受け容れる感性を持つということです。今が幸せな人は、どんなものとも混ざっていけますが今が不幸だと思っている人は何にも混ざれません。

人生は天にお任せし、天命を信じ来たものを選ばず人事を尽くしているからこそ何があっても好いことだと転じられるように思います。私にとっての混ぜていいくのは転じ続けていくことと同じです。

この国から日本を顧みて、改めてこれからの教育の方向性を確認していきたいと思います。

 

失われた文化

昨日は古民家の床材を古材でリメイクするために古材屋さんの工場に大工の棟梁とお伺いしてきました。そこには長くて百数十年前から数十年前の古材があり、解体されたものが集まってきていました。本来は捨てていくようなものを拾い集めて再利用していくということはいまは失われた文化だとも言えます。

かつて日本の先祖たちはものを大切に最後まで使い切っていました。それは捨てない文化だったともいえます。今では捨てる文化が広がり、捨てること前提で作られたものはすぐに壊れてしまいます。

昔のように末永く使うだろうと思い素材から吟味し大事につくるという文化は廃れ、大量生産大量消費の中で便利に使えて安く交換できるようなものが蔓延しました。同時に捨てる文化が広がり、捨てない文化がなくなりました。

自然からいただいたものだからこそ大事に使い切るという発想は、いのちをいただくのだからそのいのちを使い切るという発想から来ています。樹齢数百年の樹木を切り倒しそれを木材にし、建築をする。その木材になったいのちをどれだけ大切に扱ったか、そこに自然と共生していく思想があります。

今では解体屋がきては、ものの数日ですべてを破壊し焼却しますがそれまでのいのちはいともたやすく捨てられます。いのちが大切にされない時代だからこそ、心が病んでいる人がふえたようにも思います。

使い捨てというのは、自分の利用価値がなくなれば価値がないという考えから来ています。いまの時代はもったいないという言葉の意味も、単に自分にとっての損得の基準で使われるようになってきました。本来のもったいないは、いのちを使い切っていないのだからまだまだ活かせるという意味でもったいないと感じたように思います。他にももったいないには、自分の損得を超えていただいたご縁のことや、一期一会に形を変えてはお役にたっている尊い姿にもったいないと感じていたはずです。

昨日の古材屋さんが古材が集まらないと嘆いていたのは、それだけ古いものの価値が捨てられていることが進んでいるということでもあります。昔の家屋は先祖たちが子孫のことを慮り、立派な梁や柱を用意し、それを解体し組みなおして温故知新して代々の子孫へと継承していき命をつないでいきました。

この子孫繁栄の仕組みと人類の発展の原点、それを忘れてしまった人類は少子高齢化の中で大事なものを捨てていることにそろそろ気づいてくると思います。

改めて、今の人々が捨てていくものを拾うという発想が必要だと思います。それは捨てていく文化の中でもっとも大切なものを拾い続けるという意味です。

引き続き復古創新を学び直していきたいと思います。

自然の時機(一期一会)

昨日は自然農の畑に、今年に入って2度目の妙見高菜の種を蒔きました。1度目は9月初めに蒔いたのですが、5年目ではじめて新芽がすべて虫にたべられてしまいました。今までは蒔いても虫に全部を食べられるほどはなく、間引くほどでしたが今回はほとんどすべてきれいに食べられてしまいました。

自然というものはタイミングがあり、種を蒔く時期を間違えると芽が出ることがありません。種の方も自然の時機を見定めていて、ちゃんと実をつけて種になるためには遅すぎては結実しないのを知っているのです。しかし今度は早すぎると、新しい季節の生き物と同じタイミングで共生するよりもその前の季節に生きていた生き物たちの餌になってしまいます。早すぎてもダメで遅すぎてもダメ、このタイミングがぴったり(一期一会)というものが自然界では何よりも生き残る智慧そのものなのです。

今回は、例年に合わせて蒔き時を9月初旬にしましたがすべて虫がたべました。もういちど畑に出てよく自然を観察してみたら思うことがありました。今年は台風が何度も福岡の周辺を通過しています。現在も、福岡の北部、韓国の一部に台風が入っています。

これは北の寒気が弱く、南の温気が強く、そのため台風がここまで入ってくるのです。台風というものは、日本の最南端さらに下でいくつも発生しています。報道では日本にかかるものしかニュースになりませんが、実際は今年もすでに18号なので18回台風が発生しています。

その中でこの時期になるまで台風が福岡の北にあるのは、温暖な気候がまだまだ強い証拠です。

そう考えてみると、今までの暦通りの種まきでは早すぎる可能性もあります。本来はいなくなっているはずの虫たちが、季節のめぐりに沿って生き残っています。そうなると本来、食べられないはずのものがたべられることもあります。しかしこれもまた自然の一部を少し観察しただけで宇宙地球自然全体ではもっと大きなめぐりや循環が行われているのです。

私たちは知識の刷り込みで、スケジュールや時期、タイミングを頭で考えてはその通りにいくかのように錯覚します。しかし自然は頭で考えている通りでもなく、自分の目と手、そして心、その五感のすべてで観察し直観しなければ自然に近づくこともありません。

自然を観察してみたら、何が起きているのかがなんとなく直観できるのは今まで長い年月をかけて私たちは自然に寄り添い自然と共に生きて暮らしてきたからです。この数千年、いやこの数十年で私たちの暮らしは一変し、頭で考えた通りのことの方が常識になりいつも人間の都合で世界が動くように錯覚し刷り込まれました。

自然の畑に出てみればそういうものは一瞬で崩れ去ります。考えていたことがほとんど勘違いだったと気づき、すぐに自分を修正していくしかありません。変化というものは、まず変わらない普遍的な自然がありその自然からズレた自分自身を換えていくことを言います。

世の中のすべては宇宙の運行、自然の摂理、太古から続く大道によって営まれていますから目先のちょっとしたらことだけをコントロールした気になったとしてもそれはまったくの勘違いで私たちは無理に思い込み刷り込んでいるだけだということでしょう。

自然をもっとよく観て、自然から学び、分かった気にならないように自戒し、妙見高菜と一緒に生き方と働き方を変革していきたいと思います。

家生~主家一体~

古民家再生をはじめてから慣れない大工作業で、身体中のあちこちが筋肉痛や傷だらけです。自然農の方は畑にいけなくなった分、目が行き届かずなんとか実るものもありますがやはり手入れ心配りが足りない分、畑の作物たちも寂しそうです。

昨日は床下に合計1200キロの備長炭の敷き詰めが終了しました。また水晶のかけらも15キロほど撒いています。そのほか、外壁のベンガラ塗装や、家の中のあらゆる建具の修理、また押入れ内の補修など、漆喰やヒバ油によるメンテナンスを含めるときりがありません。

この4月からはじまった古民家再生は、有り難いことにかなりの速度で仕上がってきています。まるでこの後に何かが起こることを予感させ、そのためにタイミングが合っているかのような感触があります。

家が喜ぶかといったテーマは、昨年島根石見銀山にある220年の他郷阿部家からいただいた命題でもあります。あのご縁から約1年で、ここまでいろいろな学びがあったものだと感慨深く思います。

今では御蔭様をもって頭で考えていた家が喜ぶというよりも、実感として家が喜ぶのを感じます。家は単なる建物ではなく人と共に生きているものですから、家が喜ぶのはそこに人が住むからです。この住むというのは、もちろん暮らしのことですがこの字は分解すると「主人」と書きます。つまり家に住むということにおいて何よりも大切なのは一家のあるじ、つまり主人がいるということです。

主人がいる家というのは、その主人の人格が家に現れてきます。どんな主人がどんな理念でその一家を纏めているかは家を観れば一目でわかります。家にはその主人の個性が出てきて、一家の人々の持ち味が和合しその家の暮らしにおいて家を飾り立てていきます。

家は主人次第でどうにでも変化しますが、主人のいない家の寂しさといえば悲しいものです。ちょうど隣家も同じくらいの古い古民家ですが、もう10年以上誰も住んでいません。人が住まない家はあっという間に傷んで壊れてしまいます。雨漏りがはじまり、あちこちが腐り始め、そして雑草に覆われ朽ちていきます。何とかしたいと思いますが今はまだどうにもできません。主人が現れるのをじっと待つ家には、その時を耐え忍ぶ姿が見えます。

なぜ家が人間の寿命よりも長生きするのか、それはその家に主人が居続けているからです。主人が暮らした家が、その家の寿命ですから代々の主人がその家に現れれば家が喜ぶのです。そして主人が大切にしてくれる人であればあるほどに家は新しい主人とご縁を結びその家生を喜びます。

家とは、生物にとって主家一体のものです。

人間の寿命よりも長い生き物たちには、その生命において仕えている主人があるということです。私たちはこの本質を見誤ってはならないように私はおもいます。私が実践する初心伝承も、理念継承も、風土文化育成においてもすべてはこの仕事に懸っています。

引き続き古民家再生を通して、子どもに譲り遺したい生き方と働き方の一致を深めていきたいと思います。

 

 

 

和やかさとは何か

人は和やかさというものを感じるようにできているものです。例えば、一つ一つ手作業で作られたものには和やかさがあります。また料理一つでも、丁寧に丹精を込めて作ったものにも円やかさや和やかさを感じます。

大量生産で機械で製造したもには、その和やかさというものがありません。不思議なことですが、この和やかさは私たちは無機物にかかわらず有機物にいたるまですべてこれを直観できるようになっています。

この和やかとは何か、それを少し深めてみようと思います。

この和やかさとは私の定義では、仲が善いということです。つまりは仲睦まじい姿を見ると私たちはそこに調和を感じます。争わず競わず、お互いに和している姿にわたしたちは和やかさを感じています。

手作業で手入れするものがなぜ和やかに感じるのか、それは素材と対話し、素材をどのように活かせばいいか、お互いに対話をしながら丁寧にお互いに作り上げていくからです。これはモノづくりでも料理でも同じで、そのものの素材を大事にすればするほどにお互いに活かしあおうとします。それを人々は和やかであると感じるのです。これは人間関係も同じで、一人ひとりを尊重しお互いの持ち味を活かしあう仲間同士はとても和やかな雰囲気が出ています。

しかしこの逆に、素材を無視し一方的に作り手の都合で作られたものは不調和な感じがして和やかさは感じません。和の反対語は、戦や差という言葉もあります。お互いに仲が悪くなり持ち味を活かさず一斉画一に単なる物のように扱われるとそこには不和が発生します。

不和なものに囲まれていきていると、次第にその不和の雰囲気が感性を鈍らせていきます。自然というものはみんな調和しています。なぜならお互いに持ち味を活かしては争わないからです。お互いの特性を活かしながら、お互いが助け合っていきています。食べ食べられるものも、本来は助け合っているのであり争っているのではありません。

私たちはこの「和」の心を何よりも大切に生きていくように親祖、天照大神のときよりずっと重んじてきました。そこには素材を大事にするように、仲睦まじくお互いの特性を活かすようにと理念が働いていました。

今は経済重視で大量生産大量消費の中で、その大事にしてきた理念から遠ざかっているように感じます、もういちど、私たちが永い時間親しんできたこの「和」の理念を取り戻す必要があるように感じます。

そのためにも日ごろから持ち味を活かす、個性を伸ばす、異なりを味わうといった実践が必要だと感じます。和やかに生きていけるよう、世の中の刷り込みを取り払っていきたいと思います。

普遍的新しさ

先日、聴福庵の110年の傾きを直しましたが様々なドラマがありました。新しい道具はほとんど役に立たず、昔の引退した道具たちを探して古民家を立て直していきました。また年季の入った道具たちを使うのは、年季の入った年輩の職人さんたちです。紳士的な人たちが、家のあちこちを手触りで感覚で掴みつつ力を合わせて直してくださいました。

今の道具は、ほとんどが作ることと壊すことのためだけに用意されています。そこには修理や修繕をするような昔の知恵でつくられたものがほとんどが引退して古い道具もそれを使う知恵も一緒に失われてきています。

有り難いことに今回は、その昔の道具が大切に保存されていた職人さんからお借りできその道具の使い方を知った職人さんの御蔭で立て直せたのです。

ここから私は古いと新しいということの本質を学び直しました。単に時間的経過で古い新しいで使うときの新しいというものと、普遍的な価値で古い新しいというのはまったく意味が異なります。前者の新しいは古いものを否定する新しさであり、後者の新しいは普遍的なものをいつまでも維持する新しさであるということです。

時間的な経過で古いものを新しくしたからといってその新しいはいつの時代も普遍的な価値を持つものではありません。そんな新しいものに飛びついていたら古いものは否定され何も残らなくなります。ごみのように捨てられていく古いものというものは、それは単なる劣化であり価値はありません。そんな古い新しいには時代を生き残る本質は維持できませんから、新しさを追えば追うほどに普遍的価値は消えていきます。

しかし普遍的価値をいつまでも維持するために、古いものを新しくするというのは温故知新の本質でありその時の新しいというのは普遍的価値を守ったということです。普遍的価値を守るためにどのような道具を維持していけばいいか、どのような生き方を保持すればいいか、それは普遍的価値にあわせて時代の変化と共に自分自身を変化させていく新しさというものがあります。

古いか新しいかという言葉だけでは、単に時間的なものだけを考えて自分を換えようとしない人が多くいます。実際には、普遍的価値を保つためには常に自分自身が普遍的な価値を維持するために時代の潮流や環境をよく学び直し、いつまでもなくしてはならないものを守るために様々な変化に合わせて改善していくことが新しくするということなのです。

日々というものは、油断をするとあっという間に風化していくものです。それが風化しないようによく手入れをし、よく磨き、そのものが大事に守られるように外側からやってくる普遍的価値を崩し壊すような人間の欲をよく制御し、自我欲に打ち克ち、本来のあるべき姿を守り通していくことが真に「新しい」ということなのです。

古い道具を用い、古い職人さんたちが、古民家を直す姿に私は普遍的新しさを垣間見ることができました。伊勢神宮の式年遷宮然り、法隆寺大工の改修然り、その人物と技術、道具の中には永遠に新しさを放ち続ける普遍的新しさがあるのです。

今回の学びから、何を守り、何を新しくすればいいかを学び直しました。

社業につとめ、子どもたちにその本質を譲り渡していきたいと思います。

心のアンテナ

人は誰しも心のアンテナのようなものを持っていますが、そのアンテナが鋭敏になっている人と鈍っている人がいるように思います。心に浮かんだことを信じてその心を大切にする人はアンテナが次第に鋭敏になります。

しかしこの反対に心に浮かんだことを自分でかき消したり妥協しているうちにアンテナが鈍ってくるように思います。

自分の心の声を聴く人は、自分の心がどうしたいのかどのようにおもっているのかという本心を聴けます。しかし感情に呑まれている人は心の声を聴くよりもその時の自分の一時的な感情で欲を優先してしまい心の声が歪んでしまいます。

心の声というものは、自分の感情と心を澄ませていくことで聴こえてきます。雑念を捨て、本当は何かを見つめ、本質であろうと魂の重心を低くして矛盾を内包する強さを持つとき心は感応してきます。

また心は常につながりやご縁を感じています。そのつながりやご縁をたどっていくかのように、心から聴こえたメッセージを受け取れるようになるにはご縁を活かし、ご縁に生き、一期一会に日々の出来事の意味を感じ続け精進し続けているとそのアンテナのチューニングがぴったりと合ってきます。

このチューニングとは何か、それはラジオのチューニングを合わせるように突如としてある音階や内容が流れてくるのです。

不思議なことですが自然界では、このような太古から流れている周波数がありそれを受け取れる人と受け取れない人がいるだけです。心を澄ませていけばいくほどに、その周波数に自分からチューニングを合わせていけるように思います。

今の世の中は、自分に合わさせようとばかりに躍起になり感情に呑まれて他人にばかり矢印を向けては協力しあわない人が増えたように思います。我儘に自分勝手に思い通りにいくことばかりをやっていたらチューニングを合わせていくことができなくなります。

自分からチューニングを合わせていくというのは、自分の方をさらりと変えていくということです。素直な心で謙虚な気持ちで感謝の生き方を実践する人は、自ずからある一定の周波数の中で生きていくことができるように私は思います。

相手を尊重したり、お陰様のチカラで周りからいつも助けてもらっているという自反慎独している人は周波数を合わせて心の声が聴こえているのでしょう。

日々は怒涛の如く時間に管理されながら動かされていきますが、心は時間とまったく別の次元に存在していますからその心の声を聴くことで本質や初心、理念に立ち返っていきたいと思います。

自由と好奇心

人は疲れてくると好奇心が減退していくと思われています。しかしそれは刷り込みの一つで、どんな時でも面白いと思える人は好奇心が減退するどころかますます好奇心が発揮されていくものです。

一生は一度しかないものですから、生きているうちは如何に面白いと感じるかということはその人生を豊かし積極的にするうえで大切なことのように私は思います。

高杉晋作に「面白き事なきこの世を面白く」という辞世の句があります。人は後ろ向きになりまじめになってしまうと、次第にマイナス思考になり面白くなくなってくるものです。好奇心の減退とはこのことで、好奇心はどんな時でも笑いに換えたり、どんな時でも好い方に転じて、どんな時でも面白いと思える心を持ち続けることで発揮されていくものです。

もちろん、いろいろなことが起きると体躯は疲れていきます。情報量が多いと精神的にも疲れます。しかしこの疲れは見方を換えれば、体験したから得られるものであり、体験を通して人は本当に大切なことを学んでいます。

自分が体験するというのは、それだけ味わい深い人生になっていくのだからそれをどのように見方を換えて感謝にするかはその人の好奇心の発揮次第のように私は思います。

今の時代、まじめすぎて好奇心を失っている人たちが増えています。幼児性が強い子どもの純粋な感性を持っている日本人が次第に大人びてきて疲れてきています。好奇心を持ってなんでも遊びにして楽しんでいる子どもたちの姿に、私たちは好奇心を学び直す必要を感じます。

たくさんのことが発生しても、その体験をそのままあるがまま味わうこと。そしてぐっすりと眠り、また起きて新しい一日を楽しむこと。仕事にせず作業にせず義務にせず、好奇心でやっていると毎日は面白くなってきます。

自由とは好奇心と一体です。

自由な日々を送るためにも、いかに毎日を面白く生きていくか、子どもたちに習い実践していきたいと思います。