魂の純度

ドイツ建築家にブルーノ・タウトがいます。この方は、第2次世界大戦のさなか、ナチスドイツから亡命のようなかたちで来日し、「日本美の再発見」などの著書を通して日本文化の価値を再発見し世界へ広げた人物でもあります。

この方は約3年半、日本に滞在する間に様々な日本文化に触れ工芸品の指導や一部の建築をおこないました。日本人というものがどのようなものであるか、日本文化とは何であるのかを鋭く洞察した内容には改めて感じるところばかりです。

色彩の建築家とも呼ばれたタウトは、その色彩についてこのような感覚で捉えていました。

「水面の波紋、氷塊の中の泡や結晶の生成、樹木の枝分かれや、その1つとして同じでない成長の仕方、葉芽が形成され一枚になる過程、滝の落水の装飾、雪の中の枯草、露の水滴の形成、木々の織りなすリズムに満ちた森、等等。自然の色彩は私を魅了して止みません。」

日本というものを洞察するときに、この色彩を使って見抜いたのかもしれませんがこの言葉の一つ一つからタウトの自然を観察する美しく見事なまでの表現に共感することばかりです。

そのブルーノ・タウトは「日本美の再発見」の中でこのような言葉を遺しています。

「日本の文化の特性とは、いわば芸術化された自然といえるでしょう。日本的なものの品質が問われた場合には、常に日本の古典芸術を特徴づけている簡素性への傾向が認められます。それは精神化された自然への感性にほかならないと言えます。」

この精神化された自然への感性という言葉に感動します。

私達日本人の先祖たちは、家屋をはじめ民藝品にいたるまで 自然美をそのままに取り入れて創意工夫し自然のままに活かしたものを作品にしてきたとも言えます。今、古民家再生をはじめ様々な古い職人たちが手掛けた道具に触れているとそれをいつも感じます。

目的が単に大量生産で使えればいいというものではなく、自然を敬愛し、自然への畏敬が道具に宿ると信じて精魂込めて造られてきたのです。こういう日本的な精神性、つまりは自然に対して純粋で無垢、いつも自然のいのちが観えているかのような子ども心が日本人には宿っているということを直感します。

日本文化の本質として大衆化して安易に便利に走り、目先の損得によって失われたものは魂の品質なのかもしれません。

ブルーノ・タウトは、桂離宮や伊勢神宮を絶賛します。

「泣きたくなる様な美しさ。永遠の美、ここにあり。われ日本文化を愛す。それは実に涙ぐましいまで美しい」と。

この泣きたくなる美しさとは何か、それは永遠の美を保つ魂の美。純粋なもの、いや、私の言葉にするならば「純度の高さ」こそが日本文化の本質であると信じます。如何に人生を研ぎ澄まし純度を高めていくか、それは日本人が日本人らしく生きていくための最大の要諦ではないかと私は思います。

純度の高い精神には、純度の高い生き様が宿ります。そこには単に道具や家屋だけではなく、そのいのちがそのものに投影し宿りいつまでも美しさを放ち続けるのです。

タウトが観察した日本とは、日本の魂、大和魂だったのかもしれません。これから古民家を温故知新していきますが、その大黒柱には常にこの真心を据えて取り組んでいきたいと思います。

引き続き、子ども第一義。子ども心を昇華して魂の純度を高め続けて先祖たちに恥じない生き方を実践していきたいと思います。

 

 

苦労の値打ち

古語に「若いときの苦労は買ってでもせよ」があります。これは意味として、若いときにする苦労は貴重な経験となって必ず将来の役に立つからということで使われます。言い換えるのなら、若い頃に楽をすれば必ずそれが将来の禍根になるということでもあります。苦しい体験や経験というものは、わざわざ自分から身銭をきってでも進んでやりたいと心から思えるかどうかがこの諺の妙味だと思います。

教育者の森信三さんに「同一のものでも、苦労して得たのでないと、その物の真の値打は分からない。」という言葉があります。

経験というものは、同じ体験をしたとしてもその体験を違う人が体験したらまったくその体験の質が異なるものです。問題意識の高い人は同じ体験をしてもその値打ちを知り深くその体験を味わい学びます。しかしその逆に体験を単なる出来事の一つだと思って日々を過ごしている人はその体験の値打ちが分からずそれを浅く受け取ってしまいます。

この体験というものは、自分から主体的に体験をする人と受け身で体験する人とでは質量は長い年月でものすごい差が産まれます。もしも若いときから、この体験がきっと同じ苦労をしている人の役に立つはずと自分を社會のために活かしたいと強く願い生きる人の体験は丸ごと同じ体験をする人たちの全てにお役立ちします。すると同じ体験であっても、その体験には数百人、数万人の人たちの代表として苦労するのですから体験は必ず将来同じような体験をする人たちの糧になり勇気になり、そして労いになります。

しかし体験を自分のことだと思い込み、自分の体験を自分だけのものと思って流していたらその苦労は本質的な苦労になることはありません。買ってでもせよという苦労とは先述した同じ体験をする人たちの役に立つための自ら苦労を選んでいく「救い」のある苦労なのです。

同じような体験をした人が必ずいるはずだから、その人たちのための「救い」に自分がなりたいと思う人はみんな苦労を自ら買っている人だと言えます。それを単に辛いのが嫌だからと苦労を避けて楽ばかりを選んでいたら救いにつながることはありません。先人の苦労が分かるようになってはじめて先人から救われたことに気づくのが人生ですから、先人たちの苦労にこそ私たちは感謝しなければなりません。

そして先人たちの徳業と同じくその苦労を買うというのは、その苦しんでいる人たちのために自ら実践を積んでいくことです。この実践とは、苦労を買っていることであり、自ら実践を増やし積み上げていく中に救いの手立てが活きているのです。

苦労を買うというのは、人々の救済のための「実践」するという人の道のことなのです。

森信三さんは「キレイごとの好きな人は、とかく実践力に欠けやすい。けだし実践とはキレイごとだけではすまず、どこか野暮ったく、泥くさい処を免れぬものだからです。」と言います。

この野暮ったく泥臭いという言葉は、私は地道で少しずつ、そして継続が必要で根気強くということと同じように思います。つまり実践のことを言いますが、自ら誰かのためにと強く願い実践することはキレイごとでは片付きません。

まさにそれこそが「苦労を買ってでも」という意味に繋がっていると私は思います。

自分の人生は自分だけのものではなく、周りの御蔭様で活かされていると自覚するのなら周りのために自分の人生を役立てたいと願うものです。その時、自他一体の境地になり自分の人生は一切無駄がないということに気づけばおのずから苦労というものは値打ちがあると実感するのではないかと私は思います。

苦労を与えられる先生というのは素晴らしい方々です。私は自分が苦労するからどうしても同じような苦労をさせたくないと思ったりしますが、これは大きな考え違いであることに気づきます。自分の人生はきっと誰かの役に立つのだから苦労をするようにと言える真心をそのまま若い人たちに持てるよう自他を分けずに精進していきたいと思います。

 

 

本質を磨く

先日、聴福庵の柱や天井をクルーと一緒にライスオイルを使って磨きました。磨けば磨くほどに木の木目が出てきて、すでに数百年経っている木の歴史や風格が顕れてきました。磨くことの面白さというものは、磨くと本質が顕れてくるということです。その本質は日頃は隠れていますが、磨くという行為を通して本質に近づいていくのです。これは私たちの人生体験にも言えるように思います。

例えば、古いものでもなんでも掃除をしなければくすんできます。そのものの色が分からなくなってきます。それを拭き掃除や掃き掃除を日々に行うことでそのものの色が浮き出てきます。これは個性も同じで、日々に掃除をしていくことで次第にそのものの個性が浮き出てきます。この浮き出たものは別になかったものが出てくるのではなく、あったものが改めて確認できるという具合です。これは温故知新とも言えます。つまりは、常に本質を顕し続けて怠らず磨き続けるということです。

本質が隠れてしまうからこそ、その本質のままに維持しようとする。これを初心を忘れないとも言います。人は別に何か心変わりしたから変わるわけではなく、本質を忘れてしまうから変わったと感じているだけなのです。

現に先ほどの数百年の木を磨けば、そのものの木目や年輪が出てくるのはその木がもともと持っていた本質が磨くことで思い出すのです。磨くということは言い換えるのなら「本質を磨く」ということです。磨くの陰には常に本質が隠れていて、本質的に生きている人は常に日々が磨かれているということです。

何のためにそれをやるのか、何のために生きるのか、そういうことを思い続けながら日々に生きているからこそその人は磨かれ温故知新して常に本質を維持していくことが出来ます。

磨くという実践は人生においては、自分らしく生きること、個性を活かすこと、そして目的を忘れずに本懐を遂げるためには何よりも大切な徳目なのでしょう。

引き続き、日々を磨くことを通して時代が変わっても世界が広がっても共通しているものを守り続けていきたいと思います。

渾然一体

明治以降に急速に西洋化をした日本は、西洋的な発展を自分たちの発展と入れ替えてきたともいえます。本来、それぞれの国はそれぞれの発展の仕方と言うものがあります。気候風土に合わせて人種も分かれ、肌の色も価値観も暮らしも異なっていました。こういう人々たちがそれぞれにそれぞれの場所で独自に文化を発展させてきて今があるとも言えます。

それが今では世界が交通網や物流が世界の奥地のあちこちまで行き届き、世界中から物が運び込まれてきて同時に人や文化も入り混じります。そこで様々な文化が衝突し、受け容れられないものは排除したりと人類は今、乗り越えなければならない文化発展の過渡期を迎えています。

本来、異質なものが混ざり合うということはどういうことかそれを少し深めていきたいと思います。

混ざり合うという言葉に「渾然一体」という言葉があります。これは別々のものが混ざり溶け合って、お互いの区別がつかないほど一体になるさまをいいます。もはや混ざり過ぎて何が分かれていたのかが分からない状態になるということです。

渾然というのは、異質なものが異質なままに一体になっている様のことを私は定義しています。同じにする必要はなく、異なっているけれど理念に対しては皆一体になっているということです。

理念でいえば私たちの会社には窓際に沢山の花壇があります。カグヤガーデンと呼んでいますが新宿の高層ビルの中にある総合空調の中では、外にあるような自然がなく、風も吹かず雨も降りませんし季節の変化もありません。徹底管理された空間においても、それぞれの持ち味を活かす工夫として混植という方法をとりました。

この混植というものは、一つの花壇の中に多種多様の種類の植物をひしめき合うように入れます。しかしそうすることで単一の花を花壇に植えるよりもよほど長く花は咲き、それぞれの持ち味を活かして美しく空間を彩ってくれます。単一の花が美しいと思っている人もいますが、百花繚乱に咲き誇るそれぞれの持ち味が活かされた花の美はなんとも自分らしく尊く感じられるものです。

この混植こそが渾然一体の姿であり、分かれていたものが一体になっている様です。

私は会社の理念を語るとき、このカグヤガーデンをいつも意識しています。この花を見るとき、私はこれからの時代、グローバリゼーションで世界が単一化していく流れと、その反対に世界が多様化して百花繚乱に美しく活かされていく流れがあると感じています。

子ども達に遺して譲りたいのは、混ざり合うことは悪いことではなく混ざってい一体になったらもっと新しい美しさがあることを自分たちの生き方を通して伝承していきたいのです。それぞれの持ち味が活かせるのなら、私たちは必然的に助け合い譲り合っている社會もそこに存在しているはずです。

いがみ合い仲が悪く、果たしては戦争でいのちを殺めるということは子ども達にはしてほしくはないのです。だからこそ、自分たちがまず渾然一体になることを目指し、異質なものを受け容れる寛容さ、長所を友とし、その人のたちの好いところ、美点を伸ばし、認めていくという実践を常に大切に積み重ねていく必要があると思うのです。

私たちが実践する子ども第一義の発達の中心には常にこの「渾然一体」があります。

自然から学び直すのもまたこの渾然一体に気づく大切さを学び直すためでもあります。何が自然で不自然か、自分たちの理念を実践することで文化発展のモデルを示し、周囲に伝承していきたいと思います。

 

 

不便の価値と人間の文化

先日から便利・不便について書いていますがそのことを少し深めてみたいと思います。

人は便利と不便を使い分けるとき、自分の感覚を用いないのか、用いるのかということで使い分けているように思います。例えば、鉛筆削りなどもそうですが今では電動であっという間に削れますが昔はナイフで自分の手で削っていました。ライターが普及すればマッチで火をつけるということもなくなりました。

他にも大きなことでは天気予報や災害情報なども今ではスマートフォンのアプリで勝手に知らせますが昔は自分の五感や感覚で天候や自然の状況を察知していました。今では自分の感覚を用いないことを便利といい、自分の感覚を用いることを不便と言います。

そのうち自分の感覚が失われていき、本質的に不便になっていきますが実際の便利と不便の定義もあべこべになっているように思います。動物たちにとっては自然界で生きるのに、自分の感覚を使うほど便利なことはありません。人間はすでに自然から離れ、都市化され加工したところに住んでいるとすべて自分の感覚よりもデータや道具の力でやった方が便利だと信じ込んでいます。都会の人が田舎にいったら途端に何もできなくなるような感覚があればその意味に気づけるようにも思います。

もちろん別に原始返りすればいいと言っているわけでもなく、動物の時のように戻れというわけではありません。大事なセンスや能力、五感はそのままに磨き続けて現代の技術を用いることが本来の人間の持ち味ではないかと私は思います。そういう意味で今の時代のような便利を追求するということは、自分の感覚を怠けさせるのではないかと思うのです。そして自分の五感や感じるチカラが減退するということは、それを生物でみれば本来の進化とは呼びません。今は急速に人の持っている感覚が消失しているのも、便利な道具に流され依存し自分の感覚を使わなくてもよくなったからのように思います。

結局は一つの価値観によって画一化されて単一化された道具で、誰でも簡単に自分の感覚を使わずに便利さや自由の中に埋没してしまうとより一層個性が失われていくということでしょう。これは自立と依存の関係がとくに現れていることであり、生きるために自立するのが大変だから依存していたいと怠けてしまうのです。

このような環境下で自分の感覚を使うというのは、常に決心と決断、その自立への覚悟が問われています。主体性が失われてしまうから便利な道具に流されてしまうのです。主体性を持っている人は便利な世の中であっても、敢えて不便の中に身を置き、敢えて不自由を遊び愉しんでみるという実践を必ず持っています。不自由と不便を使いこなしているからその人の人生は常に発見と発明、創意工夫、活気に満ち溢れるのです。

つまり便利さに流されるのは本人の自立の問題だということです。そして自立は自分の感覚を使う人のことをいいます。

今は世界中で単一画一が蔓延し、次第に調和のための多様性が求められてきました。こたえのない時代と言われているからこそ、子ども達はこの感覚を研ぎ澄ます体験がますます必要になってきます。不便さや不自由さは今からの時代に何より必要な道具であり、何よりの智慧であることは間違いありません。

今までの教育の概念を根底から見直す時代に入り、今までの価値観は転換され世界はもう一段成長した成熟した社會を望んでいます。

世界の責任のある一人の人間として、自分が不便不自由を謳歌しながら実践をし、子ども達や周りにその不便の価値と人間の文化を正しく伝承していきたいと思います。

愛着形成~故郷の存在~

今、古民家再生を通して郷里故郷のことを学んでいます。

故郷というものは、自分を形成した場所であり、自分の原点がある場所です。故郷にある懐かしさとは、先祖たちが子ども達のためにと遺してくださった深い愛情を私たちは心で感じているのです。

この愛情を受けて私たちは健全に育ちます。これを愛着ともいいますが、自分を形成する際に必要不可欠なものです。この愛着はどのようにつくのか、それは好きになっていくことでついていきます。つまり、好きこそものの上手なれという諺もありますが好きになるから自然に愛が発生し、その愛を纏うことで愛着ができるのです。

そして愛着を持てるようになるには、好きであろうとする努力と同じことが必要です。相手の美点をみることや、相手の持ち味を探すこと、相手が偉大な存在であることに気づくこと、尊重することで次第に好きは高まっていきます。

尊敬することも尊重することも全部丸ごと含めて「好き」の中には入っているとも言えます。古民家再生は、まちの景観維持でもあり、まちの暮らしの継承でもあり、まちの人々の心の伝承でもあり、まちの美しい豊かな自然を遺すことでもあります。近代化で壊れてしまった様々な歴史や文化、先祖の遺徳を丁寧に直し修復修繕していく中で次第に故郷への誇りと自信、愛を学びます。

故郷の再生は何か新しいことをやるように感じますが実際は会社を善くしていくこととまったく同じです。社員が会社を好きになれば当然会社は良くなっていきます。社員に好きになってもらう努力は経営者の最大の責任です。それに社員も一緒に一体になって会社を好きになることで御互いのことを好きになり誇りと自信を持ちます。会社もまた自己を形成した大切な思い出のワンシーンであり暮らしと切り離すことはできないのです。

だからこそ故郷が愛の原点であり、愛着形成は人々の故郷そのものなのです。

そう考えてみると一つ一つの思い出をどのような環境で自分が見守られてきたか、それを省みるとそこに偉大な愛が潜んでいるように私には感じます。見守るということの実践は、好きになること好きになってくれるようにここが相互主体的に努力することからはじまるのかもしれません。

引き続き、子ども第一義の理念にそって子どもに譲っていきたい生き方と働き方を実践によって深めていきたいと思います。

好循環の実践

古語に「勝ちに不思議な勝ちあり 負けに不思議な負けなし」があります。この言葉は江戸時代の大名で剣術の達人でもあった松浦静山の剣術書『常静子剣談』で出てくる言葉です。

これを紐解けば「道にしたがい、道をまもれば、勇ましさがなくても必ず勝ち、道にそむけば必ず負ける」と記されています。

この考え方は、百戦錬磨の場数を踏んだ実力のある人が持つ境地のことでありこの時の不思議な勝ちとは何かということです。この不思議というものを少し深めて見たいと思います。

不思議というのは私にとっては他力のことです。自分以外のチカラが働きそのチカラによって物事が動いていくということです。自分は何もしていないのに、自分の思っている以上のことが起きて結果的に勝ってしまう。まさに運の善さというか、好運をいつも持っている人は不思議なチカラでいつも幸福に恵まれていきます。また逆に何をやっても不運である人がいます、自分の力を頼り自分の力のみを信じてやっていてもいつも邪魔が入り負けてしまいます。この理由は何か、それはチカラというものの理解に由ると私は思います。

もともとチカラとは何か、それは自分が引き寄せるチカラのことです。それを王道や自然の道といってもいいかもしれません。どんなに自分が頑張ってチカラを入れていても、それが自然の流れとさかさまであれば動かすのは至難の業です。しかし、もしも自然の流れに従って重力や引力を活用し上から下へとチカラを活かせばほとんど自分の力を使わなくて頑張らなくても少しの工夫で自然に重たいものは動かせます。

このようにもともとあるチカラを用いることは自分の力ではなく、「御蔭様のチカラ」を活かそうとする考え方です。これを道ともいってもいいかもしれません、自然のチカラを使えるようになるには他力が観える必要があります。

例えば運の善い人がいます、まずそれは物事が動くのは自分のチカラだと慢心していない謙虚な人のことです。なぜ謙虚な人が運が善いのか、それは周りの御蔭様に気づいて感謝しているからです。周りが動いてくださっているからと周りが動いてもらえることに素直に感謝する心が他力を活かすことをその人に感得させます。その他力のチカラが観える人は、自分が何をすれば周りがもっと動くのかを知っています。これは自然に精通しているといっていいかもしれません、こういう無我の境地を持つ人はいつも真心を活かして真心を盡すことが出来るのです。

古語に「積善の家に余慶あり」という諺もあります。善いことを積み重ねていく人はいつもなぜか不思議なチカラが入り好運が起き続けていくということです。これこそまさに不思議の価値を知り、その不思議がいつまでも続くように謙虚に好循環の実践を日々家人たちが積みかさねているのでしょう。

また負けに不思議の負けなしというのは、全部自分に何らかの問題があるということです。負ける人は自分には非がない、自分のせいではないと、いつも自分の言い訳をします。また自分が言い訳をするのは自分がやっていると勘違いしているからです。御蔭様が観えない人には、自分がさせていただいているとは露ほども思わず自分がやっているから上手くいっているという勘違いをしてしまいます。自分がやっているのは、あくまで御蔭様の他力を引き出す努力であって自分がやっていることはないのです。人の道は、謙虚さや素直さ、また感謝の心でいることで道に従い道にそむかないことになることを言うのでしょう。

好循環の実践を行うことで確かな勝ちを積み重ねていくことこそ古今一流の流儀だと思います。世界でも通じる本物の実力者とはみんなこの共通の境地を会得しているように思います。

子どものためにも、どんなときにも好循環の実践を繰り返し積み重ね余慶を愉しみ真心を盡していきたいと思います。

場創り

人は思想を持ち、実践を積み重ねていくことで「場」というものが創造されていきます。この場というものは、そこで生きている人たちが思いを大切にし行動した集積によって文化が醸成されていくものです。そしてその場には目には観えない確かな「息づかい」や「佇まい」といったものが顕現してきます。

「場」というものはもっとも長い年月人々が教えずに学んできた人類最高の智慧の仕組みといってもいいかもしれません。

その場が出来上がるまでは、何回も何回も季節の廻りの中でその時々に思いを抱いて手入れを怠らず実践を積み重ねて文化にまで昇華していきます。この文化というものは頭で知識として知ったから分かるようなものでは一切なく、その場で共に学び一緒に暮らし、互いに自他一体の境地をもって初めて感得できるある種の境地のように思います。

今の時代は、知識一辺倒でこういう「場」のことを考えることがありません。本来、「場」こそが教育の本質であり原点ですがその場のことは思わず場違いなことばかりをしています。たとえば歴史を学ぶのにその場にいかず卓上でだけ教えることや、生活を学ぶのに実践することなしに映像でだけで伝えたります。特別に何かをじっくりと体験をさせるのではなく、上っ面の表面だけをなぞるように見た目だけを教えたりします。

こんなものでは文化の継承などは行われるはずもなく、子ども達が自国の歴史や文化について関心を持てるはずもありません。世界では自分たちのルーツ、つまりはどのような経過でここまで道を歩んできたかといったプロセスを子ども達に「場」を用いて伝承します。そうすることで、その国の長い年月で淘汰してきた暮らしの智慧を伝承し、未来の子ども達へその気候風土で生きてきた自然の叡智を引き継ぐことが出来ます。

知恵というものはすべからく先人たちが自らの体験をもって試行錯誤して得て来た貴重な財産です。その財産を「場」によって伝えようとしたのが私たちの先祖だったのでしょう。

しかしその「場」を今はいともたやすく破壊してしまっています。海外からも日本人はいにしえの伝統的建築物や、それまでの文化をまったく大切にしていないと非難されています。古いものが価値がなくなんでも新しいものばかりが価値があると信じ込まされているようにも思います。今を生きる世代がその本来の場の価値に気づかなくなったのはこの「場」による教育が失われたからではないかと私は思います。

人は詰め込み教育ばかりして暗記して知識をいれてテクニックばかり教えても先人の智慧を体得するわけではありません。先人たちの生きた息遣いを感じる「場」に自分の心身を運び、何度も場数を踏んでは先人たちの智慧を学ぶ。学問の大道は全てにおいて暮らしを「温故知新」することで成立すると私は思います。

引き続き子ども達のためにも、「場」づくりを怠らず、「歩歩是道場」だと真摯にこの居場を実践で文化の息遣いを譲っていくことこそが先人の知恵と真心を受け継ぎ守ることだと常に回訓し、「場」を見守り育てていきたいと思います。

 

 

京町家の心構え

昨日、1700年創業で12代薬業を商ってきた京都府下京区の伝統的商家の京町家泰家を見学するご縁をいただきました。ここ泰家は幕末の大火で焼失後明治2年に建てられた京町家です。

建物は築140年ほどになりますが、代々家に続いている暮らしや文化、その生活の本質は今もなお継続されその佇まいから家の息づかいを感じました。現在、郷里の町家再生に手掛けていますが家が喜ぶ使い方とは何か、家主としてどうあるべきかなど、子ども達のためにどのようなことを遺せばいいか、その他、秦様より体験からの示唆深い気づきを教えていただきました。御縁に深く感謝しております。

昔から日本には「場」や「間」、「和」という考え方があります。例えば「場」というのものには場力というものがあります。現在ではパワースポットとか言われ、ブームになって旅行するときの目玉になったりしていますが本来は「場」は日本人にとってなくてはならない大切な感性の一つでした。

自然界の中でも、土地にはその土地に場のチカラがあります。その土地のチカラを観えるようにして神社が建っています。また人が集まるところにも場ができます。この時の場は、人物によって場が醸成されます。松下村塾の吉田松陰なども同じく場を創造したとも言えます。

昔から私たちは暮らしの息遣いを通してその場を発酵させてきたとも言えます。私が郷里で行う高菜漬けについても、その自然農の田畑をはじめ漬物の発酵場、一年のめぐりなどを通してそこには確かに暮らしが誕生し「場」が創造されるのです。

この「場」のチカラというのは、自然のチカラの一つであり人間が本能的に持っている大切な能力の一つでもあります。今の時代はこの「場」というものをあまり活用せず知識や頭でっかちになり場を壊していることにも気づかないように思います。

例えば、無機質の狭い会議室の中で蛍光灯が明々としている中で語り合うのと、神社仏閣のような美しい境内で穏かな風や光、鳥の声や水の音、植物たちや木々に囲まれる中で語り合うのとではその「場」のチカラによって語り合いはまったく異なるものになります。

私たちは心を原点回帰するとき、もしくは平常心というものを取り戻す時、「場」によって活かされて心を研ぎ澄まして洗い清めていくのです。家というものは、家主がいてその家主の生き方や暮らし方、その日々の心の様相が永い年月で醸成され息遣いの中に残存して「場」が生まれるのです。

京町家といっても、今では外国人たちの間で町家泊がブームになり不動産をはじめ外国人の資産家がリフォームをして貸し出したり、ちょっと古く質の高い町家があれば飛ぶように売り買いされているとも言います。暮らしの息遣いの方には一切目もくれず、日本風の建物に泊まって雰囲気を味わってもらうことで旅行の目玉にしています。

観光の本来の意味はそのものの持つ徳性を発見しその徳性によって己を磨くことを言います。家には主がいますから、その主とその家人たちの暮らす「場」を実感し、その一家が持つ佇まいや息遣いを感じることが本来の家の学び方だと私は感じます。

私たちの会社も一家にして4年目になりますが、その家の人たちの生き方や日々の実践、家風とも言える家人の風格が次第に家を形成していくのを感じます。初代の当主が何を大切にして代々に初心や家訓を文化として継承してきたか、それをどれだけ永い年月をかけてその後受け継いだ人たちが大切に守り継承してきたか、その目には観えない永い時間のシステムの中に本当の真価が遺っているのです。そしてこの日本人の生き方こそが真の財産であり、国の宝です。

泰家のような国の宝に気づける国民性を育てることが、国を存続させることだと私は感じました。子ども達にとってこの古民家は、家が見守ることを伝承するものであり、家の中の暮らしが日本人としての原点を伝授してくれるものです。家は教師そのものなのです。家と教育は決して切り離すことはできないのです。

今回の訪問で子ども第一義における古民家再生の意義を改めて感じ直し身が引き締まる思いがしました。引き続き、何度も深めながら改めて家にある暮らしの息遣いから生き方を教えていただき、町家の原点、町人そして商人の心構えとは何かを学び直していきたいと思います。

本当にありがとうございました、今後ともよろしくお願いします。

観光の本質

時代と共に言葉の意味は変わっていきます。それはその時代の人たちの価値観によって言葉は変化していくからです。かつて使われていた言葉が、かつてと同じように使われていなければ同じ言葉でもそれは全く異なる言葉になってしまいます。

何かを深めていくとき、その言葉がどこからはじまったのか、その語源が何かということを調べることはとても大切なことです。それはその意味を自分なりに深め、なぜ今のような言葉になったのかの経過を知ることになり、そのものの本質を再確認することが出来るからです。

例えば、「観光」という言葉があります。この言葉は本来、中国にある「易経」の「観国之光」から抜粋された言葉です。意味は、直訳すると「他の国へ行って、良い点を見て学んでくる」ことになります。

この言葉が日本で使われるようになったのはちょうど幕末の頃、アメリカと条約を結ぶための使節団が乗った船に「観光丸」と名付けたことが、日本で「観光」という言葉が使われた起源であるとも言われています。そして大正以降、「tourism(ツーリズム)」の訳として用いられるようになり、昭和に入り観光は旅行や娯楽、遊興、物見遊山や見物のように使われています。平成になると、娯楽、遊興、余暇や余興を楽しむことのようにその意味は変わっています。

本来、この観光の意味する観るのは光、この光とは文化のこと。正確には「観國光」という意味であり、言い換えるのならクニに暮らす人々の精神性、生き方、生き様、さらにはその国の持ち味、徳性、美点、善いところなどを見極めることが観光の醍醐味でもあります。

人々がその土地に行き、観光をするというのはその土地の大切な文化を学び直すことです。そしてその風土の文化に触れて、その文化の美点を吸収し、善いところをたくさん学ぶために行う学問の実践ということです。

同じ言葉であっても今の時代の観光とかつての人々が行った観光が異なるのは言葉を見れば明白です。だからこそ、その土地や風土の観光を考える人たちは本来の意味での観光を見つめ直さなければならないと私は思います。

なんでも経済とばかり結びつけてしまうと、儲けることばかりや儲かることばかりで営利を優先して本来の観光からかけ離れてしまうこともあります。以前、ある観光地へ訪問したときその場所でお店を出している人たちはみんな都会から商売のためだけに週末にきて稼いで帰る人たちばかりで地元の人たちはほとんど誰もいませんでした。

いくら観光名所にしたいからと、本来の意義や目的が変わってしまえばそれは単なる娯楽場所で終わり行楽は流行がありますからいずれは廃れるのが目に見えています。その土地の文化、その美点をいつまでも錆びさせないように磨き続けて光らせ続けるのが私が思う観光の本質です。

古民家の再生をしながら、家をただただ磨き続けていますがその磨き続ける先に強度の未来が光ってくるようにも感じます。子ども達に美点や良い点、また徳性や風土歴史の素晴らしさを伝承していけるように暮らしの再生を実践していきたいと思います。