信念を貫くということ

人間の一生は短いものです。その短い一生の中でできることとできないことがあるように思います。例えば、すぐにできることは自分一代で得られることばかりですがもしも何代か先の子孫のためにとなればできないことが増えていきます。

この時間軸というものは、その人がどれくらい長い目で物事を考えて行動するかにかかっています。一見、無駄なことをと思えるものでも信念で取り組む人や自分が決めたことをやり遂げる人には周りの評価は気にならないのかもしれません。

そういう人たちの功績というものは、その方の没後に燦然と輝いてくるものです。今でも私たちが身近に触れることができる伝統や文化を通して私たちはその価値を享受することができています。今、私たちが恩恵を受けることのほとんどは最初にそれをはじめた人がいたからです。そしてその人の人生では周囲に認められなくても、その人が信念で切り拓いた道の延長線上で私たちは仕合せや豊かさをいつまでもいただくことができるのです。

今、名が遺る歴史の偉人たちはみなそうやって自分一代だけに囚われず本来の自己の使命を追求し、精進をして何よりも信念に生きた人だったように思います。

しかし実際には、人間は信念を維持することが難しいものです。自分一代の栄耀栄華に囚われ、他と比較して贅沢や裕福になりたいと願い、周りが持っているものはもってたい、周囲に評価されたい、安定して安心できる日々を手に入れたいと、様々な欲求を優先して信念が消失していきます。求める力もまた同時に減退してきて、生活に流されているうちにその生涯を終えることがほとんどのように思います。

そもそも物事の本質や天命や使命は変わることはなく不易です。しかし、時代の流れの中で恵まれた生活を送りたいと誰しもが思うものです。楽をしたい、安定したいと思うこともまた、人間の願望でそれ自体は自然なことです。大切なのは、どれくらい長い目で取り組んでいくことか、どれだけ真実に忠実に取り組むかということが、その物事の本当の価値を定めるように思います。

本流を貫き、本質を維持する、つまりは不易というものは自分の信念に従うことと深い関係があります。そして流行とは、時代の中で変化していく価値に対して本来の価値を守り続けるために自分の方が本質で居続けるための精進を続けていくことです。

温故知新は、新しい時代の流れの中にいて本来の初心を変えずに忘れずに取り組み続ける信念ののことです。変えないためには、変わり続ける必要がある。その日々に真実を求め続けて学び抜く本物の学力が求められます。

物事をそこまで本気で追求しようとする求める心は、自分の天命や使命に生きたいという信念と共に育ちます。信念に助けられ、没後でもいいと思えるような諦観を持ちたいものです。

引き続き、誰がどう言おうが他人からどのように評価されようが自分の中の信念とかんながらの道を達していけるように精進していきたいと思います。

むかしのいのち~もったいない~

昨日、聴福庵のおくどさんの間の天井煤竹の残りで装飾などを行いました。煤竹は、丈夫で傷まないのであらゆるところに活用することができます。飴色に美しくしなるこの竹は歴史を生き抜き燻されたいのちの凄みを感じます。

今の時代、何でもすぐに加工して大量生産をして本物に似たようなものを作ることができます。本物風の似て非なるものが、席巻しているこの時代では時代の篩にかけられて生き残ったものは古臭いものとして捨てられていることが多いように思います。

しかし少し考えてみればわかります。

この本物の煤竹を作ろうと思ったなら、100年から200年間、囲炉裏の上で日々に燻し続ける必要があります。そんな時間と手間暇をかけてつくろうとしたら、出来上がるのにこれから100年から200年待たなければなりません。ホームセンターなどで売ってある煤竹は、見た目は飴色風ですがこれは機械で一気に燻し加工することで本物風に似せているものです。

もしも先ほどの100年から200年の煤竹の大量注文をお店が頼まれたらすぐに「品物がない」と断るはずです。また「200年待ちでもいいですかと聞いて「はい」と答える消費者はいない」と答えるでしょう。

簡単に真似できるものと、真似できないものがこの世にはあります。いくら似せても、歴史や時間は似せられないのです。

私は伝統というものを考えるとき、かけてきた時間の長さを感じます。

人間は誰でも寿命を全うしたいとは願うものです。そのために、いのちを永く使い切ろうと大切に用いてきたのです。「もったいない」という言葉の本質や背景には、このいのちの大切さが籠められているのです。

そのいのちを加工して時間を懸けずに簡単に作りこまれて消費しては捨ててゴミにするという世の中では、いのちの価値もまた失われていくように思います。

すぐに加工して使える物を欲しがる風潮は、人間にまで影響を与えすぐに加工して使える人間を欲しがるようになります。

本来、時間をかけてそのもののいのちをじっくりと感謝して使おうという価値がもったいない心を育み、自然の智慧を活かす風土環境を醸成したように思います。

むかしのいのちの価値観が失われてきている現代において、子どもたちの感性にも影響を与えてきているように思います。伝統というものは、その歴史の時間を通して先人たちが守り継続してきた思いや願い、祈りがあります。

聴福庵の天井に配置した煤竹には、そういう祈りや願い、思いが入っています。引き続き、子どもに譲り遺していきたい生き方を伝承していきたいと思います。

空氣の本質~元氣な暮らし~

人間は空調に慣れてしまうと空気の流れや新鮮さなどを感じなくなりますが、むかしの古民家に住んでみると風が縦に流れているのを感じ澱みのない新鮮な空気の美味しさを味わえるものです。家の中では囲炉裏をはじめ、火鉢などを炭を熾してお茶を飲みますがその空気も床下から天井の屋根へと流れていく空気によって常に浄化されていきます。

以前、新潟のとある古民家宿泊施設に泊まったときそこは空調設備が整い現代のサッシの窓で厳重に閉め切られていたのですが、囲炉裏で火を熾したらすぐに一酸化炭素中毒の症状が出たことがありました。現代の住宅では危ないからと決して閉め切ることがないのですがつい古民家だから大丈夫だろうと安心していたのが原因でした。古い家でも、現代風になっているところは空気が循環していないのだなと改めてむかしの家の智慧を感じる善い体験になりました。

人間は空気を吸っていかなければ生きてはいけません。空気の中から水分を吸収したり、目には観えない様々ないのちのエネルギーを得ています。森林浴なども空気の中に入っている様々なものを吸収して心身ともに癒されていくのです。その空気が環境汚染によって汚れており、都市ではなお空気は汚れますから健康を害しているのは当然とも言えます。

以前、「医師が薦める本物の健康住宅」という記事を読んだことがあります。そこに小児科医の真弓定男院長の記事に「食事と空気を昔に戻せば、子どもはみんな元気になる」というものが書かれていました。

「特に、みなさんが普段何気なく吸っている空気の問題は重要です。何より気をつけないといけないのは、冷暖房で温度調節された空気です。人間は25日間、何も食べなくても水さえあれば生きていけます。その水も5日間程度なら飲まなくても大丈夫。でも、5分間呼吸をしなければあっという間に死んでしまいます。それほど空気は大切なものです。ところが、この空気をおざなりにしている人が非常に多いのです。
町中の空気より、自然な空気のほうが体にいいことは誰でも知っていること。それなのに、冷暖房や加湿器を効かせた室内で、一年中同じ温度、湿度の中にいるのは、あまりにも不自然だとは思いませんか?体には、もともと温度調整機能が備わっています。気温が高ければ自動的に毛穴を開いて汗を出し、逆に気温が低ければ毛穴を閉じて体を震わせ、熱を生み出す。そうやって体温を一定に保っているにもかかわらず、機械によって体の状態を保とうとすれば、体本来の機能が失われていくのは当たり前です。」

現在、東京では総合空調のビルの中で一日を過ごすことがあります。田舎で自然農や古民家で暮らしているなかで都会の生活に戻るとあっという間に皮膚や疲れが溜まっていくのを感じます。もちろん、病院の入院のように病気の時は回復に役立つのですが健康な時にはかえって不健康になるという具合に体温調節の機能などが働かなくなるのを自分の体験からも感じます。

田舎での体の活き活きした強さは、自然の中で五感が働き躍動することで得られる元氣です。都会は体はあまり使わず、頭ばかりを使うので五感よりも脳さえ動けばいいのかもしれません。しかしその脳も、便利すぎる都会の生活の中で空気や電磁波、食事によって働きが減退しているのも感じます。

さらに真弓先生は、「本来、外気と室内の温度差は、5℃以上あってはいけません。できるだけ外と近い空気を吸う。冬でも薄着の習慣をつける。それが子どもの健康を守る大事な秘訣です。」といいます。

自分の体をあまり甘やかさずに、少し厳しくすることで本来備わっている力を発揮させるようにする。健康を守るというのは、今の時代では環境に甘えずに自律して自立する生活習慣を身に着けるということかもしれません。

最後に、「本物の家」についてこう語られています。

「通気性のいい家とは、家の中の風が縦に吹く家のこと。昔はどの家にも必ず縁の下がありましたが、床下の空気が畳を通して1階に上がり、格子状の天井を通して2階へ行き、その空気が瓦屋根を通って外へ行く。昔ながらの木造旅館などがそのいいお手本です。すぐに新しい家を建てることができないという方は、窓を開ける習慣をつけましょう。外の空気となじませるだけでも違います。建物の空気を大事にすれば、健康面だけでなく、心ものびのび育つはずですよ。」

むかしの家にすれば、本物の家になるという言葉はまさに本質だと思います。

先人たちは、この土地の風土の中で私たちよりもずっと長い間、暮らしを営んできました。その中で得た住宅や家の智慧は、私たちが健やかに安心して健康に生きていくために創意工夫された努力の結晶とも言えます。

それを外来の異なる風土から入ってきた建物や家に住み、その翳った分を加工して乗り越えるのもそろそろ限界に来ているように思います。環境汚染が進み、気候変動やあらゆる資源が激減する中で、そんな遠くない未来に私たちは便利さや快適さを見直してでも健康で長生きし、安らかに豊かに暮らす方を選択することになると思います。

その時のためにも、先人の智慧を伝承することは今の時代を生きる世代の大切な使命です。引き続き、子ども第一義を実践し「本物」を譲り遺すために自立と自律を実践して継続継承していきたいと思います。

 

和の一円組織

組織にはいろいろな形があるものです。例えば、ピラミッド型であったりフラット型であったりします。そのどれもに関係するのが「責任」というものです。

一般的にはほとんどの会社はまだピラミッド型の体制をとっています。これは責任がピラミッドの上にいけばいくほど重たくなりトップにすべてが集約されます。それぞれの部署に責任者が設けられ、その部署の責任を負います。部下は上司の指示や命令に従ってその責任の一部を担います。どうしても指示命令型になり、言われたことしかしなかったり、言われていないことはやらないといった性質から同じことを一斉にやったり、機械的に単一なことを繰り返しやっていくような時には向いているように思います。

またフラット型はまだ少ないかもしれませんがシリコンバレーなど、IT企業では増えています。これはそこで働いている個々が自己責任で能力を発揮してそれぞれのプロジェクトを周囲の能力を集約しながら実現させていくという体制です。このフラット型では個々に責任が重たくなる性質があります。指示命令などがありませんから、自分から主体的に考えて周りの仲間を集め能力を発揮してもらい協力してもらいます。変化の激しい市場や多様化したニーズに対応するような時には向いています。

組織のポイントは、責任のカタチです。それぞれがどのように責任を持つのか、どこまで持つのか、与えられる責任か、自ら持つ責任か、など責任について考える必要があるのです。

本来、組織において重要なのはそれぞれが自分が全体に対してどう責任を持っているかということの自覚です。無責任な人は思いやりが欠けていきますから、どうしても組織の中で周囲と協力して楽しく働くことができなくなります。責任があるからこそ、自分から思いやりのある態度で周囲と協力して問題を一緒に解決していくようになります。

一流のビジネスマンや社会人は、思いやりを欠かしません。

私はこれからの組織は、ピラミッドでもなくフラットでもなくサークルになった和の組織の時代になるように思っています。そこは道徳的な組織であり、みんなが全体善のために誠を盡すといった和の精神で働く組織です。

責任は、全体の責任をそれぞれがみんなで一緒に担うという考え方です。

これは社會教育の一つとも言えます。いつも自分の行動や感情、生き方が誰かに影響を与えていることを自覚し、初心を忘れずにみんなの仕合せのために最善を盡していくという責任の持ち方ができる組織です。

誰かに与えられる責任というものは、思いやりが発動しにくいものです。そして指示を待って指示だけをやったり、単に手伝っているだけで一緒にやっていないのではやはり思いやりを発揮しているとは言えません。

「一緒にやる」というのは、全体善のために自分の思いやりを使っていくということなのです。誰か任せの無責任な仕事や、自分のことだけやっていればいいという無責任な態度、こういうものが責任の本質をゆがめていきます。

責任とは本当は思いやりのことだと自覚することで、和の一円組織は醸成されます。子どもたちの憧れる社會の実現のために、自由と自立の自己改革を楽しんでいきたいと思います。

中国のスケール

中国という国は、そのロシア、カナダに次いで世界第3位の大きな国土を持っています。歴史の長さも、人口の多さも、山河の雄大さもまたスケールの大きさを感じます。

さらに国土の広さは多様な気候や風土の存在も感じさせます。東側は海に面しており、西側は砂漠と高山地帯、南は亜熱帯性気候で北は極寒の地がありマイナス30度の世界です。この気候風土の変化から、様々な人種や文化、民族が存在しています。

中国というと、私たちの一般的なイメージは山水画だったりテレビで見かけるような海側の都市や北京などの首都の一部の写真が中国だと思い込んだりしますが実際にはあらゆる多様性に富んだ気候風土や人種が集まって存在しているのが中国の本体とも言えます。

日本でも、沖縄と北海道などでは気候風土も異なります。それに東北や九州などでも、地域の伝統文化なども差異があります。しかし中国は、方言を超えてまったく使っている言語も異なり、文化も異なり、肌の色や食べているものも異なっていたりしますからそのスケールが大きいことはすぐにわかります。それは国土が日本の25倍の大きさ人口が10倍であることからも理解できます。

最近は、中国人の観光客が爆買い、爆食、爆待ちなどと「爆」をつけられますがもともと、消費するエネルギーも私たちのスケールを超えているように思います。広大な土地で無数の他民族、多人口、多様な文化に支えられたそのスケールがその新しいものを取り込み取り入れる柔軟性やスピード感を磨いてきたのかもしれません。

現在は、経済の成長速度が著しくGDPは更新し続けておりまもなくアメリカを追い越し世界1位に近づいています。特に広大な土地を持つ中国では、地域での発展もまた極端に著しく最近注目されている深圳では、人類史上最速で成長している都市とも言われます。ここに住む若者は65%、老人は2%しか居らずたった30年で1400万人まで膨れ上がった都市です。

この深圳は経済特区に指定されており中国全土から稼ぎたい一攫千金を目指す夢を持って成功したい若者が押し寄せ、この10年で増えた人口は400万人以上、横浜やロサンゼルスまるごとに匹敵する規模で拡大しています。電気のバスや自動車も当たり前に走り、道ばたで果物を売る老人もスマホを手にしていて、決済はすべて電子決済で行われます。また自転車は大半がシェア自転車で、スマホでロックが解除できるほどになっているともいいます。

ITの分野でも過去の色々な経緯を辿らずに、突然に最先端のテクノロジーを使いこなすようになる。この速度においてもスケールの大きさを感じます。

中国のスケールの大きさとは、この人間の極端な柔軟性であり新しいものに対する受け容れる幅のスケールのことではないかと感じました。好奇心旺盛さは、そのエネルギーの源泉です。中国の成長の凄さを垣間見る気がします。引き続き、明日からの訪問でそのスケールを確かめてみたいと思います。

伝統の価値観

人は体験することではじめて全体で何が起きているのかを理解することができます。いくら頭で知識だけで分かった気になったとしても、それは妄想であり現実の実感は持てないものです。実体験の苦労があってはじめてそのものを直視することができ、そこから直観することができるのです。

例えば、幼い子どもたちにいくら知識でいろいろなことを教えても体験の価値には敵いません。先日の農作業やお米作りでも、自分で田んぼでお米を育ててみてはじめて日ごろから食卓にあがるお米の尊さを自覚するのです。体験には苦労はつきものですが、この若い時の苦労が自分が成長していく過程で先祖から連綿をつながっている伝統の価値観を学ぶことになります。

むかしから自らの実体験によって暮らしを実践し、その暮らしの中から私たちは伝統の智慧を継承してきました。この伝統の智慧は、伝統の価値観を持つことではじめて活かすことができます。伝統の智慧はそのままでは意味がなく、活かすことではじめて意味が出てきますが、その智慧を活かせるようになるには大前提として日本人としての価値観を伝承している必要があるのです。

本来、日本語も同じく伝統の体験を磨いて日本人の価値観を持った人がその言葉を用いればそこに智慧が働きます。自分の価値観は環境や生育によって育まれるものですが、その価値観に先祖から伝来している智慧を習得できるかどうかは世界の中で自分たちのアイデンティティを確立するためにもとても大切なことなのです。

苦労を避けて、楽に便利に汗をかくことをやめた日本人は日本人の価値観を忘れていきます。特に伝統や暮らしが失われ、実践する機会もなければほとんど日本人ではなくなっていくのです。

伝統の価値観は、私たちの「根」であり、根を学ぶことは先祖からの智慧を学び、生き方を伝承し、子孫へと精神を継承していくことです。これは先祖伝来のチカラであり、私たちの先祖が子孫のためにと見守ってきた愛の伝道でもあります。

今の私が此処にあるのは先祖がいのちのリレーをしてくださったからであり、そのバトンを受け継いで走っているのを忘れるのは本末転倒です。

引き続き、子どもたちのために何が遺し譲れるか、本質を見極めながら脚下の実践を積んでいきたいと思います。

椽の下の舞~縁の下の力持ち~

諺に「縁の下の力持ち」というものがあります。これは語源の由来を調べると、聖徳太子が建立した大阪の四天王寺の経供養で披露された「椽(えん)の下の舞」だといいます。

この「椽(えん)の下の舞」は昭和40年代になるまでずっと非公開で行われてきた秘事です。観客が一切見ていないにも関わらず、舞い手は努力して舞の練習をし舞い続けたのです。ここから陰で努力することや苦労することを指す言葉になったといいます。 その後は、時代の流れで言葉の意味を分かりやすくするために、「椽の下」を同じ発音の「縁の下」となり「舞」は「力持ち」に変化したとあります。

この「椽の下」の「椽」とは何か、これは訓読みで「たるき」と読め、屋根板を支えて棟から軒に渡す部材「垂木」のことを指しています。この垂木は最近、聴福庵の「離れ」の瓦葺きのときに屋根瓦を支えるために大事な役目を果たしていた印象深かったものです。この椽の下は、単に庭先にある縁側の下を支える木ではなく屋根や重い瓦を支える重要な「垂木」なのです。「えん」という字を椽から縁にしたことで、庭先に出ている縁側のイメージがついてしまいますが本来は家の屋根を守る垂木だと思うとその意味が違って感じられます。また「舞」のことを力持ちとされていますが、本来の伝統的な舞は「祈りや供養」のことを指していました。

「椽の下の舞」は、つまりは「人々のために人知れず祈り見守り続けていた存在」を知ったということかもしれません。

私たちは自分を中心に物事を考えて、自分の都合で目に見えるものを中心に解釈していくものです。しかしその自分を支えてくださっている存在に目を向けてみると、本当に多くの偉大な御蔭様によって見守られていることに気づきます。

私たちが雨や風や天災、災害から守ってくれているのは屋根です。その屋根があるから安心して私たちはその中で暮らしを営んでいくことができます。屋根がある安心感、屋根のある暮らしは、その屋根を支えてくれる「椽(えん)のチカラ」の御蔭様なのです。

いつまでもその屋根が家の中の人たちを守り続けるようにと祈り、むかしの大工たちが屋根の上には神様がいるとして屋根神様や七福神や鍾馗様、鬼瓦などで様々ないのりを祀ってきました。

四天王寺は聖徳太子が建立していますが、聖徳太子は民間信仰では大工の祖とされます。国家という家を形成するうえで、何が最も大切なのかということを理念として永らく密かに「椽(えん)の下の舞」を執り行われてきたのです。聖徳太子の「屋根を支えよ、そして祈りつづけよ」という初心を忘れてはならないという伝承を感じます。

「縁の下の力持ち」は、現代ではいろいろな使い方をされますがその本質を忘れはならないように思います。屋根がない家は家ではなく、屋根の存在を忘れて人は安心することはないということです。家の中心に屋根があること、安心して民が暮らしていける存在になることを祈り続けたのかもしれません。心を大切に守り祈り続けてきた大和の先人たちの智慧や真心に感謝の気持ちがこみあげてきます。

私も初心を忘れず、「椽の下の舞」を実践していきたいと思います。

全体こそ自分

今の時代は、経済効率優先の世の中で古いものは捨ててしまい新しいものばかりを購入していくことが当たり前になっています。古いものの価値はほとんど失われ、ただ古くて不便で非効率であるとして無価値のように裁かれています。

現在、日本の各地に出てくる空き家の問題も高齢化と少子化、若者の都市集中など、このままではいずれボロボロの街並みばかりを見かけるようになると思います。

先日、訪問したドイツの街は日本の街との景観や雰囲気がまるで異なります。これは単に文化が違うからという意味ではなく、日本のようにそれぞれが好き勝手に自分の好きな建物でバラバラの景観になっているのではなく、自国の文化風土にあったものをみんなで調和させるように建っていました。

特に西洋では、自分の家のことだけを考えるのではなく周囲の景観や全体がどうなっているかというところからそれぞれに皆で自律し合って街並みを保全しています。

日本人の現在は、自分さえよければいいという個々がバラバラになり全体快適や全体善のことなどを考える人が少なくなってきているように思います。これは単に家だけではなく、仕事においても自分のことさえしていればいいとし全体があって自分があることに気づかない人も増えています。

本来、社會というものがあってその中に自分が入っているから自分が守られ生活を維持していくことができます。道徳においても、なぜ自分がゴミを拾うのかを考えてみれば、それが全体にとって必要なことにつながっているからです。自分一人くらいと、自分が他人に迷惑をかけても問題ないという発想はそもそもの社會に対して自分から参画していないということです。

視野の狭さというのは、言い換えれば歪んだ個人主義の生んだ利己的な悪習慣の一つであり学問というものはその視野を広げるために必要なものです。人間は比較競争評価の環境下では自我や保身から利己的に傾くのです。その利己的な視野を広くするというのは、自分が存在することができている社會全体そのものを守ること、さらには自分が所属する世界を守ることに生きることで抜け出せます。自然界もそうやって循環しながらみんなで活かし合うのです。

話を戻せば古いものを大切にしなければ、世の中は新しいものと古いものが無造作に増えてしまいます。新しいものもそのうち必ず古くなりますから、それを壊し捨て続けることが果たしてどこまでできるのかと真摯に現実と向き合ってみれば現在の政策や経済原理が如何に大きな矛盾と限界とツケを子孫へと払うものであるのかは火を見るよりも明らかです。

だからといって、皆が進んでいる方と逆に歩めば周りからは奇人変人扱いされて理解されることもありません。人は自分で考えず周りに合わせて思考を停止して生きていく方が楽だからかもしれません。私も別にだからといってマイナス思考になって悲観すればいいと思っているわけではなく、現実を直視しそれを半分は世間様のため半分は自分のためだと全体にとっては善いことだろうと気楽に楽しめばいいと思っています。心は義憤もありますが、実際は有難い一期一会の体験をさせていただけているのだから感謝で人生を歩んでいきたいと思うのです。

つまり長い目で観ることも全体観であり、利他に生きることも全体善、そしてみんなが喜んでいる働き方も全体快適、この「全体」があっての自分であるということを決して忘れないように、自分をどのようにマネージメントし続けるか、どのような自助習慣を持ち続けるかが重要な生き延びるための知恵になると私は思います。

組織も国家も、世界にも、生き延びるための知恵とそれを活かすための勇気とそれを維持していく習慣が必要なのです。

引き続き、今と未来の子どもたちのためにも社業を通して子ども第一義の全体善の仕組みを現場で伝承していきたいと思います。

日本の子ども観

日本にはむかしから大切にされてきた「子ども観」がありました。日本の諺にも、千の倉より子は宝、金宝より子宝、子に勝る宝なし、子宝千両、貧乏人に子は宝、子は第一の宝、子は人生最上の宝、年とれば金より子、我が子に替える宝無し、など沢山のものがあります。

子どもは決して大人にとって自分に都合のよい「宝」ではなく、生まれながらに宝の存在であるという子ども観があるということです。この宝は金銀や紙幣などの富のことを指しているのではないことはすぐにわかります。では何を宝というのかということです。

もともと人間は、生まれながらにして徳というものが備わっています。この徳は、道心とも言い、現代ならば道徳心とも言います。生まれながらにして思いやる心や優しい心があるということです。赤ちゃんを見て誰もがほほ笑むのはその赤ちゃんの赤心に触れるからです。

時折、野生の動物たちや昆虫たちも小さな存在である赤ちゃんに対しては種族を超えて守り育てようとします。それは赤ちゃんという存在に、自然に特別な何かを感じているからです。

この宝という言葉を私がもっとも理解するのに印象深かったものは天台宗の宗祖の最澄の遺した下記の言葉です。

『照千一隅、此則国宝』(一隅を照らす、これ則ち国の宝なり)

この一隅とは、自分の今いる場所を指します。意訳ですが、その場その場で一人ひとりが道徳を実践することこそが国の宝になるといになるという意味です。

そしてこう続きます。

「国宝とは何ものぞ、宝とは道心なり」と。

最澄は宝を道心と定義しました。むかしブログで紹介したこの道心とは、私の言葉では「初心」のことです。この初心は、その人がそもそも備わっている真心、もしくは大和魂や純粋な精神などと言ってもいいかもしれません。一人ひとりがはじめから持っているその初心を、それぞれが人生の中で大切に守ることができるのならそれが天下の国宝になるということです。

むかしの親祖や御先祖さまたちは本来、人間というものをどう捉えていたか。そこから受け継いできた本物の子ども観を見つめ直せば、日本の子ども観の真実が観えてくるものです。

引き続き、初心伝承を通してその初心によって一人でも多くの人たちの仕合せが引き出されていくように子ども第一義の実践を追求していきたいと思います。

 

不易と流行~いのちの恩寵~

ドイツ視察研修が昨日で終了し、今日から日本への帰国に向けて移動をする予定です。今回もとても学びが深く、改めてこれからの日本の未来をどのように導いていけばいいかと考える善い切っ掛けになりました。世の中は常に変化して已みませんから学ぶことを止めることはできません。常に本質的に取り組む中で新しいものをどう取り入れていくか、つまりは学問の不易を高めていくことで今を刷新していくのです。

もともと日本には「不易と流行」という言葉があります。これは俳聖と呼ばれた松尾芭蕉の初心の一つです。この初心が生まれた背景には、芭蕉が奥の細道で源義経を慕い、その所縁の地を訪ねるなかでむかしから和歌で詠われたきた憧れの場所があまりにも変わり果てた姿にショックを受けたことからです。その場所を見つめていると失われたもののもののあわれと同時に、古来から言い伝承されたものがその場所に遺っているものも観ることができ、永遠というものの本質を知り、変わり続けていくものの中にこそ「永遠」の今があるのだと悟るというところにあるといいます。

人生も同様に、どんな人間であっても初心を守り続けていくためには変わり続けていかなけれなりません。一度、これでいいと分かったからや悟ったからと、結果が出た云々次第で簡単に変化を已めてしまったならばもはや本質を維持することもないのです。

どれだけ多くの経験を積んだとしても、そしてどれだけ膨大な知識を習得し知らないことはないほどになったとしても、世の中が無常に変化する以上、学ぶことを已めてはならないのです。学ぶというのはそういうことなのです。

そして学問においてどちらが上とか下とか、偉いとか偉くないとか、地位、名誉、権力があるかないかに関わらず、私たち人間は皆平等に日々に新たに学び続けていかなければならないのです。その学ぶ姿勢こそが、本来の人間の価値や人格、人徳を高めていくのです。

今回のドイツの学びでも、子どもたちが置かれている社會環境が急速に変化することによって教育に関わる人たちがさまざまな新たな取り組みや挑戦する姿を拝見することができました。また子ども観においては、そもそも子どもも大人もなく、子どもは何も持っていない存在ではなく、「すべてをもって生まれてくる」という当たり前の世界の基本理念も再確認することもできました。

現代の子どもと大人を分けた歪んだ人間観や、子どもは何もできない存在だという偏った子ども観を持ったならば人は平等や権利や自由などの本当の意味をはき違えてしまうものです。本来の人間の姿がどうであるのかを私たちは教科書から学ぶのではなく、刷り込まれていない純粋な人間の魂、子どもたちの姿から社會を見つめ直していく必要があると感じます。

本来の道徳とは、教えて備わるものではなく人間は本来それはもともと備わっているということを自覚することは何よりも環境の変化の中でも人間の尊厳を守っていくものです。思いやりや優しさ、助け合いや分かち合いなどはすべての人間、いやいのちに備わった天からの恩寵や恩徳そのものということでしょう。それをどう引き出していくかが、歴史を継承し先を生きたものたちの具体的な使命なのでしょう。

人間観を学び直し、これからの世界の平和のためにも不易と流行を実践し、今できることに挑戦し続けていきたいと思います。