まちづくりの原則~復興の本質~

かつて二宮尊徳は荒廃した村を復活するのに、優先するのは「心田開発」であるといいました。その理由は、先に心が荒廃するからその結果として村々の荒廃があるというのです。よく考えてみるとこれは現代のまちづくりでもまったく同じことが言えます。

なぜ過疎が進み荒廃していくのか、そして都心でもまちが乱れていくのか、それはそこに住む人たちの心が大きな影響を与えています。例えば、まちづくりであればそれぞれが主体的に暮らしを整え、美しい生き方や、心豊かに生きようとするのなら、その場所は次第に暮らしに向いていく場所になります。しかし、そこに住む人たちの心が荒んでいけばゴミを捨てたり、周辺住民と紛争ばかりを繰り返したり、不平不満や不安や恐怖を感じていたらそのまちは荒んでいくのはわかります。これはすべてにおいて人々の「徳」の影響が出ているのです。

別に今と昔は大差なく二宮尊徳のいた時代も同様に、村が荒廃するのはその村の人たちが心が先に荒廃していくからその結果として村が荒廃したのです。今の時代も同様に、まちの人たちの荒廃がまちの荒廃になっているのは自明の理です。まちを治したいのであれば何を治すのか、まちづくりのするのならその大前提になっている価値観そのものを丸ごと転換しなければならず、前提が変わらずにちょっとやったくらいでは焼け石に水なのです。だからこそ二宮尊徳の時代も為政者に覚悟があるかどうか、本気で腹を決めたかどうかを大切にしたのです。

どんなまちにするのか、どんな村にするのか、それは村や町をどのように経営していくかという視点が必要です。それは会社経営と同様に、どのような会社にしていくか、その覚悟を決めたら、その理想に向けて社長を中心に社員と協力してコツコツと取り組んでいくしかありません。そういう地道な努力があって最終的には物事は開花しますから何を目指しているのかどんな未来にしたいのかと定めたら、あとは時間と努力の掛け算があるだけです。

例えば、株式会社でいえば数字だけを追っかけて社員の大切にせず利益だけのために過酷なノルマを課していればブラック企業のようになります。これはまちづくりも同じで、財政赤字の解消のために町民を大切にせず利益だけのために税金ばかりを課しているのならブラック行政になります。会社ならそこに働く人たちは心身が病んだり、退職や転職をし、その会社も衰退し倒産します。これはまちづくりも同様のことが置きます。原理原則や法理というものは、別に会社やまちに関わらずすべて自然の摂理ですからそのままのことが起きるだけです。

会社経営ならば、よく一人ひとりの社員の声を真摯に聴き、どのような会社にしたいかを定め、みんなで協力して協働しながら安心して働けるような環境に変えていく。そしてその会社で暮らす仲間たちやお客様が仕合せになるような働き方をみんなで一緒に実践して心豊かに日々の努力のプロセスを楽しんでいく。そういうことを同様にまちづくりでも行えば必ずその「まち」は会社経営と同様に時間の経過とともに善くなっていきます。

そういう意味では、誰の会社なのか、誰が経営しているのか、なぜそうしたいのかということが観えない「まち」が多いように思います。そもそもの理念がはっきりしない、そして誰にも浸透していない、何のためにそれをやるのかをみんな知らない、個々がバラバラで好き勝手やっているのではまちづくりなどできるわけはありません。何を優先するかも定まらないのでは、その取り組む順番など無茶苦茶で未来のグランドデザインなど組めるはずもありません。

二宮尊徳が村々を復興させていた時代も、村の荒廃によって住民たちが苦しみました。住民が苦しんで貧困の極みにおいて、報徳仕法という仕組みが実践され村々は復興しました。その時、二宮尊徳が一体何から取り組んだか、まちづくりに取り組む人たちは目先の効率や流行りばかりを追っかけるのではなくもう一度、復興の本質を深く見つめてほしいと思います。

私も子ども第一義の理念で取り組んでいく以上、子どもたちが自立して安心して暮らせる世の中を譲り遺していきたいと思います。引き続き、むかしからの日本的経営と暮らしの甦生を復古起新しながらできることをコツコツと取り組んでいきたいと思います。

 

自らに由る組織

幼い頃から学校で誰かのルールに従い評価されるという訓練をされ続けると自分で考える力というものは減退していくものです。他人から与えられたルールに従うとき、その人は他者依存が強くなり自律する必要性がなくなってきます。

本来は、人間は道徳というように自らに規範を持ち自らの判断で思いやりを中心にしお互いに助け合うとき人間性の高い社會が形成されていくものです。それぞれに自分の中に初心(良心)を設けて、その初心に従うことができるのなら自律した組織が実現し自由にそれぞれが思考を働かせて豊かな社會を実現します。

組織には思考停止する状態に陥っているものがあります。これは独裁者や権力者の設定したルールに従わせた結果、自分で考えることすらも止めた状態のことを言います。誰かが正解を持っていて、自分が間違わないようにということばかりを考え続けると人間は言い訳ばかりが増えていくものです。なぜなら言い訳は、自分で物事の本質や初心から考えないから出てくるのであって、自分で突き詰めていく人は具体的な改善や行動になって言い訳をする暇がなくなっていくのです。

自律というものは、言い換えれば自己規律ということです。これは自分で決めた規律を自らが守るという意味です。

例えば、ある組織や社會には規範があります。それは理念や方針、もしくは初心や信条などです。どの企業でも経営理念を掲げて、それをそれぞれが理解し自らがそれを自らで守ることでお互いに信頼関係を築き協力して連携することができます。

言われたことだけを守ればいいという組織は、この規範や規律を守るということの意味が分かっておらず表面上のルールに盲目に従えばいいと思い込んでしまいます。余計なことはしない方がいい、言われていないことは遣らない方がいい、自分から主体的に挑戦するのはやめた方がいいと、損得勘定によって自分に責任が追及することを嫌がるものです。このように一人ひとりが思考を停止すれば、もはやマニュアル人間としてマニュアルを設けてマニュアルに従わせるしか仕方がありません。

これは過去の大量生産の工場のようにみんなが機械のように単一に動き、その通りに物を作っていたらよかった時代ならこれはこれで一つの成功になったかもしれません。しかし今は、成熟して価値観も多様化してきてそれぞれが自らで自立し思考を働かせ協力しなければ対応できないほどに変化が求められます。変化が著しい時代には、かつてのようなマニュアルでは対応できないのです。

思考停止しないためには、それぞれが自らで自らを律するという力をつけなければなりません。そこは細かいルールをたくさん設けて従わせるような組織ではなく、方針だけを示したら後は個々の規範を信じて見守るという組織にする必要があります。つまり自由な組織、一人ひとりが自ら考えて自らに律するという「自らに由る組織」にしていくのです。

しかし今までそうではない組織に所属していた人たちはこの方針の意味が分からないから苦しくなります。自らに由るよりも、誰かからに縛られている楽を知ってしまっていれば最初の苦しみが辛いかもしれません。自由というのは、自律しなければなりませんから自立できない人は他者に依存していたいのです。他者に依存するというのは、たばこなどに似ていて常習化すればなかなか止めることができません。

個々の思考停止においては勇気を出して止めてみる努力をすること、自分で規範を設けて規律するという挑戦をすることで少しずつ改善していくものです。組織の思考停止においてはそれぞれが規律できるような環境や場を用意していくしかありません。つまりは他者依存から自立と自律の風土に換えていくということです。

自分で考える力は、これから多様な社會をみんなで築くために必要な力です。子どもたちが安心して自分らしく持ち味を発揮して社會で有用な人物になっていけるように私たち大人がその模範を示していきたいと思います。

空き家問題と生き方

現在、日本では少子高齢化、人口減少化が進む中で空き家問題ということが発生しています。野村総合研究所NRIのデータによると「空き家」は2018年以降から急速に増え続けることが分かっています。具体的には現在は7件に1件の空き家ですが10年後の2028年には、現在の820万戸の2倍以上になり4件に1件が空き家という状態です。15年後の2033年には3件1件が空き家になると予想されています。

2015年に政府は「空き家対策特別措置法」を施行し、空き家の管理を怠ると罰金50万を課したり、特定空家等(倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態又は著しく衛生上有害となるおそれのある状態、適切な管理が行われていないことにより著しく景観を損なっている状態、その他周辺の生活環境の保全を図るために放置することが不適切である状態にある空き家)になると税金を6倍課せられるようになりました。

しかしこれらはこれ以上空き家を放置しないための対処療法であり、空き家の本当の問題の根元的な解決は進みません。前の代が遺したツケをどのように私たちは清算し、子孫にツケを残さないで片付けていくことができるか。世の中は、ジワジワと浸潤していくことはあまり関心を持たず、目立った短期的で派手な問題ばかりが注目されるものです。しかしこの空き家問題はこの世代を生きる私たちには決して避けては通れない大きな問題なのです。

現在は、全国のあらゆる場所で老朽化したり廃屋化したりしている空き家を見かけるようになりました。私の郷里でも、明らかに人が住んでいないで瓦が落ちたり、窓が割れていたり、木が腐ったり、外観がボロボロなビルやアパートを見かけます。東京でも、集合住宅やタワーマンションなどの空き家が増えて管理費が減ることで修繕できないままに老朽化が進んでいるものも増えているといいます。もともと日本は高温多湿の自然環境ですから、風を通さなければ水が停滞しそこから腐敗して傷みを早めます。

これだけ空き家があっても、人はみんな新築の戸建て住宅を購入しようとします。リノベーションやリフォームをして住む家も少しは増えてきましたが、築50年を超えるような建物をリフォームして住むというケースはほとんどないといいます。「築年数が古い」ということが地震対策や風雨対策ができていないと理由などがあるといいます。

本来、古民家は200年、300年とあるようにそれだけの日本の自然環境の変化に適応してきた住宅です。しかし明治以降の特に昭和や平成の住宅は海外の簡易モデルで建てていますから30年~50年くらいしか住まない計算で建てているから仕方がないともいえます。

その頃は、人口増加で勢いがありましたからまた壊して建て替えればいいと思っていたのでしょうが人口減少で建て替えることもなくなってくるとこの空き家は誰が処理していけばいいのかという問題が出たのです。

空き家を片付けるにも大変な費用がかかります。またそこに住む人たちが今まで培ってきたまちづくりのデザインも崩れていきます。通りには、空き地や駐車場だらけで歯抜けのようになっていたり、太陽光パネルや古紙回収、コインランドリーや自販機などで溢れていてはとても住みたいと思うような町の景観ではありません。

ドイツなどでは町の景観を維持されていて通りも美しく保たれています。この町に住みたいと思うのも、そこに住んでいる人たちがデザインした暮らしを感じることができるからです。

空き家問題は、まちづくりの問題と直結しています。これは自分たちが住むまちをどのようにグランドデザインするか、それをそれぞれが考えて自分たちが責任をもって参画していく必要があります。私たちの世代は人の関係が希薄になり、地域のコミュニティも減退するなかで、自分の短期的な視野だけで一代限りの使い捨てで生きるのではなく、遠い未来の子孫たちや全体善のために長期的なビジョンを描いて味わい深くどう生きていけばいいか向き合っていく必要があります。

子どもたちに負のツケばかりを残さないで、子どもたちが安心して活躍できるものをたくさん譲り遺してあげたいと思います。そのためにも、恩や徳に報いる生き方を実践し伝承していきたいと思います。

 

 

 

刻の記憶

昨日は、聴福庵の銅雨樋の設置を無事に終えることができました。壊れていたところからの水漏れや水はねが激しく、家が傷んでしまいそうだったのでなんとかこの梅雨の合間の晴れ間の時に交換ができて一安心です。

本来は、古い雨樋を修理して復古創新して甦生させたかったのですがどうしてもむかしの銅の雨樋が探し出せず現在の壊れた雨樋を新しいものへと交換するしかありませんでした。

今は、まだ古民家に銅雨樋が馴染まず光沢が出てピカピカに輝いていて違和感がありますが経年変化をして赤褐色、褐色、暗褐色、黒褐色、そして緑青色に変わっていく様子を年々楽しめる豊かさがあります。この変化の過程は数か月で赤褐色、数年で褐色、その後は数十年が暗、黒褐色、そして竟には緑青色になるという具合です。あと何年、生きられるかわかりませんが自分の次の代になるまで楽しめる銅の変化を継承し体験できることは有難いことです。

むかしから銅は永久と呼ばれるくらい耐久力が高く、日本では重宝されてきた素材です。屋根や雨樋に使われる理由は、銅の表面にできる保護被膜が腐食の進行を防ぐことによります。次第に酸化してできた緑青は雨水や酸素が触れる面にしか発生しないので、銅の内部まで錆びることはほぼありません。これが永久と呼ばれる理由です。またこの緑青はかつては猛毒などという誤認も昭和59年に厚労省が勘違いであることがはっきりしています。

銅のはじまりは銅は青銅器時代(紀元前3,500~1,200年)からで、日本では安土桃山や江戸時代によく用いられるようになりました。今では、家の内外だけではなく銅は電気製品など含めあらゆるところで活躍しています。リサイクルもしやすく、加工もしやすく、貴重な素材としてあらゆるところに重宝されています。

今では暮らしのあちこちに銅は使われ、経年変化した銅を観ているとどれもうっとりします。特に調理器具周りの銅製品は、木や竹の道具と相極まって調和して日本の価値観を醸し出します。経年変化とは、長い年月の付き合いによって深い味わいを出していくのです。この深い味わいが出てくるのを楽しめるのが心の余裕であり、その変化の中に刻の記憶がしっかりと詰まっているからこそそのものに深い味が顕現するのです。

時の変化は、単に過ぎているわけではなくどのようにその時を過ごしたかという時の味わいがあります。時の味わいを楽しめるのは、いのちの存在を身近に感じるからです。

変化を楽しみながら、変化をつくり出しながら、変化を味わい、かけがえのない刻の記憶を生きていきたいと思います。

 

誓願

御縁あって、郷里のお地蔵様のお世話を御手伝いすることになりました。ここは私が生まれて間もなくから今まで、ずっと人生の大切な節目に見守ってくださっていたお地蔵様です。

明治12年頃に、信仰深い村の人たちが協力して村内の各地にお地蔵様を建立しようと発願したことがはじまりのようです。この明治12年というのは西暦では1879年、エジソンが白熱電球を発明した年です。この2年前には西南戦争が起き西郷隆盛が亡くなり、大久保利通が暗殺されたりと世の中が大きく動いていた時代です。

お地蔵様の実践する功徳で最も私が感動するのは、「代受苦」(大非代受苦)というものです。

「この世にあるすべてのいのちの悲しみ、苦しみをその人に代わって身替わりとなって受け取り除き守護する」

これは相手に起きる出来事をすべて自分のこととして受け止め、自分が身代わりになってその苦を受け取るということです。人生はそれぞれに運命もあり、時として自然災害や不慮の事故などで理不尽な死を遂げる人たちがいます。どうにもならない業をもって苦しみますが、せめてその苦しみだけでも自分が引き受けたいという真心の功徳です。

私は幼い頃から、知ってか知らずかお地蔵様に寄り添って見守ってもらうことでこの功徳のことを学びました。これは「自他一体」といって、自分がもしも相手だったらと相手に置き換えたり、もしも目の前の人たちが自分の運命を引き受けてくださっていたらと思うととても他人事には思えません。

それに自分に相談していただいたことや自分にご縁があったことで同じ苦しみをもってきた人のことも他人事とは思えず、その人たちのために自分が同じように苦を引き受けてその人の苦しみを何とかしてあげたいと一緒に祈り願うようにしています。

もともとお地蔵様は、本来はこの世の業を十分尽くして天国で平和で約束された未来を捨ててこの世に石になってでも留まり続け、生きている人たちの苦しみに永遠に寄り添って見守りたいという願いがカタチになったものという言い伝えもあります。

また地の蔵と書くように、地球そのものが顕れてすべての生き物たちのいのちを見守り苦しみを引き受けて祈り続けている慈愛と慈悲の母なる地球の姿を示しているとも言われます。

自分の代わりに知らず知らずのうちに苦を受けてくださっている誰かを他人と思うのか、それとも自分そのものだと思うのか。人の運命は何かしらの因縁因果によって定まっていたとしても、その苦しみだけは誰かが寄り添ってくれることによって心は安らぎ楽になることができる。

決して運命は変わらなく、業は消えなくても苦しみだけは分かち合うことで取り払うことができる。その苦しみを真正面から一緒に引き受けてくれる有難い存在に私たちは心を救われていくのではないかと思うのです。

傾聴、共感、受容、感謝といった私が実践する一円対話の基本も、そのモデルはお地蔵様の功徳の体験から会得し学んだことです。その人生そのものの先生であるお地蔵様のお世話をこの年齢からさせていただけるご縁をいただき、私の本業が何か、そしてなぜ子どもたちを見守る仕事をするのかの本当の意味を改めて直観した気がしました。

地球はいつも地球で暮らす子どもたちのことを愛し見守ってくれています。すべてのいのちがイキイキと仕合せに生きていけるようにと、時に厳しく時に優しく思いやりをもって見守ってくれています。

「親心を守ることは、子ども心を守ること。」

生涯をかけて、子ども第一義、見守ることを貫徹していきたいと改めて誓願しました。

感謝満拝

 

道理

世の中には道理に精通している人という人物がいます。その道に通じている人は、道理に長けている人です。道理に長けている人にアドバイスをいただきながら歩むのは、一つの道しるべをいただくことでありその導きによって安心して道理を辿っていくことができます。

この道理というものは、物事の筋道のことでその筋道が違っていたら将来にその影響が大きく出てきます。そもそも道は続いており、自分の日々の小さな判断の連続が未来を創造しているとも言えます。

その日々の道筋を筋道に沿って歩んでいく人は、正道を歩んでいき自然の理に適った素直で正直な人生が拓けていきます。その逆に、道理を学ぼうとしなければいつも道理に反したことをして道に躓いてしまいます。

この道理は、誰しもが同じ道を通るのにその人がそれをどのように抜けてきたか、その人がどのように向き合ってきたかという姿勢を語ります。その姿勢を学ぶことこそが道理を知ることであり、自分の取り組む姿勢や歩む姿勢が歪んでないか、道理に反していないかを常に謙虚に反省しながら歩んでいくことで道を正しく歩んでいきます。

成功するか失敗するかという物差しではなく、自分は本当に道理に適って正しく歩んでいるか、自分の歩き方は周りを思いやりながら人類の仕合せになっているかと、自他一体に自他を仕合せにする自分であるかを確かめていくのです。

その生き方の道理に精通している人が、佛陀であり孔子であり老子でありとその道理を後に歩くものたちへと指針を与えてくださっているのです。

道理を歪めるものは一体何か、それは道理を知ろうとしないことです。

相手のアドバイスを聞くときに、自分の都合のよいところだけを聞いて自分勝手にやろうとするか。それともよくよく道理を学び直して、自分の何が歪んでいるか姿勢を正し、すぐに自分から歩き方を改善するか。

その日々の一歩一歩が10年たち、30年経ち、60年経ち、未来の自分を創り上げていきます。将来どのような自分でありたいか、未来にどのような自分を育てていくか、それは今の自分の道理を見つめてみるといいかもしれません。

そういう意味で、道理を見せてくださる恩師やメンター、そして先達者や歴史上の先祖は、偉大な先生です。そういう先生の声に耳を傾ける謙虚で素直な人は、道理に反することはありません。

私もいただいた道理をもっと多くの方々に譲り渡していけるように感謝のままで自分を使っていきたいと思います。

心の持ち方を変える

以前、ある方から心の持ち方としてコップのお水のお話をお聴きしたことがあります。コップに水が半分入っているとして、ある人は「コップには半分しか水が残っていない」とし、ある人は「コップにはまだ半分も水が残っている」とし、またある人は「コップに水があるだけで有難い」という人がいるという話です。

これは物の観方のことで、見方を変えれば見え方が変わるだけではなく心の観え方が変わるということを示唆します。つまりは、心の持ち方次第で観えている世界が変わるということです。

これを社会学者であるP.Fドラッガー氏が語ると「コップに『半分入っている』と『半分空である』とは、量的には同じである。だが、意味はまったく違う。とるべき行動も違う。世の中の認識が『半分入っている』から『半分空である』に変わるとき、イノベーションの機会が生まれる」というように「イノベーション」(意識の転換)ということになります。

そもそも立っている場所が変わらないのに、観ている世界が一瞬で変わる。意識の転換とも言いますが、これが価値観の変化であり、すべての在り方を変革させてしまうということです。

私の思う変化というものは、単に成長した先にあるというものではなくある時突然に意識が変わってしまうという具合にそれまでと物事の捉え方がまるで変わってしまうときに変化したというように定義しています。

人は観え方が変わらない限り、次第に窮屈になりマンネリ化し、狭く囲まれた常識や枠の中で閉じこもってしまいます。その枠を外すには、無理にその枠から出ようともがくよりも先ほどのコップのように物事の観方の方をさらりと変えていく柔軟性を持った方が変化がしやすいように思います。

楽観的で気楽な人は、それだけ物事の観方を転じやすく心の持ち方を変えるチカラが高い人のように思います。マジメにあまり無理をしてやっていてもより追い込まれてしまうだけで、そこから革新的な発想は生まれにくいものです。

そういう時は、先ほどのコップのようにないものを見るのではなくあるものを観ること、そして足るを知り感謝で生きていこうとすることで心の持ち方を変えていくことができるように思います。

どうにもならない現実(常識)を変えるのは、悲壮感ではなく前向きな楽観性です。まだあると、ある方を観ることができるのなら発想もアイデアも無限に湧いてきます。頭で考えすぎたり、恵まれすぎていたりすると、人は謙虚さを失いないものばかりを追い求めるようになるのかもしれません。失っているものばかりを見るのではなく残っているものを観る方が豊かだし、遺してくださったと感謝する方が仕合せです。

人間は時代がどんなに変わって環境が変化したとしても心の持ち方次第であり、どんな時もあるものを観て心で有難さを感じいただいているご縁に感謝しながら生きていくことで道が拓けていくように思います。

難しいことに挑戦していくからこそ人生は遣り甲斐も生き甲斐もあります。楽しく豊かに心の持ち方を転換しながら自助錬磨を味わいたいと思います。

初心を立てる

人間は自分の初心をしっかり自分で立てずに周りに合わせてしまえばブレてしまうものです。家で例えれば自分の家の大黒柱がどうなっているかということでもしもそれが傾いてしまうと家全体はどうなるかということです。

組織も同様に、中心になっている人物の大黒柱(初心)がしっかりと立っていてその周りに中黒柱、小黒柱がしっかりと支えているから家が傾かず基礎がズシリとブレずに建つことができるのです。

時代という早く大きな川の流れやうねりの中で、今の時代に初心を立てるということは濁流の中で流されずにしっかりとその場に留まる支柱を埋めて立てるようなものです。

少しのせせらぎの中であれば倒れたり流されることもないかもしれませんが、これだけスピードが速くなり怒涛の変化が渦巻くなかでは簡単に濁流に呑まれてしまい消えてしまうものです。その変化は情報化という外側の変化だけではなく、欲望といった自我の変化もあります。

しかしどんな状態であろうが、どんな条件下であろうが、支柱は守り続けるというその人の信念が貫かれれば初心を守ることはできます。

最初は、大黒柱の陰に寄り添って何とか流されないように誰かに守ってもらっていることからはじまるかもしれません。しかしそのうち大黒柱を支えられるように自分が支柱になるように努力していく必要があります。みんなで立てば、それだけ流れに対して強く逞しくなり、確かな支柱が増えれば増えるほど頼もしくなっていくのです。

人間は自分の柱を誰かのものでいつまでも支えてもらおうとし続けてもそれは土台無理なことです。だからこそ自分の足で立つというように、自分の柱は自分自身で立てなければなりません。それを「初心を立てる」といいます。その初心を立てたなら、それを忘れないようにすることと、その初心を振り返り流されたり傾いたりしないように修繕や修理をし続けることが日々の実践ということになります。傾いても誰も起こしてくれませんから、そこは自分で起きるしかありません。ただ周りに真っ直ぐの基準があるのなら姿勢を立て直しやすいものです。

そうやって自分の初心がしっかりしていけばいくほどに、他人に依存せず、世間に流されず、自己の確立に向かって素直に成長していくことができます。人類がみんなそんな生き方ができるのなら、世界は確かな平和を築いていくこともできます。

子どもたちには、しっかりと頼もしい自分を確立して時代が変わっても大切な自分を立てられるように初心を見守れる環境を創造し続けていきたいと思います。

かたちなきものへの思いやり

先日、島根の美保神社に参拝する途中で境港市を通る機会がありました。ここは「ゲゲゲの鬼太郎」の作者の水木しげるさんが生まれた故郷です。私も幼い頃からこのゲゲゲの鬼太郎が大好きで、いろいろな妖怪たちの存在を身近に感じたり、人間と妖怪がどのように仲良くできるかとそのつなぎ役として鬼太郎が悩む姿に共感したことを覚えています。

目に観えない世界を描き続けていると、目に観えない世界があるかのように思えるものです。かたちあるものとかたちなきもの、かたちなきものへの畏れが失われた現代において妖怪の存在はどこか懐かしく感じるものです。

今の時代は、目に観える形があるものしか信じなくなりかたちなきものの存在はあまり大切にされることはありません。それは単に幽霊や妖怪の存在だけでなく、ご先祖様や神様など目には観えないけれど確かにいて自分を見守ってくださっている存在のことを感じなくなっているようにも思います。

かたちがないものは、自分の信じる気持ちがなければ存在を感じ難くなるように思います。かたちなきものへの思いやりを持っている人は、路傍の御地蔵さんや、過去に大切な出来事があった場所の前を素通りすることはありません。存在を確かめ一礼をし、お導きへの感謝を述べて通っていきます。

かたちなきものは確かにこの世に存在すると信じる人は、いつも目には観えないけれど確かにあるご縁を辿っていくことができます。ご縁を活かす人というのは、目に観える世界だけを信じません。目に観える世界と目に観えない世界がつながっているその中間に存在しご縁をその両面から捉えていく力があるのです。

私は幼い頃から子ども心に、かたちがないものを信じてきました。妖怪の存在や幽霊の存在、そして先祖の存在や神様の存在など常に自分と一緒にこの世にある存在として共に歩んできました。その心は今でも失っておらず、物へも接し方一つでさえまるで生きている人のように接します。特に懐かしい古いものや、出会えた仕合せを感じるもの、そしてご縁が深いものは特に家族や親友のように思えるからです。

人間はかたちなきものへの畏れを失うとき、傲慢になります。

もう一度、伝え聞くむかしの日本のように目に観えないかたちなきものをみんなが畏れるような世の中にならないかと願うばかりです。そしてその心を持った人たちが信じることで、かたちなきものへの思いやりもまた広がっていくでしょう。

たとえ、奇人変人や宗教だと罵られても子どもたちのためにも、私自身が常に堂々と「かたちなきものへの思いやり」をもって一緒に生き切り、これからの未来の純粋な子ども心のためにも見守っていきたいと思います。

人類の希望のため

人間はどれくらいのスパンで物事を観るかでその行動の本質が変わっていくものです。その人が100年単位で物事を観るのか、1000年単位で物事を観るのかで観え方が変わるからです。短期的にしか物事を見なくなってきた現代の風潮の中で、長い目で物事を考えて行動する人のことが分からなくなるのは仕方がないのかもしれません。

かつての日本は七世代先のことを考えて今を行動するという指針があったそうです。七世代といえば約300年くらいですがせめてその頃の子孫のことを慮り自分がどのような暮らしをしていけばいいかを考えたのでしょう。

私の場合も、なぜ暮らしの復古起新をとか、なぜ自然を味方にとか、やっていることには民家の甦生からお米作り、そして見守る保育という生き方の伝道、さらには初心を磨き伝承することなどをしていますがなかなかやっていることの本質が他人には理解し難いものかもしれません。よく不思議で変なことばかりしてと指摘されますが、長い目で観たらどれも今、必要なことしかしていません。

それに「子ども第一義」という理念を掲げる以上、子どもの今から発想を組み立てますから短期的なことは後回しになることが多いのです。もちろん短期的なことは、現代の課題を解決するために具体的な保育環境を変えていきますが、本来は子どもの仕事だからこそ1000年先のことを考えて今をどう生き切るかを考えなければならないのです。そして人の世には道理として因果律がありますから自分がどのようなことを今するかで未来の姿が変わっていくことを自覚しなければならないのです。

特に子どもたちの保育環境においては重要で、私たちが用意した保育環境によってそれを舞台に次世代の子どもたちが新たな時代を切り拓いてくれます。その時に、連綿と受け継がれた根のチカラを使い活かせるのか、それとも養分が断裂された根無し草のようになるのか、それではいよいよこれから世界が一つになり和合していくぞという変化の中で日本人の特性が活かせません。

希望というのは、子どもの未来のため自分のエゴを少し置いてでも徳を積み環境を整えていくときに出てきます。それは一つは仕組みといった智慧の伝承もあるでしょうし、他にも真善美といった日本人としての生き様もあるでしょう。

そういうものを少しでも遺し大切に譲っていけば、いつか子どもたちは舞台で大躍進を遂げ、活躍していきます。その舞台の未来には、主役も脇役もなく、一人ひとりが全員主役として共生して仲睦まじく助け合い思いやる社會を創造してくれるでしょう。

・・・本当の平和とは何か。

もう一度、今の世代の人たちは愛されてきた子どもたちとして、そして愛する子どもたちのために少し立ち止まって長い目で物事を観て自分と向き合ってほしいと願います。

引き続き、人類の希望のため、自分のできること、自分にしかできないことで人類の平和に貢献していきたいと思います。