暮らしフルネスの本当の価値

現在、働き方改革でオフィスをなくしていく会社が増えています。そもそもこのオフィスとは何か、オフィスをなくすとは何か、深める必要があると私は思います。私たち日本人は古来から、職住一体型の生き方をしてきた民族です。暮らしの中に働くことがあり、私たちは仕事のために働くのではなく暮らしの一部として働いていました。

オフィスがはじまりサラリーマンになり、なんとなく会社に行き仕事をして給料をもらうことが目的のようになっていますが本来はみんなで協力して楽しく豊かに稼ぎ暮らし通して世界人類をはじめ自然と共生してみんなが仕合せになるために働きました。

改めて少しこの辺を整理してみたいと思います。

例えば、私たちは小さいころから学校というものに通いはじめ学校で勉強を教わってきました。しかし学校を卒業したらそれまで義務教育のように誰かが教えてくれる環境や管理される環境がなくなりますから自分で学問を深めていく必要が出てきます。

私も最初に学校というところを卒業してから、それまでの学びと実社会に出てからの学びが全く別物であることを実感しました。勉強をするのではなく、学問を深める。言い換えれば、手段としての勉強ではなく目的としての学問、つまりは道に入るために道を見出し、道を歩み、道に達するための学び方に換わってくるのです。

そうすると、1週間で2日が休みだから何もしないとか、夏休みだから仕事をしないとかそういうレベルの話ではなくなります。このブログのように日々に休むこともなく、道を探求して歩みを続けていくのです。それは学問を楽しみ味わい、一度しかない人生に導かれながら道を切り拓いていくという生き方と暮らし方に転換されていくのです。

そうやって日々の暮らし方が換わっていくとすべての日々の仕事は「ライフワーク(天職)」になりそして人生の目的は「ライトワーク(魂を磨く)」ことになります。そして真の自己の人生そのものを真摯に歩むこと自体が丸ごと世の中のみんなの仕合せそのものつながっていくという境地に入るのです。

そうすると日々は常に学びそのものであり、暮らしはすべて感謝そのものに換わっていきます。学校にいくから学ぶのではなく、学ぶ場のすべてが学校になるのです。つまり自分のいる「場」が人生の道場と化すのです。

私が言うオフィスをなくすというのはこのことに似ています。つまりオフィスをなくすというのは、それまでの仕事をやめて暮らしそのものにするということです。暮らしを豊かに仕合せにすること、暮らしフルネスともいいますがそこは自他一体、すべて分かれているものがない一円合一されている状態になっているということです。

自分の日々の生き方がまさに働き方になり、それが暮らし方として世の中を仕合せにする=暮らしフルネスなのです。これは人類が本来あるべき理想の姿であり、私たちは協力して自律し合ってはじめて暮らしを整えて共存共栄してここまで助け合って生きた存在なのです。

オフィスがあるから大切なことに気づかないのなら、一度思い切ってオフィスをなくしてみればわかります。そしてなくしたオフィスの代わりに何をはじめるのか、何が変わるのか、それを具体的に私がカタチにしたのが「暮らしフルネス」なのです。私と一緒に体験をすれば私の存在から何かを感じ取れると思います。天人合一や真の自己、そして神人一体は生き方と働き方の一致、暮らしの革命によって実現するからです。

何かをやめてみてはじめてそれが何だったのか、必要だったのかがわかります。みんな始める勇気が必要なようにやめる勇気も必要なのです。何をやめることで何がはじまるのか、オフィスをやめれば何がはじまるのか。

私はそれを子どもたちの未来のために、勇気を出していち早く実践してきましたから今のコロナ禍が転じて福になってきているのを実感します。世界人類の仕合せな未来のためにここから一石を投じていきたいと思います。

学問の醍醐味~失敗という自信~

人間は失敗することで自信をつけていくものです。失敗すると自信を失うというのが普通ですが、長い時間をかけて物事を観れば実はそれが自信そのもになっているように思うのです。

私は、何をするのにも最初に結構な失敗ばかりをします。その失敗は、何かを壊してしまったり、何かを失ったり、不本意で不注意からか、または知らなかったからということで初歩的なミスをしてしまいます。

修復できると信じてはいても、その時はできないと思ってしまい心を痛めます。特に人間関係などもかなりの失意があり、なぜそうなったのかと何度も反省をしては後悔することもあります。

しかしそこまでいくと、きっと人間塞翁が馬ではないかと開き直り時間をかけてじっくりと修復のために努力をしつづけていきます。すると、そのうち修復や修繕をされたり、かつての失敗からの教訓が活かされてきてその後の大切な場面場面で過去の失敗に救われることになるのです。

そうしていると、失敗が大きな自信になり、自分自身が諦めずに信じぬき挑戦するための下支えになっていることに気づくのです。つまりは、基礎を固めていく時間であったかのようにその後の上物の建物を盤石にするための醸成期間であったと実感するのです。

このことからも私たちは如何に目のまえの目先のことに囚われやすいかということにも気づきます。人生を全体で総括りするとき、本当は何だったのか、それを知ることで、自分の人生の意味づけを行っていくのです。

その意味づけが、まさにその人の目的であり、それを味わい、魂を磨こうとしてその物語とのご縁が生まれてつながっていくのです。

だからこそ失敗とは何か、そして真の成長とは何か、自信とは何を意味するものなのかを学ぶのでしょう。学問の醍醐味は、これらのプロセスを通して自分自身という存在と徳性を高めていくことです。

子どもたちに日本民族のお手本としての生き方が遺し譲れるように、引き続き学問を楽しみその妙味を伝承していきたいと思います。

月の導き

今年の十五夜の月の光は今までになくとてもうっとりします。黎明の頃の清々しい空気と八龍権現池の水面にゆらゆらと映りこむ月光は透き通り冴えわたる静けさを呑み込んでいるようです。

もともと私たちは月を眺め、月を信仰してきた民族です。月には美しい日本語が多く、月の名称を一つずつみても心にその情景が月光のように映りこんでいきます。

例えば、和風月名にあるような睦月、如月などの読み方。もう一つは、四季の呼び名で秋月や朧月、寒月など、そして気象を現わす雨月、無月、薄月、さらには月の見え方でも呼び名が変わり孤月、淡月、青月、明月、朗月m皓月、素月などもあります。

時間帯でも呼び名があり夕月、黄昏月、残月、有明の月などもあります。他にも十六夜(いざよい)をはじめ、立待月、居待月、有明月など、月を眺めながらその情景を名前にして読んでいる呼び名もあります。

まさに風流や風情の最たるものがこの「月」であることは間違いありません。

月が入った美しい言葉では「鏡花水月 雪月花 花鳥風月」などがあります。どれも月の美しさ、清廉さ、透明感、陰徳を示す言葉です。風雅の道に入る人は、月を眺めて月を愛でたのでしょう。どうしても月夜を見ていたら、太陽と対になっている月の深い真心を感じます。

そして月を使った諺、「水清ければ月宿る」(みずきよければつきやどる)などもあります。禅語には「掬水月在手」(水掬すれば手に月あり)というものもあります。

真理を悟るために月の存在からその深淵に近づいていく、まさに月夜が照らしているものが何かということをむかしの人たちは体験を通して学んでいたのでしょう。

現在では、太陽の眩い光に目が眩み、夜も電気を明々を照らしては一日中太陽の光中にいるかのようです。その疲れが、心も蝕んでいき静けさや安らぎが遠ざかっているようにも思います。

私たちはもう一度、月を眺める必要を私は感じます。

月を眺め、日々の暮らしを豊かにしていく。

子どもたちに遺して譲りたい未来のためにも、自然も月も味方にして暮らしフルネスで人類を導いていきたいと思います。

月への信仰

昨日は、里芋の収穫をしてみんなでお味噌汁にいれて食べました。とても美味しく、心も体にも沁みわたりました。もともと里芋は、むかしから私たち日本人が食べていた主食であり稲が入るまではずっと私たちの暮らしを支えてくれていたものです。

自然農の畑でしっかりと順応して野性味が溢れる味わいは、他の雑草たちに負けじと一生懸命に生きたいのちがずっしりと入っています。

昨夜は月明かりがとても眩く、目が覚めてしまいましたがこの里芋を収穫する時期の月を「芋名月(いもめいげつ)」といい、むかしから里芋を月にお祀りしていた風習があります。十五夜は芋を供え、十三夜には栗、または大豆を供えます。なので十三夜は栗名月、豆名月ともいわれます。

里芋の収穫儀礼は懐かしく、今の稲のように収穫を祝い祈りそれぞれが月に信仰していたのでしょう。この月の信仰においては、私たちはかぐや姫の名前を社名にしているのもありとても深い関係があります。

そもそも日本人がの月の信仰は縄文時代よりもずっと前からはじまっているもので特に縄文時代の人々は自然に宿る精霊と共に暮らし、月は月の満ち欠けによる潮の干満や、女性の月経周期が月とも関係していることから月は自然神の象徴として信仰していたといいます。満月の明かりでお祀りをしていたことが遺跡などからも見つかっています。

日本は、太陽と月、そして天津神、国津神、天孫族や出雲族のように別の2種類の民族が相調和しあい交互に交流してこの国を守り続けてきました。そして長い間混ざり合わさって助け合って今の私たちがあります。

太陽の時代があれば月の時代もあり、本来は太陽と月は昼と夜、天照と月詠が交互に守り合う世界ですから対立しているのではなく調和している存在です。

太陽には太陽への信仰の行事があるように、月には月への信仰があります。現在は、太陽が強く太陽ばかりを信仰することで明々として目に入る眩い光ばかりを照らす世の中になっています。

しかし月は、陰を映す存在であり、薄明かりの中で照らされる徳を顕現する世の中です。私はこの月を深く信じる生き方をしており、月のもつ陰徳を信仰しています。その象徴として、かぐや姫の物語を社名にしており、ロゴマークも月、そして実践は徳積みが中心、さらには行事などもお米作りや発酵、炭を用い、お餅を搗きお供えなどもします。

西洋人は月に対してはあまりいいイメージはありません。死の対象であったり狼男などが出るともいいます。私たち日本人は、月は神様であり、美しく澄んだ光をはなつ月詠、もしくは輝夜姫です。

この時期は、私にとっても特別に月を愛でて味わい月と共に暮らしを楽しむ季節です。子どもたちにもこの月の存在がいつまでも心の徳を照らし続けてくれるように古来からの月への信仰の行事も甦生させていきたいと思います。

暮らしフルネス 生活リズムの本質

生きものたちには生活リズムのようなものが備わっています。それは太陽や月、星の運行をはじめ四季や温度、あらゆる変化の中でも常にそれぞれのバランスを保つために微細に変化を続けています。

同じ温度、同じ光、同じ時間、そんなものは一つもなく、常に万物は流転しながら変化を已みません。その中で私たちは、生活リズムを持ち、自律神経を働かせ微妙に変化に合わせて調整、調律を繰り返していくのです。

よく考えてみたらすぐにわかりますが、季節の変わり目に体調を崩しやすいのはそれだけ周囲の環境が大きく変化していくからです。その中で、季節にあわせて空気も水も、風も、そして温度も光も気候も全部変化するのですからどこに照準を定めてリズムを整えるのかを生きものたちはみんな一生懸命に行っています。

その一つの方法が睡眠です。

睡眠はただ寝ているだけではないのはすぐにわかります。私たちは起きている時間は、頭を動かし神経を使って生活します。寝ているときは、それを休めて別の機能を働かせているのもわかると思います。病気になるときもしっかりと休んで寝れば、少しずつ回復していきます。

この睡眠というものは、単なる 寝るではなく生活リズムを整える意味もあるのです。この生活リズムとは、色々な定義がありますが私にすれば人間に限らずあらゆる生命たちがバランスを保つことをいいます。言い換えれば、バランスを調律調整する、本来の今の状態に合わせていく、全体の自然の中で自分自身が健康であり続けるためにいのちのハタラキを整えていくとも言えます。

私たちは五感で今の季節を味わえます。

たとえば、食であれば旬のものを食べれば全身が美味しいと喜びます。他にも、心地よい自然を感じる、時には不快な自然の中にも今の季節を感じ取ります。臭い、色彩、音、これらはすべて自然の運行や周期を現しています。

その時々で存在している自然のものに触れることで私たちは季節を感じて、日々を味わうのです。その中でも、大切なことはそこに好奇心を持つことです。好奇心は自然のリズムの中心でもあり、生活リズムを整えるためには何よりも重要な役割を果たします。

みんなでよく笑い、楽しく愉快に生きていく、そして暮らしの中で豊かに過ごす時間がたくさんあるということ。それが何よりも生活リズムを整える妙法なのです。先祖代々、私たちがここまで永く暮らしてこれたのはその生活の知恵、暮らしの仕合せを生きてきたからです。ハレとケもまた、その智慧の一端でしかないのです。

暮らしフルネスは、これからの人類に大きな影響を与えます。人類が乱れた生活リズムをどう整え、自然と調和していくか。子どもたちの未来のためにも私のこの実験が世の中の人々の意識が易えていけるよう丁寧に暮らしを甦生していきたいと思います。

自然体

自然の感覚が分かる人がいます。その自然というものの理解の深さというか微細さを知るというのは、とても価値があることのように私は思います。なぜなら、自然への理解の深さこそ真理への深さだと実感するからです。

その自然は、人間がどこか切り取った自然理解のことではありません。あるがままにいいものはいい、そして本物の価値を理解できるということです。

何が本物であり、何がそうではないか。

その感覚を持っている人はこの自然あふれる世界において美しく素晴らしい日々に触れながら暮らしていくことができるからです。この世に生まれてこの自然に感動する日々を送れるということはそれだけで仕合せに生きているということでもあります。

少しの風や光、水や虫の音、そして空や月の揺らぎ、なにもかもが感動の世界です。自分の五感をはじめ、すべての感覚はその美しいものをとらえ好奇心は発揮し続けられていきます。

心のままに心の世界を堪能し、心の赴くままに真善美を味わいます。その感動は感謝であり、歓喜であり、感激にもなります。

何もない中に仕合せを感じ、何かがあればそれも仕合せを感じる。

情動もまた感動の一つですから、子ども心のようにドキドキワクワクと情熱が冷めません。人生の価値とは何か、それはこの自然であること、自然になること、自然体で生きることだと私は思います。

人は色々なしがらみや刷り込み、そして周囲の環境や人間関係によって本来の自然とは少し離れた存在になってしまいます。しかし時折でも暮らしの中で、自然に触れることで本来の生きる仕合せを整えていくことができるように思います。

暮らしフルネスにはそういう仕合せもまたあります。

子どもたちが健やかに仕合せな日々を、素直に喜び好奇心を失わず自然体で自然と愛し合えるように見守り場を育てていきたいと思います。

懐かしい光

先日、あるお客様たちが來庵して陰翳礼賛の話をしました。古民家をはじめ、日本のむかしの道具たちは眩い光をあびる中で光るよりも、少し薄暗いところの方がそのもののもっている存在が光ります。

この光というのは、色々な捉え方があります。

例えば、そのものが光るもの、反射して光るもの、内面の深いところにある光、など光と一言でいってもその光には色々な意味や作用があるのです。

私はこの陰翳がとても好きなタイプで、ありとあらゆるものを陰翳の中に置いてみてゆっくりと味わい眺めます。特に朝夕の静かな時間、目が覚めたり眠ったりするときのゆらゆらと光が落ち着いていく様子は格別で心が清らかに沈んでいきます。

日本人は心を整え澄ます生き方を常に維持してきた民族でもあり、自分の真心が穏やかであるか、清らかで澄んでいるかを確かめながら日々を慈しむにように生きてきました。

その生き方が、日々の身の回りの道具や暮らしに反映されており特にこの日本の地球の中での風土が光を多様化させてきたのではないかと思うのです。西洋諸国にいったとき、アジアの国々を廻った時、そのほかのエリアもなんどか訪問したことがありますが、まず私はその国の光を観ます。光り方を見て、どの位置にあるのか、太陽との関係性、風土の持つ空気を読みます。そしてその国の文化を味わいはじめるのです。

少し長くなりそうなので、ここまでにしますが私が好きな日本の光はやっぱり日本民家の畳や障子、簾や水盤などから漏れてくる光です。

調和する光は、どこか懐かしい光を感じます。

懐かしい光をここで放ちながら、それに気づく人や仲間を増やし、真心のつながりを弘めていきたいと思います。

変化の本質

時の書と呼ばれるものに中国の「易経」があります。時の変化と兆しをよく読み、何をすべきかを記しています。時というものに注目し、変化というものがなぜ起きるのか、それを突き詰めて追及したものではないかと私は思います。

私も自然農の実践者ですが、常に風を感じて時を読みます。なぜなら種蒔きの時機や収穫の時を間違えないようにするためです。どんなに何度も種を蒔いても、育たない時機に蒔いても芽は出ることはありません。常に天の運行や大地の状態、そして風向きや気候をよく観察していなければ自然の変化に合わせて行動していくことができないからです。

自然は常に「兆し」を知らせるのであり、私はその兆しをよく観察して自分の行動を決めています。兆しはどのような時に、発生するのか、それを易経を紹介しながら少し私なりの直観の整理をします。

「窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通ず」

これはなんでもそうですが、変化は常に振り子のように左右に、もしくは砂時計のように上下に振れます。陰に極まれば陽になり、陽に極まれば陰になる。世の中がもっとも暗い時には明るい方へと移動し、その逆もまた然りです。

自然は常にバランスを保つことが真理ですから、絶望の果てに希望があり、希望がまた絶望を呼びます。一見、終わりだと思っている最中にこそ始まりがあり、始まりの時こそ終わりが出てくるのです。

変化に調和する人は、その状況をよく観察して道を拓いていくのです。

「君子豹変す。小人は面を革む」

これは、リーダーは変化に合わせて自分を素早く的確に適応させていきます。そのためには、居心地のよい場所を瞬時に離れてでも危険に身を晒してでもその変化の兆しに適応していく方を優先させます。この豹変とは、大切なものを守るために変化に合わせるということです。大切なものを守るのか、それとも自分を守るのか。大切なものは何かを知っているからこそ、そのために変化するのです。その反対に、変化を恐れる人は表面上の変化だけはしますが本質的には変化はしません。理由は、変化そのものを怖がっているからです。

実は時が変化しているとき、不安なのは自分も一緒に変化していないことに気づいているからです。変化している最中は、自分も一緒に変化しているからこそ不安や恐れはなくなります。変わっているのを本能的に知っていながらもいつまでも変わろうとはしないで、変わろうとしているふりをする。自分を守るために周りを変化させるのか、それとも自分から変化に合わせて自分を変化させるのか。

これは自然を相手に自分をコントロールするか、自分の都合で自然をコントロールするかと同じ話です。

どうにもならない大きな変化、つまり災害級の時の変化が来ている時にそれをなんとかしようとするのは小さな存在の私たちには不可能です。自然への畏敬や畏怖があるからこそ、君子は豹変すると私は思います。

最後に、

「積善の家には必ず余慶あり」

日々の暮らしの中で、小さな徳を磨き続ける人は必ず善を積み続けています。そういう家は、不思議な余慶や恩恵をいただきます。これは自然の他力をいただくことに似ています。種を蒔けば、自然に太陽の恵み、雨の恵み、風の恵み、土の発酵、いのちの調和による見守り、あらゆる恩恵をいたきながらすくすくと育っていきます。

これは種だけで育ったわけではなく、その種を活かそう、その種を見守ろうといった大自然の徳が働くからです。自然を敵視する人や自分の都合ばかりを優先して全体快適でない生き方をする人はこの余慶があまり入ってきません。自分でできることがわずかしかないと本当の自己を直視することができれば、如何に自分の徳を磨いていくかということに正対するはずです。

日々は善を積み徳を磨くための大切な機会です。

時を歩む人たちはみんな、同じ法則や真理をもって道を拓いていきます。これからの子どもたち、子孫のことを思えば思うのほどにその大切さが身に沁みます。引き続き、今、ここで脚下の実践を楽しみたいと思います。

暮らし方改革~暮らしフルネス~

最近、働き方改革という言葉が当たり前に聴かれます。しかし実際に働き方を換えているといっても、時短になったり、場所が変わったりするくらいでそれを改革とは言わないように私は思います。

そもそも改革というのは、それまでの意識が完全に別のものに入れ替わるほどの大きなイノベーションが発生したということです。それは言い換えれば、生き方が完全に別の何かに換わってしまうということです。

働き方改革が生き方改革であるのは、そのことから言えます。生き方が変われば、当然一緒に働き方も変わっていきます。それが生き方と働き方の一致であり、人生観が変わってしまい新しい人生がはじまったというくらいの変革が発生するということです。

例えば、人生観が変わるというのはどういうときか。

それは死にかけるような大病や事故、生死を分かつようなギリギリの体験をしたり、厳しい修行により悟るような体験をしたり、それまで信じてきたことがひっくり返るようなことに出会ったりしたときにも人生観が変わる人がいます。

この人生観が変わるとは、ある体験によってそれまでの生き方とは別の生き方を知り、その生き方に換わるということです。生き方改革とは人生改革ですから、それまでの人生とは決別し新しい人生を生きるようになるということです。

そしてその新しい人生を生きることを、暮らしが変わると私は定義しています。世の中でいうところの暮らしは、なんとなく生き方も働き方も変わらずにただ単に日ごろの生活の何かを少しオプション的に足したという具合のものです。道具が変わったり、衣食住を少し変えたくらいで暮らし方改革とかいったりします。

現代の便利な世の中で、なんでも大量生産大量消費の都市化された社会の中でいくら暮らしを換えたといっても変わったのはお金の使い方と時間の使い方くらいです。使い方改革という言葉がありませんから、使い方はたいして問題ではないということでしょう。

本来、暮らし方改革というのは別の人生を歩むと決めたときの副産物として日々の生活のあらゆるものが変わるということ。私に言わせれば、機械的な生活から生命的な生活へくらいの変化があったということです。

私の提案する「暮らしフルネス」はそれを実現するものなのです。

まだ言葉では伝わらないところも多いので、実践現場での体験や研修によって気づきを与えて変化を掴んでもらうしかない状態ですがそのうちこれがコロナの御蔭で新しい常識になっていくことを確信しています。

子どもたちの未来のために、暮らし方改革を実践していきたいと思います。

お堂の甦生~徳積堂~

徳積カフェの建築が進む中で、この場の名前を復古起新しています。現在、深めているものは「お堂」です。この堂という字は、会意兼形声文字です(尚(尙)+土)。「神の気配の象形と屋内で祈る象形」でできた字です。意味は「こい願う」と「土地の神を祭る為に柱状に固めた土」を現します。

そこから、「高い建物・神社・寺院」を意味する「堂」という漢字ができたといいます。この堂は、 古く接客や礼式などに用いた建物。表御殿。表座敷。そして神仏を祭る建物。さらには多くの人が集まる建物で呼ばれました。

この堂というと、イメージするのが三十三間堂や、平等院鳳凰堂、他にも大聖堂など神仏をお祀りするところを思い浮かべます。ひょっとすると現代では、お菓子屋さんの名前や広告代理店の名前、本屋さんとかいう人もいるかもしれません。

しかしかつては、辻堂やお堂といって村々や町の中でみんなが集まり親睦やコミュニティを育むオープンな交流拠点であったのです。他にも、山伏たちが休む室堂であったり、茶堂といって茅葺でできた旅往く人たちをもてなしたものもあります。日本には古来から人々をもてなす風土信仰があり、その風土信仰を支えた場の一つがお堂だったのです。

つまりはこの「堂」の持つ意味を考えてみると、読んで字の如くその「土地の風土と信仰と交流を見守る大切な場所」ということでしょう。なんとなくお堂が温かく懐かしい感じがするのは、お堂が地域を支えてきたことを心が憶えているからでしょう。

今では、西洋的なカフェがその役目を果たすようになってきていますが本来は「お堂」であったことは歴史に学べば自明します。私は、徳を伝承していくことに精進していますからこのお堂の甦生は大切な使命の一つです。

今回、徳積カフェが完成し、徳積堂として甦生することがとても楽しみです。

最後に、堂で有名な言葉に「堂に入る」があります。

これは論語の中で、孔子のいう「堂に升りて(のぼりて)室に入らず」が語源ですが堂に入るは「堂に升りて室に入る」を略した言い方で、客間にのぼり奥の間にまで入っていることから、奥義まできわめていることを表します。

徳積みの修業はまだまだはじまったばかりで終わりは永遠にありません。なぜならこれは人類の欠かせない修業であり、未来永劫子孫たちが担っていく大切な徳目だからです。

人々が子孫のためにみんなで堂に入るために磨いていく場。

まさに徳積堂は、子どもたちの未来のためにも欠かせない大切な徳の場になっていくと確信し、懐かしい未来が到来することを心から祈念しています。