新境地への挑戦

昨日は、神田明神に会社のみんなで参拝してご祈祷していただきました。今までは新宿の熊野神社でしたが、神社の特徴や雰囲気も異なり、新しい場所の文化を感じました。

神田神保町は、古書店をはじめお洒落なカフェ、レストランなどもたくさんあります。新しいものもあれば、とても古い物もある、それがとても調和して魅力的な場所です。

参拝の後、神田明神の前で商いを営んでいる三河屋さんで甘酒をいただきました。麹の柔らかい甘さと、清々しい味わい、身体が芯から温まりました。現代では、飲む点滴と呼ばれていますが、過去も今も薬として私たちの身体にピッタリの自然食品なのは間違いありません。

少しだけこのお店をご紹介すると、ここは徳川幕府について御用商人として、三河(今の愛知県)より江戸に来て、1616(元和2)年に創業で400年以上の歴史があります。米糀と麹の2種類の麹づくりを続けています。その糀を使った味噌や甘酒、納豆が店頭に出ていました。将軍家、宮内庁御用達だったそうです。

ライトワークまでの帰りには、湯島聖堂にもみんなで立ち寄っていきました。ここに昌平坂学問所があり、佐藤一斎をはじめ安積良斎などの学長がいて門下に吉田松陰や横井小楠、高杉晋作など志士たちが学んでいたことに思いを馳せるとなんとも言えない感慨深さがありました。

そしてそのままお茶の水の楽器街を通り抜け、神田神保町まで戻ってきましたが街並みの中のかつての佇まいをあちこちに感じました。

この場所に古書店が多いこと、カフェが多いこと、カレー店も400以上あるとありましたが若い人も多く、この「場」には学問を味わえるような空気感を感じました。

新天地でのカグヤの進化に相応しい場所で、仕合せな気持ちになりました。これからどのようなご縁があり、新たな出会いや別れがあり、繋がりや絆が産まれと、思いを馳せるとワクワクします。新天地への挑戦は、新境地への挑戦でもあります。

子どもたちから学び直し、歴史からも学び直し、原点回帰して未来を切り拓いていきたいと思います。

新天地

新しい分散型の働き方をはじめ、新宿の本社も移転しオフィスをやめて神田神保町にライトハウスというカタチで改めてスタートしました。これはライトワークハウスの略でもあり、見守るための灯台という意味でもあります。

以前のところは、大きなビルでたくさんの会社や人たちが働いていて総合空調で強固なつくりをしていましたが今のところは窓が自由に開けられる屋上にありテラスもあり、風通しの善い中で過ごせます。

環境が変わることで意識も変わるといいますが、変化の真っただ中に変化を楽しめることは変化を味わうのにも効果があるように思います。

時は無常で、変化しないことはありませんから今まで変化してなかった分がコロナによって急速に動いてきます。元に戻ることもなく、元通りになることもありません。確実に時は前に進み、新しい時代に合わせて変化がはじまっています。

大切なのは、本来どうありたかったか、本来どうしたかったかという本心や本音がそれぞれに試されていきます。こういう試練は実はとても貴重な機会であり、人生の大切な節目になります。自分の生き方や生き様と正対し、本来の目指す未来や目的に合わせて働き方も暮らし方も換えていくこと。

まさに千載一遇のチャンスと捉えて、明るく前向きに変化を味わう勇気が欲しいところですがなかなかそうはいかないのもまた人生です。わからないものに不安を抱くのは普通ですから、それを持ちながらも思い切って前進することで未来は開けます。人は、天にお任せして歩むとき我を省いていくことができるように思います。

仲間がいたりみんなが一緒に乗り越えていこうとする時こそ、勇気を分け合うものです。自分の前進や行動が他の誰かの勇気になるということは、仕合せなことでそうやってみんな勇気を分け合って生きているようにも思います。

新天地という言葉があります。

これは「新しい場所」を意味するだけでなく、「新しい活躍を期待される場所」という意味でもあります。引っ越しなどで新しい土地に移住するとき、引っ越し先の土地を「新天地」いいます。これは単に土地や場所を換えるだけではなく、仕事を変えることを意味します。

人生で新しく活躍する場所が発生したということ、それが新天地です。

私は本来の引っ越しや移転は、この「新天地」で働くことを意味するように思います。人生の節目で、新天地に移動するというのは別の新しい活躍を期待されたということです。そうならないのなら、新天地ではないとも言えます。

ステージが上がり、今までではなく何が新しく活躍を求められて期待されているか。それをよく確かめ、そのステージで活躍するための場づくりや自分の布置を高めていくことが変化を味わうことにもなります。

53歳で現役の三浦知良選手が新天地についてこう語ります。

「新天地での挑戦はいつだって、誰だって難しい。でも、人生は、いつの瞬間だって挑戦なんだ。」

さらに真剣にやるからこそ面白いとも言います。自分が本気になるもの、真剣になるもの、情熱をすべて注ぎ込めるものに出会うことは仕合せなことです。新天地を与えられるというのは、天から新たな役割や使命をいただいているということでもあります。

そこに合わせて挑戦をすることや真剣に生きることが、新天地で働くというステージに入っているということでしょう。誰にも平等に時が訪れるからこそ、真剣に生きるということを大切に子どもたちの憧れる生き方と働き方をしていきたいと思います。

場道家

先日、來庵された方々から時空の話や五次元の話をお聞きしました。ここにはそれがあるらしく、暮らしを共にしていく中で時間間隔がズレてしまうということでした。何人かからは竜宮城ではないかともいわれ、笑われましたが何か時の流れが変わる感覚を持ったのでしょう。

私はこれを表現するときに、「時の沈み」と呼びます。時間をかけてじっくりと醸成するものが集まり、そしてそられが共鳴共振するとき、そこに「場」ができます。その「場」に佇むと、太古から流れている通常の時間ではない普遍的な「道」を感じるのです。

そしてその組み合わせを「場道」と呼びます。

私が「場道家」を名乗るのは、この時空や波動のようなものを大切に暮らしを紡いでいるからかもしれません。

人間には、様々な感覚があります。1次元、2次元、3次元、そして4次元、その上が5次元です。一般的に生きている物質世界での状態が3次元ですから私たちは通常は3次元にいます。そこに霊的なものやスピリチュアルといった目に見えないものを感覚的に察知するとき4次元となります。その上というのは、パラレルワールド(parallel world)と呼ばれ多次元空間の世界に入るそうです。

このパラレルワールド(parallel world)とは、ある世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界(時空)を指す。並行世界、並行宇宙、並行時空といわれます。

今、流れている世界とまったく別の空間が存在するということ。つまり、私たちの目に見えない世界が同時にこの今に別空間に存在させるということ。シンプルに言うと、心の世界が物質の世界に突如として顕現して具現化されるということかもしれません。

これは日本人には得意なはずで、私たちは「和」を通して場や間を暮らしを通して創造してきた民族です。私がやっているのが特別なのではなく、誰でもできることです。しかしこの時代、この5次元が、何よりも価値を持つようになるでしょう。

その理由は、5Gをはじめ私たちは人類の科学が量子力学の発展やAIやブロックチェーンによる仮想空間に科学と共に進化していきます。その時、同時にこの並行世界や平行宇宙、並行時空は必要になるのです。

目に見えない世界を生きるということは、もともと存在していた場所を知るということです。

宗教っぽいといわれるかもしれませんが、現実として感じられる世界はもう間もなく科学も近づいています。笑い話ではなくすぐそこに話なのです。場道を通して、一人でも多くの人たちが魂のふるさとに気づき、目覚め、本来の真の豊かさに気づいてほしいと願います。

子どもたちが仕合せの世界に生き続けて、根からの養分を吸い上げ永遠の豊かさを享受できるように私の役目を果たしていきたいと思います。

生き方を磨く

100年後という時間軸があります。今の私たちが死んだあと、孫やその先の世代が暮らしている世の中のことです。よく考えてみると、当たり前ですが今の私たちがあるのは祖父母よりも先の人たちが子孫のことを考えて暮らしを整えてきてくださったお陰です。

その頃の人たちはどのような暮らしをしてきたのか。

私は、たまたま日本民家の甦生や文化に関わることが多かったためにその頃の人たちの暮らしを身近に感じることができました。御蔭で、本当に子孫の健やかな未来を祈り、その人たちが仕合せに生きられるようにと自然と循環し、心も体にとっても最善である仕組みを伝承し続けてきてくれました。

その御蔭で、大きくは道に外れず暮らしは営まれ続けてきたように思います。

現代は、あまり遠い先の未来ことなどに時間を割くことはせず目の前の目先のことばかりで多忙を極めている人ばかりです。経済のことばかりを優先し、経済に関係ないことはほとんとが後回しです。すべて経済によって動かす世の中にしてしまっていますから、福祉であっても、宗教であっても、なんでもかんでも今は経済ありきのことが前提の世の中になっています。

私自身も経済活動をしていますからそれが悪いとは思いませんが、もう少しバランスを保った方がいいのではないかと感じます。そのバランスとは、先ほどの時間軸、つまり長期的な取り組みをもっとみんなで協力していくことです。

それが先人の智慧を活かした文化の伝承であったり、生き方や働き方、暮らし方を学び直していくことであったりという協力の事です。

私はそれを「暮らしフルネス」といって現代でも同様の体験ができるように仕組みを甦生させました。この暮らしフルネスに取り組むことで、時間軸を見直し、長期的な視野で日々の暮らしを充実させながら現代での役割や使命を全うする経済と道徳が一致する活動を行っていくことができます。

毎日は、ものすごい速さで過ぎ去っていきます。同時に、常に静かに穏やかに流れています。その毎日の使い方、生き方、暮らし方こそが人生を決めています。

子どもたちが憧れるような暮らしを通して、生き方を磨いていきたいと思います。

いのちの技術

現在、徳積堂の建築は新築ですが古材をつかって建てています。つまり、古いものだけで建てる新築といった感じでしょうか。最初は、大工さんなどが驚いていましたが仕上がってくるとその意味が伝わっていきます。

そもそも木といっても、同じ木もなく、そしうて私たちは木のいのちがあることを直観的に知っています。

例えば、山に行けば巨木や古木をみるとそこに偉大な生命力を感じます。また実生の小さな新芽にも、これから生きようとするいのちを感じます。木はモノではなく、いきものです。そして私たち人間からみるとおかしなことに感じるかもしれませんが、木は切っても死んだわけではありません。いのちはそのまま木に宿り、消滅するまで生き続けます。

私たちは動いているものが生きていて、静止しているものが死んでいると思ってしまいます。特に、死んだら身体が朽ちていきますから死んでいると思っています。しかしミイラなども同じく、実はそこにいのちが宿っているままでいることがあるのです。即身成仏などはその例で、動かなくなったとしてもいつまでもそこにいのちは宿り続けていきます。

それは木に限らず、石や鉄なども同様です。石は石仏や石像などにいのちは宿り、そして鉄は日本刀に触れたことがある人はいのちがあるのを自覚していると思います。

これらは、いのちが宿り続けるように壊れないように丁寧につくりあげた職人さんたちの技術があります。料理でも同じく、素材のいのちが壊れないようにとつくる料理はいのちが宿っています。

私はむかしのやり方ばかりを究めていきますから、そのすべてに一つだけ共通することがあることを発見しました。これが「いのちを活かす」ことです。いのちを活かすこと、いのちを大切に扱うこと、みんなその一点を向いて技術を磨いてきたのです。

今は、なんでも機械で便利に簡単に使っていきますがそのやり方ではいのちは壊れてしまいます。いのちが壊れないように、いのちのままで生き続けられるようにと私たちの先祖たちは丁寧な暮らしを通してその生き方を磨いてきたのです。

子どもたちがいのちのままに仕合せであるように、改めて今の当たり前のところを観直していく必要を感じています。これからも私の暮らしフルネスを通して世の中にいのちの技術を伝承していきたいと思います。

 

百姓の生き方

私はかつての百姓に憧れて日々の暮らしを創造してきました。気が付くと、無肥料無農薬のお米作りであったり、自然農の畑を持ち、発酵食品をつくり、自然養鶏をし、古民家を甦生させむかしの道具たちとあらゆる先人の智慧と共に豊かに暮らしています。

ここまでは百姓といわれるところですが、そこから徳積堂という御堂や茶堂を創り、原点サウナといった石風呂を甦生し、ブロックチェーンの学校や場をつくり、他にも最先端と伝統をくみあわせた新しいものづくりや教えない教育という場づくりや暮らしフルネスといった新しい暮らし方などを実践し提案しています。

百姓というと、なんだかむかしの器用な農民というイメージがあります。

しかし本来の百姓とはただのむかしの器用な農民というわけではありません。私にとっての百姓とは「土をつくる人物」、つまり土壌を醸成するものということです。

この世の環境は、土にはじまり土に還ります。環境のことを語るのなら、土を語ります。土があるから花が咲き、土があるから私たちは暮らしていくことができます。だからこそ私たちが何よりも大切に見つめなければならないものは「土」なのです。

例えば、会社であれば組織風土とも呼びます。環境問題は、この風土を美しくしていくことでもあります。なぜ日本の原風景と呼ばれるものが美しかったか、それはそこで暮らしを営む人たちが美しい風土を実現させていたからです。

そしてそういう人物たちのことを私は百姓と呼ぶのです。

私が百姓に憧れ、百姓を実践するのは、土づくりを楽しみたいからです。この私の人生で遺された時間でできる土づくりはどこまでかはわかりません。しかしこの故郷にあって、自分の生まれ育った場への恩返し、そして徳を醸成するために私はこの美しい風土と共に土づくりを深く味わっています。

みんなでよい風土をつくること、それが子どもたちへの恩返しになります。いつかはみんな土に還ります。懐かしい未来に向けて、土が喜ぶ生き方をしていきましょう。

世がととのう

私たちは日々の暮らしの中で様々な出来事やご縁に出会います。その中で多くの刺激を受けて心や感情は波打ちます。それを波長ともいいますが、私たちは空気で呼吸をするように心も感情も日々の風を受けて海のように波立つのです。

ひとたび波立てば、また穏やかな状態に原点回帰するために私たちは心と感情を整えていきます。整うことで調和がうまれ、元の状態に戻るときに私たちはその出来事で得た思い出や感覚を整理していくことができているのです。

つまり「整える」というのは、平常心に回帰するということでもあります。これは、乱れてもすぐに元の落ち着いた状態に戻っていくということです。この平常心(びょうどうしん)とは、日々の丁寧な暮らしをしているままの真心でいることだと私は思います。

日本人の暮らしは、常に丁寧で、一つ一つの日々の小さなことも大切にしてきました。スピード社會で、時間がないという合言葉のような日々を送れば次第に小さなことが疎かになります。

例えば、身体や心を労わることや、当たり前のことに感謝することや、ほんの小さくて偉大な発見を味わうことを忘れたり、偉大な見守りをいただいていることに気づかなかったり、あらゆるものが忙しさの中で忘れ去られていきます。

そういう日々の生活を繰り返したら、本来の暮らしも乱れていき心身が疲れてしまうものです。

禅語に「平常心是道」という言葉があります。

道=平常心であるということです。日々の暮らしの小さな実践の中にこそ道があるということかもしれません。

日本の民家を甦生させるなかで、暮らしの中にあらゆる整うための智慧や仕組みを感じます。掃除や手入れ、磨くこと。そして片付けることや畳むこと、他にも室礼や行事などもまた「整える」実践になっています。

日々の暮らしを整える人は、平常心を歩むことができるように思います。一度しかない人生、膨大な量を欲にまかせてかき集める日々を少し休ませ、落ち着いて穏やかに整う暮らしを過ごすことで真の豊かさに気づけます。

自分を整える人は、地球のことも整えます。

環境問題は人間の問題です。人間一人ひとりが、しっかりと日々に整えていくことで世の中もまたととのいます。平和は、この日々の暮らしの中にこそあり道もまたそこにあります。

子どもたちが、健やかで真の豊かさを生きられる時代になるように今、私ができることで伝承していきたいと思います。

長寿の生き方~天寿の本質~

天寿を全うする生き方というのは、自然に沿った生き方とも言えます。自然を敵にせず、自然が喜ぶように暮らしていく人は天寿の恩恵を多く受けるように思います。この天寿とは、天から授かった寿命、自然の寿命のことです。

そして天寿を全うするという言葉があります。これは、天から与えてもらったいのちを可能な限り大切に大事に使い切るまで生き続け、ある日、定められたその時にきちんとそのいのちを天にお返しするという意味だと私は思います。

まず、自分のいのちは自分のものではなく天から与えていただいたものということが前提になっている人が天寿の本質を生きるように思います。人間をはじめすべての生き物はどんなものでも死は訪れます。その死に向かって日々を歩んでいますから、その死の日が訪れるその時までは天からいのちを与えていただいているのです。

教育者の森信三さんは、「死は万人のいくつく終局的到達点であって、これを回避しうる如何なる人間もいない。この絶対不可避の事実の認識こそ、最大にして最深の認識というべきである。」といいました。

そこから、「人生二度なし」という言葉も出てきます。そして「わが身にふりかかる一切は、すべてこれ「天意」とお受けできる人間になること」とも言います。

天寿や天意と思うことの背景には、この天から与えられた命としての生死を自覚するところからはじまるのです。そして、この天意の天寿を全うする一つに「長寿」があります。昨日書いた、貝原益軒の養生訓もまたこの天寿を全うするための仕組みであり法則です。

壱・『少肉多菜』(しょうにくたさい)
弐・『少糖多果』(しょうとうたか)
参・『少煩多眠』(しょうぼんたみん)
四・『少言多行』(しょうげんたこう)
五・『少衣多浴』(しょういたよく)
六・『少塩多酢』(しょえんたす)
七・『少食多噛』(しょうしょくたそ)
八・『少怒多笑』(しょうどたしょう)
九・『少欲多施』(しょうよくたせ)
十・『少車多歩』(しょうしゃたほ)

まさに、この状態が人間本来の自然の姿であり時代が変わっても人間の養生の本質を示しています。何が本来だったか、どういうものが人間のもっとも素直な姿であったか、この長寿の生き方を通して自然体が観えてくるのです。

そして現代の日本の長寿でギネスに登録されたことがる泉重千代さんも長寿十訓を書き記しています。

1 万事、くよくよしないがいい。
2 腹八分めか、七分がいい。
3 酒は適量、ゆっくりと。
4 目がさめたとき、深呼吸。
5 やること決めて、規則正しく。
6 自分の足で、散歩に出よう。
7 自然が一番、さからわない。
8 誰とでも話す、笑いあう。
9 歳は忘れて、考えない。
10 健康は、お天とう様のおかげ。(ご先祖さまに感謝)

これもまた、日本人としての自然体の姿の体現であるように思います。今の時代、生きづらい人が増えて心身を病み、いのちまで断つ人が増えてきています。もう一度、自分のいのちとは何か、何から与えられているのかを省みて、天寿を全うできるように、長寿の生き方を子どもたちに伝承していきたいと思います。

腸活と発酵訓

貝原益軒が「養生」という言葉を遺しています。これは、今の時代とても重要な考え方でありその生き方から学び直すところが多いように思います。もともと身体が弱く病気がちであった人生を、健やかに逞しく生きていくなかで自分の実体験から生まれた智慧がこの養生訓です。

この養生訓は正徳2年(1712年)に養生(健康、健康法)についての指南書として益軒83歳の著作です長壽を全うするためには身体の養生だけでなく、精神の養生も同時に必要といいます。

この貝原益軒は、健康的で無病息災の元気な人ではありませんでした。小さい頃から重病を抱え、誰よりも用心深く体に注意をして人生を送ってきた方だといいます。この時代、平均寿命50年未満だったのに80歳を超えても歯は一本も落ちず、暗い夜でも小さい文字の読み書きができたと自ら書き残したといわれます。まさに養生訓そのものの人生を送ってこられた方です。

現在、コロナウイルスのこともあり如何に免疫を高めるかということが大切であることを再認識しています。いくら病院を増やしても、薬を増やしても、病気になってしまったら大変な目に遭います。そうならないようにするためには、未病といって病気にならないように養生していくしかありません。

この養生のポイントについて貝原益軒は「治療は下策」であるといいます。その一つに、「腹の中を戦場にするな」といいます。目の欲、口の欲で食べるのではなく、胃腸そのものの状態にあわせて身体が必要なものを優先することだといいます。

これを現代では、腸活と呼んでいるのかもしれません。

そして具体的な実践は、まず心の整えることからと説きます。

「養生の術は先ず心気を養ふべし。心を和にし、気を平らかにし、いかりと慾とをおさへ、うれひ、思ひ、を少なくし、心をくるしめず、気をそこなはず。これ心気を養ふ要道なり。」

そしてこうも言います。

「養生の術をまなんで、よくわが身をたもつべし。是人生第一の大事なり。人身は至りて貴とくおもくして、天下四海にもかへがたき物にあらずや。然るにこれを養なふ術をしらず、慾を恣にして、身を亡ぼし命をうしなふこと、愚なる至り也。身命と私慾との軽重をよくおもんぱかりて、日々に一日を慎しみ、私慾の危(あやうき)をおそるること、深き淵にのぞむが如く、薄き氷をふむが如くならば、命ながくして、ついに殃(わざわい)なかるべし。豈(あに)、楽まざるべけんや。」

つまり、心を養い身を慎む、そして天寿を全うする。シンプルですが、これができないから養生して仕合せに生きられないというのです。そして自分の身体は自分のものではないということを説きます。

「人の身は父母を本とし、天地を初とす。天地父母のめぐみをうけて生れ、又養はれたるわが身なれば、わが私の物にあらず。天地のみたまもの、父母の残せる身なれば、つつしんでよく養ひて、そこなひやぶらず、天年を長くたもつべし。」

天寿ということの本質です。またこれは暮らしフルネスで私が取り組んでいる生き方に酷似しています。

「ひとり家に居て、閑(しずか)に日を送り、古書をよみ、古人の詩歌を吟じ、香をたき、古法帖を玩び、山水をのぞみ、月花をめで、草木を愛し、四時の好景を玩び、酒を微酔にのみ、園菜を煮るも、皆これ心を楽ましめ、気を養ふ助なり。貧賎の人もこの楽つねに得やすし。もしよくこの楽をしれらば、富貴にして楽をしらざる人にまさるべし。」

別に私は霞を食べていきているのではなく、真の豊かさや仕合せを味わい子どもたちにその生き様を伝承していきたいと思っているのです。

養生は今の時代は、発酵訓とも言い換えれるでしょう。養生する生き方は、発酵する生き方と同義なのです。そして発酵する生き方とは、心身が喜び、自然も喜び、全体も喜ぶ大調和の生き方のことをいいます。

暮らしフルネスの中の腸活の定義を明確にし、暮らしの実践を楽しみ味わい真の豊かさを導いていきたいと思います。

 

感覚の甦生

自然界でそのものの本体を感知する方法の一つに「音」があり、そして「香り」があります。現代は、目ばかり使うので「見る」ことだけで理解しようとしますが本来は五感を通して全身全霊でそのものの本体や本質は理解したように思います。

例えば「音」でいうと、音には美しい音というものがあります。とても澄んだ音、そして心に響いてくる音です。それは濁音や高音ということではなく、そのものが発する「素直な音」です。

この素直な音というのは、無の音でもあり、いのちの音でもあります。その音は、鳥や虫だけではなくあらゆる音があります。暮らしの中で聴こえてくる音であったり、話し声であったり、何かを食べる音であったり、みんな音を発します。

その音の中に、そのものが素直に生きている音があり、私たちはその音によってそのものの心を聴き取っていくのです。音楽というものは、その素直な音に触れることのように私は思います。

そして「香り」というものもあります。香りもまた、そのものから自然に発する香りです。和室の中であれば、畳のイ草の香りであったり、風に流れてくる季節の香り、田んぼにも、火を熾してもみんな香りが出てきます。

この香りを嗅ぐことで、私たちはそのものがどのようなことをやってきたかという経過を嗅ぎ取ります。もちろん、それだけではありませんがこのように五感を上手く使って私たちはいのちの情報ともいうべき本質や本物を直観していくのです。

直観するチカラは、「場」によって磨かれます。場を磨き、場を整え、場に佇むことで場はより透徹され洗練されシンプルになり空間が研ぎ澄まされます。

研ぎ澄まされた場に何度も触れれば、自然に感覚が鋭敏になってくるのです。

この時代、感覚が狂ってしまって心身が病む人がとても増えてきているように思います。私が取り組む、祐徳大湯殿サウナもまたその感覚を甦生するために発心したものです。

子どもたちがこの世の本体や素晴らしいものに触れられるように、デジタルとアナログを調和させた新しいサ道場をひらいていきたいと思います。