いい循環

世の中には「いい会社」というものがあります。そのいい会社とは何か、それを話し合い定義しなければいい会社が何かはわからないものです。たとえば、成功している会社とか、成長する会社とか、給与や休みが多い会社とか、自由な会社とかいろいろとあるものです。

実際に人間にはそれぞれに価値観もあり、自分に都合のよいものをいいと言いますからいい会社も多種多様に存在するものです。実際にいい会社とは何か、それを定義するものがなければ人はいい会社のこともまたわかりません。

しかしいい会社と呼ばれる会社には、本来普遍的に流れている一つのものがあるように思います。それは「徳」というものです。これは会社に限らず、人も同様に「いい人」とは何かということの定義も同じです。

この「いい」とは「徳」のことを指すのです。

この徳のことは最近は誤解されていることが多いように思います。一つは、何かお得な人物や特別な能力がある人を徳があるといったり、もしくは聖人君子みたいない人物が徳のある人などと言われます。しかしそんな人は最初から徳があるわけではなく、生まれつきの個性だったりもします。

本来の徳は、後天的に精進して磨いていくものです。それは人間として大切な道徳心を磨くこと。たとえば、誠実であること、約束を守ること、生き方を貫くこと、真心を盡すことなどによって徳を積んでいくのです。

徳を積んでいけば、次第に「いい人」になっていきますし、徳を積む人たちが増えれば「いい会社「になる、そしていい会社が増えれば当然日本は「いい国」になり、徳が日本に増えれば「いい世界」になるのです。

徳を積む人たちの背中から私たちは徳の本体を学び、その徳を守り自分もまた徳を積んでいくことで「いい循環」はつながり永続的にその徳は天の蔵に貯金されて子孫たちの繁栄と発展に寄与していくのです。

「いい会社」になることがゴールではなく、徳を積んでいくことがゴールなのです。

いい会社かどうかを査定したり比較したりする前に、何のために「いいこと」をするのかを定義することが大切だと私は思います。

引き続き、私も子どもたちにとっていい人、いい会社になるためにも常識に囚われず至誠を貫いていきたいと思います。

 

自分の選んだ道

人生は生き方で決まるものです。その人がどのような生き方をすると決めたか、それがまずすべてにおいて先でありその後に結果としてどのようなことを為したかが追いかけてくるものです。

結果を出したから生き方が決まったのではなく、生き方が決まっているから結果もまた出てくるということです。その結果とは何か、それは単なる世間的な成功などというものではありません。生き方が現れるというのは、その人が死んだときに生前の人柄や生き様の価値が人々の心を通して世の中に顕現してくるのです。

生き方は常に心の中にあるということでしょう。

しかしその生き方を選ぶには、日ごろから自分の中で定めた初心や覚悟を常に優先していこうとする心の作法が必要になります。

一般的には人間は職業上の立場や肩書、世間体などを気にして自分の行動を決めたりするものです。世の中の常識に従っていることで身の安全も保障されますし、周囲の偏見や差別に受けなくなります。しかし、それは生き方を選んだのではなく無難な方を選んだということです。

人生の挑戦とは何か、それは何も巨大な敵に挑むことでもなく、まったくやったことがないことに挑むことでもなく、未知なことに手を出すということでもありません。

人生の挑戦とは、生き方を貫くと決めることなのです。

生き方を貫くと決めた時から、後悔しない人生を歩むためにありとあらゆる日々の決断や決心を自分の心に問いかけて行動に移していく必要があります。それがたとえ世間から「狂っている」と言われようと、「馬鹿げている」と笑われようと、それは生き方だから自信をもって歩んでいくのです。

そうやって一人一人がその生き方の背中を子どもたちに見せていくのなら、いつかきっと世界はお互いを真に尊重できる平等で誰しもが納得できる平和な世の中になっていくでしょう。

日々は生き方の連続ですから、決して油断はできません。常に自分を磨き上げ、生き方を貫けるように自分の選んだ道に誇りを持ち続けたいと思います。

山を育てる

先日、京都の鞍馬山に訪問して倒木で山が破壊されている惨状を見てきました。昨年の台風の猛威の爪痕が激しく、山肌が丸ごと裸になり、木々が何かに抉られたように折れたり根っこからひっくり返ったりしていました。

お話をお聴きしていたのと目の当たりにするのは全く別もので、自然災害というものの大きさ、その巨大な力には畏怖の念だけが湧いてくるだけです。これからどのように木々を片付けて新しい山にしていくか、お寺も100年後、1000年後を見据えて復興計画を練り直しておられるようでした。

山には林業というものがあります。これは森林を育てて、人間生活に利用するのを目的とする産業のことをいいます。私たちは都市に住んでいますが、むかしは里山といって山と里が調和した暮らしを実現していました。山と暮らしていくことで、山の恩恵を受けて私たちは暮らしを維持していました。

その山を手入れしていたのは人間であり、人間が森林と上手に付き合っていく中でその山を育て人間と共生していくように仕組み化されていたのです。現在では山は荒れ放題になってきて、人間と共生できないような山が増えています。

林業では様々な諺があります。

「一年の計は田を作るにあり、十年の計は木を植えるにあり、末代の計は人を教えるにあり。人のまさに死せんとするや、その頭まず禿げ、一国の亡びんとするやその山まず禿ぐ。一国の盛衰はその山林を見ればわかる。児童なき人民は希望なき未来を有し、樹木なき国家はまたこれと相似たり。河を治むるはその源を養うにあり、源を治むるは山を治むるにあり、樹芸の道ここにおいて過大なり。森林は著しき酸素の製造所にして、炭酸ガスの消滅所なり。」

一年の計は田んぼをつくること、十年の計は木を植えること、永遠の計は人間を育成することである。まさにその通りです。さらに人が死ぬとき頭が禿げていくように山も死ぬときは山も禿げていく、一国の様相は山の姿を観ればわかると続きます。

かつて奈良に「日本林業の父」と呼ばれる土倉庄三郎という人物がいました。この人物は、林業だけに留まらず治山、道路整備や日本の教育、文化を支援を行いました。しかしこれは林業の本質につながっているように感じます。たとえばこう言います。

「林業にとって、もっとも重要な作業は何だろうか。すぐに頭に浮かぶのは、樹木の伐採だろう。だがそれ以上に重要なのは木材の搬出である。伐採だけなら、オノやノコギリがあれば個人でも可能だ。しかし倒した大木を人里まで運ばなければ木材として利用しようがない。しかし木材は重くてかさばる。動力機のない時代、木材を運ぶには多くの人力と斜面や川の流れを利用した大がかりなシステムが必要だった。だから林業の要は、木材の搬出にあるのだ。」(樹喜王 土倉庄三郎より)

木材を搬出するには、道を切り拓く必要があります。道路整備は林業には欠かせません、また人材教育もまた山を守るためにも必要ですし、田んぼの維持のためにも必要です。そして文化も日本のために必要なものでこの根があるから木が育ち山を保てるのです。

林業というものは奥深く、山を仰ぎ見るときそこに山を育ててきた人間の智慧と人格を感じます。もう一つ、こういう諺があるのを知りました。

「造林は親を細めて、子太る。木を立てて、見せてセガレに、親となる。夫婦仲なら焼いても良いが、焼いていけない家と山。山は裸で器量が下がる、植えて緑の晴れ姿。山高きがゆえに尊からず、木をあるをもって、尊むべし。盆の仏は、家には行かず、まず山に行く。学者と大木はにわかにできぬ。」

山の姿の中に人間のあるべき姿が観得てきます。山に入れば山から学び、何かを頂いて外で出てくる。以前、千日回峰行の僧侶の方が山で自らを磨き上げ山から掴んだ智慧を民衆に伝道していこうとされていたお話を思い出しました。

山にはそれだけ人間を真の意味で学び直させる何か、空気感というか「気」があるようにも思います。その気を学び直すことは、元氣を学び直すことですから人間は山を求め道を探すのかもしれません。

鞍馬山がどのように甦生していくのか見守りながら、私も日本の甦生に向けて100年、1000年後を見据えて山を育てていきたいと思います。

歴史を学ぶこと

私たちは本である場所のその過去のことを知ることができますが、本当に過去を知るためには現地に赴き自分の足で確かめていかなければ本当のことはわからないものです。

王陽明に「知行合一」というものがあります。知識と行為は一体であるということ。本当の知は実践を伴わなければならないということ。つまり知識と行為はバラバラではなく本来は一体であるということ。知識と行動が一致することを実践といい、この実践することなしに本当に知るということはあり得ないということです。

歴史も同様に、過去の知識がいくら残っていたとしてもそれを自分が知ろうと行動していかなければ歴史も単なる知識として理解してしまい中身のない文字だけのものになってしまいます。

歴史を学ぶということは、職人が技術を学ぶことと同じように真摯に何度も実践し深め本質に近づいていくように骨身を削って達していくことに似ています。そしてそこで得た本物の知識のみ本当に役に立つものになるのです。

この「知る」ということは、骨身を削ったり辛苦を味わったりしなければ知ることはありませんから楽して便利に手に入るものは所詮、同様に便利に簡単に使えなくなっていきます。逆に大変でも苦労して手に入ったものは、いつまでも使い続けることができます。

いくら仮想で脳が現実を補ったとしても、心を籠めて身体を使っていなければその穴埋めは脳の知識だけではできません。人間は脳を使うとき、同時に真心や身体的努力を用いて現実というものを感受することで真実を得ることができるように思います。

だからこそ、まずは心と体、つまり行動を先にして脳はそのあと使っていくというような生き方をしていなければ知行合一することは難しいように思います。言い換えれば、今のような時代はまず行動をして知り、知ったことをまた行動で省みるというようにつねに生の人生を体験し続けて味わい続けるというような学問の姿勢が問われるように思います。

歴史も同様に、現地にまずは趣き自分の足でその土地や地理を確かめていく。その土地の文化や風土、人々に触れて話をよく聴いてそこに残存する空気や気配を感じ取る。そのうえで、歴史の記録を辿りながら記憶をつなぎ合わせて本当のことをつなぎ合わせていくということが歴史をものにしていくことではないかと思います。

歴史がものになればどうなるか、それは生き方がものになることであり人類のこれからを確かめるということになるのです。私が現地でつぶさに歴史を学ぶために足を運び何年も深め続けるのは、人間というものを深く知りたいからでもあります。

先人や先祖たちの生き方の中に、今を生きるヒントがありそして答えがあります。

子どもたちが安心して暮らしていける社會のために、知行合一に歴史を学び直していきたいと思います。

本物の経済人~世直しの仕組み~

二宮尊徳の弟子たちが残したものに二宮翁夜話があります。これは二宮尊徳の門弟、福住正兄が身辺で暮らした4年間に書きとめた《如是我聞録》を整理して尊徳の言行を記した書のことです。

この夜話には、二宮尊徳の思想や具体的な行動が記録されています。その夜話231条の記録の中に「神儒仏正味一粒丸」という言葉があります。

「神道は開国の道なり。儒教は治国の道なり。仏教は治心の道なり。ゆえに予は高尚を尊ばず卑近を厭わず、この三道の正味のみを取れり。正味とは人界に切用なるをいう。切用なるを取りて切用ならぬを捨てて、人界無上の教えを立つ、これを報徳教という。戯れに名付けて神儒仏正味一粒丸という。その効用の広大なることあえて数うべからず」

どのように世直しをしていくか、その善いところだけを合わせて団子のように丸めて薬にして人々に与えるという発想。この「正味」という字は、余分のものを取り除いた中身、本当の中身という意味です。二宮尊徳は、報徳という考え方はこの3つを合わせてできたということを暗に意味しています。

そしてこの報徳を実現することを報徳仕法を実践することとしました。

「農村の復興・改革という報徳仕法の実践面は、勤労、分度、積小為大、そして、推譲から成っていると考えられる。つまり、まず分度を立て、その分度を守りつつ勤勉に働く。最初は小さな成果しか得られないかもしれないが、それを継続し、積み重ねれば大きな成果が生まれる。成果が生まれたら、いたずらに浪費するのではなくそれを家族や子孫、他人や社会のために役立てる。一言に集約すると『勤倹譲』(勤労、倹約、推譲)と表現されることになり、これらが報徳仕法の実践である」

これは現在のソーシャルビジネスにも通じており、尊徳はもうずっと前に経済で生み出される人間の貧困の問題を解決するための方法を発見しそれを具体的に実現し成果を出していたのです。その後、明治維新により西洋化を急速に進める中で報徳仕法は失われましたが世界を救う世直しの仕組みとしてこれ以上のものは産み出されていないのです。

二宮尊徳がこの仕法に気づくキッカケになったのは、大飢饉と飢餓です。自身の人生の苦労から一生涯を懸けてこの問題の解決に取り組んだ方なのです。グラミン銀行のムハマド・ユヌス氏もグラミン銀行の創設の理由を同じようにこう語っています。

「グラミン銀行設立のきっかけは1974年の大飢饉でした。当時、私は米国の大学で博士号を取得して帰国したばかりで、大学で経済学を教えていました。若くして自信満々でしたが、いくら経済の知識を持っていても餓死していく人々を救えませんでした。」

人が貧困や飢餓で死んでいく現状を心底憂い、なぜこうなるのかと社会構造全体の変革について挑戦した人物たち。まさに経済の道の中で、世直しを実行しようとした本物の経済人たち。

このような人たちが、経済というものの本質を見極め、経済とは何のためにあるのかということをシンプルに語り掛けてきます。

「貧困は人災である。貧困のない世界を創る。貧しい人々は力さえ与えれば、チャンスさえ与えれば、才能さえ引き出せれば自立できる、そしてよりよい社会を創り上げることができる。すべての人に尊厳、自由、平和の保障された生活を」と。

今一度、私たちは深く考えなければなりません。

貧富の差の本質とは何か、格差社会の本質とは何か、同じ人間がなぜこのように差別されてしまうのか。それはすべて「心の問題である」と気づいた人たちが世の中を変えていくのです。どうせこの先、行き詰まる世の中で必ず人類の誰かがそれに気づき立ち上がりみんなを動かし世界は変わります。

その過渡期にある私たちは、その問題にみんなで勇気をもって向き合う必要が出てきます。人類の平和や仕合せとは何なのか、本当の暮らしは、本物の人生はどのようなものであるべきか。

道の途中ですから、今を真摯に学び直しながら人生の正味を練り上げていきたいと思います。

 

 

天の蔵~徳の貯金箱~

バングラディッシュにグラミン銀行というものがあります。これはチッタゴン大学教授であったムハマド・ユヌス氏が銀行サービスの提供を農村の貧困者に拡大し、融資システムを構築するための可能性について調査プロジェクトを立ち上げからはじまったものです。

この「グラミン」という言葉は「村(gram)」という単語に由来しておりマイクロクレジットと呼ばれる貧困層を対象にした比較的低金利の無担保融資を主に農村部を中心に行っています。今では銀行を主体として、インフラ・通信・エネルギーなど、多分野でグラミンファミリーと呼ばれ各地でソーシャルビジネスを展開しています。

ムハマド・ユヌス氏は、貧困層の問題はチャンスが与えられないことが本質だとしその機会を与えることが貧困問題を解決する鍵だとしました。一部の富裕層のために貧困層のチャンスを奪うことになっている資本主義経済の弱点を解決しようと挑戦しておられます。そのユヌス氏はこう言います。

「すべての人間には利己的な面と、無私で献身的な面がある。私たちは利己的な部分だけに基づいてビジネスの世界を作った。無私の部分も市場に持ち込めば、資本主義は完成する。」

人間の併せ持つ欲と徳、その欲のみで経済を動かし続けたことに問題がある。本来は道徳といったものも経済に適い一致するのなら本来の資本主義は完成するはずだと信じたのです。

この経済と道徳の一致を最初に説いたのは、私が何よりも尊敬し判断の基にしている「二宮尊徳」です。二宮尊徳は「道徳なき経済は、犯罪であり、経済なき道徳は寝言である。」と言いました。つまり、欲だけで走る経済はまるで犯罪そのものではないか、そして本来の経世済民という意味での道徳が失われているのならそれは単なる絵空事あって復興の足しにもなりはしないということでしょう。

二宮尊徳も「村(gram)」を中心に、貧困の解決に取り組み復興を実現していきました。二宮尊徳は、相互扶助金融制度としての『五常講』という仕組みをつくり信頼を基盤に経済と道徳の一致を行いました。具体的には人倫五常の道によって積立・貸借をしていきました。そして「五常講真木手段金帳」という帳簿をつくりそれぞれに薪の節約、鍋炭払い、夜遊びの中止など、工夫をこらし、連帯して生活を向上するように指導したのです。

この五常は「仁」「義」「礼」「智」「信」の5つの徳目のことです。これを説明すると、まず仁は「金に余裕のある人がこの「講」に貸し出し基金を寄せる。」そして義は「この講から借りる人は約束を守って確実に返済する。」礼では「借りた人は貸してくれた人、支援者に感謝する。」そして智は「借りた人は確実かつ1日でも早く返済できるように努力工夫する。」最後に信は「金の貸し借りには相互の信頼関係を築いていく」この5つの徳目を守ることを条件に「五常講貸金」という相互扶助の金融制度を発明したのです。

先ほどのグラミン銀行のようなものをすでに日本では二宮尊徳が実践し、600以上の村々を復興していたのです。二宮尊徳が目指していた社會は、平和で人々が思いやり優しく手をつなぎあって暮らしていこうとしたことがこの発明からも観えてきます。孔子が目指した理想を二宮尊徳は具体的な方法によって導こうとしたのでしょう。高弟だった富田高慶報徳記にはこう書かれています。

「天地万物にはそれぞれ固有の徳が備わっていることを認識していた尊徳は、人間社会は天地万物の徳が相和することによって成り立ち、自己が生存できるのもそのおかげであると考えた。そのことに感謝の念を持ち、自己の徳を発揮するとともに、他者の徳も見出し、それを引き出すように努め、万人の幸福と社会・国家の繁栄に貢献すること、これが尊徳の考える『報徳の道』である」

天地万物の徳を引き出すことに経済の仕組みを用いる。まさに我が意を得たりの境地です。私が目指している理想もまた、この一点にこそあります。保育に懸けるのもまた天与の人間の徳を見守るためなのです。

まさに一円観、一円融合はこの一致する一和にあります。子どもたちに譲る貯金が底をつかないように天の蔵に積み足していく徳のお金を譲り遺していけるように残りの人生を懸けていきたいと思います。

 

 

 

選択と性格

人間関係というものは自分の性格をもっとも磨く機会を与えてくれるものです。また人間関係を通して行う仕事というものも同様に、性格を磨く最大の砥石になります。仕事を通して人間は成長するということがどういうことであるか少し深めてみようと思います。

amazonの創業者、ジェフべソス氏が母校で語ったスピーチに有名なものがあります。その話の中にこのような言葉があります。

「賢さは生まれ持った才能ですが、やさしさは選択です。生まれ持った才能とは、言ってしまえば与えられたものなので努力を要しません。その反面、選択をするということ、これは難しいことなのです。気を付けなければ、才能は私達を傲慢にします。そして自分の才能にうぬぼれると正しい選択をすることが出来なくなります。」

31歳のとき、それまでの仕事を辞めて挑戦するときこの選択が道を切り開く判断基準であったということです。

人間は才能を中心に据えて仕事をしていると、その能力に驕り思いやりや優しさを失っていくことが多いように思います。これを能力主義とも言いますが、その能力で成果を出すことを成果主義とも言います。結局は競争社会で生き残るために才能を磨けと才能のみに集中した結果、社会は貧しくなっていったように思います。

もちろん便利な力は成功を生みますが、その成功が人類の成長とイコールであったかどうかは別問題です。それに道具も使い道次第でどうにでもなりますから、道具といいます。使い手や使い道が成熟していなければ、それは戦争の道具になったり、他人を傷つける凶器にもなります。

それだけ便利な道具というものは、リスクを含んでいるのです。だからこそ発明家や技術者には単に賢さだけではなく、性格が必要になります。どのような性格を持っているかで選択が変わってくるからです。

現在、保育の業界であっても簡単便利に仕事がはかどるような道具は次々に生み出されています。しかしそれは果たしてどのような影響を与えるのかはあまり検証されず売れればいいと楽になるものばかりが増えてきています。本来のものづくりや発明というものは、目指している人間としての成長や仕合せを熟慮し取捨選択をしていくことで後世に遺されていきます。

私が古民家で扱う道具たちも、先人たちは多少不便であっても循環するものを中心に造られ地球が歓び、周囲のいのちを活かすような素材や材料、また使い手の心を磨き続けるようなものを残してくださっています。このものづくりの心は、賢さだけではなく確かな選択によって産み出されたものです。

私も発明家が幼い頃から夢でしたから、エジソンの本は何百回も呼んだし座右の銘もエジソンの努力の言葉にしていた時期も長くあります。発明するためには、世の中が明るくなるためのものと暗くしてしまうものがあります。

だからこそ私たちは思いやりや優しさを軸足にした組織やものづくり、仕事の仕方をしていく必要があると思うのです。それが真の働き方改革であり、それが本来の働く意味に直結しているのです。

子どもたちに譲り遺していきたい未来は、この今の選択にこそ懸かっています。その選択は性格によって決まっていきます。自分の性格を善くするために失敗することが挑戦の本質であり、挑戦することで人間は人間として偉大に成長するのです。

最後にそのジェフべソス氏の後輩へのメッセージです。

「他の人を蹴落としてまで賢くなるか、それともやさしくなるか?80歳になったあなたが、あなたの過去を振り返るとしましょう。その時に一番心に残っていること、思い出すことはあなたが下してきた決断の数々であると私は信じています。あなたが何を選ぶか、あなたが下す決断が「あなた」をつくっていきます。あなただけの道を切り開いて下さい。」

私も日々に子どもたちに先人の徳がそのまま譲れるように、心を優先して頭を使っていきたいと思います。

草莽崛起

歴史を学ぶ中で志が受け継がれていることを感じるものです。現代の様々なものは、かつて志を立てた人がいて、それを後世の人たちが引き継ぐことでカタチになっているとも言えます。それにこれからもまた、その志を受け継ぎ偉大なことが実現するときまで誰かが顕れ継承されていくのです。

わかりやすいものは、明治維新のころの松下村塾です。吉田松陰もまた、先人たちの遺志を継いで志を立てましたがその志は塾生たちによって実現していきました。また塾生たちが出会った人物たちもその志に触れ志を立てて参画し継承していきました。

たとえば、松下村塾の塾生に久坂玄瑞という人物がいます。この人物は禁門の変によって若くして亡くなりましたが坂本龍馬、西郷隆盛、高杉晋作など多くの志士たちに多大な影響を与えました。彼の死によって、志士たちはその遺志を分け合い後を引き継ぎ事を為す原動力にしていきました。

このように志は、志士によって醸成され、それは継承されることでさらに発達発展を遂げていくのです。代を積み重ねるたびに力が増していくのです。自分の代だけで簡単に終わってしまうものは志ではなく、死してなおそれが受け継がれていくようなものを持つことが志ともいえるのです。

「今自分の胸にあるのは、病人を治す処方ではない。天下を治療する処方である」

これは久坂玄瑞が松下村塾で立てた志です。もちろんこれは吉田松陰に出会うことで、志に出会ったのです。そしてその志は次第に草莽崛起という言葉に発展していきます。

「大名や公家はあてにならない。本当に力を発揮するのは草莽の志士の連中だけだ」

そして久坂玄瑞が亡くなったのち、高杉晋作や坂本龍馬、西郷隆盛をはじめ多くの志士たちが同時に立ち上がり草莽崛起を実現していくのです。

この草莽崛起という言葉は、まさに志士たちのためにある言葉です。久坂も「私の志は、夜明けに輝く月のほかに知る人はいない」ということを詠んでいます。見た目は他と変わらぬ普通の人であったとしてもその志は見た目にはわからず理解もされません。しかし自分自身は何よりもその志を知っています。明け方に月を眺め、意志を強く持って行動を続けた純粋な姿が観えてきます。

「私は、意志が弱い人間です。将来、私は、成功出来る人間ではない。しかし、もし私自身が駄目だと思い、行動しなければ出来ることも出来なくなる」とも詠んでいます。いのちを懸けるというものは、いのちを懸けようと行動した人たちが語れる言葉なのです。

それらの志をそれぞれの志士たちが自分の道で実現していくこと、道はたくさんあるのだからその道で志に向かいいのちを懸けることこそが草莽崛起であるのです。

時代がいくら変化しても、草莽の志は絶えることはなく私たちの心魂の中で生き続けて成長を続けていきます。まさに代を重ねていくいのちそのものとなってです。

私も草莽の志士としてなすべき今に集中していきたいと思います。

 

生き方と働き方の一致

だいぶ前に「180°south 」というライフドキュメンタリー映画を見たことがあります。これはアウトドアの世界的有名ブランドのpatagonia創業者イヴォン・シュイナードとTHE NORTH FACE創業者ダグ・トンプキンスの二人の運命を180°変えた一つの旅を振り返り、ひとりの青年がその軌跡を追体験するように制作されたものです。

その中でイヴォン・シュイナードの人柄や美学にはとても共感するものがありました。自分の生き方を仕事にしていて、仕事が生き方の一つの表現になっている。生き方と働き方を分けない姿が、このブランドの価値を創造したように思います。

このパタゴニアは、マーケティングにおいても10パーセントの同じ価値観や生き方をする人たちだけでいいと最初から決めてすべての生産や販売を管理しています。また社員たちも同じ生き方をしようとする人たちを集めるために、採用においても工夫をしています。

現在では、老舗企業の風格で創業メンバーの子どもたちが志を受け継いで展開しているようですが今でも多くの人たちの心をつかんでいるように思います。

そのイヴォン・シュイナードの言葉にこういうものがあります。

「シンプルで居る事は難しい、何でも複雑にして行く事は簡単なんだ」

これは本質であり続けることの難しさ、「何のために」ということを突き詰めて生活を削ぎ落していくことの難しさを語っているように思います。日々の喧騒ですぐに忘れてしまう目的や初心が、より自分の人生の道を曇らせていくように思います。その中でも本質を保つということはよほど覚悟を決めた旅を歩んでいく必要があります。

またこうもいいます。

「「時間がなくて」あるいは「忙しくて」。これらは嘘の言い訳だ。これらの言葉の裏に隠れた真実は「優先度合が低いからまだやっていない」のであり、もっと言うなら、やりたくないというのが本心である。」

自分の人生の優先順位を間違えてしまえば、本当にやろうとしたことよりも日々の雑念や我欲に負けてもっともらしい理由をつけてはやろうとはしなくなります。これはやりたくないということを隠しているだけであり、本来の覚悟が揺らいでいるのです。自分で決めた生き方があるのなら、どんな理由があったにせよ途中であきらめるわけでにいきません。しかし、ちょっとした困難やトラブルがあったくらいで人は早々に諦めてしまうことが多いようにも思います。だからこそこうもいいます。

「旅で、想定外のことが起こったら、そこからが冒険だ」と。

冒険する人生を旅するというのは、決してアウトドアの世界の話だけではなく生き方の話です。冒険が楽しいからこそ、仕事も楽しいと言えることがシンプルにするということでしょう。

パタゴニアの社訓は「遊ばざるもの、働くべからず」とあります。これは遊ぶように働き、働くように遊ぶという意味でしょう。まさに本質でありシンプルであり、生き方と働き方の一致を言います。

カグヤも生き方と働き方の一致を目指していますから、冒険こそが人生の醍醐味になるような生き方を優先していきたいものです。

最後に、この映画で共感したこの言葉で締めくくります。

「人は魂の救済のために行動しないと。それぞれの方法で。」

世界には同志がいて、それぞれの方法で同じ頂きを目指しています。私もその一人として、自分のやるべきことに専念し最期の一人になっても登頂にアタックする覚悟で一期一会の挑戦を楽しみたいと思います。

 

 

 

 

自分に正直に生きる

昨日、海外に住む親戚の長男が聴福庵でオリジナルのダンスを披露してくれました。様々なダンスの大会に出たり、学校に通ったりと自分なりに好きなことを楽しんでいました。

若さの花もありますが、好きなことを本気で打ち込んでいる姿には引き込まれるものがありました。自分に正直に生きていくということは、誰かが教えてくれるわけではありません。自分自身が何よりも悔いのない生き方をしているかは、自分自身が一番よくわかっているからです。

人間は誰しも小さな自分への嘘が積もりに積もっていくうちに自分への不信を募らせていくものです。そのうちに仕上がってしまえば、本心を打ち明けることもなく本心のままでいることもできなくなります。

自分に嘘をつかないというのは、自分に正直になることですがこの正直になるということが頭ではわからないものです。他人に聴かれても正直になるとはどういうことか、それは自分勝手になることか、自分中心になることかと考えてしまいかえって周囲の反感を買う人も多いように思います。

そうではなく、人生は二度となく自分も二人といないのだから「悔いがないか」と自分に問うということが正直であるということなのです。

悔いのない生き方をする人たちは優先順位をもって生きています。自分が何を大切にしているかということ、そして何のためにこのいのちを使うか、そして志を立てるために何を諦め何に集中するかということが腹に落ちています。

だからこそ今に真剣に打ち込むことができるのであり、何よりも自分というものと正対して自分にしかない天命を生きていこうとするのです。天命を生きる人は仕合せな人であり、悔いのない人生を生きる人は幸福を味わいながら歩んでいくものです。

本来の自分が何を優先して生きようとしたか、それを忙しさの中で忘れないように理念や初心はあるのです。自分自身が自問自答することなしに仕合せを掴むこともできず、自分に正直に生きることなしに真の幸福もありません。

一期一会の人生が座右ですが、まだまだ反省することばかりです。

引き続き、自分に正直に生きることで子どもたちに希望の光を与えていきたいと思います。