一つのことを定めて社会貢献するためにできた組織には、役割として経営者や従業員が居る。外国ではそれをリーダーやフォロアーといったり、キャプテンやクルーなどという言い方もある。集団になれば、必ず縦と横で紡ぎだし織り成しながら反物にしていくように力をあわせてひとつになっていかなければ大きなことはできない。
しかし、その組織の役割の表現や言い方はどうにでも良いとして、とにかくそれぞれの立場での役割とそして目に見えないけれど確かに必要な「道」というものがある。それはたとえで経営道や従業員道といっても言いし、キャプテン道やクルー道とも言い換えてもいい、とにかくそこには正しいことを行うための「道」がある。
経営者の道はたとえば、リーダーとして自ら先憂行楽の心で仁や愛の実践を行い、自らがまず率先垂範しその模範を示すことで人々を感化し導き、その人々それぞれが自分らしくその能力を発揮できるように最高の環境を用意し、信じて見守る。そのためにも理念を掲げて信念を練磨し、様々な出来事に正対し修養し、只管に自らに天から与えられた脚下の道を歩んでいく。
何よりも、先に憂い先を歩き、思いやりの心を尽くしていくことで周囲を豊かに実り在る世の中にしていくこと、そういう人がいるから新に道が開け会社が共生する社会のお役にたっていくのだと私は思う。
そういう人でなければ経営の道にはならず、エゴや自分のことばかりに囚われ結局は一時的にしのげても社会に多大な迷惑をかけていくという意味で、経営者の道としては失格でありそれではあまりにも志に欠けるのではないかと思う。
商売の道も、良い思想を良い商品を供給し、それに関わる人間を育てすべての人がそれぞれに自分らしく自立して生きる幸せな世の中にするという「正得道」でなければ其れは必ず本質には近づけず淘汰されていくのだとも思う。
そして、次に従業員として、クルーとしての道もまたある。
従業員はクルーとして、そのリーダーに信じ仕え、日々、自らの忠義に反省し、感謝し、素直に自らを高めていく事に専念しながら理念を学ぶ実践をし、それぞれに与えられた自分にしかできないことで全身全霊で会社や組織のお役に立ち、その環境の中で自立して社会を支えることにあるのだとも思う。
そういう人でなければ、エゴから自分勝手のことばかりを只管に主張するようになり、自分の権利ばかりを会社や社会に要求し、作業ばかりをやるロボットや機械のような心ない人になったりもする。そして周囲の仲間同僚やリーダーを蔑ろにし、人の心よりも作業ばかりに没頭するようになり次第に信頼を裏切ることになる。するともちろん経営者の足を引っ張りお客様や仲間達、そして社会に迷惑をかけるばかりになるという意味で、これもまた従業員の道としてはあまりにも失格でありその志に欠けるのではないかと思う。
もちろん、どの道も基本として素直であることと思いやりが必要なのは言うまでもない。
最近は、コンサルティングをしているどの職場でも従業員としてクルーとして、素直に「はい」といえる心、つまりは実践すること行動することに道を見出し心を尽くさない人が増えてきているように思う。
働き甲斐も遣り甲斐も人から与えてもらうものではない。自ら従業員としての道を実践してこそ得られるものだと私は思う。
仕事を通じた道は信頼されることが第一、それ際できればほぼ100パーセント仕事に自らの命丸ごと捧げて取り組んだことになる。そして、そうすることで常に自分が従業員やクルーの道を歩んでいることを自覚し、その道として自分の命を預けた人やリーダーを育成しともに歩んでいけるというものでもある。
上司が部下を使うのは当たり前で、本来は部下が上司を活かしてこそ一人前。
部下が上司に従うのは当たり前で、本来は上司が部下を活かしてこそ一人前。
人をそれぞれに活かしながら成長し自立していく組織には道があるのだと私は思う。
そしてそれはどんな相手であれ、自分と深い縁があった方である以上、その人から変えてもらおうと甘えた依存したアマ心、つまりは幼稚心を捨て、自分自身が自立して自分から変わり、相手にも良くなってもらおうという自律したプロ心、つまりは使命(ミッション)を尽くすのがそのクルー道の一つ。
カグヤでも行っているかんながら経営とは、そのミッションを尽くすことにこそあるというのは、カグヤ道に照らせば理解できるようにしている。そして本当に理解するには何よりも日々の信頼を積み上げる揺ぎ無い実践が裏づけし、その人を立派にしていき自立させていくのだと私は信じている。
理念も信念も、まずはそういう道の上にあることを決して忘れてはいけない。
まずは、私自身、伝わらないことが多い日々の中でもさらに社会のために仕事の意味をもう一度深く玩味し、本来自然にやることになっている当たり前の会社や組織の中で働くということをそれぞれの道を実践していくことでカグヤで変わらず取り組んでいこうと思う。
経営者には経営者の道、従業員には従業員の道があることを実践を通じて自覚しつつ、日々の新たな仕事に正対していけるような実践に勤めて生きたい。