一期一会のご縁を実感すると人生というものを歩んでいく尊さに実感することがあります。
生まれてきてから死ぬまで、何人の人達とご縁をいただきこの世を歩むのか。
その人生の旅の中で出逢った人たちもまた絶えず歩み続けています。
途中で亡くなる人、途中で居なくなる人、途中で離れていく人、たくさんいます。
しかし決して同じ場所や同じ空間、同じ時間だけが共にいることではないように思います。一緒にいるというのは、離れていても、空間が異なっても、時間がズレても共に歩んでいるのだと実感していくことなのかもしれません。
それはこの世のすべては繋がっていないところはないという意識です。
もちろん、現実の身近な世界では共にする仲間が一同に帰すところには、もちろん出会いの歓び、そして別れの悲しみもあります。時折、縁が切れるなどという言い方をする人もいます。しかし本当にそうなのでしょうか。
繫がりの中にある、本来はそれ自体がとても尊いことであるだけで、その人の今のご縁の中に魂の契や結びがあり永遠に繰り返される絆の邂逅でいのちの水鏡に思い出に映しだされているように直観するからです。
つながりの結びの中にいる私たちは毎日が奇跡だといえます。
自分がつながりの中でいつも偉大な結びと出逢い続けていると実感することが奇跡です。
魂や心が繋がっているのだから、永遠に共に歩んでいることには変わりありません。
目には見えなくなっても構いません。
その声が耳に入ってこなくても、匂いがかげなくても、触れなくてもいいのです。
心が結びを確かめたとき、私たちは見守りあいながら前進するのみです。
強く、優しい真心の足取りは次の出逢いを予感します。
日々の奇跡に心を躍らせ、今この瞬間の出逢いに感謝し続けたいと思います。
もう外は春の景色、桜も満開です。
新しい季節がはじまります。