人生全般をふり返る時、遠近について考えることがあります。人は遠くの出来事や遠くの未来のことに思いを馳せたり、近くの出来事や近くの未来に一喜一憂するものです。
道を歩んでいく中で、遠くを見ているだけでは近くが見えず、近くばかりを見ていたら遠くが見えない。近くを見たり遠くを見たりしながら、今、自分がどの辺にいるのか、どのあたりを歩いているのかを実感するのです。
時折、悪路に出会い、いつまでこれは続くのだろうと苦しんだり、とても素晴らしい風景に立ち止まりたくなったりもします。また素晴らしい出会いがあって感動して涙したり、悲しい出会いもあっていつまでも引きずることもあるのです。
しかしそういうことを何度も何度もふり返り、遠くの夢を観ては足元の石に躓き転び、近くの現実ばかりを見ていたら灯台の光も分からず船酔いばかりしてしまいます。
人間というものは、今というものをどれだけ味わい切っているかによるのかもしれません。
この今というものがどれだけの奇跡であるのか、この今というプロセスをどれだけ味わい尽くしているのかで遠近を超えた本質的な今を生き切ることができるのです。
今というものを歩むというのは、遠くも近くも一緒に観るということなのです。
人生は振り返ることで、近くと遠くを繰り返します。時には、ふり返りたくない現実もあるかもしれません、もしくはふり返りたくない夢もあのるのかもしれません。しかし、歩ませていただいている道があること、そして旅は続いていくこと、共に生きる人々がいることに心が安堵するのです。
じっくりと焦らず、ゆったりと力強く、足早に休憩をこまめに、根気と真心で進む道にこそ、今を生きる術があるのかもしれません。
今年はプロセスを大事に歩むと決めていますが、一つの人生は一つの道草のようなものですから野草たちに見習いこの今に感謝を盡していきたいと思います。