心の在り処

人生はゆっくりでいいと言いつつも、この世の中のスピードは目まぐるしく変化していきます。周りを見ては比較をし、遠くをみては不満ばかりを募らせ焦ることも多々あります。

人間は自分の思い通りでなければ不安を感じるものですし、執着がありますから様々なストレスがかかってくるものです。しかし論語の「速やかならんを欲するなかれ、 小利を見るなかれ。 速やかならんを欲すればすなわち達せず、 小利を見ればすなわち大事成らず。」にあるように、なんでも急ぎ、自らの我欲を満たそうとすればそもそもの初心や原点を忘れてしまうものです。

如何にそうならないようにするには、一つ一つの実践を踏み締めていくことでしょうがもう一つ別の心境もあるように思います。

先日、ある場所で下記のような詩に出会いました。作者はちょっと難しい名前で○石と書かれていましたがこの○のところの漢字がどうしても読めませんでした。その詩に、今を生きることの大切さ、焦ることの愚かさ、現実の只中で生きていくことの真価を学んだような気がしましたので紹介します。

「足元ばかり見てたら 行く先がわからなくなった。
遠くの夢ばかり見ていたら 足元の石ころにつまずく。
だから休みながら のんびりのんびり
遠くを見たり 近くを見たり
ゆっくりゆっくり 今を楽しみながら。
あしたもきっと しあわせないちにち。」

焦る気持ちが今との直視を避けるものです。心が着いてきていない日々はまるで迷いと不安で心落ち着かない状態になっていることになります。そんなときは、一度立ち止まり何度も内省し、大事なことを思い出し、今の有難さや御蔭様に気づくことのように感じます。

人間、畢竟、天を敬い足るを知ることで心の本来の在り処に気づけるのかもしれません。まだまだ物来順応の境地には程遠いですが、見守りに逆らわずに子ども第一義の道草を味わい尽くしていきたいと思います。