日本刀をはじめ、かつての民藝品や伝統工芸品を深めていると「美」とは何かということが観えてきます。昨年、美しい暮らしと御縁がありそこから美について深めていますがこの美というものが如何にその美を創る人間と深い関係があるかということを実感します。
日本民藝館の柳宗悦は、「美」を民藝の中に見出した方です。日本民藝館のHPにその民藝の定義が記されています。
『下手物(げてもの)とは、ごく当たり前の安物の品を指していう言葉として、朝市に立つ商人たちが使っていたものであった。この下手物という言葉に替え、「民藝」という言葉を柳をはじめ濱田や河井たちが使い始めたのは、1925年の暮れである。「民」は「民衆や民間」の「民」、そして「藝」は「工藝」の「藝」を指す。彼らは、それまで美の対象として顧みられることのなかった民藝品の中に、「健康な美」や「平常の美」といった大切な美の相が豊かに宿ることを発見し、そこに最も正当な工芸の発達を見たのであった。 また、柳は独自の民藝美論を骨子とした初の本格的な工芸論『工藝の道』(1928年刊)を著し、工芸美の本道とは何かを説き、そして来るべき工芸のあり方を示した。また、1931年には、雑誌『工藝』を創刊する。この雑誌は、「暮らしの美」を啓発する民藝運動の機関誌として重要な役割をはたしていった。 』
柳宗悦は暮らしの中にある美を「用の美」と定義し、「用とは共に物心への用である。物心は二相ではなく不二である。」と言います。そしてこうも言います。
「人々は美しい作を余暇の賜物と思ってはならぬ。休む暇もなく働かずしてどうして多くを作り、技を練ることができるであろう。汗のない工藝は美のない工藝である。」
汗のないものづくりの中に美はないと、ここでの汗のなさはその人のものづくりの改善を通して行われる人格陶冶することのない汗のことではないかと私は感じます。直向きに改善を続けていく姿勢の中に温故知新があり、またその中にこそ真のものづくりがあります。
柳は「過去のものといえども真に価値あるものは常に新しさを含んでいる。」とあります。この真に価値のあるものとは、理想に向かい改善を怠らない克己の新しさのことではないかと思います。四書五経大学にある「日々新た」の新しさのことです。
ものづくりにおいて何よりも日本人が大切にしてきた心は美しい暮らしの中に遺っています。それは日本人の人格を遺すという願いと祈りなのかもしれません。人格を修め、人格を高めることがものづくりの職人たちの目指したところだったのかもしれません。人事を盡して得た他力によって仕上がった品物を観るとき、そこに人格陶冶の真髄を観たのかもしれません。人がもっとも美しいと私が感じるのは、懸命に真心を盡して澄まされ清らかな姿を観た時です。人が一心に研ぎ澄ましそのものと一体なって解け合い透明になっている瞬間には、真心を感じます。
その真心を観るとき、私たちは「美」の本質を直感しているように思います。日本人の暮らしの道具の中には御互いを思いやる美の精神が随所に遺っていました。これらの美の本質は謙虚に過去から今へと紡いできた後世の子ども達のことを思う親心に似ています。
最後に、
「されば工藝の美は伝統の美である。作者自らの力によるものではない。自らに立つ者は貧しさと虚しさに敗れるであろう。よき作を守護するものは、長い長い歴史の背景である。今日まで積み重ねられた伝統の力である。そこにあるのはあの驚くべき幾億年の自然の経過が潜み、そうして幾百代の人間の労作の堆積があるのである。私たちは単独に活きているのではなく、歴史の過去を負うて活きているのである。」
まさに御蔭様や他力、自分のチカラではなくかつての日本人のチカラによって今があることを忘れてはならないという柳宗悦の自戒が感じられます。子ども達のためにも、暮らしの美しさを日々に実践していきたいと思います。