時代の変革期というのは価値観の変革期でもあります。今まで通用していた価値観が、ある時から次第に変わってしまうということです。例えば近代では戦後の頃や幕末の頃もそうですし、もっと昔なら稲作が渡来した弥生期や仏教伝来の飛鳥時代の頃なども価値観が変化したとも言えます。
それまで常識と言われていたものが壊れてしまうのですが、人のこころはなかなか変わらないもので世の中が変わっているのに気付かない、いや気づきたくないから気づこうとしないものです。これは歴史を観ればわかります。
例えば、吉田松陰がこのままでは日本は西洋諸国の属国になると危惧しこのままではいけないと改革を訴えても世間は馬耳東風、誰も相手にしません。そのうち頭がおかしいのではないかと周りに思われ、吉田松陰自身も自分のことを「狂愚」と名乗り、それでも価値観が変わるのだ、時代が変わるのだとそれまでの常識に対して一人勇猛果敢に挑みました。
松陰は死に際し、「小生、獄に坐しても首を刎ねられても天地に恥じ申さねばそれにてよろしく候。」といいます。自分が罪人のように扱われたとえ首をはねられたとしても、天地の神様に誓って自分の至誠(真心)には一切恥ずかしいものはないのでよろしくお願いしますと言います。「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」といい結果が分かっていても常識を壊すために信念を遣り切りました。
この常識というものは、それまでの当たり前のことです。言い換えるのなら旧態依然の状態のことです。このままでは確実によくないことが起きると分かっているのに誰もなにもしようとしない。現実逃避を繰り返し、言い訳と批評をしながら誰かがするのを待っている、そして英雄待望論だけは大きくなるがそれぞれ自分の国の責任を当事者として持とうとはしない。こんな全人無責任な状態で誰かがなんとかしてくれると思っている方が私にとっては狂っていると感じますが、誰か任せでいることが当たり前になってしまった社会ではゆでガエルと同じように死に体になっているのです。
さらには世界は今、アメリカ、イギリスをはじめ大国がかつての栄光に戻ろうという保守のみに傾き始めています。これは世界の動きですが成熟さに向かわずに結局は旧態依然に夢見ているのです。これは形は異なれど幕末の頃の幕府のやったことと実際は同じことが起きているのです。
このように今までの常識が行詰ることで自分がやらなくてもいい状態、誰かがやってくれるのをただ指をくわえて待つ状態、それが常識を強くし縛られ変化を嫌い、本来の成長ではなく歪んだ成長信仰につながっていくのでしょう。
そんな時は、吉田松陰の言う「狂人」になってでも世の中のためにそれぞれが自分がやらなければ誰がやると常識という刷り込みに挑み、新しい常識を信じてやり遂げて見せるしかありません。目覚めた人というのは、どの時代どの歴史でも変人奇人扱いされ、異常とののしられ頭がどうかしていると思われるものです。
吉田松陰は弟子たちに「諸君、狂いたまえ!」と声がけをしました。これは奇人変人になれと言ったわけではなく、「みなさん、常識を壊しなさい!」と言ったのです。そして高杉晋作はその言葉を受けて自分のことを「一狂生」と名乗りました。
これは私の認識ですが「吾は死ぬまで常識を壊し続ける人である」と名乗ったということです。そして高杉晋作はその言葉通りの人生を生き、常識を壊してみせることで世間に価値観が変わったことを示しました。
その後、バトンリレーのように志が継承され彼らが常識を壊したことにより時代は変わりました。常識が壊れようやく温故知新でき、正しく変化成長し周辺諸国に蹂躙されず日本人として日本を守り抜きました。今の日本があるのは、時代の価値観を的確にとらえそれまでの常識を壊し続けてきた大和魂を持つ志士たちの草莽崛起してくれた御蔭なのです。
ここにきて改めて常識に縛られないことの大切さを思います。理念と信念をしっかりと自分の脚元で実践していくことの価値を改めて再認識しました。遣ると覚悟を決めているのだから、どうなるか分かっていてもそこに挑み続けていきたいと思います。
同志や仲間が増えていくことを心強く思います。
子ども第一義を実践し続けたいと思います。