こよみ(干支)

暦のことを深めていると現在、あまり馴染みがなくなった「干支」についても考え直す好い機会になりました。現在、この十干十二支は人々の生活との関わりが近世までと比べてずっと希薄になっているといいます。十二支が十干のように忘れ去られずにいるのは年賀状の図案にその年の十二支の動物が多く使われることや人々がその生まれ年の干支によって、「○○年(どし)の生まれ」のような言い方をする習慣が残っていることの二つの理由だともいわれます。

本来、明治に改暦されるまで使っていた暦はとても意味深く先祖たちの知恵が凝縮したものでした。中国から渡来したものを長い時間をかけて日本のものに順応させ日本独自の文化にまで昇華したものをあっという間に入れ替えてしまいましたがここにきて改めて暦の価値に気づいている人も増えてきているように思います。

そもそも地球や宇宙をはじめあらゆるものを円を描きます。それは球体であり〇であることを意味します。〇には偏るものがなく、常に円転循環していますから陰陽というものは放てば戻り、揺れれば止まるというように調和をしてそのサイクルは已むことはありません。

私たちが物事を見るときに、循環を感じにくくなるのは自分を中心に前後左右と見なしたり、平地のように平面で物事を見ることで円環を感じにくくなるのです。中国から来ている様々な暦も木星や太陽、月や地球の周期を観て編み出されているものです。根本の考え方に循環があった時代と、今のように一方方向だけをみる時代とで変化が起きているのを感じます。因果応報という言葉もありますが、やったことは必ず自分に戻ってくるという思想も生活の中から失われてきたのもこの暦(こよみ)が関係するように私は思います。

干支の話に戻りますが、干支の干は天干として天の気を顕し、支はそれを支える地支として地の気を顕します。これを組み合わせて六十干支といい、60歳で還暦と呼ぶのはこれが一巡するから暦が循環したのでそう呼びます。二十四節気などもそうですが、「気」というものが自然界には存在します。気候が変わるのは、その生き物のバイオリズムがあるからでその気の流れに沿って生きていくことで無理を生じにくくなり自然体に近づいてきます。自然体であることは気と一体になっていることであり、そこから外れてしまうことを病気と呼んだのかもしれません。

今は単なる数字としての時間だけになって季節も気候も無視した住宅や設備、仕事の仕方も朝昼晩関係なく働きますから「気」の流れを無視した生活をしているとも言えます。本来は、どの時刻にも「気」がありその「気」のチカラをお借りして働いていました。そういう気の御蔭というものを感じて天気地気空気の気質を味わいながら感謝で生きてきたのでしょう。干支十二支もそういう自然への畏敬や感謝が生活から離れてしまった理由かもしれません。

しかし自然から離れた暮らしをしながらも今でも午前、午後などと言葉としては使われ遺っていますし、子どものたちには絵本の昔話などでも十二支が動物の物語になり語り継がれてもいます。しかしそれを正しく伝承していくにも、今の私たちが昔の人たちがどのように生活の中に暦(こよみ)を取り入れていたかを学び直すことが子どもに智慧を継承してもらうことにもつながるように思います。

自然界の仕組みに精通した先祖たちが、如何に自然と共に暮らしてきたか。暦(こよみ)は歴史を語ります。