天謙の道理

人間は、自分自身と向き合い初心を確認してその初心から離れないようにしなければ気が付くと他人の夢をいつまでも追い求めたりするものです。自分自身が本当の求めていたものは置き去りにして、自分が認められたいことや手に入れたいと思っていた願望を追い求めたら成功はしても仕合せではないという矛盾が発生してしまうこともあります。

今度はそのように成功してしまえばそこから離れることができず、いつまでも不仕合せが続いてしまうということもあります。この本当の自分が何を望んでいるかという初心を自分から先に手放してしまわないようにすることこそが初心を忘れないということです。

ではどのような時に初心を忘れるかといえば、自分に負けるときになります。例えば、比較競走社会の中で誰かと比較して自分が認められようとしたり、自分が差別されたり酷い評価をされたりすることへの復讐をしようとしたり、ないほうばかりを見てあるものを観なくなったりするときに自分に負けて初心を忘れるのです。

そもそも与えられた天命を謙虚に受け止めて、それが天命であり使命であると真摯にいただいたものに感謝して歩んでいる人は初心がいつも身近に備わっています。その逆に、与えられた環境には満足せずこんなはずではないや、もっとこうであるはずといったないものねだりばかりをしていたら自分に与えられた天分というものもまたわからなくなります。

身の丈が分からなくなるのもそのときで、自分の存在が本来の自分の姿より大きくなったり小さくなったりとしているうちに自分が歪んでしまうのです。自分が歪んでしまったときに、親切な身近な人の声を聴ける謙虚さがあればいいのですが往々にしてそういう時に自分に負けて人間はそういう親切な人の話に耳を傾けなくなるものです。

謙虚さというものは、天命に対する謙虚さのことです。つまり天=謙であるということです。謙虚さを忘れるとき、人は初心を忘れるのです。常に謙虚でいることは、常に初心を忘れないでいること。人の話に素直に耳を傾けられる状態でいること、つまりはもっとも自分が聴くことができる状態でいるということです。

子どもたちに背中を遺すためにも聴福人の実践をしながら、天謙の道理に外れないように初心を忘れずに歩んでいきたいと思います。

自分に矢印

私たちの会社には「自分に矢印」という言葉があります。これは矢印を相手ではなく自分に向けろという意味ではなく、「誰にも矢印を向けないこと」を「自分に矢印」という言い方で表現しています。

つまりは誰のせいにもしない、誰も責めないときこそが本当の意味で「自分に矢印」になっているということです。

この国にいると、幼いころから責任を常に誰かに押し付けられ、いつもどこか不安で責任から逃れることばかりを考えてしまう空気感があります。一人でできること、自分ですべてできることを最良のように教えこみ、誰の力も借りずにできた人のことを優秀だとさえ評価したりもします。

先日もオリンピックのニュースで日本人はメダルがとれなかったり周りの期待に応えられないとすぐにみんな泣きながら謝罪している人が多いとありましたが、責の重圧の中で押しつぶされてしまっているような人たちも多く見かけます。生前アインシュタインはこうも言っています。「どうして自分を責めるんですか?他人がちゃんと必要な時に責めてくれるんだからいいじゃないですか。」と、すぐに自分を責めて先に謝りますが別に誰もその人を責めてはいないのになぜ自分から先に責めるのか。自分で先に責めれば他人からのアドバイスや助言もすべて責められていることになってしまいます。本来は、それは助言や成長するための知恵であるのにそれを自分への責めにしてしまうことで責任意識ばかりが強くなっていきます。

日本人はマジメな国民と自評もしていますが実はこのマジメは、自分を責める人が多いという意味で使われている気もします。人間はそんなに強くありませんから自分をこれ以上責められないところまで来ると今度は他人のことを責めようとする。この責めるということの負の連鎖は、さらなる不安で孤独な人を生み出しより一層孤立を深めてしまいます。

だからこそ何よりも重要なのは、不安な人が余裕を持てる環境をつくること。そして自分が誰も責めなくてもいい環境にしていくことです。見守りや安心基地というのは、責めない場所でもあるのです。

まずは自分で責めるのをやめること、そして誰かを責めるのをやめること。誰も責めないというのは、「そこから学んで次に活かそう」という前進し成長するあるがままの素直な姿になるということです。

責めることでいつまでも感情の渦の中に引きこもって停滞してしまったらせっかくの機会も無駄にしてしまいます。責められることで自分を他から罰されて楽になったり、責めることで自分を守り楽になることは自他ともに幸せになることはありません。それは単に一時的に責めたり責められることで自分がバリアを張って自分を守っているだけでバリアが強く厚くなっていくだけです。ピンチはチャンスだと、責める前にその機会に食らいつき活かそうとしたり、誰も責めずにそこからどう福に転じるかと一瞬の間を与えずに取り組んでいくことで解放していく方法もあります。

どちらにしても、「マジメじめじめ」ともいいますがすぐに誰かを責めてしまう癖を捨てていくことがこの閉塞感から抜け出せ、好奇心を呼び覚まし挑戦を味わい楽しんでいくための知恵になります。

誰かを追い込むか、自殺をするかしかないような閉塞感があるこの社會を変えていくのは自分が責めるのをやめることからはじめるしかありません。「自分に矢印」の実践を積み重ねていくことこそが、社會を変えていくということです。この刷り込みが根深いからこそ、今の大人たちがそれに気づき解放していく必要性を感じます。

子どもたちに同じような不安で苦しい思いをさせないように、自他を責める生き方をやめ自他をゆるす生き方のお手本を示していきたいと思います。

観念

物事には目に見えるものと目に観えないものがあり、その眼に観えないものを観る力を観念ともいいます。この観念はもともとは仏教用語で「観想の念仏」からできた言葉だといいます。「観」は知恵を持って観察し悟りを得るというサンスクリット語「vipaśyanā」の漢訳で、「念」は心に思うというサンスクリット語「smŗti」の漢訳だといいます。

この観念をどのように持っているか、それによって観えている世界は人によって異なります。見た目が同じであろうとも、その人物がどのような観点と観念を持つかはその精神によって異なるのです。その観念は物事をどれだけ掘り下げていくかという物の見方の修練によって磨かれていきます。

最近、ある著書で知った金子みすゞさんの詩に「蜂と神様」があります。

蜂と神様             金子みすゞ

蜂はお花のなかに
お花はお庭のなかに
お庭は土塀のなかに
土塀は町のなかに
町は日本のなかに
日本は世界のなかに
世界は神様のなかに

そうして、そうして、神様は
小ちゃな蜂のなかに。

日本人には昔から八百万の神々という精神があります。自然の道理と共に暮らしてきて民族だからこそ、小さな蜂の中にも神様の存在を感じることができたはずです。身近な小さなものを広げていきもっとも大きなものまで辿りつき、そして小さなものに回帰していくという発想もまた観念です。

こういう観念や観点を持てるというのが道理に精通するということであり、そういう人物が出てくることで私たちの国は何回も甦生してきました。守られているという実感は、歴史の中で道理に精通する人物の顕現によって感じることができます。

この日本の観念のことを大和魂ともいい、その大和魂を持つものを古は日本武尊とも呼びました。

時代が変わっても、本質は変わらずに存在し、日本という国が如何に変遷を辿ってもその精神の奥深くにはこの観念が根付いています。

私たちは同じ地球の中にあり、日本も日本人もまた大切なお役目をもって生まれてきています。だからこそこの観念の醸成はその国々の使命であり、未来を生きる子どもたちがもっとも発揮して貢献していく基礎になるはずです。

復古創新から、復古起新へと舵を切りつつ子どもたちの中に眠る大和魂を揺さぶりながら日本武尊の観念を身近な暮らしから子どもたちに伝道伝承していきたいと思います。

現実を直視する~正直な生き方~

現在、世界のことを改めて再認識して掘り下げつつ日本というものを如何に発信するかということを保育を通して考えていますがその大前提には現実を直視するということから始める必要があります。

この現実を直視するというのは、余計なバイアスをかけずにありのままにあるがままに物を視るということです。これは世界に限らず、自分自身のことも直視すれば現実が正しく理解できるものも、直視したくないから現実を歪めて勝手な期待的観測や希望的評価などを入れ込み現実を自分の都合のよいようにゆがめてしまいます。

先日、ある人に日本は今、中国の台頭やアジアの興隆からみて世界では欧州の英国のように高齢化でインフラも古びれ、これから衰退していく国家として見られているという話をすると烈火の如く否定する人がいました。

しかし現実には、技術大国で豊富な資金をもって経済大国になってからのち、今では近隣の国々の技術が日本を凌駕し、さらには中国などはアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国へと発展していきました。世界の中で日本がどのようになっているか、そしてこれからどのようなことが予想されるか、現実を直視して私たちは近未来に対して行動を起こしていく必要があります。今更かつてのように世界1位に回帰しようとしても、そういう状況などはないことは客観的にみてもすぐにわかることです。

この現実を直視というのは、本当のことを知る心のことです。こんなはずではないという執着や、もっとこうあるべきや、本当はこうなんだなど自分の願望や期待で物事を無理に歪めないためには受け容れる力が必要になります。今の自分の身の丈を知り、今の自分がどの程度のものかを受け容れることではじめて現実というものを理解できます。

その現実を理解すればこんどは、どのようにしてその現実に手を打っていけばいいかといった本物の戦略が出てきます。そして戦術を立てて手を打てば、現実的な結果が訪れます。なぜ現実が思うようにならずにいつまでも滑っていくままなのかは、現実を直視しないところにこそ原因があるのです。

そうであってほしくないという感情を乗り越えて、現実としてそうかもしれないと受け容れる方が真実の対応ができるものです。油断も少なくなり、己自身との闘いにも負けなくなります。現実を受け容れる力を持つことこそ本当の実力であろうと私は思います。

しかしその現実を正しく受け止めて、受け容れることができるのならそこから本物の変化がはじまります。肥大化された願望や期待的観測を破り、現実を直視した間違いのない努力や手を打っていけるのです。現実から逃げたくなるのは人間の性で早く楽になりたくなったり思い通りにしたいと思うのでしょうが、そのためにもまずは現実から伝えるという正直な生き方をしていきたいものです。

引き続き子どもたちの近未来のためにも不正直に歪んだ現実を信じさせていくような刷り込みを遺すよりも、自分自身が現実を直視し、歪んだ刷り込みを取り払い現実的な戦略を実践し正直に生きていく生き方を譲り遺したいと思います。

我が道をゆくような会社ですが、世界のお手本になるような日本になれるよう現実を直視するところから取り組んでいきたいと思います。

優しいぬくもり~炭団~

聴福庵にはあらゆる炭が活躍します。その一つに冬の風物詩でもある炭団(たどん)というものがあります。豆炭というものもありますが、それとはまったく製法も中身も異なりこの炭団は炭(木炭、竹炭)の粉末をつなぎの素材と混ぜ合わせて団子状に整形した燃料のことです。

冬の櫓こたつにはこの炭団は欠かせません。朝にこの炭団に火を入れれば夕方までじっくりと種火のままに燃えて暖めてくれます。遠赤外線が出て、まるでお風呂に入っているような感覚です。炭が残ればそのまま、豆炭あんかの中に入れればそこから一昼夜は暖かいままです。それを布団の中に入れておけば、ぬくぬくした布団で寒さは少しも感じません。

この炭団は本来は、捨てられるはずの炭で木炭製造時に売り物にならない細かい欠片が大量発生したものです。この大量の炭の粉末がたまるこれらはそのままでは燃焼させにくいので、練って丸く固めて成形させ使ったのです。木炭に海藻を混ぜて成形した炭団はカタチも丸く可愛らしいですがその熱も自然な暖かさと和かさがあります。

余談ですが豆炭は、原料は石炭が用いられその石炭の中でも最も炭化の進んだ高カロリーの無煙炭といわれる石炭を主原料として作らています。石炭は化石燃料ですから、石油と同様に人体に有害なものも出てきますが熱量はやや大きく燃焼します。練炭なども豆炭と共に炬燵に使われてきたこともあったようですがやはり炭団ほど合致しません。

あまった炭を最期までちゃんと使い切ろうとする智慧から生まれた炭団は、日本人ならではの精神が入っているように感じ愛着が湧きます。今度は七輪や竈で余った炭をさざれ石のように固めて燃やしたものでじっくりと料理をしたいと思っています。

最期まで大切に使い切ろう、すべてのいのちを無駄にはしないという心を炭団からも感じてそこに「優しいぬくもり」を感じるのかもしれません。

引き続き子どもたちに、譲り遺したい文化を伝承していきたいと思います。

歩く速度

古街道の町家に住んでみると、かつてはその通りにたくさんの人が往来しそこで商人や職人たちが仕事をして賑わっていたのが形跡からわかります。今ではインターネットを使ってどこでも簡単便利に品物も手に入り、物流も発達していますから修理なども郵送して行うことができます。さらに大型店舗ができることで、みんなそこに車で移動しその中で買い物しますし、大きな道に店舗はあっても車で立ち寄るようになっていますからそこに入ればまたすぐに他の場所へとさっさと移動してしまいます。

かつては、歩く速度で往来していた場所はほとんど廃れ、一部の観光地だけが残っていますがそこはほとんど土産物店です。本来の懐かしい商家や町家は、そこでの暮らしがあってその生活のために必要なものを販売されていました。数々の職人たちが住み、商人たちが人々が暮らしで必要なものを販売したり、または道具を修理したり、さらには休憩して情報交換する場所なども用意されていました。

この人が歩く速度というのが、もっとも人間には合っていてその歩く速度で物事を考えられたり、出来事を深く味わったりすることで私たちは仕合せや豊かさを感じるものです。

聴福庵のある場所も旧長崎街道ですが実際は観光地の場所だけ大型バスで乗り入れてそれが終わればまた大型バスで違う場所に移動というように歩くことなく去っていきます。本来は、じっくりと歩いてゆったりと観ていく場所ですが、かつてのような商家も職人もいませんから仕方がないことかもしれません。

京都に行けば、まだそのようなところは残っておりかつてのような佇まいを体験できるところもあります。日本にあったかつての民家がなくなっていくというのは寂しいものです。

民家の甦生は暮らしを実践することからはじまります。この旧街道に人々がまた往来するかどうかはわかりませんが、試してみたいことがまだたくさんあります。子どもたちに新しい生き方や世界が手本とするような働き方を遺し譲るために一つ一つを歩く速度で丁寧に甦生を続けていきたいと思います。

美しい生き方

「お手入れ」という言葉があります。これは「手入れ」に「お」がついて、より丁寧にしたものですが辞書をひくと「よい状態を保つために、整備・補修などをすること。」(goo辞書)と書かれます。具体的には「手入れが行き届く」「よく手入れされた庭木」など、自らの心配りや心がけで修繕しているときに用いられる言葉です。

このお手入れは、何かを整えたり美しく保つために修理や修繕を続けて長持ちさせていくための智慧の一つとも言えます。掃除や片付け、修理やメンテナンスはそのものへの愛情を注ぎ込むことができ愛着の関係性が醸成されていきます。

大事にされているものは、大事にされている雰囲気が出てきます。これも一つの愛着というか、愛され愛し合う関係の調和が周りにそういう雰囲気を醸し出すのでしょう。お手入れはお互いに大切にし、大切にされた関係の歴史であり記憶です。

今の時代は、お手入れ不要の便利なものが増えてきています。例えば、お花では枯れない花や研ぐ必要のない包丁や、そのほか掃除やメンテナンスをしなくていい機械や便利な道具が溢れています。これらは使い捨てすることが前提ですから、使い切るまで一切のお手入れは不要です。

そもそも本来の言葉の使い切るというのは、「もったなく使う」ことで捨てないことから用いられたことばです。つまり捨てないでどこまで使い切ることができるかという意味でお手入れは絶対に必要です。

しかしこの意識の前提が「捨てることになっているか・捨てないことになっているか」でお手入れをするかどうかを分かつのです。捨てないことになっているからこそ勿体無く感じてお手入れが実践されるのです。

現代はグローバリゼーションのもと消費を優先して大量に生産し、そして捨てていく世の中ですがそのことで失われたのは美しい生き方ではないかと私は思います。この美しさとは心の美しさであり、修繕し勿体無くものを大切にし大切にされて生きていく愛情深い優しい所作、思いやりのある生き様のことです。

引き続き、修繕を楽しみ味わいながら子どもたちに大切な智慧を伝承していきたいと思います。

調和と響き合い~音響~

先日、あるジャズシンガーの方から聴福庵で生演奏をやってみたいというお話がありました。古民家の場を使った音楽というのは、私も以前から興味があり改めて古いものと音との関係を少し深めてみたいと思います。

音というものは空間で響くものですがこれはお互いの関係性によって音楽が奏でられるものです、例えばある物質に別の物質を当てて音を鳴らすときお互いの物質の特性によってその鳴り響く音が変わります。私がよく使っている砂鉄の鉄瓶などは、玉鋼の火箸で軽く触れるとキーンという高音が長く響き渡ります。この時、お互いの音はそれぞれの性質によって顕れてきます。

そして不思議ですが、経年変化している古いものは丸みがある音が出ます。これは古木や柱などを軽く叩くとわかりますが、ずっしりと深みがある音が出ます。時間が経ったものは相応の音を響かせます。科学的には時間が経過した古いものは木に含まれる水分が抜けて音の出るスピードが速くなるからといわれますがそれだけではないことは古民家での暮らしをしてみればわかります。

例えばおくどさんの中で、竈やまな板で料理をしたりかつお節を削る音はその空間に響き独特の調理場の音を奏でます。そこにはもちろん古い道具たちが響き合い、お互いにその音を聴いているかのような空間が生まれうっとりしますが、使い手の人間性や人柄も道具との相性によって変わってきます。同じかつお節を削っている音であっても、技術や人間の個性よって差が出てくるように古い道具たちにそれに合わせて音を奏でます。

道具も古いものが鳴らすのは、均一ではない個性を持っているからです。ホームセンターで買ってきたような安い包丁は、誰でも切れるし扱えますが個性がありません。均一化されて平均化されることで誰でも使える道具にした分、そのものの特徴もなくなりますから音の響きはありません。古い道具は使い手が試されますから、使い手が道具の特徴を見抜き腕を上げて使い調和させていきます。この調和するときの響きこそ音楽であり、その音楽が周りの古い道具たちとの調和を引き出していくように私は思います。

こんなことを非科学的といわれるかもしれませんが、腕の善い老練の職人さんが昔の道具たちを用いて作業する音は、心に深く響き感動します。音の響きというものは、決して現代の科学だけでは解明することはできないように思います。

そして話を戻せば、古いものは周りと調和していきます。調和した響きは環境や空間と響き合います。つまりは新しい建物で聴く音と、古い建物で聴く音は異なります。さらには風土に適った材料で出来上がった場と、風土に適しない材料で出来上がった場所では水分量の関係もあり、音の感覚がズレていきます。私たちはもともとこの風土の中で音楽を聴いて耳を発達発展させてきましたし、そういう微細な音を聴き分ける繊細さが備わっています。

箱庭にある、鳥の声や雨の音、鹿威しの音など、空間を伝わっていく音響を感じ取ります。そして古民家には、その主人が日本的精神を持ち丁寧に暮らしているのならそのどれもが調和するもので整っているはずです。

新しい建物であれば、楽器を鳴らしても単体で響きます。しかし古い建物で調和されているものであれば周囲と響き合って調和する音を奏でます。古民家で音楽をすると感動するのはこの調和音が聴けるからです。

先日、杉並区にある普門館が耐震構造をクリアしていないため取り壊されるという話を聞いてとても心が痛みました。あの空間で響き合った調和は、子どもたちに譲ればどれだけのことが伝承できただろうかと思うばかりです。

引き続き、復古創新を続けながら子どもたちに貴重な文化財を譲り遺していきたいと思います。

 

暮らしの醍醐味

昨日は聴福庵の甦生で大変お世話になっている大工棟梁とそのご家族に来ていただき、聴福庵での暮らしとおもてなしを体験していただきました。もう一年半以上も一緒に古民家の修理や修繕を行ってきましたが、いつも作業やお仕事ばかりではじめて一緒にゆったりとこれまでのプロセスを振り返る時間を取ることができました。

和ろうそくの灯りの中、二人で盃を交わしながら深夜までお酒を吞みましたが棟梁からは改めて「このような家を手懸けることができ大工冥利に尽きる」と仕合せな言葉もいただきました。まだまだ完成したわけではなく、修理や修繕は暮らしと共に継続しますからこのように家を中心に素晴らしい出会いやご縁があったことに感謝しきれないほどです。

人生はいつ誰と出会うか、それによって運命が変わっていきます。年齢も人生も離れていた人が何かの機縁によって出会い助け合う。そしてそのご縁によって豊かで仕合せな記憶を紡ぐことができる。志を共にする仲間が出会えるということが奇跡そのものであり、その数奇な組み合わせにより新しい物語が生まれます。

聴福庵の道具たちはすべて時代的に古いものを甦生して新しく活かしているものばかりですがその道具たちには職人さんたちの魂が宿っています。みんな人は何かを創りカタチを遺すとき、そこに自分の魂を削りそして籠めます。それは時代を超えていつまでも生き続けているものであり、その物語は終わったわけではありません。

その物語の続きを創るものがいる、魂を受け継ぐものがいる。そうやって今でもこの世に存在し続けて私たちと一緒に記憶の一遍を豊かに広げていくのです。またその魂は、同様に同じ志や思いをもっているものたちと引き合い弾き合わせてご縁を奏で波長を響かせていきます。その空間にはいつまでも楽しく豊かな記憶が、志を通じて甦るのです。それが暮らしの醍醐味なのです。

子どもたちに譲り遺していきたい暮らしとは、このように昔から続いている魂を大切に受け継いでいく勿体無い存在に対する尊敬の念です。ご先祖様たちの重ねてきた人生の延長線上に今の私たちがあるということ。それを決して忘れないでほしいと願うのです。

そのためには、それを実感できる場や存在、生き方や生き様などを与えてくれる大人たちの背中が必要なのです。今、私がここで感じている仕合せをどのように今の時代の子どもたちに伝承していくか、まだまだ未熟で途上ですがここで満足せずさらに一歩前に踏み出していきたいと思います。

 

思い込みからの脱却~聴く勇気~

人間は誰にも「思い込み」というものがあります。この思い込みは、過去に何かを体験した際にきっとまたこうだろうとその体験を思い出しては結果を先に決めつけてしまうことです。

先日、足を痛めすぐにまた元通りに歩けるようになろうとリハビリをしたところ歩くたびに激痛が走りそれを何度も繰り返しているうちに右足を出すことが怖くてビビッて尻込みしているうちにまったく足が出なくなりました。

一度そうやってまたきっと痛いだろうと怖がる心やビビる感情に苛まれると、どうせまた結果は同じだろうと先に答えを出してしまって思い込んでしまいます。それから月日が経ちもうすでに治っていたとしても、無意識的に心は感情と共に痛みを防御しようとしますから痛くなくても痛い感覚が思い出すのです。まるで古傷がいつまでも痛むように、治っていてもそれが痛いという感覚がずっと残ります。

そしてこれは単に体のことを言うのではなく、心のトラウマや古傷もまた「思い込み」によって痛みを感じているのです。

このように過去に何らかのことで心が傷ついたり辛いことがあったり、感情にインプットされた様々な痛みはいつまでも記憶の中に「思い込み」として残ります。それが邪魔をして怖くなり足が前に出ない、前に進めないという人は本当に多くいます。好奇心が旺盛な人はその体験を乗り越えてそれでもやってみたいという熱情が湧いてくるのでしょうが、いざ本番になると急に足がすくんでしまいます。

人が「背中を押してもらいたいや背中を押されたい」という願望は、この「思い込み」を乗り越えるための勇気をくださいという切望でもあります。

先ほどの足でいえば私の場合は出なかった右足を痛いかどうかではなく「勇気」の方に意識を集めて挑戦すると足が前に出て階段を無事にあがることができました。思い込みに意識を持っていかれる前に、勇気に重心を置いてみるという話ですがこれもまた単に体の話ではありません。

人間は過去の痛みを乗り越えるときもっとも大事なことは「勇気を出す」ことです。スポーツ選手が怪我を乗り越えて優勝したり、友情や愛情が困難を乗り越えて結ばれてるように、人間はそれみて感動し魂が揺さぶられます。それはすべて勇気によって得られるものです。今までの体験を乗り越えて新しい体験で過去を刷新し上書きするには勇気を出すしかありません。同様に先ほどの思い込みを抜けるにも勇気しかないのです。

ひょっとしたらまた傷つくかもしれない、もしかしたらまたあの時のような状態になるかもしれない、「それでも勇気を出して前に進もう」という気持ちこそが未来を変えていくのです。

私たちはそういう勇気を出したいと思っている人たちに寄り添って一緒に帆走したい、背中を押してもらえれば歩めるという人たちを心から見守りたいと、聴福人の実践を続けています。

人はみんな勇気を誰かに分けてもらって元気を出します。誰かの勇気が誰かを助けるのだから自分から勇気を出して殻を破ればそれだけで周囲の力になります。大変だけど一緒に思い込みに立ち向かおうとする仲間に出会えることはとても仕合せなことです。

その思い込みを捨てる練習は、「聴く」実践によって行われます。思い込みの強い人は誰の話も聞きません。痛いから怖いからどうせ無理だと最初から諦めているのでしょうが、そこを勇気を出して深く聴いてみる、きっと何か深い理由があったのだろうと聴く勇気を出してみること。話は最期まで聴いてみないとわかりませんから、相手を疑いから入る前に信から入る勇気を振り絞って自己との対話に挑戦していくしかありません。

聴福人の役目はそういう人たちが安心して皆で認め合って聴き合う場を醸成していきます。人生は自分らしく生きていくためにも、乗り越える力、英語ではリジリエンスといいますがこれによって勇気を磨くのです。

引き続き、勇気を出せる存在になれるよう私自身聴く実践を高めていきたいと思います。