昨日、ある会合で打たれ強さについて話をする機会がありました。人間は長い目で観ると何かを上手にやれるかどうかよりも、打たれ強い人の方が物事を成就する力が秀でているように思います。
本来の持ち味や、大切な時に力を発揮するためにもメンタルの強さというのは必要になります。そのメンタルは、鍛錬できるものとしてメンタルトレーニングというものがあります。
一般的にはメンタルトレーニングをイメージすると競技スポーツの訓練の中で意志・意欲・決断力などの精神力を強化するトレーニングがあります。他にも瞑想による精神統一や、故意に困難な状況を設定してのトレーニングなどによって、大事な場面であがってしまうことを防いだり、自信ややる気を高めたりするのに役立つといわれています。
人間は体調や環境の変化で心も変化します。弱気になっている時もあれば、強気でいられるときもあります。私の経験では、はじめて何かに取り組むときや、困難に直面するとき、あらゆる場面で、心は変化していきます。
どんなときにも平常心や不動心を維持するには、心の強さが必要でそれは誰もが最初から備わっている能力ではありません。様々な経験や鍛錬を通して、忍耐力を身に着けて心の持ち方を身に着けていくのです。
人間は生まれてからなんでも思い通りになどなるわけではなく、その都度障害が出てきてはそれに立ち向かっていきます。幼い子どもたちを観ていたら、様々な困難や理不尽な大人の圧力、社会環境などを影響を受けながら自立に向けて挑戦をしています。
思ったようにいかないとき、時には涙し、時には感動し、時には笑ったりしていますが、そのどの体験もその人を育ててくれています。その都度、心は強くなり優しくなっていきます。
私は心の強さとは、心の優しさであろうとも思います。
心優しい人は、矛盾を受け容れ、全体を思いやりながらも本質を維持することができます。そこには、心の寛容力のようなものがあり、心の持ち方をいかようにも転じていける柔軟性が存在しています。
気力、体力、精神力など、生きていくと様々な力を使いますがこの生きる力を高めていくことは人間人生の最も重要なテーマです。
生きる力を見守る私たちだからこそ、自分たちがその体験を通して子どもたちに還元していきたいと思います。