時代の変わり目というのは、既得権益者とそうではない人の交代劇を見られることがあります。現在の既得権益者は先人たちが挑戦したことでその立場を築いてきました。しかしそれが何代か後になってくると、既得権益を守るために挑戦をやめていき気が付くと先人たちと全く異なる考え方や生き方になってしまうことがあります。
つまり物事は始まりの時の姿勢と終わりの時の姿勢では大きく変わってしまうということです。これは自分の人生を振り返ってみても、そのようなことを体験したことがたくさんあります。
しかし、そもそも何のためにやるのかと初心を定め、常に本質であることシンプルであることを維持していこうとするのなら挑戦し続けることになります。なぜなら時代が変わっていき、周囲の価値観も次第に変化して循環していきますからその時々に本質を守るために自分を変え続けなければならないからです。
変え続けている人は本質がわかりますが、変わろうとしない人たちからするとその人が間違った方向へと進んでいるような気がするものです。
事業であれば、新しい事業の人たちと古い事業の人たちがいて、古い事業の人たちは新しい事業のことを本業から外れた間違った事業だと思い込んだりするものです。その逆もあるかもしれません。どちらにしても、変わらない方が変わった方を見ると常に間違っていると感じてしまうということかもしれません。
しかし実際に理念や初心に照らせば、「今、何をやることがもっとも初心でいることか」「今、どのような変化をすることがもっとも理念に適っているか」と省みると、本来、変わらないといけないのは自分の方ではないかと気づかされるのです。
変化というのは、自分にとって大変なものですから人はみんな保守に傾いていくものです。やったことがないことや、今までやらなかったことをやるのには自分の主体性の力を発揮し、前提の捉われを毀し、執着を手放し、本質を守るために面倒でも労力を使っても挑戦をしなければならないからです。
本当は、夢や初心を追いかけている人は変化などたいして問題ではありません。しかしそれを忘れてしまっている人は変化というのは厄介な問題になるのです。
よく考えてみれば、どの時代もこのように変化はついてきますが人間は同じように何度も変化を乗り越えて時代を創造してきました。先人たちの挑戦に倣い、私も私らしく変化を楽しんでいきたいと思います。