「場」というものはその人の心を映す鏡のように思います。その人がどのような「場」を実現させたか、それがカタチになって人々の心に場のイメージを持たせます。大切なのは、その人が何を心に問いかけて、そしてどのような場を創り上げたかということです。
私が好きな映画の一つに「君に読む物語」があります。
この中のシーンの一つで、ある男性が自分が信じている未来のイメージのために廃屋を見事に再生していきます。何の見返りも求めず、ただひたすらに家と向き合い、家を治していきます。そしてその家には、自分が描いた心の世界を投影させていくのです。
そしてその描いた心の世界を舞台にして次の章立てへと移り変わっていきます。つまり次の「場」が産まれたということです。
一般的には、場というとその土地のことを現わすときにだけ使われることが多いように思います。しかし本来の場とは、まさに人生の舞台そのものでありその舞台は、そこで新しくはじまる物語そのものなのです。
私にとっての場とは、一つの物語のことであり、どのような物語を創るかは心の中にある場からはじまります。そしてその場をつくることで、そこには新たな物語が発生してきます。
ただの居場所ではなく、心の世界がそこにあるのです。
これからの時代、どのような「場」をみんなで創造するかということが特に大切になってきます。それは物から心の時代に回帰していくからです。物質文明はそろそろ終焉を迎えていくでしょう、それは物の中にいのちや心がないと如何に世界が痛んでいくか、自然が壊れていくのかを自覚するような出来事を目の当たりにして人類はそこから深く反省するからです。
私は子どもたちのことを想い、これからも「場」を次々とこの世に産み出していきます。それは心を産み出すことであり、心をつなげて心の在りようや在り方を世界に問い子どもを見守りたいと祈るからです。
自分たちの世代の舞台の保持ばかりに躍起になるのではなく、もっと次世代のために次の舞台を用意するための場をみんなで協力して譲り遺していくことです。まだまだ舞台は変わっていません、次の舞台にむけて心の場を磨き高めていきたいと思います。