昨日は、日本博のフィールドワークが無事に開催されました。参加者の方々が、私たちの暮らしフルネスを体験して気づき、本来の日本らしさや日本の素晴らしさを味わい日本人としての生き方を一緒に学び直せたように思います。
思えば、日本人とは何なのか、そういうところから私たちは日本の事をもう一度考え直す必要があるように私は思います。
私にとっての日本人は、いのちに対する思いやりや優しさを持っている存在ということになります。自然との共生をし、周囲を喜ばし、生き物を大切な友人のように思いやり暮らしを営んでいく。
これは日本の神話の中でも似たような話がたくさんあります。
私たちはこの世で単体で存在することなどはありません。当然ですが現在は歪んだ子旬主義の価値観も入ってきていて、自分のことばかりの心配をします。そのうち自分のいのちまでも粗末にしてしまうというありさまです。
本来は、いのちを大切にするというのは自他への思いやりを忘れないでいるということです。自分自身への思いやり、そしてそれを支えてくれているすべての存在への思いやりです。
一人一人みんなが、そうやっていのちを大切にしようと生きていれば自ずからむかしの人たちの暮らし方に近づいていきます。つまりそういう思いやりの生き方が、思いやりの暮らし方になり、働き方をも換えてしまうのです。
現代はそういった意味では、思いやりに欠けてしまうほどにスピードが速まった世の中で、お金で価値を測り、お金の世の中になっていますからどうしても時間的な余裕のなさからいのちについて振り返ることも減ってきています。
日本人はどんな時も、いのちへの配慮は欠かしません。それは和え物や和包丁などを含め、「和」とつくものはいのちや素材に最大限の配慮をしたものです。
私たちの先祖はいのちを守り、いのちを育て、いのちを分け合う大切な仲間として思いやりや優しさを忘れていなかったのです。私はそのような先祖を心から尊敬し、そしてそのような子孫たちを誇りに思います。
日本博で私がもっとも伝えたかったことは、参加者のみなさまの声で表現してくれました。これからも子どもたちの懐かしい未来のために、日々の暮らしをフルネスにしていけるように一緒に取り組んでいきたいと思います。