場の力

昨日はアメリカのサニーベール市から40名以上の方が、聴福庵に来庵され見学をされました。あいにくの雨でしたがそれぞれに心地よく見学されていました。特にわざわざ感想を伝えに、私に直接話をしてくださった方々もいて心温まる時間になりました。

私は英語はよくわかりませんが、見学された方からはどの場所も美しいといわれたり、ピースフルでスピリットが宿っているといった感想がありました。言葉の壁は、場力には影響がなかったことを再実感しました。おやつに銀杏の炭火焼も食べてもらいましたが喜んでおられました。

そもそも、人間には場の力を感じる能力が具わっているものです。例えば、心が休まる場所では落ち着くものです。この落ち着くという感覚は、物が静かに調和して穏やかに配置されているときなどに感じられるものです。私たちは無意識にですが、自然の調和を自覚するものです。その心地よさを知るからこそ、場の力を察知する力も備わっています。つまりは自然としての一部としての自覚を持っているということです。

私は場づくりをするものですが、場にも色々な場があります。ある人は、研修などで場を語り、またある人は建築で場を語り、他にもありとあらゆるところで場を表現します。しかし私がよく用いる場は浄化場が多いように思います。ありとあらゆるものを浄化していくのに、磨き上げていきます。そして、いのちを甦生させるような場に仕上げていきます。

もともと甦生というのは、本来の徳を発揮させていくものです。これは物に限らず人も同じです。それぞれの持ち味が発揮されていけば、次第にその場は調和します。そして調和する場には、澄み切った空気が流れています。それが浄化の感覚です。

よく手入れされ、祈りを繰り返して磨き上げられた清浄な神社などにいけばその雰囲気があるところがあります。日本人は、古来より場を調えることで人々の心もまた調えてきました。

そうやって、神人合一の境地や実践をもって私利私欲を調えてみんなで平和を築いてきました。時代が変わっても、普遍的な道は失われることはありません。

子孫のためにも、私たちの文化の根源を大切にし世界と交流し次世代へと伝承していきたいと思います。

生き方と死に方

人には無数の生き方があるように、同様に死に方というものがあります。どう生きるかを常に優先して歩んでいますが、死に方もまたその生き方の一部として存在しますから最期の瞬間も生き方が出てくるのです。

私の親友はとてもやさしい人で、すぐに遠慮するタイプでした。気を遣いすぎてかえって迷惑をかけるようなタイプです。なので大切な人に迷惑がかからないように配慮しながらあまり我儘を言いませんでした。一方的に大量に与えるのが好きで、何かをもらう方はあまり得意ではありませんでした。強いて言うなら、自分勝手なところがあり自分のペースで周囲と同調するのが苦手だったように思います。

集団行動や、イベントなども平均的な参加の仕方がせずにすぐに他所の方へと遊んでいました。他にもオタクでお笑い気質があり、滑稽な写真や動画、ダジャレなどもよく携帯で送ってきました。自分のことや体には無頓着で、余計なことをしてはおかしな怪我ばかりを繰り返していました。何より家族思いで、家族をいつも優先していました。

そういう彼でしたから死に方も両親に聴いたら、まさにそんな死にざまだったようです。

それを聴いて改めて深く気づくことがありました。人は死ぬときはわかりませんが、死に方は自由にできるということを。そして死ぬ理由もまた、その生き方の集積の影響を色濃く受けて死にます。

自分の場合の死に方を想像してみたらおおよその未来の予測がついてきました。もちろん、ご縁の組み合わせでこれが病死なのか、事故死なのか、あるいは何かの死でしょうが死に方はきっと今の生き方のような死に方になるでしょう。

きっといのちを全部出し切って、やりきって電池切れのような感じでしょうか。周囲を思いやり、真心を盡しているでしょうか。あるいは、一期一会に最期まで諦めずに感謝しているでしょうか。

個人的には旅は見送るよりも、先に出ていく方が好みですが最後はどうなるのか。きっといつもの好奇心に任せてなるようになるでしょう。

親友の死は、思い返せば親友らしい死に方でした。だからこそ、生き方を考えさせられる切っ掛けをまたいただきました。どんな生き方をするかは、今の自分でも決めることができます。悔いのないように、死までの残りの人生を生き方を磨いて歩んでいきたいと思います。

思い出と生き続ける

先日、親友のお通夜を幼馴染と友人と4人で行いました。もともとこのお通夜の起源は、釈迦の弟子たちが釈迦の入滅後の7日間、遺体を見守りながら釈迦が生涯をかけて説いた説法を夜通し互いに聞き合ったという故事だといわれます。

今でも通夜の目的は故人の成仏を祈ることではなく、大夜(たいや)に故人の現世での最後の夜を共に過ごすために集まった親しい人々が、遺体を取り囲んで故人の思い出話を語り合うために行われるものです。そして故人とともに最後の食事を行うという意味で通夜ぶるまいというものも行われきました。

今では単なる形式的で儀式的なものだけになり、家族葬などになると通夜の前に焼香だけをしてあとは帰るというものになりました。本来のお通夜の意味も変わってきています。

この日は、天国に逝く前に大切な親友が家族との食事やお酒を酌み交わすことが大好きなこともあったので私たちでお通夜をやろうと彼のよく飲んでいたお酒を用意し、大好きだった雰囲気と食べ物で夜中まで通夜ぶるまいをして生前のことを語りつくしました。

42年間、私は彼と一緒に生きてきましたが想い出が走馬灯のようにたくさん湧き出てきました。ある時はいのちを助けてもらったことも、そして一緒にいのったことも、またあるいは心を分かち合ったことも、全部思い出しました。湿っぽくはなく、笑い声と楽しかったこと、ふざけていたこと、青春の愉快なシーンばかりで盛り上がりました。

過去の思い出を共有している友だちのありがたさ、こんなに過ぎたことをよく憶えていたものだとお互いに感心しました。懐かしい思い出は、今の自分をつくってくれました。今の自分の中に、一緒に思い出と共に生き続けて成長をしていることを再実感しました。

この先の思い出を勝手に想像していたからこそそこに穴があきますが、その穴を共に友と語り合うことでこの先どのように埋めていこうかという希望も出てきます。気が付くと、親友の願いや祈りが希望になっていることに気づきました。

よかったねとこの先、お互いに感じ続けられるように前を向いて物語の続きを綴りつづけていきたいと思います。唯一無二の親友は、唯一無二の機会を与えてくれました。

これからも大切に思い出を味わい、人生を盡していきます。

ありがとうございます、恩返しはこれからです。

よき理解者

昨日は親友のお通夜に参列してきました。取り乱さないようにと心の準備をしていきましたが親友の弟があまりにも本人に似ていてすぐに取り乱してしまいました。亡くなってもう生きている姿に会えないと思っているからこそ、生きているような彼に似た姿に動揺してしまいます。面影というのは、心の中にいつまでも生きていることに気づかされました。まだどうしても存在の面影を追いかけてしまいます。

またそこで15年ぶりに再会した幼馴染と会いました。いつも親友を含め3人で色々な哲学の話や、世の中のこと、そして人生のことなどを語り合った仲でした。親友を偲び、彼の大好きだったお酒を囲んで出会った時からのことを思い出しては昨日のことのように語り合いました。3人で集まるのを誰よりも楽しみにしていた親友でしたから、昨夜はきっと喜んでくれたと思います。

私にとっては唯一無二の親友でそしてもっとも近くにいたよき理解者でした。

私は行動したり実践するのを先にするので、よく周囲に誤解されます。また色々とあることないことを言われることも日常茶飯事です。そのたびに、予想もしなかった人間関係のトラブルに巻き込まれたり本質的ではない政治的な問題などにも引っ張り込まれそうになることもあります。そんな時、真心の自分や本当の目的、そして純粋な願いや純度の高い祈りのような生き方を裏表も全部見守ってくれているよき理解者に心を救われることがあります。

親友は、私にとってのよき理解者でした。ただ、それだけで有難い存在で心強い存在でした。彼とのやり取りを思い返していたら以前、いただいたメッセージが出てきました。

『君の残した足跡は、必ず後世に残り、同じ志しを共有してこの世に残ると思います。ヒントを残し、次世代に伝えましょう。一代で完結は出来ない、増大な出来事だ。』

いつも近くで見守ってくれて大事な時に心から応援してくれていました。どんなに苦しい時も、ただ身体を心配してくれて話を受け止めてくれていました。言葉にしなくても、以心伝心していたように思います。何も言わずにわかってくれている、そして何をするわけでもなくじっと信じてくれている。その存在に何度も救われてきたように思います。

肉体的に存在し共にこの先の愉快痛快の充実した事の顛末を酒を酌み交わしながら見せてやりたかったなと思いますがそれはなくなりました。あとは物語の続きをやりきって冥途の土産話をたくさん持っていきたいと思います。

昨日は、親友の棺の前で祝詞をあげて法螺貝を吹きました。音は親友の魂に無事に届いたでしょうか、きっと聴こえただろうと思います。どうか安らかに、またどこかで巡り会いたいと思います。

一期一会。

これからも自分のよき理解者として自分を生ききり、親友の魂と共に彼の言葉を胸に宿し直向に歩んでいきたいと思います。

永遠の親友

私には幼馴染で親戚、そして親友がいます。何でも言い合え、嫌なことでも真摯に正面から語ってくれる朋です。半世紀近く、別に一緒にいなくても居ると思っているだけでいい存在。その朋が一昨日、私より先に天国に逝きました。まだ信じることができず、心は置き去りのままに涙しながら書いています。

ここ数年、立て続けに私の大切な人が亡くなりました。その都度、心配させないように感謝して前に進もう、そしていただいたものをお返しできるように自分を真摯に生きていこうとしてきました。みんな大切な人で、見返りも求めずに本当に偉大なものを与えていただきました。涙しても、前に進もうと何とかやってきました。

しかし親友の死がこんなに辛いことだとは思いませんでした。

理屈では納得できない深い寂しさがあり、ひどいことをする奴だと悲しい怒りしか出てきません。たわいもないことが悔しいのです。ふざけあった日々がつらいのです。死別を想像していなかったことが苦しいのです。こんなバカなことがあるかと、恕せないのです。

本当にひどい。

ただひどい悲しみと恕りだけです。

自分が先に死んだら後のことを頼もうと色々と考えていました。家族のこと、子どものこと、他にも気になることは全部、、勝手に自分よりも長く生きるはずだと信じこんできました。だからひどいのです。ひどいのはきっと僕です。

いつからこうなっていたのか、思い出せません。

最初にご縁があった時から、ずっと親友で幼馴染で親戚です。ただこの世に存在して生きているだけで他は要りませんでした。その大切な居るだけで存在していることができなくなりました。

本当の親友とは、唯一無二です。そしてこれからもずっと唯一無二です。彼は永遠になりました、永遠に親友です。ひどいけど、もし自分が逆だったら彼は寂しくてきっと酒をあびて死んでしまうでしょう。だから私より先に死にました。親不孝なやつです。でも本当に善いやつでした。唯一無二のいいやつでした。彼を心から誇りに思いますし、親友だった私も誇りに思います。

こんなことなぜブログで書くのかと思う人もいるかもしれません。沈黙すべきだと。しかしこのブログは私にとっての生の一部であり、私の生きる道です。こんな時だからこそ、親友と私のために綴りたいのです。

人の死も生の一部というのは真理です。その大切な一ページもやっぱり感謝で括りたい。

 

朝焼けの 山に降り立つ なみだ雲 天の盃 いのち飲み干す

 

これからお通夜ですが、永遠の親友は自分勝手。勝手に逝った彼と勝手な私で共に自分勝手に労いたいと思います。

感謝と一期一会。

真心の音感

調律というものがあります。これはもともと古代から楽器が傷んだときや音をととのえるときに使ってきたものです。この調律のはじまりと深めていると、ピタゴラスに行き着きます。このピタゴラスは、紀元前6世紀ごろの古代ギリシアの数学者、哲学者、音楽家で宗教家、他にもあらゆる顔を持ち、「サモスの賢人」と呼ばれていました。

このピタゴラスは、数から真理を発見した人でもあります。このピタゴラスは、調律をどのようにとらえていたのか。いくつもの遺した言葉からもその真意が垣間見ることができます。

「自分を知り、自分自身を律することが、人生の鍵である。」、「友達は旅の仲間であり、より幸せな人生を送るためにお互いに助け合うべきである」、「心の静けさが最も重要なものであり、その静けさを失うことが最も悲しいことである。」、「共同体は、個々人の美徳と能力に基づいて構築されるべきである。」、「美は調和の中にあり、バランスが美しい。」などあります。

またこの時代、医者でもあり様々な病気を治す方法が考案されました。その一つの音楽が人々の精神を癒し治すことができると音楽療法があったといいます。音楽が神聖なものとして、このような言葉も遺しています。

「音楽は魂を本来の姿に戻す」、「音楽は宇宙法則の反映である」、「病気の原因は魂の不調和である」、「音楽は魂を調律し、覚醒させる」、「音楽は心さえも通り抜け、魂にまで浸透する」、「弦の響きには幾何学があり、天空の配置には音楽がある」と。

そのピタゴラスは音律といって、今でも活用できるものを遺しています。これは一説によれば、鍛冶屋のハンマーで鉄を打つときにとても調和した音を奏でていてそれを研究して生み出したものともいわれます。つまり「調和」とは何かということを発見しているからこその物語です。

このピタゴラス音律と呼ぶものは、 音階の全ての音と音程を周波数 比3:2の純正な完全五度の連続から導出する音律のことです。 このピタゴラス音律は初期ルネサンスまでの西洋音楽の標準的な音律であり、また中国や日本の伝統音楽の音律も同様の原理に基づくものであるといわれます。そのピタゴラス音律は、約2000年後に平均律というものによって変わってしまいます。そしてどのような転調にも対応でき作曲家の多様な要求に応えうる音律ですが、ピアノが一般家庭に普及し始めた19世紀になって広く使われるようになるのです。

改めてここから音というものを認識するときにその音の正体というところまで深めてみると、それは音とは何かということです。私たちは音によって活かされ、音によって生きているともいえます。

その音をどのようにととのえていくのかは、自分自身というものと調和するためにも大切です。そしてこの調和こそが、音の本質であろうと私は思います。

調和がわかるということが、音をわかるということであり、調和する音を奏でることができるということは私たちが自然に回帰するということでもあります。何が自然で何が不自然かがわかるというのは私の言葉では絶対音感です。そしてハーモニーができる、つまり自他一体の境地、全体快適がわかるというのが調和音感です。

音はこの自然との共生を何よりも顕現させるものでしょう。引き続き、子どもたちのためにも真心の音感を伝承していきたいと思います。

 

音の神秘

音の神秘性というものはまだ科学でも解明されつくしていませんが、この音というものはすべてのエネルギーの根源であることは直感的にわかります。宇宙が真空ではじめて誕生するとき、最初に発生したのは音であろうということは誰でも安易に想像できるからです。

昨日は、音はどのようなものかを書きましたが今日はその音の持つ振動や周波数というものを深めてみたいと思います。

私は法螺貝を吹きますが、法螺貝は音を増幅させ音を回転させ、振動させる力があります。山で吹けばやまびこが発生し、あちこちから音が呼応するものです。山で音を鳴らすと、山の音が聴こえてくるのです。もともと山にいると、心が安らぎ穏やかになるのは山の周波数に人間が癒されているからだとも言えます。マイナスイオンなどという言い方もしますが、山に入ると自然に眠気がくるのもまた山の周波数が体に影響を与えているからです。

もともと地球も同じように周波数を放っています。これを振動数ともいいますが、これは地球の直径と電離層の高さによって決定され、主に7.8Hz(ヘルツ)の周波数で振動しているそうです。

この7.83Hzのような極々低音というのは、普通の人間の耳では聞こえません。人間が聞こえてくるのは20Hzあたりからだといいます。以前、映画ガイアシンフォニーで宇宙飛行士が撮影した映像から地球の音といって低音のゴーという深い音が映像で紹介されていました。それぞれの惑星にはそれぞれの周波数があり、それぞれの音が鳴ります。私たちの耳は、最初から聞きたいものを聞こうとし聞きたくないものは聞こえないようにする脳の作用がありますから聞こえないだけです。

実際には、地球にいるだけでこの約8ヘルツの音は鳴り続けているのだからどんなに静かな場所にいても音がない世界は存在していないともいえるのです。さらに最近では研究が進み、海の波の音を外すと地球は固有振動数による自由振動を行っており、その周波数は2.9ミリヘルツから4.5ミリヘルツだったという事実です。このミリヘルツというものはこれは通常のヘルツ(Hz)よりも1000倍遅い振動周期になるそうです。つまり「1mHz」は1000秒かけて振動が1回という振動です。

地球の振動は、とてもゆっくりです。私たちは一秒の中に様々な人生やいのちがありますが長生きしているすべての存在はゆっくりと振動しているのかもしれません。人間の耳には聞こえませんが、これだけ静寂の中にも音があるということです。

では大きな音はといえば、地球では音の限界というものがあります。私たちの鼓膜にも限界があるように地球の大気内での音の限界は194デシベルだといいます。それ以上の音圧は空気を通り抜けられないのでそのまま衝撃波になります。つまり高圧状態の空気を爆発的に押し出します。核爆発や噴火の映像をみると、音が衝撃波になって地球全体に広がっていくのがわかります。

私たちの耳は、寝ても覚めてもいつも活動しています。音が聴こえない時間などは存在せず、音は暮らしにとても大きな影響を与えます。人間にとっても調和する音というものがあります。その逆に不協和音という不調和のものもあります。

この辺はまた別の機会で書いてみようと思いますが、子どもたちには音の持つ意味や神秘、そしてこれからの未来への可能性を先人の知恵も借りて伝承していきたいと思います。

音の甦生

音というものがあります。正確には、周波数ともいい波動ともいいます。音は、どのように人間に聴こえるのか。もともと音がするスピーカーや声を出しているときの喉に触れてみるとビリビリとした振動を感じます。この空気を伝わってくる振動が音ということになります。

その音として脳が認識するためには、まず外耳といって耳介で集めた振動が外耳道を通って鼓膜に伝わります。その後は、中耳といって鼓膜の振動を耳小骨が蝸牛へと伝えます。さらに内耳といって蝸牛で振動が電気信号に変換され、聴神経へ送られます。最後は、脳神経が電気信号を受け取って音として認識します。これは味覚も同様に、脳が味を認識するには同じように舌や鼻、目などが信号を受け取って味として認識します。

これが一般的に音というものを認識するという仕組みです。しかし、実際には脳だけでなく音は五感を使って感じることもできます。それは振動や波動です。もともと音は波であり、振動させる媒体になるものがなければ音が発生しても伝わることはありません。なので真空だと揺れないので音が出ません。

そして音は周波数の単位「ヘルツ(Hz)」で表現されます。 この周波数の単位「ヘルツ(Hz)」は、1秒当たりの波の数を示します。振動数ともいいます。一秒間に波が10回なら10ヘルツです。超音波などは、100万ヘルツくらいあったりします。一般的に人間の耳で聞き取れない振動数が毎秒2万ヘルツ以上で定常音として耳に感じない音だといわれます。これが超音波です。

音はこのように周波数や振動数によって色々な音になっているということです。どのような揺らぎや波長があるかで音は変わっていきますから音を重ねると倍音といって無限の可能性が出てきます。

音には「大きさ」「高さ」そして「音色」という3つの要素があります。この三要素が2つ以上組み合わせていけば倍音となります。このブログを書いている最中も、外は雀や鶏をはじめ様々な鳥の声、そして犬や風の音が聞こえます。まさに自然界は常に倍音が調和しています。

この調和のことをハーモニーともいいますが、その反対が不協和音ともいいます。そこには440ヘルツや432ヘルツなど、時代の音楽というものもあります。この辺のことを書くと長くなるので、また別で深めてみようと思います。

音は私たちに調和をもたらすものです。音楽が平和に通じているのは、音によって私たちはいのちをととのえてきた存在だったからだと私は思います。

子どもたちは音がよく聴こえているといいます。自然の調和するいい音を知っているからこそ、自然のいい音が聴こえるのでしょう。なぜ大人は聞こえなくなっていくのか、音の洗脳というものもあるのかもしれません。

子どもたちがいつまでも自然の音が聴こえ続けることができるように音を甦生していきたいと思います。

暮らしの甦生

昨日から国東の友人のところに来ています。ここは、古民家を甦生し自らで暮らしを親子でつくりこまれていてとても落ち着いている場があります。
子どものために環境をつくることを考えれば考えるほど、大人も子どもも共に暮らしをつくっていくことが大切であることがわかります。

本来、家というものは何を守るところか。それは、いのちを守るところです。このいのちとは、暮らしを守るということでもあります。

現在、暮らしというのはどこか労働に対しての休みの日のような使われ方をします。特に、暮らしに関する商品を売っている人たちは、暮らしというものをそれぞれで売り込みますから物ばかりが増えていきます。しかし本来の暮らしは、物もいのちがあり共に生きていますからそんなに増えても困ってしまうものです。

例えば、テーブルや椅子があったとしてそれは単に置いている物ではなくお互いに寿命を生かし合う仲間だとも言えます。

そういう道具たちは、いのちがあります。

私たちのいのちというものは、日本では古来から八百万の神々とも呼ばれ、共に暮らしてきたパートナーたちのことをいいます。

時代が変われば、パートナーの扱いと変わります。今の時代は、歴史を顧みても最もパートナーには過酷な時代かもしれません。大量生産大量消費のなかで、いのちは消えて心も蝕まれることが増えています。

そういう時代でも、そうではない生き方をする方々もたくさんおられます。

子どもたちの未来のためにも、一つずつ丁寧に暮らしを甦生させていきたいと思います。

徳の戦略 

江戸中期の徳の実践家で思想家の三浦梅園に、「悪幣盛んに世に行わるれば、精金皆隠る」があります。これは、西洋ではグレシャムの法則といって、「悪貨は良貨を駆逐する」が同じように有名です。私は、徳積循環経済に取り組み、ブロックチェーンの技術を徳で活用していますからこの辺の話は参考にしています。

そもそもこの三浦梅園が自著「価原」でなぜこういうことを言ったのか、それはこの明和9年(1772年)から発行された、南鐐二朱判は一両当りの含有銀量が21.6匁であり、同時期に流通していた元文丁銀の一両当り27.6匁と比較して不足している悪貨であったといいます。このことが南鐐二朱判を広く流通させ、このような計数銀貨が次第に秤量銀貨である丁銀を駆逐していったということもあったといいます。これよりも前の元禄8年(1695年)に行われた品位低下を伴う元禄の改鋳後にもまた良質の慶長金銀は退蔵され、品位の劣る元禄金銀のみが流通したともあります。

そしてグレシャムの法則の方は、16世紀のイギリス国王財政顧問トーマス・グレシャムが、1560年にエリザベス1世に対し「イギリスの良貨が外国に流出する原因は貨幣改悪のためである」と進言した故事に由来しています。これを19世紀イギリスの経済学者・ヘンリー・マクロードが自著『政治経済学の諸要素』(1858年)で紹介し「グレシャムの法則」と命名してできた言葉です。

他にも調べると、似たようなことは古代ギリシアでも行われていました。劇作家アリストパネスは、その自作の登場人物に「この国では、良貨が流通から姿を消して悪貨がでまわるように、良い人より悪い人が選ばれる」という台詞を与え、当時のアテナイで行われていた陶片追放(オストラシズム)を批判していたといいます。

今の時代もまた似たようなものです。これは貨幣に限らないことは半世紀ほど試しに人生を生きてみるとよくわかります。市井のなかで、「本物」と呼ばれる自然な人たちはみんな私心がありません。世間で騒がれている有名な本物風の人ばかりが情報消費に奔走し、あるいは流通し、同様に消費されていきます。実際の本物は粛々と自分の持ち場を実践し磨き上げ場をととのえています。そこには消費はありません。

そういう人たちは、世の中では流通せずにそれぞれに徳を積み、そうではないものばかりが資本主義経済を拡大させていきます。そもそも人間の欲望と、この金本位制というのは表裏一体の関係です。そして金本位制を廃止してもなお、人間は欲望のストッパーを外してはお金を大量に発行して無理やり国家を繁栄させ続けようとします。すでに、この仕組みで動く世界経済は破綻をしているのは火を見るよりも明らかです。国家間の戦争も歴史を省みればなぜ発生するのかもわかります。

かつて国富論というものをアダムスミスが定義提唱し、富は消費財ということになりました。この辺くらいから資本主義の行く末は語られはじめました。如何に現代が新しい資本主義など世間で騒いでみても、そもそものはじまりをよく観ればその顛末は理解できるものです。ジャッジするわけではありませんが、歪みを見つめる必要性を感じます。

実際の経済とは、経世済民のことです。その経世済民を支えるものは、相互扶助であり互譲互助です。つまりは、人は助け合いによって道と徳を為すとき真に富むということです。この時の富むは消費財ではなく、絶対的な生産であり、徳の醸成です。そういうものがないのに経済だけをブラッシュアップしても片手落ちです。

本来、テクノロジーとは何のために産まれるのか。それはお金を増やすためではありません、世の中を調和するためです。だからこそ、どのように調和するかを考えるのが技術まで昇華できる哲学者たちであり、思想を形にする実践者たちです。

私はその調和を志しているからこそ、ブロックチェーンで三浦梅園の生き方を発信していきたいと思っているのです。そこには先人への深い配慮や思いやりが生きています。

先人たちのこれらの叡智、そして知恵は何世代先の子孫のために書き綴られそれは魂と共に今も私たちの中に生きています。少しでも子孫たちの未来が今よりも善くなるように私の人生の使命を果たしていきたいと思います。