お水のお迎え

今年から浮羽にある古民家甦生に取り掛かりました。まずは井戸から甦生していますが、元々あった井戸の場所がわからずに元家主さんの記憶を辿って掘っています。

もともと井戸仕舞いをする際には、息抜きというものを行います。これは、「井戸に宿る神様・精霊が、呼吸できるようにするため」というものや、「井戸から発生するガスが抜ける経路を確保するため」というものがあります。他にも地盤沈下しないようになどの現実的な対策でもあります。

しかしよく考えてみると、今までずっと水が通っていたとこりには水脈も気脈もあります。その通りをふさぐのですから当然、水が澱みます。水が澱むと、その周囲にはさまざまな問題が起こります。そういうことも考えているのでしょう。

むかしは、暮らしの中で家はすべての中心でした。水道ができてからは、当たり前になっていますが水がなかったら暮らしは成り立ちません。必死で水がでるかどうかを祈祷して、そこから水が出たら一家総出でお祝いしたはずです。そのあとは、その水が枯れないように、一家を守ってくださるようにと大切にお祀りして使っていたはずです。

そういう地面から湧き出てくる存在を神様とし、土地の神様を丁寧にお祀りし尊敬することで一家が末永く保たれたように思います。

特にこの古民家はもともとは酒屋を営んでいたということで、それだけ水が善い場所であり、水を大切にしてきたところでした。古民家甦生の前にまずやるべきは、この井戸水をもう一度甦生してお祀りするということにしました。

まだまだ場所が見つかりませんが、時間をかけて時代を超えてお水をお迎えしていきたいと思います。