神仙思想というものがあります。これは古代からある信仰の思想です。シンプルに言えば、宇宙と一体になる道の生き方という感じでしょうか。諸説はありますが、この生きる道を道教としてあらゆる宗教と和合して現代にいたります。日本では神道と和合し、土着の信仰になりました。もともとは、神も仙人も和合するつまり多神教であり日本の神道の八百万の神々とも似ています。
古代の宗教は、生きる道でしたからあらゆる生き方が尊重され多様化していました。それが国家や組織に用いられるようになり変容を遂げていきました。しかし、英彦山をはじめお山に棲みお山を深めて幽かに残るその薫りのなかにこの神仙思想が宿っていることを感じるものです。
道教の信仰する神仙は大きく分けて「神」と「仙」の2種類があるといいます。つまり「神」には天神、地祇、物霊、地府神霊、人体の神、人鬼の神などがあります。その中の天神、地祇、陰府神霊、人体の神のような「神」は、先天的に存在する真聖であるといいます。そして「仙」は仙真を指して、仙人と真人を含んで、後天的に修練を経て道を得て神通力を持ち、また不死の人であるといいます。
仙人は白い髭の老人のようなイメージがありますが実際には、仙女といった女神、そして若い子どもなどもいます。仙人には以下の特徴があったといわれます。
身が軽くなって天を飛ぶ。水上を歩いたり、水中に潜ったりする。座ったままで千里の向こうまで見通せる。火中に飛び込んでも焼けない。姿を隠したり、一身を数十人分に分身したりして自由自在に変身する忍術を使う。暗夜においても光を得て物体を察知する。猛獣や毒蛇などを平伏させる。
日本でいえば、天狗のような存在でしょう。山伏や修験者たちも同様に似たような修行をしては次第に仙人のような境涯に入るのかもしれません。
また、神仙思想に憧れた人々は、仙境を目指しました。仙境とは「仙人の棲む土地のことで俗世間を離れた清浄な地」を指します。中国では桃源郷とも呼びましたが清浄で澄み切った高山や島を目指したといいます。修験道には山だけではなく海での修行もあります。かの空海も海の絶島で自然修行を積んだといいます。遍路のルーツです。
そして中国では神通力を持つ人たちのことを自然の化身と考えていました。自然の持っている力を人間が使えるようになっていたということです。雨や風を呼んだり、自然現象を呼び覚ましたともあります。かの三国志の名軍師、諸葛亮孔明もその仙術を使えたという言い伝えも残っています。
時代の変遷を経て、本草学や巫術、呼吸法、按摩、祈祷法など複雑に発展をして今もあります。今ではこの神仙思想や道教はあらゆる宗教と融和して内面に取り入れられています。
英彦山の守静坊には、仙女の絵があり仙人が建具に描かれています。不老不死の妙薬、不老園をつくり、呼吸法や歩行法などを伝道していたことが思いおこされます。修験道というものの根源は何か、形式的な宗教のかたちにこだわらず、ちょうど半僧半俗も百姓も堂々と合法的にできる今だからこそ古から流れ続けている道を探求しているところです。
どんな道にもはじまりがあります、しかし終わりはありません。道は無窮、老子はどうやって仙人になったのか。英彦山の御蔭さまで興味や好奇心は尽きません。不老不死というものも、本来の養生観とは切り離された現代の私たちではだいぶその意味も異なっているのかもしれません。
この時代の不老不死を味わい、道を辿ってみたいと思います。
この記事に感心がある方は英彦山の守静坊に来坊ください。不老の仙薬、今ではお茶ですが共に一服して語り合いたいと思います。