自然の道

人間をはじめ、すべての生き物には免疫というものがあります。この免疫がある御蔭で私たちは病気を平癒することができます。病気になるとすぐにドラッグストアか病院へという時代に入っていますが、本来は自然に治癒するのを待つのが病気でした。

むかしの人たちは健康を保つために、日頃から健康を保つような免疫を高める暮らしをととのえていたのが歴史からもわかります。それでも免疫が下がってくると様々な感染症になったり、他の病気を誘発したりなどどうにもならないこともありました。

免疫は腸内細菌が司っているともいわれていて、如何に食養といって医食同源、食べ物を気を付けていたかがわかります。現代のように食べ物が嗜好品になってしまっていると、食べ物で毒を食べて、また薬という毒で治療するという意味不明な悪循環が当たり前になっています。

特にサプリなどというものは、過剰な特定成分の摂取でその毒によって身体を傷めていたりもします。わかりやすいのも、飽食の時代に大量に摂取し、運動もせず嗜好品ばかりを食べながら痩せるためのサプリを飲むという具合です。それで病気になって入院をして病院食とリハビリで高額を払って治療するという具合です。どれもお金がたくさんかかる仕組みの中で生活をすることで、健康を害していくというプロセスです。

今の時代、色々と余計なものをもっていない方が危険に晒される確率は減っていくようにも思います。とはいえ、携帯をはじめ情報過多の時代ですから選択肢は無数にありまたお金が流通するようにありとあらゆるところに網がはりめぐらされていますから深山幽谷に籠らない限りそれを防ぐということはなかなかできません。

バランスよく日々の暮らしをととのえていくなかで、どう意識を磨いていくのかが先人の智慧から学べます。何が本当の仕合せなのか、そして何が真に豊かなのかを学ぶと、足るを知る暮らしの中でその工夫があることがわかります。

例えば、健康というものもまた病気にならないだけで仕合せなことです。仕事があるだけでも有難く、有志の仲間や家族に恵まれていることもまた深い感謝があります。

同じ環境下にあっても、暮らしのなかで意識を磨いている人たちは本質や自然なことに気づく感性が磨かれているようにも思います。何が自然で何が不自然かがわかるということや、何が本来の道であったかに気付けるということはそれだけ今の世の中の歪んだ現実に巻き込まれにくいともいえます。

一度気づいたからそれで終わりではなく、日々に真の豊かさを楽しみ味わう工夫があることで揺るぎない自然というものを理解できるようにも思います。直観のままにいて自然というのは、自然の道です。

子どもたちに先人たちの智慧や生き方が伝承できるように、日々の暮らしフルネスをととのえていきたいと思います。