野の心

野生の生き物というのは、自然の中にあり生きるか死ぬかの境地で生きていますから本気で本能があります。当たり前ですが、ぬくぬくと安心安全のなかで生きているとあっという間に襲われてしまいます。

例えば、天敵のいない島で餌が豊富にありぬくぬくと生きていた生き物がある時、島に流れ着いた別の生き物によって全滅したということはよく聞く話です。戦う必要がないようなところにいれば、戦うことを捨てていくのが私たち生き物の姿です。

動物園で人工的に飼育された生き物たちも、長い時間をかけて野生の本能や本気は削り取られていくものです。戦うという状態を維持するというのは、それだけ戦闘本能を常に磨いている状態になっているということです。

平和ボケという言葉もありますが、これは人間でいえば主に戦争や平和、安全保障などの現実について無関心、または現実逃避し甘い幻想に入り浸っていること。またはそれを揶揄した言葉だと言われます。

まさかそこまではないだろうや、そんなことはないだろうと危機意識が欠如していることをいいます。これは生きるか死ぬかのところにいないからこそ、そういう甘えが出てその隙をつかれるということです。

平和ボケを目覚めるには、現実によるショックが必要になります。前回の戦争で私たちの先祖は310万人くらい亡くなっているといいます。私の住んでいる市は13万人くらいですから全滅です。福岡県の人口が、510万人ですからほとんど半分以上が亡くなります。関東大震災で10万人です。同じではありませんが、規模が数字から実感できません。これも平和ボケの一つでしょう。

人間は、現実のことに置き換えるときに実体験していないことまた自分の身近で味わえないことはわからないのです。頭ではわかっていても、それを危機に感じるまではいかないのです。実体験してはじめて、これはまずいとはじめてわかりはじめてボケから目覚めます。

しかしそれでは手遅れだったということが歴史を省みると往々としてあるのです。だからこそリーダーは、実体験をしていなくてもまるで実体験であったかのように野生と本気、生きるか死ぬかのところで冷静さと情熱をもって自分一人でも行動しないといけません。

平和ボケこそ、戦争を生む切っ掛けになることを忘れてはならないということでしょう。野生を失わないような環境や教育はこれからさらに必要になります。

子どもたちにも野の心を伝承していきたいと思います。