太古からの道

かつての伝統文化というものはいつ失われるのかということを考えてみました。そもそも誰かが何かをはじめてそれをまた誰かが受け継ぎ磨き続けていることが伝統ともいえます。年数の問題ではなく、これは道のはじまりからどのようにその道を歩むかという道の話です。

道が途絶えるというものはどういうことか。それは行き止まりのことか、それとも見失うことか、そうではありません。道は歩むのを諦めたらそこで途絶えます。誰かがその道の続きを歩んでいるのなら道は続きます。まさに伝統というのは、歩む人たちが伝承してきた歴史ともいえます。

例えば、私たちは一人ひとり先祖の地を受け継いで生きています。今、生きているということはある意味で血を伝承しているともいえます。両親をはじめ、継続して子孫が誕生してきたからこそ身体があります。これも一つの伝統文化です。当然、人類が滅んでしまったら継承できませんからそこで途絶えるものです。

しかしもう一つ、別のものがあります。それは生き方です。私たちの血は最初の人類の誕生から観れば世界人類は血で結ばれています。しかし生き方は一つではありません。どのように生きたかというのは、別に親子や近しい親族でない他人といわれる遠縁の方でも継承することもあります。

つまりは、その人たちが連綿と大切に守ってきた生き方を実践する人たちのことです。道というのは、物理的な道がなくなっても生き方として永遠に遺るものです。それは場に投影されて空間に宿しているものです。

私が場を体験してもらうことに集中するのは、場において伝承が結ばれることを自覚しているからです。この時代、情報化社会で理論的な知識は増えましたが同時に理論では解明できないものへの理解は劣化しているようにも思います。

長い時間をかけて道は踏み固められてきました。時にその道が途絶えたように見えたとしても、実際には道は生き方と共に続いています。なので、生き方こそが伝承の本質ということでしょう。

子どもたちもその太古からの尊い道が続いていくように、自分の役割を果たしていきたいと思います。