仙薬の木 松

いにしえから仙人が食べてきたという植物に松があります。ご縁あって、松葉を今年から食事に取り入れるようにして体験を深めています。これは、英彦山豊前六峰の一つ、松尾山での出会いからです。

この松尾山は、白雉3(652)年に行徳という修行僧が山頂に草庵を結び、仏道修行したのが始まりと伝えられ、神亀5(725)年、能行という僧が松尾山に寺院を建立、山号を松尾山とし寺号を医王寺と名付け勅許を得た修験の山です。

松尾山の由来は、僧侶の能行が山頂にある大松の根元を掘っていると薬の入った壺が出土しその薬を使い人々の病を癒したことから松の字をとったと言います。

この松尾山とのご縁から松の薬効にとても興味が湧き、昨年からの伝統医療や薬草研究と結ばれ本格的に松を取り入れる暮らしに入ったことが理由です。

この松というのは、世界各地でその医薬的な価値の高さは証明されています。古来の古文書から近代の科学的な効果をみても見事な植物です。今回は効能まで書いているととてもブログに収まりませんので少しだけにします。

古代中国の本草書である神農本草経には「松葉は悪瘡を治し、毛髪を生やし、五臓(心臓、肝臓、腎臓、肺臓、脾臓)を安んじ、胃腸を守り、気を益す。久しく服すれば、穀を断って饑えず、渇かず、則ち身軽く、不老延年す」とあります。また血流促進、血管強化、心臓強化、抗高血圧、強壮強精、育毛、胃腸虚弱にも効果があります。

松葉軍医という話があります。これは、戦時中に壊血病にかかった兵士たち5000名以上を松葉によって救ったともあります。他にも戦国時代などもお城で籠城するときもこの松葉を食べて健康を維持したとも。修験道でも、修行中に松葉をかじりあるいは、煎じて健康と元氣を保ったとあります。そして松は捨てるところが一切ありません。すべてが薬になる仙薬の木ということでしょう。

松こそ私たちの健康をずっと守る大切な存在であるのは間違いありません。

最後に禅語に、「松樹千年翠」(しょうじゅせんねんのみどり)があります。これから正月に向けて、松を中心に室礼していきますが深い尊敬の心で取り組んでいきたいと思います。

暮らしの煤払い

今週はずっとそれぞれの古民家の煤払いをしています。よく年末の大掃除には早いと思われるかもしれませんが、ギリギリになって歳神様や祖霊を迎えるというのは失礼なるため早めの準備を始めています。また陰陽五行の土の行事でもありますから、丁寧に祓い清めていきます。

もともと日本人は、清め祓うことを日々の暮らしで大切にしてきた民族です。その証拠に、行き届いている古民家はどこも清々しく凛としています。特に正月のしんしんと冷えた空気の中で、千両や万両、あるいは松などの植物を室礼するととても澄み渡る場に心が洗われます。そこにはまるで、何か神聖な存在がたくさん集まっておられるような気配もあります。

英彦山の宿坊などは、正月の間の気配はまるで山頂のような清々しさで静かに手をあわせ祈りを捧げていると歳神様が鎮座している気配です。またお山の山伏たちや祖霊のお接待もするため、御餅をはじめお酒、榊などご用意していきます。

そもそもこれは宗教だから取り組むのではなく、暮らしとして私は取り組みます。暮らしは、単なる行事をすることではなく暮らしそのものが行事のように暮らしていくということです。煤払いであれば、これは煤払いの行事をするのではなく歳神様や祖霊をお迎えするために煤払いという暮らしをしているということです。

そもそもこの目的が先か、方法が先かというのは現代でもどの仕事でも向き合うテーマになっています。生き方が先か、やり方が先かというものもあります。しかし本来は、順番があり心が先で行動が後であるようにまず暮らしが先で行事が後ではないかは私は思います。そうすることが、丸ごと実践で本質で包むようになるからです。

先祖代々、数百年、あるいは千年以上ずっと同じように暮らしてきました。それを今でも丁寧に思い出し磨く直していくことで、懐かしい未来を譲っていけます。未来の子孫たちのためにも暮らしフルネスを実践していきたいと思います。

自然治癒

先日から風邪をひいて休んでいます。原因は、1歳の子どもが鼻水やくしゃみをしていたのですがそこからウイルスをいただいたようです。思い返すと、子どもからよく風邪をもらっていました。幼いときはあらゆる感染症をもらっては免疫を強くしていました。私たちは、今では過剰に殺菌や滅菌、ワクチンなどで徹底的に外部から感染症を予防しようとしますが少し前までは自己免疫力を高める方がいいことを知っていました。

過剰にウイルスを怖がったり、目に見えない菌のことを気にしすぎたりという方がよほど感染症よりも問題が大きくなったように思います。現代は自然治癒という治療をする医師がほとんどいなくなりました。その理由は様々ですが、一つはお金が深く関係しているように思います。また目に見えて即効性があり診断できるという便利さもあるように思います。

かつて、紀元前460年前ほどの人物に「ヒポクラテス」という人がいました。この方は、「医学の父」、「医聖」、「疫学の祖」などと呼ばれています。また古代ギリシアで初めて、呪術や迷信を廃し、観察や臨床を重視する医療を開拓した人物だと言われます。

自然を観察するかのように人間や病気の根源を見つめられた方だったように思います。それは彼の遺した言葉からもわかります。

「私たちの内にある自然治癒力こそ真に病を治すものである」

「病気は、人間が自らの力をもって自然に治すものであり、医者はこれを手助けするものである」

「人間がありのままの自然体で自然の中で生活をすれば120歳まで生きられる」

「人間は誰でも体の中に百人の名医を持っている」

「人は自然から遠ざかるほど病気に近づく」

また、病気の原因はほとんどが食べ物から来るといいました。

「食べ物について知らない人が、どうして人の病気について理解できようか」

「食べ物で治せない病気は、医者でも治せない」

「汝の食事を薬とし、汝の薬は食事とせよ」

「病気は食事療法と運動によって治療できる」

「病人に食べさせると、病気を養う事になる。一方、食事を与えなければ、病気は早く治る」

医食同源という言葉は今では知られていますが、2500年前からもずっと今でも病気の原因も治癒の理由も変わっていません。どれだけ科学が進化したとしても、余計なことをして病気を増やしたから病院も医者も増えたわけで人間が人間らしくしていたらほとんど医者も病院も必要ないということでしょう。

現代の日本の病院の数は8000か所以上、薬局は6万か所以上です。薬やサプリばかりを購入する時代になりました。私も反省することが多いのですが、コンビのように便利になった薬に容易に手を出してしまいます。余計なことをしておいて、また余計なことをして病気になりやすい体質にしています。

自然治癒や自然免疫は、今の時代こそ最先端の医療の仕組みになるものです。そういう意味で、お山の力を使って治癒したりあるいはお水の力で予防したり歩くことで未病にしたりと工夫はいくらでもできます。そして薬の字にあるように、身近な薬草を食べることであらゆる病気をうまく調和させていくこともできるのです。

子孫のためにも、今こそ温故知新して本来の自然治癒の素晴らしさを伝承していきたいと思います。

感情の豊かさ

動物たちはとても感情豊かなものです。表情も微細に持っていますがその動きそのものに感情が出ているものです。犬であれば、尻尾に出ますし鶏であれば羽毛に出ています。他にも目に表情があったり、しぐさなどでも感情を出してきます。

ある人は動物には感情がないという人もいますがそんなことは決してありません。感情があるから惨い殺され方などをするとそれがいつまでも記憶にも残ります。そもそもこの地球には感情がないいのちなど存在していません。それぞれに感情の出し方が異なるだけです。

虫であれば、触覚や手足を使い表現するし、植物であれば蜜を出したり葉っぱや表皮などでも表現します。私たちはその小さな微細な感情を読み取ってそのものと対話をして時には保護し、時には治療をするのです。

そしてこの感情は無機物の物にもあります。例えば、古民家などは気配や音などでも感じますし、岩や山などもその時々の場の雰囲気で感じ取れるものです。私たちは謙虚でなければ、いのちとの対話はできません。

常にいのちとして接していくかどうか、そしてそのものの感情と結ばれていこうとするかどうかで対話も変わっていくのです。

地球という偉大なものであっても感情を持っています。それは地震や噴火、あるいは台風などでも表現します。お互いに感情があるからこそ、それをお互いに共感し感じ取り、その豊かさを味わうことが許されているのでしょう。

子孫や子どもたちにも目には見えない感情の豊かさを感じるとる力を伝承していきたいと思います。

お水

お水の味というものがあります。お水は場所場所で味がまったく異なるものです。私が居る場所や古民家はほとんど井戸水を使います。そしてよくおもてなしに料理をします。その料理は、その場所のお水によってまったく味が変わってきます。特に、シンプルな料理ほどお水の影響を大きく受けます。

例えば、湯豆腐などは特徴的でお水がどうかで味が決まります。他にもお蕎麦やソーメンをはじめお水でつくる料理はお水をより感じるようにできています。お茶なども同様に、同じ器で同じ材料でもお水が変わればお茶の味の変わります。これも色々な場所に移動して同じことをするからこそその味の違いが大きく感じるようになるのです。

他にはお風呂などもまったく感覚が異なります。これは鉱物が入っているかどうかだけではなく、その場所から湧いたお水の何かが大きく差があるということでしょう。特に山の中から湧いた井戸のお水、また川の傍、地下深いところ、石炭の間を通ってきた水、田んぼの傍、全部別の味です。

そしてお水は、その出てくる温度や個性もはっきりあります。にじみ出てくるようなお水もあれば、大量に滝のように流れ出てくるものもあります。また大雨の時や、春先の乾季のときのお水も違います。日々に変化して已まず、そしてそれぞれの状態での個性を持つお水は一期一会の味です。

この一期一会の味に気付けるかどうかは、その人の生き方や感覚が左右するように思います。私たちは日々に空気中からもお水を纏い、呼吸からもお水をいただき循環します。そしてお水はいのちすべてを包み込みその中の一部として私たちの暮らしがあります。

そのお水を感じるということが、如何に大切なことか。それが感謝を自覚するということになっていくように思います。お水はまさに観音様の化身です。お水に接する時、どのような心持で接するか。改めて当たり前ではない、大切な存在からいのちを学び直していきたいと思います。

福智の徳

現在、福智修験道について深めていますが眠ったままの歴史が掘り起こされていくたたびにその当時のことが思い出されていきます。山の中には、かつての遺跡や祈りの形跡があります。現在では、そこには道も廃れ誰も人が寄り付きません。しかし、確かにかつての人たちの心の拠り所であったことがわかります。

本来、信仰というものは宗教などではなくそれぞれの心の拠り所のことです。ある人は、それが風景であったり、故郷の山であったり、あるいは大樹であったり海であったり星であったりもします。不思議なことですが、私たちは関係を結ぶ中に心をつなぎ、それによって自分の最も安心する場所を築きあげていくように思います。

心の支えを持っている人は、芯が強くなります。根が深くなります。人は心の支えがあったから乗り越えられるようなことがたくさん出てきます。何を心の支えてにしているかは人それぞれですが、信仰の場所にはそれがはっきりとあることがわかります。

これは何か自分が見守られているという実感のことです。何があろうと、いつも信じて見守っているという存在が心のよりどころになるのです。そしてそれをどこにするかというのに真の豊かさもまたあるように思います。

私のことを思うと、私も心の拠り所があることに気づきます。どんなに苦しいときも、頼ります。これは依頼心や依存心ではなく、自分がやるから見守っていてくださいと背中から感じるものです。

人は信じられることや応援されることで元氣も勇きも出てきます。つまりは、信じるということががその原動力や源泉になっています。見上げた先にあるのが天なのか空なのか星なのか、山なのかわかりません。しかし下を向いてではなく、上を向いて私たちは道を歩こうとしていくものです。

修験道の奥深さを味わいながら、福智大権現のことを今少し深めていこうと思います。

 

自然治癒

身体というのは不思議なものです。自然に治癒をし自分をいつまでも生かそうとします。つまりいのちの正体そのものです。あらゆる臓器をはじめ、すべての機能が快復していきます。その快復には、精神、心、意識など含めるとあらゆるものが治癒に向かいます。

昨日は、BAで自然治癒施術サミットを行いました。合気道の智慧、気功の智慧、鉱物の智慧、仏陀の智慧、陰陽道の智慧、あらゆる古代からの叡智を使ってそれぞれの施術を体験して智慧を学びます。施術者たちのそれぞれの実体験や学び、気づき、そして伝承されてきたあらゆるものを体験によって智慧を共有していきます。

体験を重ねるたびにその共通点というものをたくさん見出すことができます。その一つは、自然治癒、そして自己免疫、また意識の調和というものです。

そもそも身体というものは根源的に治そうとします。余計な邪魔をしなければ身体は自然に治癒が働きます。結局は、邪魔をするから治りがわるくなります。その邪魔というのは、骨折であればきちんと接着するまでじっとしていないと固まりません。また臓器も感情に気づかなければ動けません。自律神経においても安心しなければ働けません。あらゆるものは、自然というものを中心に活動をします。

現代人の問題は、思い込みや刷り込みによって例えば病気は薬や医者が治すものと依存をする体制が当たり前となり、身体の治癒を信じずに無理にでも何かをしないと治らないと思っていることなどです。

これは私たちが取り組んできた見守る保育などとも似ていて、大前提として子どもはそもそも発達するもの、育つものというものと、逆に大人が何かしなければ育たないと思っていることという意識のことと似ています。育つと育てるの間の勘違いによって発達が阻害されることと、治ると治すの間の勘違いも治癒の邪魔になっていたりするものです。

治ると思っている人は、病気は治るためのサインでメッセージであると受け取ります。そのためにまず気づくことからはじめ、対話からはじめます。無視するのではなく、受け止めて受け容れるようにそのものの治癒を丸ごと信じていきます。そこには身体だけではなく、感情や心理そして意識など全体の丸ごとが関係していることに気づきます。

治癒は真の豊かな場所で行われ、そこに心身を自然に運ぶことからという体験もしました。治癒の持つ偉大さに改めて感謝し、感動しました。

これからも自然治癒を学び直して、子どもたちに伝承していきたいと思います。

諦めのわるい境地

昨日は親しい同志たちと、徳積堂でゆっくりと過ごすことができました。彼らと私の共通点は諦めのわるいところでしつこく人間社会の課題に対して粘り強く見守り続けることです。お互いに社会の中でも役割や使命も異なりますが、目的や本質は同質のものを持ち続けています。だからこそ、お互いが話し合うことはお互いに智慧を共有することもでき、元氣も湧いてくるものです。

そもそも目的が一致している人たちがいるというのは心強いものです。バラバラの場所で働いていたとしても、有機的に心が結ばれます。こういう自律分散した働き方というのは、実際には組織にしていなくても和合して協力しあえるものです。

時代の要請もあり、それまで正しいと信じた人たちが時代の価値観の変化によって歪が出てきます。信念が強ければ強いほどに、善かれと思うものが良くないこともたくさん産み出します。この世の中というのは、陰陽が常にバランスを保とうとするように常に中庸で働きます。地球が丸いように、また元の自然に還るように私たちはどちらかに偏らないところにいるようにといのちは働きます。

いのちの性質というものは、少しでも長く存在しようとすること、また全体と調和しようとすること、波動や振動を揺らして静かに動こうとすることがあります。

私たちが認識して切り取った一部のものは、それ自体もまた全体快適に働きます。つまり自分と他との境界も取り払い、固定された目に見える物質とそうではないハタラキの境界も取り除けば中庸という意識を持たなくてもそれは中庸になっていくようなものです。

つまりすべてお任せ、今に真心を盡すことが諦めのわるい境地なのかもしれません。同志が集まると常に新しい扉が拓いていきます。それぞれの役割に感謝しながら、道を一歩また一歩と進めていきたいと思います。

歴史の謎解き

古代史を深めていると、謎解きのような暗号がたくさん出てきます。歴史の中で、それぞれの政権が変わり歴史の改ざんがたくさん行われてきました。その改ざん方法は、名前の文字を変えたり、時系列を入れ替えたり、男女を入れ替えたり、場所を換えたり、あるいは空想上の人物を入れたり消してしまったりと様々です。

文字で何かを記録するというのは、そういうことができるということです。また遺跡なども、本来はないものが建っていたり、別の地名にしたり、漢字を別の当て字にしたり、地形を変えたり、埋めたり燃やしたりと現物の方も消されています。

しかし、完全に消せるかといえば消せないものがあります。それは山であったり、岩であったり、配置であったりと、それに口伝であったり、伝統文化や伝統的な暮らしやお祭りであったりと工夫があります。

そういう一つひとつを繋ぎ合わせて結び、記憶を辿り謎を解くのです。そこにはたくさんの兆しや印が隠れています。そしてその暗号を紐解くのは「場」にこそあります。

その場所に行けば、不思議ですが何かを感じるのです。それはそこで誰かが何かをし、そこで過ごしたという事実がちゃんと場の記憶として遺っているのです。それを感受することができる人たちこそ、私はこの歴史の謎解きができる人だと感じます。

歴史の謎解きは、道のようなものです。かつて誰かが歩いた道は、自然に歩道ができます。しかし長い歳月や誰かの意図的な行為により道が消えてなくなります。しかしそのかつての道を静かに心を落ち着けて澄んだ真心で歩んでいると次第に記憶が宿ってきます。それが「場の記憶」のようなものです。

そういう記憶を一つ一つ結び直す中で、場はまた甦生します。私が取り組む場の甦生には、こういう歴史の謎解きというものもあるのです。

子孫のためにも丁寧に場を清め場を調えていきたいと思います。

歴史の先生

私たち人類の先生とは何か、地球という人も言えば自然という人もいます。あるいは長老という人もいます。しかし実際に何が私たちを人類を導くかといえばもっとも身近にある先生は歴史です。

私たちは歴史に学べばちゃんとした道に導かれていきます。しかしその逆に歴史から何も学ばないと同じことを永遠に繰り返します。歴史から何を学ぶか、そこに人間が持っている癖や文明の持つ業のようなものに気付けるように思います。

人類は、今でも存続していますが人類が築き上げた文明は何度も滅んでいます。しかも、ほとんどが同じ理由で滅んでいます。現代は、資源争奪が激しくなり地球にあった活用可能な資源もまた消費によって回復が難しい状態に入ってきました。今回の文明が滅べば、長い時間をかけて大変な困難が訪れるように思います。

そもそも一つの寿命のように、長い時間をかけてゆっくりとじっくりと寿命をのばしていくようなものと、その反対に急いで短期間で一気にとやって寿命が短いものがあります。文明はこれと似ていて、その寿命をどうのばしていくか、そしてどう寿命を甦生していくかということも歴史から学べます。

この寿命一つであっても、奪う仕組みと有機的に結び与えるという仕組みがあります。それもまた歴史から学べます。歴史は、単なる記録ではなく起きた出来事の検証と反省、改善の中心的なものです。もちろん、勝者の歴史とあるように嘘の歴史もありますがしかしその嘘の歴史を含めてよくよく吟味して学べば歴史の正体にも気づきます。

人間が何をしているのか、人間がどうなっているのか、人間がどこにいくのかが分かるのです。

だからこそ今一度、私たちはよく歴史を學び直して別の道を覚悟をもって決断していくことが必要です。そういう意味でも、生きた歴史を後世に伝えてそれを伝承するお役目の人たちを守り育てていく必要も感じます。

文化事業というのは、言い換えれば歴史の語り部や伝承者を守り育てていく事業です。人類の一人一人がそれぞれにみんなでその真の歴史の一端を担っていくのが本来の歴史の学び方の基本になるように私は思います。

不思議ですが歴史を学ばないものは、歴史が繰り返すようにできている。これは何か揺るがない法則であり、言い換えれば歴史は先生そのものであることの証明でもあります。

最後に岡倉天心の言葉です。

「われわれは、われわれの歴史の中にわれわれの未来の秘密がよこたわっているということを本質的に知る」

未来を知ることは過去を知る事、先生とは歴史そのものということでしょう。これからも歴史の先生から学び続けていきたいと思います。