歴史の先生

私たち人類の先生とは何か、地球という人も言えば自然という人もいます。あるいは長老という人もいます。しかし実際に何が私たちを人類を導くかといえばもっとも身近にある先生は歴史です。

私たちは歴史に学べばちゃんとした道に導かれていきます。しかしその逆に歴史から何も学ばないと同じことを永遠に繰り返します。歴史から何を学ぶか、そこに人間が持っている癖や文明の持つ業のようなものに気付けるように思います。

人類は、今でも存続していますが人類が築き上げた文明は何度も滅んでいます。しかも、ほとんどが同じ理由で滅んでいます。現代は、資源争奪が激しくなり地球にあった活用可能な資源もまた消費によって回復が難しい状態に入ってきました。今回の文明が滅べば、長い時間をかけて大変な困難が訪れるように思います。

そもそも一つの寿命のように、長い時間をかけてゆっくりとじっくりと寿命をのばしていくようなものと、その反対に急いで短期間で一気にとやって寿命が短いものがあります。文明はこれと似ていて、その寿命をどうのばしていくか、そしてどう寿命を甦生していくかということも歴史から学べます。

この寿命一つであっても、奪う仕組みと有機的に結び与えるという仕組みがあります。それもまた歴史から学べます。歴史は、単なる記録ではなく起きた出来事の検証と反省、改善の中心的なものです。もちろん、勝者の歴史とあるように嘘の歴史もありますがしかしその嘘の歴史を含めてよくよく吟味して学べば歴史の正体にも気づきます。

人間が何をしているのか、人間がどうなっているのか、人間がどこにいくのかが分かるのです。

だからこそ今一度、私たちはよく歴史を學び直して別の道を覚悟をもって決断していくことが必要です。そういう意味でも、生きた歴史を後世に伝えてそれを伝承するお役目の人たちを守り育てていく必要も感じます。

文化事業というのは、言い換えれば歴史の語り部や伝承者を守り育てていく事業です。人類の一人一人がそれぞれにみんなでその真の歴史の一端を担っていくのが本来の歴史の学び方の基本になるように私は思います。

不思議ですが歴史を学ばないものは、歴史が繰り返すようにできている。これは何か揺るがない法則であり、言い換えれば歴史は先生そのものであることの証明でもあります。

最後に岡倉天心の言葉です。

「われわれは、われわれの歴史の中にわれわれの未来の秘密がよこたわっているということを本質的に知る」

未来を知ることは過去を知る事、先生とは歴史そのものということでしょう。これからも歴史の先生から学び続けていきたいと思います。