道を守る

時代時代に私たちは時代の影響を受けています。いくら本質的に人間らしくいようとしても、時代の背景によってはそれもできなくなるようなことがたくさんあります。例えば、現代では物質文明のなかで資本主義中心の搾取や消費を優先する時代ではスピードも増し、利便性ばかりが価値があることになれば自然から遠ざかる一方です。だからといって、その時代の流行にばかりに合わせていたら時代が変わった時に歪が産まれ対応することもできません。

時代時代に流行があったとしても、普遍的な大道や王道のようなところを歩んでいる人たちの御蔭で人としての道も途切れずに繋がっていくものです。

ではどのようにしてその道を守ってきたのか、その一つは意識を保つことです。そして二つ目が心を磨くこと、そして最後が暮らしを変えることだと私は感じます。

意識を保つというのは、例えば食品なども主食を正食という玄米中心の食生活にすれば副食は質素で健康的なものになっていきます。それは玄米を主食にするという意識を持っていることで意識が正常に保たれるからです。主食がパンやお菓子などになってしまえば、食の意識が変わってしまいます。人を良くすると書いて食ですが、その食の中心は日本では玄米です。

また心を磨くというのは、日々に己と向き合うことです。手間暇をかけたり、小さなことを大切にしたり、あるいは丁寧さなどは心を用います。心を用いる人は、心を使うことを忘れません。心は、流行に流されず普遍的な道に中にいます。真心ともいいますが、理想や理念、初心を守り生きていくことで心は磨かれ研ぎ澄まされていきます。

そして最も重要なのは暮らしが変わることです。生き方や働き方を突き詰めていくと、暮らし方が変わります。その時だけ暮らすなどという言葉はありません。暮らすというのは、常に先ほどの意識や心を保つ実践をすることです。するとそれが暮らしになります。

暮らしを変え続けることは、日々に意識を保ち心を磨くのですが同時に小さな変化に気づくということです。例えば、自然の変化、そしてご縁の変化、今までとの変化、世界の変化、自分の変化に気づき続けるということです。どの瞬間も、今に集中して変化に応じてご縁を一期一会に過ごしていくこと。そうすると、流行で大勢の価値観が津波のように流れてこようと凪のようにあるいは深海のように静かに穏やかにその場に止まります。

暮らしが調っているというのは、つまり全体調和しているということです。そして変化を乗りこなしているということでもあります。一人一人が暮らしを調えていくことができるのなら人の道は途絶えることはなく、かえって道が明かに弘がります。

私が暮らしフルネスを提唱し実践するのは、人の道を守るためでもあります。私がこうやって今を生きられるのは何の御蔭様か。あらゆる全体調和の御蔭様です。だからこそ、その全体調和の有難さに拝む気持ちで暮らしフルネスを実践しています。

今日は仕事納めで振り返りをしますが、どれだけ暮らしを大切に変えてきたか。様々な角度から振り返り感謝と改善を続けていきたいと思います。