5年

来月の2月4日に妙見神社(ブロックチェーン神社)の例大祭と徳積財団5周年記念行事を開催します。有難いことに年々、素晴らしい方々との新たなご縁が増えて徳が循環してきました。

思い返せば、何もないところからすべてははじまりました。あったのは志とご縁だけです。そこに同志が現れご縁が結ばれ導かれて歩んできました。私は特別な資格をもった神職でもなく、職業として神社の運営に取り組んではいません。ただ、一心に神様に恥じないように場を磨いていこう、場を調えていこう、場を清めていこうと日々に祈りを捧げて法螺貝で波動を放ちます。消えていく音を聴きながら、消えない音が世界に響き渡るのを心静かに祈ります。

この5年で不思議なご縁に恵まれ、本当に多くの徳ある方々が参拝してくださいました。そして例大祭だけでなく、行事があるごとに神様にお仕えする巫女さんや演者のみなさまが神楽奉納をしてくださいました。また大切に育てたお野菜や果物、手作りのお菓子や御餅なども奉納してくださいました。その一つ一つを忘れません。

信仰というものは、生き方です。

それぞれが信じた生き方をみんなで織り込み一つの偉大な反物を縫い合わせていきます。光の道のなかをみんなで一緒にこの時代も歩んでいくことが仕合せそのものです。妙見の恩徳に見守られた5年間でした。

また同時に徳積財団を発足しどうやったらお金や便利さ、人間性を失わない世の中にできるかを真摯に向き合ってきた5年間でした。ここでも同じ問題意識を抱え挑戦する仲間に多く巡り会いました。みんなそれぞれの場所で、生き方と働き方を見つめ道を切り拓く挑戦をしています。

私も人類の起源まで遡り、人類とは何か、そして真の人間性とは何かを徳を見つめながら探してきました。スリランカで仏陀の足跡をたどり、最古の先住民族の姿に触れて、伝統的な暮らしの意味を学び直しました。

論語の徳は孤ならず必ず隣有の意味も、一つ前に進みまったく別の意識を得ました。布施や托鉢はそれそのもので一体であるということです。

もう5年、でもまだ5年。

この一歩一歩歩んでいくなかにこそ、徳の道は存在します。

子孫のためにも、人類のためにも、今こそ徳を積む真の意味を伝承していきたいと思います。継続できたこと、ここまでこれたこと、たくさんの見守りとご支援に心から感謝しています。

また例大祭と5周年記念でお会いできるのを心から楽しみにしています。