世の中の価値観というのは、その時代の価値基準を反映させたものです。例えば、戦国時代であれば、戦国時代の価値観があり乱世の価値基準で世の中が反映されます。もしも今の時代のように経済時代の資本主義が隅々まで行渡るのであればその世の中は資本主義の価値基準が反映されます。
しかし世の中の主流の価値観の外に居るような離れ小島で文明と接してこなかった国などを訪問すると、今の自分たちの価値観が異なっていることに気づいたりするものです。
北朝鮮なども訪問したことはありませんが、きっと別の価値観で国家が形成されていて私たち日本に住んで当たり前になっている価値観では理解できないことがたくさんあるように思います。先日、訪問したスリランカの先住民族なども資本主義とは異なる価値観で暮らしていましたが今では資本主義の価値観に呑み込まれはじめていました。
結局、人類というものはいつの時代も一つの価値観で世界を統一していこうとするものです。それが宗教にも色濃く反映されます。それはその価値観の方が一部の人たちにとって都合がよいからというものがあります。統治するというのは、価値観を統治するということなのでしょう。人間の価値観こそ、人間の正体ともいえます。
そしてこの価値観の統治は、それぞれの組織でも行われています。それはそれぞれの目的により異なるものです。その価値観の違いがぶつかり合い、時には戦争を引き起こしています。人間の使う平和というのは、言い換えれば古いそれまでの価値観を毀し、それまでとは新しい価値観を創造したときに使う言葉なのかもしれません。
歴史を省みると、素晴らしい価値観もたくさんありました。いのちを活かし、共に生き、助け合い安らかに徳を積んでいくような調和を優先する価値観です。どのような価値観が本来の人間が原初から持っている価値観なのか。赤ちゃんを観たり、人間性の素晴らしい人たちに出会うと気づくものです。
子どもたちや子孫たちへ、価値観とは何かを伝承していきたいと思います。