墨の智慧

昨日は、英彦山の守静坊で8回目の仙人苦楽部を行いました。今回は山水画の仙人でしたが4時間ほどの知恵を共にしましたが深い体験ができました。参加した方々はみんな山水画ははじめてでしたが、そのどの画にもその人らしさをはじめ場で得た境地を拝見することができました。

最初は仙人からの山水画とは何かという話にはじまり墨の濃淡のこと、筆の持ち方、そして画き方などの基本についてのお話をいただきました。とても謙虚に、山水画の楽しみや喜び、画の持つ妙味を全身でお伝えいただきました。

そしてみんな画への苦手意識など全く気にならず、それぞれが没頭してテーマに対して楽しく集中して画き楽しみ喜びあいました。守静坊英彦山の場の力もあり美しい新緑の光や風に見守られ一期一会の山水画のお時間を過ごしました。

また仙人がライブでこの英彦山と守静坊と仙人を即興で画きあげてくださって、その雰囲気にみんな深く魅了されました。

私たちは画いてみるときはじめて深く観察します。ただ見ているのと観ているのとではまったく異なるということ。そして美しさや自然というものを感じるのは、相性がありその相性そのものを通して和合していく豊かさ。さらには、現実にこだわらず理想を自由に画くことの大切さなどの素晴らしさを学び直すことができました。

私は炭大好きですが、この墨も同様に深く愛しています。この墨が画く濃淡には、火の心があります。この火は、消えているようでも墨に残存しているものです。その火を、水で濃淡を調整してそこにいのちを宿します。まさひ火水(カミ)の業です。墨はその神がかる力があるのを直感します。

この墨を用いて画くものは、私にはとても相性がよさそうです。これから少しずつ仙人から学んだ知恵を掘り下げて、場をさらに磨き上げていきたいと思います。

ありがとうございました。

暮らしフルネス 掃除の意味

暮らしフルネスの中では、よく掃除をします。掃除というよりもお手入れという言い方の方が多くしますが、これには色々な理由があります。また道具もむかしの日本の職人たちがつくった和帚を使います。現代は、箒も中国産や東南アジア産ですぐに壊れますが安いものがたくさんホームセンターで販売しています。便利ですがすぐに傷むのでどうしても使い捨てになります。さらには掃除機が普及したことで、余計にむかしの道具は消えています。日本で箒職人さんというのはほとんど見かけなくなりました。

手間暇かかる自然の道具は、時間も労力もそして技もいるので安い海外産が入ってくるとどうしても駆逐されていきます。畳なども同様です。しかし畳の時も同じで、伝統の和のものは本来は日本の風土を活かした風土と一体になった暮らしの中で循環する大切な暮らしそのものでした。

日本の暮らしを味わうためには、先人の生き方に倣いその先人の知恵を尊敬のままに活用することで感得できるものです。そういう意味で、掃除というものは知恵の宝庫です。

もともと掃除という言葉の由来を調べていると、中国からのものであることがわかります。この時の掃除は、廟の中を祓い清めるために行いました。もともと箒というという字も「ほうき」は「ははき」の音が変化したもので「ははき」は、古くは鳥の羽を用いたところから「羽掃き」となったとあります。その道具は棒の先端に細かい枝葉などを束ねて取り付けたものです。

これを「帚(そう)」と呼び、そこに酒をふりかけるなどして廟を神聖に保ちました。この字に竹を冠したものが「箒」でその異体字として「草」を冠した「菷」の字になりさらに「手」にとって廟の中を祓い清めたら「掃」となります。そして「掃除」の「除」は“あまねく”という意味で、神聖な場所を余すところなく掃き清めるということです。

特に禅宗では「一掃除二信心」というように掃除こそすべての修行の先であるともいわれます。和箒となると、神道ではもともと箒神(ははきがみ)という産神(うぐがみ、出産に関係のある神様)が宿ると信じられていました。古事記にも「玉箒(たまほうき)」や「帚持(ははきもち)」という言葉で表現され祭祀用の道具として用いられていました。

それだけ掃除や箒は、神聖なものということでしょう。仏教でも周利槃特といって掃除で悟りを開いた方がおられました。掃除という儀式や実践そのものが信仰の原点であるというのもよくわかります。

私も古民家甦生を通して、実際にやっているほとんどは掃除の実践です。本当に驚くほど、掃除とお手入れしかしていません。しかしそれが何よりも家が喜ぶことになり、自分も場も喜びます。

色々と情報化社会で便利でお金で何でも買える世の中になっていますが、掃除もメンテナンスや掃除屋さんに頼んでは強烈な薬品や業務用の掃除機やブロアーで吹き飛ばすようなことが盛んです。時短で効率優先というのは、掃除や和帚にそもそもの意味がなくなってしまえばそうなるのは当然です。

時代が変わっても、初心を忘れないこと、意味を場に留めることは伝統や伝承に関わる人たちの大切な責任と使命であろうとも私は思います。時代の流行や日々の喧騒に流されないように丁寧に暮らしを紡いでいきたいと思います。

場の道場

私は徳積循環の経済を甦生するために様々な活動をしています。その中心には「場」があります。この場とは、徳の場のことです。この徳の場というのは、そもそも場には徳が宿るという意味です。そしてこの宿る場には何があるのかといえば「いのち」があるということです。

現代は、いのちが空洞化してすべて物や具になっています。本来は物にも具にもいのちがあります。それを証明する言葉が「道」です。この人の道が失われてきている時代だからこそ、私は徳を再解釈、再定義する必要を感じたのです。

それを暮らしフルネスという思想の実践によって実現しているのが私の場です。しかし現代、この場というものへの認識は非常に希薄であることを感じます。その理由は、その場からもいのちが失われているからです。

そもそも「いのち」というものは何か、そして「徳」というものが何か、これもすんなり理解することが難しくなっています。そしてそれを実践するなかで「こころ」という存在もあります。私たちの日々に過ごす暮らしのなかには本来はこのこころ、いのち、いわゆる徳というものが循環しています。

それを単なる物や具として、いのちが宿らずに空洞化するとき場も単なる場のようなものになります。それを和風のように場風と呼んでもいいかもしれません。

有難いことに、聴福庵をはじめ私が実践する場にくると場を瞬時に感じられる人もいます。そういう人たちは、先ほどのいのちを場に感じています。

私が場の道場で実践するものは、言葉にしていませんが共に暮らしを通して学べる仕組みになっています。この価値は、今の物や具の社会では推し量る評価がまだありません。いのちの価値や徳の価値を一般的にどう量るのか、これは現代の一代限りの私的欲望を追及する歪んだ個人主義のなかでは滑稽にすら思われることです。

しかしそれは本物の「場」に入れば、そうはなりません。それだけ場には全てが宿るのです。単なる宿泊施設でもなく、単なる家でも社屋でもなく、場を感じることが大切なのです。

と、こうやって言葉にしても場は伝えられませんから場に来ていただくしかありません。ご縁に導かれつつ、子孫や場が必要な人たちにいのちや徳の循環を伝承していきたいと思います。

真心の道具

お金というものは改めて観察すると不思議なものです。お金そのものは交換する道具として発明され、それが信頼関係を築く道具になったり、戦争をする道具になったりします。これらの道具というのは、包丁やハサミなどと同じく使う人の使い方次第で武器にもなれば暮らしを助けるものにもなります。道具という意味では、どれも同じでしょう。

だからこそ、道具が問題ではなくそれを用いる人によります。しかし道具には発明することであまりにも危険なものがあります。原子力なども、原発の事故でも感じましたが平和利用といっても子孫に多大なツケを遺すようなものを用いるのは危険であることが分かります。

現在、経済戦争といって経済が戦争で使われることが当たり前になりました。本来の経済の意味は経世済民ですから経済戦争という言葉自体がおかしなものであることがあかります。これは別のものにすると、道徳戦争みたいな造語です。

そもそも大前提として道具はどういうものかということがズレてしまえば何を作って何を発明してもその道具はよくないことに使われます。道具を人間の欲望だけで便利に使えば使うほど、道具が世の中を住みにくくするということがあるように思います。

例えば、むかしの道具は自然物でつくられていました。お手入れをしてお世話をしないと壊れたり痛むものばかりでどれも大切に使っていました。同時に、むかしの道具は人間が心を労して疲れることが多いものばかりでした。しかしその方が、真心を入れられ、丁寧に丹誠を練りこめるために重宝されました。

つまりむかしの道具は、大前提として真心が必要なものばかりでした。むかしは心を交わして心を交換していたということでしょう。交換という言い方よりも、心を結び合わせていたという言い方の方がいいかもしれません。そういう時代のお金は、現代のようなブラックボックス化された基軸通貨でもなければ、金融資産でもありません。

金融資産で得たお金の交換というものは、果たしてどういうものでしょうか。真心を籠めて労を厭わずに取り組んだものが果たしてお互いに心を結び合わせることができるでしょうか。

自然とのつながりや結びつきが薄れるほどに心の結び合わせも失われてきました。人間というのは、どうしても人間同士だけになるとお互いの損得利害ばかりに道具が用いられるものです。自然物が自然を道具にしているように、私たちは本来の自然をどのように道具にするのかを考え直す必要を感じています。

大切な資源を真心の道具で結び合う、仕合せというものをどう豊かに味わっていくかが新しい経世済民、主義を超えたものになるように私は思います。色々と挑戦は時間も心も使いますが子孫のためにも丁寧に取り組んでいきたいと思います。

水墨画の仙人

この季節の風は眩く、光をよく通します。水によく反射してキラキラするのは、水気を放つ新緑の緑が多いからでしょう。一年に数少ない、瑞々しさと纏った澄んだ気候です。

今週末は、英彦山守静坊で仙人苦楽部を開催します。今回の仙人は、水墨画の方で美しい自然画を描かれます。

もともと水墨画というのは、墨を使います。墨の歴史は古その起源は紀元前には既に存在していたともいわれます。そして壁画をはじめ文字、そして仏教画などと結ばれ次第にその精神や心も画くようになりました。

心の風景を通して、その人の内面の心を見通すことができます。心というのは捉えにくいものですが、自分の観える世界を描写していくことでその絵の中に心を観ることができます。心がどう観えているのか、心はどのような風景になっているのか、その「境地」を直観することができるように思います。

有難いことに私にいつも画のことをご指導してくださっていたメンターがいました。もうお亡くなりになりましたが、その方はいつもお会いすると自分の描いた絵を私に見せてくださって心を伝えてくださいました。多くの言葉を用いなくても、その絵から心の風景を見せてくださっていました。

その方は自然農を創めた方でいつも自然の持つ真善美を見つめておられました。日々に私にもその自然のいのちを描く実践を勧めておられましたが筆不精な私は色々と怠っていて心の画を通して対話したのは一度きりの一期一会です。

しかし英彦山の守静坊でかつての暮らしを甦生するなかで、その心の風景を学び直してみたくなりました。禅では、水墨画は修行として大切に伝承されてきました。心の風景を山水と同化して捉えるところにそぎ落としていく美しさを感じます。

もともと仙人たちが棲まう場だったからこそ、その原風景が今も場に遺っているのかもしれません。そんなことで、英彦山での山水画を画く仙人たちを甦生させてみたいと思います。

古代のずっと前

歴史を学び直す中で、古代史に目を向けていると古代史は結構いい加減なことをそれぞれが学説で語っていることがわかります。実際には、次々と遺跡が出てきては科学的に分析し判明してもそれまで教科書に書いてあるものとは違うことはなかなか認めません。むしろ教科書というのは、今振り返ってみても歴史においては曖昧なことを年号を記憶したなと思うくらいです。実際に体感する自分で味わう歴史は果たして本当にそうかというのは自分で納得するまで突き詰めていく必要を感じます。

例えば古代史では、稲作というのは弥生時代に渡来したことになっています。しかし実際には、6000年くらいまでの縄文時代の遺跡にお米をつくり育てて食べている形跡が出てきているといいます。先日、蕎麦を深めていても縄文時代から育てて食べていたとあります。しかもお米よりも前からあったともいわれます。

さらに水田も縄文時代からあったことも遺跡からわかってきています。中国から渡来したといわれていますが、実際には日本発祥ではないかともいわれるほどです。それくらい古代の歴史は、まだまだ未知なことが多いものです。

古代史は私たちのルーツでもあります。実際に、その地形や地図を歩いたり、自然や気候を観察したり、その地方の文化や作物がどのように変化しているのかなども観察をすることで観えてくるものです。

私たちの郷里でも、むかしの遺跡がたくさん出土します。土器はもとより横穴式の墳墓なども多く出ます。地域のお年寄りに聴くと、昭和以降に田んぼをつくるときにはあちこちたくさん遺跡が出たそうです。

いつからはじまったのかというのは、私たちが思っているほどの古代ではなくもっとずっとその前から存在していると思った方がいいことは誰でもわかります。最初の一人からはじまったことを考えても、その間、見つからないほどの狭い場所で相当な長い年月の暮らしがあったことも想像できます。

大勢に広がっていく段階というのが弥生以降だったということでしょう。歴史はほとんどが大多数の常識と思い込みでつくられます。本当の歴史を学ぶことは、自分の思い込みを捨て、大多数の常識をそぎ落としていくことが大切になります。

子どもたちにも自分で感じて味わい、現地でつかみ取った歴史を楽しめるような学び方を伝承していきたいと思います。

意識を磨く

私たちの意識というものはどこに置くかでその言葉や意味も変化します。例えば、鳥の声が分かるというのは、一般的にはわからないと認識しますがこれは鳥の声は鳥の声として人間が定めた意識の中で理解しようとするからです。他にも、石と話すとなると石は言葉を発しないから話せないと思われますが、磨き上げられた石工などは石と対話していくことができるともいいます。

先ほどの鳥に限らず、動物と話ができる人もいるともいいます。さらに言えば、植物と対話ができる人、酒造りや味噌など発酵に関わる人は菌と対話できるともいいます。

これは、その人の意識がどこにあるのかということで変化していることがわかります。赤ちゃんの時などは、特定の意識に定着していませんからあらゆる意識を持っているともいいます。それを両親や周囲の環境によって意識を定着させることによって、人間の社会に適応するために余計な意識をそぎ落とすのです。

これは私たちの耳が、よく聞こえる音を排除していくのと似ています。補聴器などをつけると、あらゆる雑音が聞こえてくるのも同じ原理です。余計なことは聞こえない、観えないようにした方が都合がいいということでしょう。

それだけ五感というものは、環境によって適応するということです。その適応したもので失っても、それが時に必要なものであったりもします。急に人工的な都市ではなく、自然の中で暮らすことになったりするとすぐに五感が必要になることがわかります。

例えば山に入り、時計も携帯もコンビニもお金も電気も水道もガスもなくなれば、意識を変えなければ適応できません。そこでは五感をフル稼働して意識を変えなければなりません。

人は失ってしまっていると思い込んでいるものでも、環境が変われば意識が快復することがあります。感性を研ぎ澄ませていけば、そのうちにその意識に回帰するのです。

これは記憶がまた思い出すように、むかしの感覚が戻ってくるように甦生してきます。しかし、よほどのショック療法でもない限り急に元に戻ることはありません。なので、少しずつ訓練をして意識を調整していく必要があります。

意識は実践や経験、体験により眠りから覚めていくように私は思います。色々とこの時代の変化を遊びながら、あらゆる意識を好奇心で磨いていきたいと思います。

お水の徳

私たちの日本の風土の中にもよく龍というものは出てきます。例えば、「龍穴」「龍井」「龍門」「龍宮」「龍脈」などあります。そもそもこの龍は中国が起源とされていますが、その龍はワニの一種だったともいわれます。インドでは蛇がナーガという水神であり、確かに曲がりくねった河をみると大きな蛇が水の正体のようにも感じたのかもしれません。

それが日本に渡来して混淆して、龍蛇神となったといいます。大国主なども龍の変化した姿とされ、出雲大社でも龍蛇神を御祭りする儀式など今でも大切に執り行われているといいます。

この龍という存在は、それぞれの国にはそれぞれの由来があります。しかし共通するものは、すべて「水」に関係するということです。今年は龍にご縁が増えたこともあり、龍神祝詞を唱えるようにしています。

作者は今でも不明ですが、とても力がある祝詞として今でも大切に伝承されています。

「龍神祝詞」

「高天原に坐し坐して天と地に御働きを現し給う龍王は大宇宙根元の御祖の神にして一切を産み一切を育て萬物を御支配あらせ給う王神なれば一二三四五六七八九十の十種の御宝を己がすがたと変じ給いて自在自由に天界地界人界を治め給う龍王神なるを尊み敬いて真の六根一筋に御仕え申すことの由を受引き給いて愚かなる心の数々を戒め給いて一切衆生の罪穢の衣を脱ぎ去らしめ給いて萬物の病災をも立所に祓い清め給い萬世界も御祖のもとに治めせしめ給えと 祈願奉ることの由をきこしめして 六根の内に念じ申す大願を成就なさしめ給えと恐み恐み白す」

とあります。

水というのは、私たちのいのちの根源です。この地球は水があることで循環し、水があることで存在します。空気も水が創りますし、光も水が創ります。水がいのちの全てを司ります。

龍というものは、水に対する深い尊敬とお祈りです。水の徳から学び直すことは、私たちが失ってしまった感性や、歪んでしまった認識を正す偉大な効果があります。今の時代こそ、この龍神というものの存在を深く感じて刷り込みを取り払う必要を強く感じました。

この時代に再定義再解釈を加え、原点回帰し、お水の徳を伝承していきたいと思います。

 

原初の感覚

今年は辰年ということもあり、龍とのご縁が増えているとブログでも書きましたが引き続きあまりにも龍に関することが次々に発生するので色々と深めています。

私の場合は、スピリチュアルでもなく特定の宗教への信仰があるわけではなく感覚や歴史を掘り下げていくことで好奇心に委ねながら学び直していきますが学術的かというとそういうわけでもなく自然から教えていただいたものをどう汲み取るかということを大事にしています。

例えば、英彦山の守静坊に滞在しお山やお水とずっと心を澄ませて触れていきます。すると、次第に月が身近に感じるようになり龍という存在とのご縁が増えていきます。龍が増えていくと、次第に役行者や瀬織津姫、あるいは弁財天など神仏混淆したものとのつながりが出てきて次第に出雲族のことや海神族、龍蛇族のことなどのことを深めていきます。また魏志倭人伝にある邪馬台国のことや、一支国のことが出てきます。ルーツというものは、今も繋がっていて辿っていくと原始や原初の存在に巡り会うようにも思います。

これは自分というものの存在も同じです。先祖を辿れば、先祖が通ってきた道を実感することができます。今の自分の存在の個性や魂が望んでいることや出来事、あるいはご縁のある人たちとの関係をよく観察して直観するとその理由があることがわかります。すべてのことは認知していないだけで、今、こうなっていることは全ては理由がありご縁があることしかこの世にはありません。

人間は不思議ですが、同じようなことを何回も生まれ変わり体験しその記憶を思い出し鮮明に甦生させているだけともいえます。時間というものの概念をもしも取り払うのなら、私たちの記憶こそが実体の正体でもありその記憶のために体験を続けているともいえます。

話を戻せば、龍というのは、月であり、水であり、夜であり、山であり海でもあります。夜の月明かりに照らされた海の一筋のゆらぐ光ともいえます。漆黒の闇を導く透明な光です。

私たちの心が澄んでいるのなら、龍はそこに顕現してきます。古代の人たち、あるいは原初の先祖たちは龍を感じていつも生きていたように私は思います。時代がどう変化しても、原初の感覚を研ぎ澄ましてかんながらの道を歩んでいきたいと思います。

子ども心を磨く

純粋さというものがあります。これは「余計なものが入っていないこと」や「私利私欲のない、まっすぐな気持ち」または「混じりけがないもの」や「一途でひたむき」であることなどが言われます。

そういう人に出会うと人は感動するものです。しかしその逆を言えば、そういう人が少ないからこそ感動するのでしょう。なぜ少ないのか、そこには純粋でない何かが入っているからです。では何が入っているのかということです。それを少し考えてみると、他人との比較、本当の自分というものではないことが混じっているということが分かります。

例えば、自分の天命を突き詰めていく人は純粋性を増していきます。自分自身の魂の道を研ぎ澄ませていく人ほど純粋性も高まります。そこには理由や言い訳など何か誰かに説明するものを用意しているのではなく、已むに已まれぬ何かがあるからその人は全身全霊をその天命に傾けていきます。そういう人には、混じりようがない自己との対話があり同時に周囲にどう思われようが自分自身を生き切ることに専念していきます。

偉人であれば吉田松陰氏などは、まさに純粋さを生きた方だったことが遺された文章などからも伝わってきます。

よく考えてみると、私も尊敬する偉人は誰ですかといわれると色々と出てきますが尊敬する誰かというよりはその人の生きざまや生き方に憧れて尊敬したように思います。

純粋に生きている人を観ると、自分もそうありたいと魂が揺さぶられます。するとその人物を尊敬するのですが実際には生き方の方を尊敬しているのです。

自分がどう生きたいか、どうありたいかは本当は自分にしかわかりません。他の誰かのこともわかりませんし、他の誰かがわかることもありません。その人にしかない役割や与えられた天命があります。それを真摯に向き合い、自己を研鑽し、精進をすることによって混じりけというものは流されて澄んだ純水のように透明になります。

もともと透明だったものが透明ではなくなり、そして透明になっていくというのが生死の循環であろうと私は思います。どう濾過するのか、どう浄化するのかが本来の自己を取り戻すプロセスであろうとも思います。

私が取り組み暮らしフルネスを通した甦生の仕法は、その中心にこの浄化の体験を場を通して実践することで感化していくものです。子どもたちがいつまでも本来の自己を創造し真に自立して仕合せに生きられる世の中にしていくために、子ども心を磨いてかんながらの道を歩んでいきたいと思います。