先日からお祭りことから秩父神社とご神縁をいただき、改めて妙見信仰のことを深めています。妙見信仰の妙見は、「妙見大菩薩」を指し妙見大菩薩とは真言密教の仏様であり北斗七星を象徴とした天空の中心をつかさどる神様とされてきました。その北極星を崇める信仰の奥深さを学び直しています。
夜空を見上げると空の星々はどれも時間がたつと動いていきます。しかし、北の空にひとつだけ動かない星があります。それが北極星です。
かつては旅人たちは暗闇で道に迷いそうなときは、北極星を探しました。今の時代は、電気が明るすぎて夜空を見上げる機会もなくなりましたがそれだけ道に迷う時代に入っているとも言えます。
そういう時、決して動かない星の存在にどれだけ自分を取り戻せたかということを思うのです。道はどうしても迷うものです、しかし道に迷ったときにこそはじめて人類は気づく機会に出会えます。その時、動かない神様がいること、動かない星があること、不動の真心があるということにどれだけ人々が救われるかということです。
以前、司馬遼太郎の坂の上の雲の中で秋山好古がこのような言葉を遺しました。
「日が暮れたなら天を見なさい。絶えず動かない北極星は旅の道しるべになります。
世を渡る場合には誠の心が道に迷わぬための磁石になります。
曲がった道に入ったと不安になった時は自分の誠の心に問うてみなさい。
天が与えた良心はいつもあなたたちを導き、守ってくれることでしょう。」
妙見の本質は、自らの妙を観ることに由ります。
最後に妙見の請願で終わります。
「諸の国土人民を救済せんと大誓願を発し種々方便の時七星と顕れ或いは親友と化して人々を善道に導き常に一千七百の大眷属を遣わし国土の災患を除き人民の諸願を満ぜしめ給う」
ご縁に感謝しています。
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「反省」をする人はたくさんいますが、「反省のものさし」を持っている人は意外と少ないようです。「ものさし」がないと、その時の都合に振り回されてしまいます。特に、今日一日の生き方を振り返るときには、道に迷わないための「不動の道しるべ」が必要です。常に、道を見失わないように、与えられている「誠の心」を磁石に日々を歩みたいと思います。
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不思議なお導きを頂き思ってもみないことばかりが起き、本当に有難い限りです。武甲山、夜祭の斎場、秩父神社が直線上に並び、そのラインを伸ばすと北極星の方角になるというお話のように、たくさんの機会が線で結ばれていっているような感覚があります。今はただただ見守っていただいているのだと感じるばかりです。貴重な体験をありがとうございました。そして、子どもたちへ伝えていけるよう学びを深めていきたいと思います。
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先日、秩父夜祭がユネスコの無形文化遺産に登録されましたが、これも石見銀山が世界遺産に登録されたように、その場やその祭礼自体よりも、それを誇りに思い、それを守ろうとする人々の心があってこその遺産なのだと昨日も思えました。移ろいやす人間の心に、この祭礼が何をもたらしてくれているのか。これからの生き方で、受け取った感覚を確かにしていきたいと思います。
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お祭りに伴う「神事」のように本気で思っていた自分がありました。それは、お祭りの部分しか体験したことがなかったからです。
今回、「神事」を体験し、そして、その神事を「自分達の都合では動かさないもの」として守り続けられた方々の姿勢を通じて、「神事」とは天地自然の道理を道理のままに大切にしていくものなのだと感じました。自分の生き方、暮らしの中でも、その道理に反するようなタイミングの生き方をしないように、内省の頻度を上げていきたいと思います。