何事も物事のはじめというのが肝心です。なんでそれをやるのか、何のためにそれをやるのか、それを決めるとき、その目的や向かう方向性が決まります。動き始めてから考えていると、その起点は動き始めている中で右往左往してしまいます。しかし動く前に行き先を決め、初心を固め、そして方向性を確認し、最初の一歩を踏み出せればそれは半分は終わったようなものです。
諺にも「始めが肝心」「始めが半分」、「始めに二度なし」、「始めよければ終わりよし」、「始めよければ半ば勝ち」 とあります。
如何にはじまりが物事の取り組みにおいて大切かと、先人たちが経験から語ったのです。この「始め」とは何かということです。
これは日々の仕事でも同じで、いきなり作業に入る人と本当は何かと取り組む前に準備して着手する人がいます。前者はやることばかり増えては、忙しくなりやっている価値や意味を感じる余裕もなくしていきます。しかし後者はどんな状態でも大事なものを大事なままに維持し、その価値や意味を味わい質の高い仕事をしていきます。
始めが肝心というのは、「物事を始めるときに心を入れよ」ということなのでしょう。どんなことをやるのにも、その目的や意味を考えよということです。本質からブレルなとも言えます。
どうしても人間は感情がありますから、その時々の出来事でいっぱいいっぱいになるものです。しかし着手するときに、目的と向き合い自分が何のためにどうしたいのかを考え抜くことで、その取り組む道しるべが観え続けます。
心を入れるというのは、目的を常に忘れないということです。始まりとは目的なのです。
引き続き、その目的を見失わないように常に内省を怠らず寄り添い導けるように精進したいと思います。
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「散歩のついでに富士山に登った人はいない」と言います。目的に応じた「覚悟」が必要であるということでしょう。やることはたくさんありますが、「ついでの人生」にならないようにしなければなりません。また、しっかり準備をして始めても、その道中で、外野の声やその時々の自分の都合にも撹乱されないように注意したいと思います。
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新年度が始まり気持ちが引き締まるものがあります。真新しいスーツを着た新社会人を見る機会が多いからか、自分の入社した頃のことを思い出します。初心に対して今の自分はどうだろうかと考えることと、そしてこれから何をしていけるだろうかと考えます。始まりはいつもここからだと思うと、今日もまた初心から振り返り今できることを精一杯行っていきたいと感じます。
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自分で決めて始めたこと、自分が選択して始めたこと、それらは例えおぼろげながらでも初心があり常に思い返すことが出来ます。ですが大本である「生まれてきたこと」などに対しては始まりがわからないからこそ体験から深めて自分なりの意味づけが必要になってくるように思えます。何のためを考えることは自分自身が守られる感覚、そんな感覚を大事にしていきたいと思います。