暮らしの見直し~火の智慧~

聴福庵のトイレの壁紙は手漉きの和紙にしましたが、他の木の部分は渋墨を塗りこんでいきました。この和紙と渋墨のコントラストと香りが味わい深く、心地よい空間ができあがりました。自然物の色合いは化学塗料の色合いとは異なり、和かい雰囲気がでます。

今回、用いた渋墨ですがこれは松の木の煤と柿渋を混ぜてつくられます。効果は防虫防腐の効果があります。以前、竪穴式住居のある遺跡を訪問したときも真ん中に囲炉裏がありそれが家全体を保ちました。煤竹などもそうですが、数年でなくなるはずの竹が煤竹になることで百年以上、数百年形をそのままに保ちます。

燻製と同じ仕組みで細菌やカビが寄り付かず、さらに外気からの風化を遮蔽する効果もあるのです。囲炉裏で家を燻すのは病気の予防でもありました。ウイルスや細菌は煤を嫌いその空間の中に長く留まることができないのです。寺社仏閣では線香や蝋燭によって空間を清潔に保ちますし、僧侶や山伏もまたその煤を身体に纏っていることで病害虫から身を守るのです。

この煤で身を纏うことの智慧はその後塗料として室内装飾にも活用されていきます。書家が用いる墨汁もそうですが、煤を使えればあらゆるものを長持ちさせていくことができるのです。それが次第に着物や室内装飾にも活用されていきます。

民家が長く続き、古民家として維持するためにはその家が自然淘汰の仕組みの中でもいのち永らえる智慧がなくてはなりません。特に日本のような高温多湿の風土の中では、この火と煙、煤、炭、灰、といった火の智慧が必要なのです。日本は水が多く、水気がありとあらゆるところにあふれている風土の中にあって如何に「水と火の調和」を工夫し施すか。それが私たちがこの風土の中で末永く暮らしていく智慧であったのは間違いありません。人類はこれらの智慧を働かせることであらゆる環境に適応していったのです。

現代は風土を無視して昔の智慧を暮らしから排除していますが、風土そのものは以前から何も変わっていません。変わったのは風土を無視した人間が変わっただけです。何百年も何千年も、この地は緩やかな変化の中で周りの動植物は風土の智慧と一体に生きてきました。私たちはこの風土の中に如何に共に生き延びるのかを工夫してきたのです。

近代化という歴史の中で、電気やガス、石油を使って無理矢理に人間が風土を無視して人間の快適さを追求したことで様々な公害や問題が出てきています。温暖化や環境汚染の理由はすべて人間が巻き起こしたものです。その対処療法にかける税金や子孫への負担はますます大きくなりもうほとんど手の施しようがなくなってきています。

私たちの世代はもう数十年で死にますが私たちの子どもたち、そしてその子どもたちの時代はどのような風土環境が残されているでしょうか。それを思えば、いつまでもこの美しい風土をそのままに譲りたいと願うのではないでしょうか。

日本を変えるのは一人ひとりの暮らしを変えることです。

先祖たちから生き方やあり方を学び直して今の世代の責任者として自分のできるところから暮らしを見直し、暮らしの改善を進めていきたいと思います。

 

 

 

  1. コメント

    聴福庵を出入りする職人さんたちの話をお聞きしていると、家を見るときの視点が様々で「この職人さんは聴福庵をこう見ているのか!」と職人さんが来る度に家への理解が深まります。そして、子どもの伝承施設を目指すと同時に、職人同士の伝承施設であることも感じました。この時代にこれほどまでに貴重な体験をさせて頂いているからこそ、この体験を自分自身も伝承していけるよう、力を尽くしていきたいと思います。

  2. コメント

    いつからか、「風土に合った暮らし」というより、「今現在の不快をなくす」ということが優先されるような傾向が強くなってきました。その結果、カビが生えない暮らしの智慧より、生えたカビを一瞬で取り除く商品の方が重宝されたりします。風土に合わない暮らしは、「いのち」に関わります。その場しのぎ的な生き方はどこかで大きく見直しを迫られるかもしれません。

  3. コメント

    古いか新しいか、便利か便利でないか。二極化した学び方になる自分がいます。風土、文化の本質に迫るためには、どうすれば良いのだろうと悩みます。良い悪いではなく、そのひとつひとつをまっすぐに見て、実践し、そのままを受け取り理解して深めていく。聴福人としての眼差しを頼りにしていきたいと思います。

  4. コメント

    煤というものの見方が変わりました。触れると汚れるものというイメージがありましたが、見方や用い方が変われば同じものが全く別物になるというのは不思議なことで、某映画に出てくる「ススワタリ」も、今までは古い家に住みつく妖怪のような印象でしたが、実は新しい家主が現れるまでの家の守り神だったのかもしれません。暮らしと共にものの見方も転換し、変わるのは自分であろうと思います。

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