出光興産の創業者に、出光佐三がいます。昨年、海賊と呼ばれた男の映画のモデルとして登場しましたがその生き方に共感した方が多かったといいます。私の郷里の近く、宗像郡赤間出身で唐津街道の赤間宿に生家があり生涯を通して宗像大社への信仰がとても篤かったとしても知られています。
その経営理念は、「人間尊重」であり出光には「出勤簿が無い。労働組合がない、首切り、定年制がない」という「人間尊重の経営」をしていました。『人こそ事業の根本である』と主張し貫かれていました。一つの物語に、戦後に海外から1000人もの社員が引き上げてきた時も、彼は一人も首を切らなかったといいます。そして「1000人が乞食になるなら私もなる。」、「会社がいよいよ駄目になったら、みんなと一緒に乞食をするまでだ。」、「君たち、店員(従業員)を何と思っておるのか。店員と会社はひとつだ。家計が苦しいからと、家族を追い出すようなことができるか!」といいきって社員と共に会社を守り抜かれたといいます。
その出光佐三の経営者像は、まさに日本的精神であり本人も「私は日本人として生まれ、日本人として育てられ、そして日本人として経営をしている。」と言っています。
その根本に据えたのが人間尊重の理念です。
「人間社会は人間が支配している。その中で一番大きな働きをするのが、信頼と尊敬で結ばれた、真の和の人間集団の働きだ」
「事業を行うにはまず人材を養成しなければならない。人材はどうして養成するか。それは尊重すべき人間になれということである。自分から見て尊重すべき人間というのは,良心の強い,真の個人である。これらの人々がお互い尊重し合うところに,真の団結がある」
「独立不羈(どくりつふき)の精神の根本は、人間尊重であり、自己尊重であり、他人尊重である。」
和の人間集団や、お互いに尊重し合うところの真の団結といういい方もしました。お互いの違いを尊重し合い、そのうえで真の個人を打ち立てること。そして独立不羈の人格を磨くことを目指しました。この独立不羈とは、他からの束縛を全く受けないこと。他から制御されることなく、みずからの考えで事を行うことをいいます。
つまりお互いを尊重し合いながら、自分自身を立てるという和の精神、人間を尊重し合う社會の実現を目指したのです。
郷里に生き方の先輩があることに誇らしく思え、またここから改めて学ばせてもらうことばかりです。その出光佐三が神社の甦生において遺した言葉があるのでご紹介します。
「私の育った町は特殊な土地柄で、宗像神社という有名な神社があった。私はその御神徳を受けたと考えている。私はいま神社の復興をやっているが、神というものを今の人はバカにしている。私どもにはバカにできない事実がたくさんある。私の会社は災害を一度も被っていない。理屈は色々つくかもしれないが、社員は神の御加護と信じているのだからしょうがない。また信じないわけにはいかないだろう。」
剛毅な印象がありますが、病弱で逆境が続く中で苦労をして感謝を忘れなかった人物像が観えてきます。古今の経営に通じる大切な生き方が、出光佐三の足跡から学べます。
引き続き、子どもたちのためにも一つ一つの出来事から学び直して深めていきたいと思います。
コメント
ニュースで大手企業が大幅人員削減と見かけることがありますが、出光氏の気概には目を見張るものがあります。もし、自分が経営者だったとしたら同じように判断を下せるかというと、悩ましいものがあります。社長の決断に現場も奮起する、そんな情景が浮かび有事の時ほどこれまでの生き方が現れることを感じます。生き方を問い続けるからこそ、日本のことを学び続けていきたいと思います。
コメント
「人間尊重」の対極にあるのが、「経営尊重」であり、「組織尊重」でしょう。「家計が苦しいから、家族を追い出す」という発想がまかり通るのは、「守るもの」の優先順位が違っているのでしょう。何のための経営か、何のための組織か?!ということです。経営とは、「経を営む」のであって「マネジメント」とは違うというところを考え直す必要があるのかもしれません。
コメント
出光佐三氏の言葉にはとても惹きつけられるものがあります。それは自分たちも同じものを目指しているからというよりは、日本人として受け継がれてきた心が反応するからのように思います。自己尊重であり、他人尊重という話からは、ある企業の社憲にある「I am OK! You are OK! We are OK!」を思い出しますが、どんな時も相互理解を大事にしていきたいと思います。
コメント
お互いを尊重するばかりに自分を出さずいては仲間としての真剣勝負にはならず、自分を出してばかりでは仲間になれません。この、どちらも大切にして和していく場数が日本人としての誇りになるように感じます。打算ではない、純粋な思いやりを大切にしていきたいと思います。