明日からの天神さまのこども縁日の準備で故郷に帰ってきました。これからいつものように天神様に所縁のある掛け軸や木像、牛や梅などをお祀りし準備を整えていきます。天神様が喜んでいただけるだろうか、また古民家が喜んでいただけるだろうかその気持ちの中に古来からある日本のおもてなしの精神が入ります。
天神様の菅原道真公は、「和魂漢才」といって菅家遺誡には「わが国固有の精神と中国の学問と。また、この両者を融合すること。日本固有の精神を以って中国から伝来した学問を活用することの重要性を強調していう」と記されます。「菅家遺誡」は、菅家の子孫のために言い遺していく遺言のようなものです。
現代の西洋文化にとって代わられた姿を観ていると、菅原道真公はどこまで先を観通していたのかと畏敬の念が湧いてきます。
この和魂とは、大和魂のことを言い日本の民族精神のことを指します。たとえどのような海外からの技術が入ってこようとも、その根底に日本的精神があるのならどんな技術すらも柔軟に正しく活かすことができるということです。
現代は様々な新しい技術が渡来してきます、衣食住だけではなくそれはIT技術であったり、遺伝子組み換え技術であったり、核融合の技術であったり、ありとあらゆるものが猛スピードで世界で行き来するような時代になっているともいえます。まもなく人工知能が発展し、私たち人類は大きな岐路に立たされることになります。
その技術の本質や意味を正しく咀嚼できなかったり、直観的にその技術が何をもたらすのかを掴むこともなく、便利だからと深く考察せずに便利な技術に飛びつけばその後、そのことから取り返しのつかないような事態に陥ることもあります。なぜなら便利な道具は使い方次第では人間にとってとても危険なものにすげ換ってしまうこともあるからです。それは歴史がすべて証明しています。
だからこそ人類が優先する必要があるのは自分たちの先祖たちが自らの人生体験で築き上げてきた経験からの反省や改善してきた生き方、いわばその暮らしの文化を学び、その精神を民族の一人ひとりが責任をもって身に着けることとです。
私たちの場合は和魂といい、それは私たちの先祖が自然との共生の中で築き上げてきた風土の智慧です。それを大和魂といい、どうすればこの地球上において長く平和に睦まじくお互いに貢献し合って生きていけばいいかを精神に宿し遺し文化にまで高めたものです。
その代表的なものに日本民家があり、暮らしの行事があります。この日本民家と暮らしの行事は、日本文化を幼少期の子どもたちに伝承するために遺された先祖の遺誡であり、智慧の結晶です。それを幼少期に体験することで人類はその風土の文化を学ばずとして学び、教わらずして教わったのです。
この伝承の大切さを私は気づき、それを恩返しの柱にしているとも言えます。明日からの子ども縁日は、子ども第一義の理念を掲げる私たちの会社の大きな第一歩になると信じております。
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技術や道具の背景には「文化」があり、それぞれの文化はそれぞれに「精神」というものを持っています。それはある意味「思想」と言ってもいいでしょう。したがって、その思想を理解しないと、その技術や道具はその目的通りに扱えません。そう考えると、他国の技術を、自国の思想で使いこなすというのは、相当レベルの高いことでしょう。それは「智慧の転換」と言ってもいいのではないでしょうか。
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最初に月面を歩いたニール・アームストロング氏の「人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩だ」のように大きな一歩になるのだと感じます。一歩一歩、子どもたちと共に未来に向かって歩んでいるこのプロセスに感謝し、味わっていきたいと思います。
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天神様や家が喜んでいるかどうかの指標が、今日当主が行っていた「子どもが集まっているか、笑っているか、楽しそうか」なのだと感じました。昔の日本人はとにかく子どもを大切にし、どんな階級の子どもも等しく幸せそうだったと言いますが、日本人が大切にしたい思いが、お金や文明や大人ではなく、子どもの姿からから顕れるというのが素晴らしいことだと感じます。立ち返ったり振り返る地点を自分たちばかりにしないようにしていきたいと思います。
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何を遺していくかと問われた時に、それは目に見えないものだからこそ伝えていくには難しさも感じますが、改めて自分たちが体験・体感したものからしか伝えることが出来ず、逆にその分は伝えることが出来るのだと思えます。発酵床も自然農も古民家も全ては同じものに繋がっているように感じ、そのものを捉えていきたいと思います。