職商人

「職商人」(しょくあきんど)という言葉があります。これは職人と商人が合わさった言葉で、言い換えるのならいい職人こそいい商人であり、職人と商人の一致とも言えます。私はこの言葉に出会い、感動し、自分が目指しているところを知り、また同時に日本人の持つ伝統的経済観念を再確認することができました

かつて江戸時代は、修理や修繕といった繕いの文化がありました。今のように新しいものをつくっては捨てていく時代は、分業制も進みものを作る人と売る人も分かれてしまっています。

以前、ある鋸職人のところにいい鎌や鍬の鍛造を相談しに行った際に、職人さんたちが使い手の相談に乗りながら新しい商品を開発しそれが商売になっているという話をお聴きしたことがありました。アイデアを常に、お客様と一緒一体になって作ってこそ単なる物売りではなく単なりものづくりではなく、職商人であるともいえます。

自分で作ったものを長く手入れできるということは職人にとってもどの部分が改善が必要でどの部分が弱かったのか、また使い手の癖や職業上の理由など物事が深く理解できます。さらには、作ったものを如何に長持ちさせて甦生させるかを極めていくことは捨てない社會、いわば循環型の持続可能な社會を実現するために大きな役割を担っていることになります。

作ったものを修理修繕し、改善する文化があれば大量生産しなくても少量生産であっても長く永続的に使えればゴミになることはありません。今の時代は、作っては捨てて、古くなってはすぐにゴミのように廃棄されますが、それは職商人がいなくなっているからです。

職商人は、自分で体験したものの気づきをまた新たな智慧にして世の中に還元して人々と共に成長して成熟し、ものづくりだけではなく人づくりにまで貢献していくものです。まさに自他自物一体の境地の生き方です。

世の中がもので溢れていたとしても、長く使い古されて貢献してきた物は思い出や思いやりなどがそのものに籠っています。それを如何に活かし、長持ちさせていくかが、その人物の人格に左右されます。物を磨くのは修繕するところからはじまり、精神を磨くのはそれを研ぎ澄ますことで得られます。

引き続き、古来からあるものを大切にしながら子どもたちに勿体ないの初心の本質を伝承できるように日本の伝統文化を担う職商人としての誇りを持ち、一つひとつを丁寧に実践していきたいと思います。

  1. コメント

    現在の商売は、「経営が主」であり「販売」が目的になっています。「便利さ」などは、そのための口実に使われています。それに対し、昔の「商人」は、「商道徳」に則り、「ものが主」の商いをしていました。当時は、高価で買い替えられなかったという事情もありましたが、そのおかげで、「ものづくり」のレベルが上がったと言えるでしょう。「ビジネス」「経営」「商売」「商い」それぞれに理屈はありますが、日本人の「商道徳」というものを見直す機会でもあるのではないでしょうか。

  2. コメント

    先日まで放映していたドラマ『陸王』観ても、現場で一緒に作り上げていく姿が見られました。ただ作るだけなら、技術があれば作れるのかもしれませんが、より良いものを目指し続けるとなるとそうはいかないことを感じます。そして、これは職人さんの世界だけでなく、どの分野においても通じ、「人づくりにまで貢献していくもの」という職商人の精神を私自身も大切にしていきたいと思います。

  3. コメント

    見守る、寄り添う、と言うことには、この精神であるように感じました。ただ見ているのでなく、こちら都合の環境作りでもなく、自分も含めて一緒になって環境となっていくのは、相手が選択をしなければなりませんし、相手の役に立たないとなのだと感じました。一件一件の現場を大切にして行きたいと思います。

  4. コメント

    昨日からの職域別セミナーでは様々な職種の方々が集まっていますが、専門職でありながらもっと保育に参画していこうと意欲が湧いている姿を見ると、本来はわかれないそれが自然な姿のように感じました。職のための職人でもなく商のための商人でもない、理念や目指すところから生き方・働き方を高めていきたいと思います。

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