日本では自己肯定感について語られることが多くありますが、本来は自己肯定感があるかないかではなく、如何にその自分の弱みを受け容れ強みに換えるか、もしくは短所を長所に換えるかこそが大事なのではないかと思います。
自分に自信があるかないかではなく、自分を活かしてくださっている周りの人たちのために如何に自分自身の人格を創り上げていくかが大事であると私は思います。自分のことばかりをやっているから自信がなくなり、周りの人たちや仲間のために真心を盡す人は自信が出てきます。
この時の自信は、目的のために自分が使えたり、初心のために自分を変えることができたという自信です。変わらないで揺らがないことが自信なのではなく、揺らぐ自分に打ち克ったり、大事なもののために自分の在り方を改善できるときその自信が積み重なっていくように思います。
自分に自信があるかないかでできるかどうかではなく、思いやりを優先できるかどうかであったり、弱いか強いかではなく勇気を振り絞ることができるかどうかであったりの方が自分自身を認めていくことができます。
自信がないからできないのではなく、自信があるからできるのではなく、みんなの力になりたいと思わないからできないのです。なんでもできることをやりますと、頼まれたことや困っていることを一緒に取り組んでいくうちに自分のことばかりに囚われずみんなのことを考える余裕が出てくるものです。
この余裕こそが自信の源であり、余裕があるから周りのために働け余白があるからご縁を味わい豊かな仕合せを創造していくことができるのです。
人格を磨くというのは、如何にこの余裕を持てる自分にしていくかということでもあるように思います。子どもたちのためにも、自我妄執を捨てて御蔭様の人格的な生き方を実践して余裕を創造していきたいと思います。
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自分にとって大きな挑戦をして乗り越えることで、自信に繋がりこれが出来たのだから、この位大丈夫というものがあります。ただ一歩間違えると成功体験にすがってしまいそうですが、そうではなく誰かのために自分を尽くし、自分が変わっていく生き方の方が得られるものが多くあるのだと感じます。自分にとっての挑戦はやはり自分のためにやることですが、学生の時のように自分のことばかりではなく、今は周りの役に立てるような生き方を目指していきたいと思います。
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「自信」といのものは、「あるようでなく、ないようである」ものです。あるとすれば、それは「結果に対する自信」ではなく、その「取り組み姿勢における自信」かもしれません。どこまでも目的を追い求め、最後まで諦めずやり切る自信です。それは、言い換えると「信念を貫くことに挑戦する生き方」ではないでしょうか。
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OECDの幸福度調査では日本人は孤独や不安を感じでいるとありました。今はその幸せを感じられるものさしに、異変が起きているように感じます。評価や比較、教え込んだり分からせたりする社会や組織からは、自分らしさをさらけ出すことは苦痛に繋がり、孤独や不安に繋がるのだと感じます。環境論から考え、仕組みを形にしていく眼差しを養いたいと思います。
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電車の中でも誰かが席を譲る姿を見たり、実際に自分が譲ってみたり、そんな時には無条件に心が澄んでいくような感覚があります。席に限らず何事も心の余裕がなければ気づいても譲ることは出来ず、それどころか気づきすらしないのかもしれません。条件に左右されない目的ありきの生き方を大切にしていきたいと思います。