昨日は、聴福庵のおくどさんのある厨房の整理を行いました。古民家甦生中は物置のようになり、作業するために作業道具が増えてまた作業途中のままのものがそのままになりますから約2年間ずっと片付かない状態でした。
それがここで整理できたということは、ひと段落着いたことで残すは煤竹天井の完成と暮らしの道具の調達くらいです。片付けをしながら2年間を振り返り、変遷を楽しみながら味わう時間が持てました。
何もなかったものが次第に形成され一つのカタチとして顕れてくることを「心想事成」とも言います。将棋の十七世名人の谷川浩司氏が扇子に書いてあるのが有名ですがこの意味をこう語ります。
「心に想うことは成るという意味ですが、そのためには平素からどれだけ本気で勝負に打ち込んできたかということが大切だと思います。真剣に、本気で打ち込んできた時間が長く、思いが強い人ほど良い結果を得ることができるし、そのための運も呼び寄せられるのではないでしょうか」
さらに別の記事ではこのように語られます。
「勝負の神様はそういうところをきちんと見ておられるし、それはその対局の時だけでなく、普段の生活すべてを見ておらえると思うんです。もちろん人間ですから一日中将棋のことを考えているわけにはいきませんが、体の中心に将棋というものが軸としてあるか、そこが問われると思います。」
私が古民家甦生を行う切っ掛けになった方もその床の間にこの「心想事成」と自筆で書いた掛け軸をかけておられました。今思えば、暮らしの甦生をしているのだから小手先で直すことなどはしないという覚悟だったのではないかと思います。
2年間真心を盡してみてこの言葉の深さを改めて実感したところです。民家が喜ぶかからはじまり、民家に自分の信念が試され、気が付けば民家によって自分が活かされていく。これは会社でもまったく同じことで、会社が喜び、理念が試され、会社に自分が活かされていく。この手順は、常に愚直に誰が見ていようが見ていまいが真摯に姿勢を正してきたからそのようになるのです。
何もなかったところから、事が成るに至るまでどれだけ真心盡したかは自分の本気の問題です。自分の魂を削り与えるほどに本気で取り組んだ時にのみこの「心想事成」の境地に出会えるように思います。
引き続き与えられたご縁に感謝しながら、誠を盡していきたいと思います。
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「聴福庵」のこの二年の取り組みに、まさに「心想事成」の過程を見せていただきました。その「ひたすら純粋なる想い」に、多くの協力者が引き寄せられ、日本の智慧が奇跡的に甦りました。いまでは、「聴福庵」に込められた「想い」が、世界中に真の智慧を弘めようとし始めています。まさに「心想事成」の第二段階に入ったようです。「心に蒔かれた種」の確かさと豊かさを感じています。
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名だたる偉人たちは皆「心想事成」があり、その想いが形となり今に至っていることを感じます。聴福庵においても、目に見える形もそうですが多くの方に支えられていることを思うと、その想いが集約され形作られていることを感じます。「自分の本気の問題」。いつの時代もきっとこの言葉に委ねられていると思うと、この想いを大事にしていきたいと思います。
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身を削る思いや魂を削る思いから来る行動は、何かしらのメッセージが含まれているように感じます。人はその人の能力ではなく覚悟に左右されるのだと思うと、そこに妥協はしたくないと感じます。いつも自分よりも大切なものを掲げ、歩みたいと思います。
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聴福庵での印象的な出来事の一つに鉄砲ジャッキによる家の傾きの修復があります。現代の方法では直せなかったものが伝承されたチカラによって甦ったのは、その後の聴福庵の運命を決めたようにも思えます。姿勢は時に傾き歪むこともありますが、初心や本心といった軸をしっかりと定め直し、姿勢を正していきたいと思います。