来月、むかしの田んぼで一年の感謝と来年の豊穣をいのるために新嘗祭をすることにしています。私たちの行う新嘗祭は、一般的な神社のものとは異なるかもしれませんがむかしの人たちの暮らしの智慧を伝承していくためにも温故知新して楽しみたいと思っています。
そもそもこの新嘗祭とは、古代より天皇が新穀を天神地祇に供えみずからもそれを食する祭儀とされています。この新嘗祭の語源は「新饗(にいあえ)」と考えられているそうです。これは新穀を捧げて饗応するという意味になっています。
通常の神嘗祭は、供物を捧げることですが新嘗祭は天皇がそれを一緒に食べるという神事になっているといいます。地域によっては、この新嘗祭までは新米を食べないという地域もいまだに存在しているといいます。私たちにとっても今年の田んぼで収穫した新米を食べる特別な日です。
昨年のみのりに感謝し、翌年の五穀豊穣をいのるのは、信じ待つことを大切にした日本の生き方だろうと思います。
またこの新嘗祭の日は、戦後のGHQから明治以降は11月23日に固定されこの日を現在は「勤労感謝の日」として国民の祝日に換えられてしまいました。日本人の本来の行事の意味も、祝日の意味もよく深めればいつから誰によって行われ、一体どんな意味があるのかがわかってきます。ただ闇雲に、周囲がそうだからと意味を深めなければ本当のこともわかりません。
新嘗祭の時期は、11月23日固定になりましたが本来は旧暦の第 2の卯の日に行われていました。この日は、ちょうど冬至のころで、太陽がもっとも弱くなり再び力を取り戻す日でもあります。この日に、新米を食べることで力を蘇らせるという意味もあったように思います。
昨年は、いろいろとあり病気や怪我などをしたクルーたちもいました。そのクルーたちと一緒にむかしの田んぼで新嘗祭を行うことで実りの感謝と来年への祈り、そして新しい力を甦生させるということができるのがとても楽しみです。
引き続き、むかしからの先人の智慧に学び直しつつ子どものあこがれる生き方を伝承していきたいと思います。
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勤労感謝の日を、これまで「祝日ラッキー」としか思っていませんでしたが、本来の言われも、新嘗祭のことも意識したことはありませんでした。ですが、田植えから始まり、草取りや収穫、猛暑が続いた夏、大型の台風と心配と何度も危機的な状況がありながらも、天からの恵を頂けたことに改めて感謝の気持ちが湧いてきます。心も耕されていくことに感謝し、当日を迎えられる喜びを味わいたいと思います。
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「行事」には、それぞれ本来の意味がありますが、いまではその意味も知らないまま、ただ参加するようなものや、なくなってしまったものもあります。そこで、「意味」から考えて、素直な感謝や祈りを行う「場」をもう一度創り出すというのは、これからの暮らし方のひとつかもしれません。身の周りの「当たり前でない日々」を大事に生きたいものです。
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稲刈りの際に田んぼの中でおむすびをいただく体験は、私たちは勿論のこと生産者の方々の笑顔が見られ、むかしからある収穫の喜びとはこういうものなのではないかと感じられました。体験して意味がついてくるものもあるのかと思うと、今度の新嘗祭もまた自分たちだけでなく、それをまた子どもたちへと譲っていけるよう大事に取り組んでいきたいと思います。