昨年、私たちの聴福庵に訪れた方が自宅を聴福庵と同じように落ち着いた空間、穏やかで和む場にしたいと熱望されました。その際は、古民家の年輪や時は刻まれたものでそれを磨き直してできたこの独特の場、間、和は難しいとお断りしました。
しかし、ぜひ寝室の和室だけは健康を維持するためにも本物の和で休みたいと仰っていたので和室だけはとお手伝いすることにしました。具体的には、和室に備長炭を500キロ入れ、水晶の欠片を50キロ、また伝統の七島イの畳を古来からの形式で丁寧に畳職人が仕上げたものを入れ、壁紙には手漉きの秋月和紙と襖には京都にある伝統唐紙で若松紋様と枝桜紋様を仕立てました。また装飾には、菊炭を50キロほど、唐紙の行燈をはじめ、照明も創作の作家のものにしています。
それが終わり、これでひと段落と安心していたらどうしてもリビングやトイレにカビ臭さがあり室内の空気が悪いので何とかできないかと相談を受けました。和室をそれまでのものと変えてからはよく眠れるようになったと大変感謝され、どうしても健康のためにもっとも過ごす場の空気を改善したいと依頼されました。
そこから悩んだ末に、居心地の善い空間として本物の伝統の素材によって改修することを決めてこの一か月取り組んできました。
具体的には、壁面はすべて伝統の漆喰を塗り、トイレには土佐漆喰、その天井には珪藻土を施しました。また床の間風の場所には、その土地の伝統の土を用いた割れ壁塗り。主な柱をはじめ、梁には古色の弁柄、階段や扉には渋墨を塗り、そのほかの床をはじめ様々な建具は場所には柿渋で仕上げました。
また窓のすべてに障子を施し、和紙は手漉きの秋月和紙を、室内の床下には大量の竹炭、そして空気の循環を計算し空調の配置とファンを取り付けました。修繕が終わり、確認すると明らかに室内全体の空気が異なり、空気が澄み渡っていました。
さらに、落ち着いた空間というニーズに対応するため日本の伝統職人が一つ一つ丁寧に手掛けたビンテージの家具を揃えていきました。具体的には、明治頃の七段箪笥に武家箪笥、欅のキッチンテーブルに大きな八角火鉢テーブル、本漆塗りのローテーブルをはじめ60年前の手作りのソファーや、七島イの円座、岐阜美濃和紙の照明や藍染の筒描きなどです。
そして室礼には、古伊万里の花器や室町時代の古備前の壺をはじめ、古く懐かしいもので飾りました。夜は灯りを楽しめるようにと、和ろうそくや行燈などを設置し、光の加減には特にこだわりました。
この後は、トイレと洗面所の陶器を有田焼で仕上げて庭をデザインすれば終了です。この私のデザインを見た方はこれを和モダンや古民家風といいますが、私は和モダンとは思っていません。日本人本来の伝統を守り美しい暮らしのままに家屋を甦生するのは和風ではないし古民家風ではないのです。
21世紀型の日本民家はかくあるべきという思いから、このように仕上げたのです。時代が変わっても、変えていいものと変えてはならないものがあります。それが正しく継承してこそ、本物がわかるということです。
もしも次回の修繕の依頼があるのなら、今度は和で洋を丸ごと呑み込んでみたいものです。子どもたちに遺していきたい伝統や思い、その生き方を一つ一つ形にして智慧を譲り渡していきたいと思います。
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誰か喜んで頂けることは嬉しいことです。その幸せそうな顔を見て、周囲も喜びを感じられたら、なおのこと善き仕事なのだと感じます。安心した居心地は、多くの職人さんが関わり、そして古き良き道具が織りなし、湧き立つものなのかもしれません。安心した空間は道具たけでなく、一人ひとりの住人も含めて雰囲気を作り出していると思うと、家に限らずあらゆる組織で言えることなのたど感じます。写真でしか拝見していませんが、機会があれば21世紀型日本家屋を体感したいものです。
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「和」のなかに「洋」が入ってきて、私も「洋風」に憧れた時期がありました。しかし、この歳になると、やはり「和」が落ちつきます。しかし、それは「和風」ではなく「和」です。それは、「日本人が日本人の誇りをもって生み出した世界」です。これまでも、「漢字」や「仏教」、その他「建築様式」など、いろいろなものを日本人は受け入れて「日本のもの」にしてきましたが、いま一度、「日本人としてのものの受け入れ方」を学び直したいと思います。
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「本物の和で休みたい」その観点でなかなかものを観ないように思いますが、日本の発酵をはじめとする食と同じく、民家もまたそれ自体が病気の予防に繋がるものであり本来の治療でもあったのかもしれません。心安らぐ空間、質の高い睡眠、眼や耳を癒す様々な風情ある道具たち、それは人間の持つ生命の力を調律してくれるもののようにも思えます。見えないところに何があったのかを感じていきたいと思います。