人生の羅針盤の言葉の一つに、老子があります。孔孟の教えも己に克つことに満ちていますが、自分で自分を正しく理解し、己を制し律し克つことができて人間力は磨かれています。
しかし、どうしても己に負けて無意識にうちに現実から乖離し、真実から遠ざかってしまうと本当のことや真理がねじ曲がってしまうものです。そういう時こそ、先人の智慧に触れ反省をして素直に謙虚に学び直す必要があります。
老子は特に、人間力について精通しているように思います。
「賢者は人の上に立たんと欲すれば、人の下に身を置き、人の前に立たんと欲すれば、人の後ろに身を置く。かくして、賢者は人の上に立てども、人はその重みを感じることなく、人の前に立てども、人の心は傷つくことがない。」
「優しくなりなさい。そうすれば勇敢になれる。つつましくなりなさい。そうすれば広い心を持てる。人の前を行かないようにしなさい。そうすれば人を導く者になれる。」
謙虚でいなさいと諭します。まさに謙虚は魔除けなのです。
そしてこうも言います。
「他人を知るものは賢いが、自分自身を知るものは目ざめた人である。他人に打ち勝つものは強いが、自分自身に打ち勝つものは偉大である。」
「人を知る者は智、自ら知る者は明なり。人に勝つ者は力あり、自ら勝つ者は強し。足るを知る者は富む。」
自分自身に打ち克つことが本当の「力」であると。力とは、決して能力や権力ことではなくまさに自分に克つことこそが「力」の本質だといいます。
そしてこうもいいます。
「優しい言葉をかければ、信頼が生まれる。相手の身になって考えれば、結びつきが生まれる。相手の身になって与えれば、愛が芽生える。」
本物の信頼とは、優しい言葉の中にあるもので相手の身になっているからこそ結ばれると。そして思いやりをもって接すればそれが愛になると。どの時代もどのような人も、信頼はやさしさと思いやり、まごころを通してしか結ばれないということです。
無為自然を説く老子はこう言います。
「現実を現実として、あるがままに受け入れなさい。物事をそれが進みたいように、自然に前に流れさせてやりなさい。」
すべては天にお任せしていけば、なるようになると。だからこそ素直に謙虚に任せて信じて自然であれといいます。
最後に、老子の格言です。
「足るを知れば辱められず、止まるを知ればあやうからず。」
私自身、日々のご縁をすべて天のメッセージと受け止めながら自分自身を見つめ反省して生き方を老子に学び直したいと思います。
コメント
「徳」は、儒教では「明徳」と言い、道教では「玄徳」と言います。老子の言葉を読んでいると、「見えない世界の豊かさ」をもっともっと楽しむ必要があると感じます。人間のほんとうの豊かさと強さは、「素直さ」のなかにこそあるのでしょう。それは、「謙虚さ」そのものでもあります。「不自然になってまでがんばる必要はない」ということを、時おり思い出す必要があるのかもしれません。
コメント
人生は選択や決断の連続だと言われます。今この瞬間もどの方向に舵を切り何を選択するかの選択肢は無数にあり、それは目で見て選ぼうとすれば数が多くて選びきれず、頭で選ぼうとすれば正解を求めて前へ進めず立ちつくしてしまうかもしれません。自分を知ることは何を信じて選んでいくか、または何を選んでも信じられているかということに繋がるように思います。充分ある中で自分は何を選ぶのか、心からそれを受け取り信じる道を歩んでいきたいと思います。