かつて「近代日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一がいます。この人物は意欲ある有能な人材の後ろ盾になって500を超える会社の創設にかかわっています。現在でいうスタートアップするための応援を行った人物とも言えます。
このスタートアップという言葉は、日本のビジネスの場では「立ち上げ」や「起業」などの意味で使われています。そしてビジネスの場で使うスタートアップという言葉はアメリカのシリコンバレーからきたものだといわれます。
日本国内では「比較的新しいビジネスで急成長し、市場開拓フェーズにある企業や事業」として使われているといいます。スタートアップは単に新しいと言うだけでなく「世の中に新しい価値をプラスし、人びとの役に立つ」ことが前提になっています。そこにイノベーションや社会貢献を目的にしているかというのがスタートアップと定義されます。
またよくスタートアップと比べられる言葉にベンチャーというものもありますが、これはVenture Capitalなど投資をする企業や人のことを指すといいます。日本でいうベンチャーは、和製英語になっていて新しい技術や知識を軸に、大企業では実施しずらい小回りの効く経営や、思い切った決断をする中小企業のこと指しています。
そのどちらも大切なのは、それを起業する人物たちです。
どのような人たちが何をするのか、その人物を見極めてその人物が正しく産業を興し人類の真の発達に貢献する人たちにする。それを渋沢栄一は、保育したように思うのです。このような人物が明治国家誕生のための父たち(ファーザーズ)を育てました。
例えば、製茶の父や、養蚕の父、製糸業の父など、ファーザーズを誕生させていったのです。今の日本の産業が発展したのは、この明治の国造りのときに活躍したスタートアップやベンチャーの志士たちを見抜き、そこに偉大なインスピレーションやアドバイス、バックアップを行ったことで実現したのです。
個々の業績ばかりに注目されていますが、実際には人間を教育し育て、そして保育し、その人物が国家や世界のために活躍するように導いた人物があったから日本をはじめ世界の産業が発達したのでしょう。
目的が明確になっているからこそ、スタートアップもベンチャーもその本質が実現するのでしょう。道徳と経済の一致、論語と算盤を説いて経営者を導いてきた渋沢栄一の生き方にとても共感します。
最後に、渋沢栄一から学んだ言葉です。
「人生の行路は様々で、時に善人が悪人に敗けたごとく見えることもあるが、長い間の善悪の差別は確然とつくものである。悪いことの習慣を多く持つものは悪人となり、良いことの習慣を多くつけている人は善人となる。」
すべては原点、何のためにやるのかがあっての企業であることを、子どもたちに伝承していきたいと思います。
コメント
渋沢栄一さんは、「右手に論語、左手に算盤(ソロバン)」をもって、「論語で経営は成り立つ」ということを証明されました。「日本資本主義の父」と呼ばれる方が、「道徳と経営の一致」を説かれていたことを誇りに思います。再来年の大河ドラマ「青天を衝け」、そして「新一万円札の肖像」として渋沢栄一さんが採り上げられることを機に、「日本の資本主義」「日本の経営」が見直されることを期待したいと思います。