近年、自然の猛威はさらに高まっており日本も台風や水害などの規模が拡大してきています。はっきりとした科学的なデータはありませんが、南極や北極の氷があれだけ急速に融けていき大量の水が海に放出されていきますがその水が一体どこにいったのかと思えばすぐに理解できます。
私たちの住んでいる地球は、水の惑星であり水が海から空へと循環してめぐりを続けています。その水量が上がれば当然、空から降ってくる水量も増えてくるのは自明の理です。海水温の上昇は蒸発する量も増やしますからその分、空の中にある水分量は確実に増加しています。
さらに台風は上空との寒暖差で起きますから、海水温が上がればそれだけ風の威力も上がります。マスコミやテレビのコメンテーターの部分最適の話ばかりを聞いているとなんとなく右から左に情報が流れますが自分の身近な自然現象に置き換えてみれば如何に今の環境変化が危険の方に傾いているのかはすぐにわかります。
私たち人間は、視野狭窄で短絡的になりがちですから急速な変化や危機は察知しますが長期的で緩やか、そして巨大な変化に対しては気づきにくくなっています。
そういえば「ゆでがえる理論」というものを思い出しました。この「ゆでガエル理論」はゆっくりと進行する危機や環境変化に対応することの難しさを戒めるたとえ話です。カエルを熱湯の中に入れると驚いて飛び出しますが、常温の水に入れて徐々に熱すると、カエルはその温度変化に慣れていき、生命の危機と気づかないうちにゆであがって死んでしまうという具合です。
急激な熱湯や冷水には反応できても、少しずつ起きる変化には気づかないで手遅れになるということです。これは生活習慣病も然り、思考のマンネリ化も然り、そして時代と錯誤していくのも然り、加齢して筋力が衰えていくのも然り、これは誰もが陥ることのように思います。
だからこそどうあるか、ここが試練のところだと思います。
変化とは、自分が変わっていくことです。自分が変わっていくのは、自分自身が何かをやめるということです。そして何かを変えるということです。気づいたらすぐに帰るということです。そのために行動をするということです。やめていないなら変わらない、何をやめるか、それまでの生き方をやめるということです。
人間が変化できなくなるのは、生き方が周りの環境によってぬるま湯になっていくからです。そうやってジワジワとぬるま湯に慣れていくうちに自分の生き方までぬるま湯に合わせて変わってしまっているからです。
初心を保つことや、信念にブレないこと、そして自分の決めた心に従うのは本気の主体性や自分自身の生き方への正対をし続けなければできないように思います。
災害から何を学ぶか、かつての人たちは災害をただの災害にせずそこから大きく変化する切っ掛けにして進化成長し続けました。
子どもたちのためにも、この変化に対してどう生きていくか。すべての災害は変化する機会になりますから先人に倣い、子孫へのお手本になれるように精進していきたいと思います。
コメント
「個々人の心は、その環境に現れる」と言われます。これは、「私たちの心」という集合想念に置き換えても言えるのかもしれません。いずれにしても、その「環境」の変化を見て、気づかないといけないこと、反省しないといけないこと、変えないといけないことがあるでしょう。しかし、最初はショックでも、だんだんと慣れてしまい、そのメッセージを見失うことがあります。「ゆでガエル」にならないよう気をつけなければなりません。