現在、日本では消えかけている文化があります。それは伝統工芸品を含め、日本の先人たちが築き上げてきた自然から学んできた技術です。それはマニュアルでは残せず、暗黙知の伝承ですから共に学び取り組む中でしみこんでいくものです。
しかしその文化は、時代の流行があり時としては時代に合わなくなることもあればまた時節が到来すれば時代に合うこともあります。それが流行ですから、その流行が訪れるまでじっと耐えて待つ必要があります。
時として何をしても、それが合わない時代もあります。そんな時でも、色々と工夫して新しい技術を取り入れながら温故知新して取り組んでいくうちに、そこで学んだ技術がかつての先人たちの思いもつかなかったような独創性が産まれたりします。
またそこで産まれた新しい独創的なものが、世の中全体に大きな影響を与えることがあります。文化が消えかけていくことは確かに悲壮感がありますが、同時にそれは世界に向けてかつての技術を発信して新しい時代を産んでいくための切っ掛けにもなるのです。
すでに世界では日本のお茶や、日本酒、焼酎、出汁、和服などが認められ海外の需要が大幅に増えているともいいます。日本では人気がなくなってきている文化が世界で花開こうとしています。
つまり消えかけるときこそ実はチャンスであり、それをもう一段別のステージで挑戦する機会にすればいいのです。
私は性根が明るいから悲壮感がないのかもしれませんが、同時に消えかけても消えることはないと信じているから明るいのかもしれません。子どもたちに確かな文化を伝承するためにも、自分自身が温故知新を楽しんでいきたいと思います。
コメント
人は、「廃止になる」と聞くと急に関心を持って詰めかけ、「無くなる」のを惜しんだりしますが、それは「関心が離れている」ということでしょう。文化は、人々の心の中に生き続けるものであり、マニュアルでは継いでいけません。「関心」が離れるのは、「暮らしの中にない」ということでしょう。「文明的な生活」はしていても、「文化的な暮らし」をしていないというところは、「民族の豊かさ」として留意する必要があるのではないでしょうか。