社會を調える

思い返せば尊敬する恩人、清水義晴さんとの出会いは「点塾」での実践でした。学校アルバムを手掛ける博進堂のHPにはこう紹介されています。

1つは、生活全体を学びの場とする。

「日々実践できるベースキャンプをつくろう」と、1984年12月1日新潟市中央区長潟に中小企業中堅社員実修所「点塾」を開塾しました。「教えない。命令しない。規程しない。」「体で感じ、体で学び、体で悟る。」という指針を掲げ、理屈ではなく、感性に訴え、体で覚えるという教育をシステムキャンプと名付け実践しています。

1つは、教えない教育を実践する。

「今の教育は教えるばかりで、育てるがない」点塾の基礎を築いた藤坂泰介先生の言葉です。教えたら、人は考えなくなる。自分でやってみて、間違えて、気づいたものが本当の学び。

これは私が取り組んでいる暮らしフルネスの実践と一致しています。そもそもこれは教育の本質を語っているものです。本来は教育は生活全体であるという真実。そして教育とはそもそも教えないことであるという真実です。具体的には「教えない、命令しない、規定しない」という三項目です。

これは教える側の全ての人が持つべき最も大切な持戒でもあり、自らを省みる指針でもあります。残念なことに今の時代の教育はすべてこの逆を行っています。教育から生活全体や暮らしを分離し、教科書やプログラムで教え込み刷り込んでいく具合です。

この生活全体と教えない教育がなくなるとは何が消えるのか、それは自立が失われるのと個々では主体性や気づきや健全な発達ができなくなります。

教育とは何かということを突き詰めることで教育の真髄に気づき、現代の刷り込まれた教育を打破してそれぞれを主人公として解き放つために様々な体験や実践の経験の場を用意したということでしょう。

そもそも私たちの学問や学びは何のためにあるのか、それは社會を形成していくうえで人々が助け合い支え合うといった互譲互助や徳を循環しあって豊かに仕合せに生きていくための仕組みとして存在してきました。

家というものも本来は、すべての人々を家族としてみんなで助け合おうという理念があってそれが合わさって本来は国家というものになっていたのです。現代は、家よりも個々が優先され家の智慧や仕組みも消失していきました。

1つの大きな家としての社會が、好き勝手する個人によって社會も貧しく暗くなっていったところもあります。色々なソーシャルビジネスやコミュニティ活動が増えてもいますが本来は一人一人が真摯にこの生活全体から学び、教えない教育によって育ちや自立が育まれ思いやりの通いあう振舞いを身に着けていたらいつまでも豊かで明るい社會が結ばれていくようにも思います。

暮らしフルネスがなぜ重要なのかは、その一つは現代は日本の心、日本人であること、つまり背骨や軸が失われてきているからです。グローバルと多様性が当たり前になっているからこそ今こそ日本人であることや日本人の持つ精神性や美意識を幼少期から沁みこむように場で体験して調えていく必要があると感じています。

日本をはじめ人類の子どもたちや子孫のためにも、清水義晴さんの祈りや願いや志を受け継いで新しい社會を調えていきたいと思います。

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